竜の乗り手
それぞれに頭巾と外套を被り直したティシェとトールは、また急勾配の階段を上がっていき、街の中腹を過ぎた頃に足を止めた。
トールの肩に留まっていたラッフィルが飛び立ち、厳かな雰囲気を放つ関所の関門に留まる。
「この先が城下中央区か?」
「うん、そうなるね。中央区は所謂富裕層の区画だから、こうして関所が設けられてる。と言っても、今の時代はもう形ばかりのものだから、そう緊張することもないよ」
口を小さく引き結んでいたティシェは、振り向くトールに瞳を瞬かせる。
「……よく、見ているな」
表情は乏しく、気持ちが表に出にくい自覚はあるので、純粋に驚く。それに今は頭巾を被っているのだ。余計に伝わりにくいだろうに。この驚きは、もはや感心に近いのかもしれない。
トールは虚をつかれたような顔をし、外套を深く被り直した。
「…………まあ、それなりに一緒にいるし」
それだけ告げると、彼は彼女に背を向け、そそくさと関門を潜っていってしまう。
ティシェは小さく小首を傾げつつ、トールの後を追いかけた。
関所に入ると砂色の髪を持った門番に行く手を遮られ、窓口からは、こちらも砂色の髪を持つ駐在騎士が顔を覗かせる。
「旅の者だろうか?」
頭から被り物をしたトールとティシェを見やり、少しだけ警戒を滲ませた様子で眉を寄せた。
それに応えるようにトールが外套を頭から脱ぐ。現れた黒の髪に、騎士は物珍しいものを見る目を向ける。
ティシェは頭巾へと伸した手に、僅かながらの力が入ったのを自覚した。頭巾の中で小さく口を引き結び、緩めるように息をそっと吐くと、一思いに頭巾を脱ぐ。
こちらもまた、現れた白銀の髪に軽く目を見張られたのがわかった。
が、そこはさすが騎士というべきか、すぐに彼の顔からその色は掻き消える。
「隠していたのは察してもらえると有り難いです」
にこりとトールの顔に笑顔が浮かび、そこに少しだけ苦みがはらむ。
ティシェは瞳を瞬かせた。
トールが自然な顔付きで引き出したそれに、彼の慣れを感じさせる。まだ日は浅いながらも、彼のその笑顔が外向き用なのだと判るくらいには一緒にいる。
騎士の彼が申し訳無さそうな顔をした。
「……申し訳ない、こちらもこれが仕事だから」
「ええ、それはこちらも承知しています」
「ここはもともと民族が根付いて興した小国だったからね。それから国という形を失い領となっても、人々は外へ流れなかった。土地柄、あまり外からの人の流れもなくて」
ゆえ、ここ街は砂色の髪を持つ人々が殆どを占めるのだ。
「その中では確かに隠したくもなる。それはこちらにもわかるよ。特にそこのお嬢さんは灯りの里の――」
「――物流があったのは存じていますが、なにぶん、私は幼かったので」
騎士の言葉を遮るように発したティシェに、彼は軽く驚きを含ませながらも、それ以上は触れることなく「残念だったよ」と言うに留めた。
ティシェの隣では、トールが彼女の行動を気にしつつも、さり気なくティシェと騎士の間に立ち、彼女の視界から騎士の姿を遮る。否、その逆だったのかもしれない。
トールの行動に騎士は息を一つ落とす。
「世間話が過ぎたね。――身の保証ができるものは?」
「身分証を持っている身ではありませんが、これでその代わりに成り得ませんか?」
そう言って、トールが服下にさげている竜笛を取り出し、騎士に見せるように紐から垂らす。ゆらゆらと揺れる白の竜笛が、外から差し込む陽を弾いた。
騎士がうむと一つ頷く。その吐息に、熱が混ざったような気がした。
「……確かに成り得るね。なるほど、竜の乗り手だったか」
騎士の後半の言には、どこか感嘆がはらむ。
竜の乗り手――それは竜に選ばれ、背に乗ることを許された者の呼び名、呼称。
そして、竜の里――竜と共存する一族の里に認められた者は、竜との繋がりの証として竜笛を持つ。竜の乗り手であっても、竜笛を持つ者はそう多くはない。
だから、身を証明するものの代わりに成り得るのだ。とくに、竜に護られしこの街においては――尊敬と羨望があるから。
そんな色を滲ませる騎士が、ティシェにも一瞥を投じた。
ティシェも服下から白銀に輝く竜笛を取り出す。
「これでいいだろうか?」
「ああ、問題ないよ。ありがとう」
騎士が手元に視線を落とし、何事かをペンで書き込んでいく。書類のような束がちらりと見えた。騎士がぺらりとその頁を繰る。
「城下地区で自然竜二頭の目撃報告が上がっているけど、それは?」
「僕達と旅をする竜です。申請は通っているはずですが」
「そうだね、通っている。だが、申請は三頭だったはず――」
書類から顔を上げた騎士の目に、少々の険がはらんだ。
トールが肩越しに振り返り、ティシェは了承の意で軽く頷く。
カロン、と呼びかけ一つ。ティシェの影の中で紅の双眸が瞬いた。そして、うにょんっと上体だけ影から這い出る。顕現したカロンの上体、その首元で金属製のプレートが踊る。
その様を見た騎士が驚きから目を丸くさせ、次第に好奇心から目をきらきらとさせた。
「影竜は初めて見たな」
感嘆の息をもらした騎士は、咳払い一つで落ち着きを装いつつも、書類に通行許可の判を元気よく押した。
こうしてティシェとトールは問題なく関所を通ることができた。
関所の門をくぐると、関門に留まっていたラッフィルがトールの肩へと舞い降りる。お疲れ、と労うように、ラッフィルはピィと小さく鳴くのだった。




