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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 2.繋ぎゆる縁は紡ぎ深めるもの
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紡ぎて、深めゆく


 二人の側で翼をたたんで眠っていたラッフィルが顔を上げる。トールの頭に飛び乗ると、彼らの座る階段上をじぃーと見つめる。

 時折首を傾げる様は、何かを気にしている素振りにも見えた。


「ラッフィル、どうしたんだ?」


 ティシェの疑問にトールが応える。


「ラッフィルは鳥の中でも耳のいい種だから、僕達には聴こえない音を聴き取ったのかも」


 おいで、と頭上へ手を持っていくと、ラッフィルがトールの手へと移った。

 手を下ろし、手の平の中に収めたラッフィルを、トールは指先でくすぐるように撫でる。ピィィと小さく鳴くラッフィルは心地よさそうだ。


「音は気にしてるけど、警戒している様子はないし、ラッフィルの知ってる音なのかな」


 トールがもう一度、階段上へ視線を投げる。

 階段に落ちていた影。雲の流れで陽が隠されると、その色を濃くさせた。

 音は聴こえない。だが、手の中のラッフィルは首を傾げる。

 ピィ――ラッフィルが声を上げた。ぱたたと手の中から飛び立ち、影の一つに舞い降りる。影が波紋をつくるように揺れた。

 トールのまとう気配に緊張がはらむ。姿の見えない、何かが在る。だが、その何かが何かわからない。

 トールの緊張が警戒に変ずる――前に、彼の隣で息が落とされた。それは嘆息にも似ていて、突としたことに緊張が緩んだトールが振り向いた。


「……ティシェさん?」


「大丈夫だ、トール。驚かせてすまない」


 そう言うと、ティシェは手を伸ばす。ラッフィルが舞い降りた影に指先で触れた。

 その指先に触れた感触に、竜の質感を感じ取った。


「カロン、戻ってきていたのか」


「え、カロンだったの?」


 トールもティシェの触れた影を凝視する。

 ゆらりと蠢いたかと思えば、影はラッフィルを乗せたまま、ぐっと隆起して竜の質感を持つ。紅の双眸が瞬き、影から竜の上体が現れた。


「気がすんだのか?」


 伸ばされたティシェの指先に鼻面を押し付け、カロンがふんふんと息をもらす。


「ひとっ飛び、してきた」


 カロンの返答に、ティシェは「そうか」と蒼の瞳を和らげた。その隣では、トールが完全に身体から緊張を抜いていた。

 ラッフィルがカロンから飛び立ち、トールの肩に留まる。


「ラッフィルは、カロンが姿を見せないから気になってたのかもしれないね」


「影竜は身を潜めるのが得意だからな。カロンがその気になれば、私でも気付けない」


 ティシェの指先に鼻面を押し付けていたカロンの鼻息が荒くなる。ふんふんと荒いそれは、何かの匂いを嗅ぎ取っているみたいで――突然、紅の双眸がティシェを見上げた。


「おいしい、匂い。何か、食べた」


「ああ、さっき昼を馳走になったからな。その匂いだろう」


 ティシェがあっさりと答えると、カロンはきろりと彼女を睨む。不満げに唸ると、影から這い出た。

 上体どころか身体全てを顕現させ、ティシェに近寄ってふんふんと鼻を鳴らす。

 カロンの鼻面がティシェの口元に迫る手前で、彼女は彼を手で制す。


「……執拗だぞ、カロン」


 顔を仰け反らせて蒼の瞳を眇めれば、カロンは紅の瞳に不機嫌な色をはらませて細めた。


「肉、みたいな匂い、する」


「肉みたい? ……ああ、腸詰め(ソーセージ)のことか」


 ティシェの言葉に、カロンの瞳孔がくわっと伸びた気がした。


「そーせーじ、何それ、おいしそうな響き」


 カロンが身を乗り出して迫るため、ティシェは後ろへ倒れ込みそうになり、咄嗟に手を付いて身体を支える。

 そんなカロンの身体を、彼の背後に回ったトールが抱えてティシェから離す。


「ストップ、カロン。わかった、追加で僕が買ってくるから」


「ほんとっ!」


 紅の瞳をきらきらとさせ、カロンがトールを仰いだ。影に垂れていた尾が姿を現し、嬉しそうに揺らす。

 トールが苦笑気味にティシェを見やった。


「珍しいね、竜が人の食べ物に興味を持つなんて」


 自然素材を活かした料理ならばまだわかるが、腸詰めは明らかに人が手を加えた加工品だ。自然を好む竜は、加工品をあまり好まない。


「カロンは竜の中で育たなかった竜だからな」


 ティシェの瞳に苦みの色が滲む。

 トールは意味を掴みあぐねて首を傾げる――前に、その場で跳ねたカロンの頭で顎を殴打し、声にならない悲鳴を上げた。


「ト、トールっ!」


 珍しくティシェが声を上げ、カロンを慌てて抑え込むように抱える。そして、顎を抑えて蹲ってしまったトールを見やる。


「大丈夫か、トール!」


「……だ、大丈夫、問題、ない。ただ、痛い、だけで……」


 トールはのろのろと片腕を上げると、大丈夫だと伝えるために片手をひらひらとした。だが、その動きはぎこちない。


「本当にすまない、トール。カロン、お前は自分の硬さの自覚を持たなければだめだ」


 ティシェに抱えられた腕の中で、カロンはしょんもりとしていた。先程まで揺れていた尾が垂れ下がる。


「いいな? お前は硬いんだ。当たれば相手に痛みを与える」


 カロォォ――落ち込んだ声が、カロンからもれた。

 しょげた紅の瞳が、そっとトールへ向けられる。


「……トール、ごめん、なさい」


「い、いいよ。もう、大丈夫。次からは気をつけようね」


 顔を上げたトールは気丈に振る舞って見せるが、鳶色の瞳にはまだ涙が薄らと滲んでいた。

 顎にはまだ痛みが残っているのだろうに、彼はよしっと勢いをつけて立ち上がる。


「腸詰めを買ってくるよ」


「あ、待て。それなら私が――」


 買ってこよう、とティシェが腰を浮かせかけるも、トールがそれをやんわりと制す。


「今日は僕のおごり、でしょ?」


 涙が未だ滲む瞳でトールは茶目っ気に笑った。


「……そう、だったな。では、次の時は私も、アーリィとラッフィルにおごろう」


 決意を滲ませて頷くティシェに、トールは一瞬きょとりと瞳を瞬かせたのち、顔を綻ばせる。


「うん、その時はよろしく」


「ああ、まかせておけ」


 やはり力強く頷き返すティシェに、トールは今度は、ははっ、と声を出して笑った。

 不思議そうに首を傾げたティシェに、トールが「じゃあ、ちょっと買ってくるね」と背を向けた時だった。


「――ねぇ、あの人が抱えてるのって、もしかして竜じゃない?」


「え? でも、竜にしては小さくない?」


「あ、わかった! 自然竜じゃない? ほら、城下の方で、自然竜が飛んでたって騒ぎがさっきあったじゃん」


「あ、ホントだ。首に許可証のプレートさげてる……ってことは、自然竜!? 本物!?」


 二人の耳に、通りを行き交う人々の話し声が届く。

 いつの間にか人通りが多くなっていた。

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