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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 3.過ぎし時にありがとうを
105/106

過去の行い、それは


「見苦しかったな。すまない」


 詫びるティシェに、トールは「……べつに、そんなことないけど」と少しだけ不満げに呟いた。

 もごもごと口の中で言葉を絡ませるのは、まだ自分の気持ちを扱い慣れていないからか。

 ティシェはそんな彼に小さく首を傾げる。


「トール?」


「……なんでも、ない」


 ティシェはその様子を訝しつつも、少しだけためらったのちに口を開いた。


「――透」


 彼の名をきちんと音にし、呼びかける。

 もごもごしていたトールの肩がぴくりと跳ねた。

 ティシェの声音が変わったことに気付いたのか、彼はゆっくりとティシェを見る。鳶色の瞳が、なに、と問いかける。

 けれども、ティシェにはその瞳がどこか身構えているようにも見え、蒼の瞳を少しだけ細めた。


「私はお前と話にきたんだ。だから、単刀直入に問おう」


 ティシェが何を問おうとしているのか、その察しがついてしまったトールは目を逸らす。


「……あれは、僕の問題って言ったはずだよ」


「だが、私ならそこへ踏み込んでもいいのだろう?」


「――っ」


 トールが押し黙った。


「朝は私が勝手に自責を抱いて踏み込めなかった」


 自責。その言葉が引っかかり、トールは顔を上げる。

 何か言いたげで、でも、互いに線引したそれがあるゆえに口にはできない。

 それでも、鳶色の瞳が揺れ動く。気遣うような色を帯び、ひたとティシェを見据える。

 ティシェはふわりと口に小さく笑みを浮かべ、その瞳を受け止めた。


「その話をしにきたんだ。だから、先に私の話からしよう」


「自責、の話……?」


 そっと問いかけるトールに、ティシェは一つ頷いた。

 森に風が吹き抜け、木漏れ日を静かに揺らす。


「私は今でも、トールをこちらへ連れてきてしまった要因は私にあると思っている。それについては、悪いことをしてしまったな、とも思っている」


「……それはティシェのせいじゃないって、僕は言ったよ」


「わかっている。トールのあれこれも私のせいだとは思っていない。けどな、トールを辛い目に合わせてしまった事、そこへと繋げてしまった事に対しては、責任を感じないほど冷たくは在れないんだ」


 ティシェの表情が崩れた。蒼の瞳を揺らし、口を強く引き結ぶ。

 何かを堪えるようにも見えるその表情に、トールも堪らず腰を浮かしかける。が、それをティシェはやんわりと首を振って拒んだ。

 まだ、すがるわけにはいかないから。


「そう思っているのに、私はトールに謝りたくないんだ。謝ってしまえば、それは悪いことだったと認めてしまうことになる。私は責任を感じながらも、悪いことをしたとは思っていないから」


 揺れる蒼の瞳がトールに向けられる。


「……謝れなくて、ごめんなさい」


 顔をうつむかせたティシェに、グローシャがよく頑張ったねと労るように頬を擦り寄せた。

 ティシェはそれにされるがまま。


「……なんで、ティシェは悪いことをしたとは思ってないの?」


 静かに紡がれたトールの問いに、ティシェは傷口に塩を擦り込まれたような気がした。

 それでも、ゆっくりと顔を上げて彼を見る。これだけはきちんと言葉にして伝えたいから。


「トールと、出会えたからだ。お前と出会えたことは、私の中ではすごく大事なことだから、だから、『悪いこと』にしたくないんだ」


 はっきりと、そう告げる。なんとも自分勝手な思いだろうか。

 あとは、これをどう受け取るか。それはトール次第だ。

 彼は「そっか」とだけ小さく呟き、視線を落とす。

 広がる静寂を木々のさわめきが埋めていく。

 伏せられた鳶色の瞳。その中で木漏れ日が反射して躍る。

 その様が綺麗で、しばしティシェが吸い寄せられるように見つめていると、ふとその鳶色がティシェを見た。

 ぴくりとティシェの肩が小さく跳ねた。


「僕は全然大丈夫だから、ティシェはもう気にしないで――って言ってあげられたら、よかったのにね」


 悔しそうな、申し訳なさそうな、そんな感情が入り交じる、力ない笑みをトールは浮かべた。


「僕もあれこれがあったから、その事を思っちゃうと、やっぱりそんなこと言えない。言ってあげられない」


 だから、ごめんね、と。

 トールもまた、ティシェに謝を口にする。

 ティシェは小さく蒼の瞳を見開き、きゅっと細めると、そっと視線を逃してゆるく首を横に振った。


「トールが謝ることはない。……そう言われることも、覚悟していた」


 いや、嘘だ。

 自分で言っておいて、即座に胸の内で否定する。

 視線を逃がした先で視界がじわりと滲みかけ、慌てて上を向いた。

 ピルルルゥ、グローシャが気遣うように声をもらす。

 だが、そこで「でも」とトールの小さな呟きが耳に届く。

 滲み出そうだったそれがすぐに引っ込む。彼の呟きの、その先を期待してしまったから。

 蒼の瞳がトールを見る。潤みかけたその瞳が揺れ動く。

 トールは鳶色の瞳を一瞬瞠り、引き結んでいた口を開いた。


「そこまで抱え込んじゃってるなんて、思ってなかった」


 ティシェはただ黙って、何度も首を横に振った。

 これはただ、ティシェが勝手に抱え込んでしまっただけ。トールが苦く感じる必要などないのだ。

 そんな彼女に、トールは腰を浮かす。

 アーリィは離れていくトールを気にすることなく、興味ないとばかりにあくびをすると、頭を下げて地に伏せて目を閉じた。

 トールがティシェの前に立つけれども、ティシェは彼を見上げることができなかった。

 やがてトールは膝を付けて座ると、彼女の方へ手を伸ばし、その頬に触れた。

 彼の手に促されるようにティシェは顔を上げる。トールがほっと息を吐く。


「よかった。泣いてなかった」


 指の腹が、ティシェの目元を優しく擦る。

 擦られた側の瞳を細めながら、ティシェはその手を掴んで頬を寄せた。

 トールがまた口を引き結ぶ。彼女のそれが、自分を求めているように感じたから。


「気にしてるとか、気にしてないとか、そんなことの前に、僕は君に伝えなくちゃいけないことがあったね」


 トールの手に擦り寄っていたティシェがぴくりと反応し、蒼の瞳がこわごわと彼を見上げる。

 緊張したその様子に、トールはふわりとやわく笑った。


「星に願ってくれて、ありがとう――って」


 はた、と。蒼の瞳が瞬く。


「なんで、礼を……」


「だって、ティシェが星に願ってくれたから、僕は君と出会えたんだ。君と出会えたことは、僕にとってもすごく大事なこと。大切にしたいことなんだ」


 蒼の瞳がくっと歪み、その目元をトールの指の腹が撫でた。


「正しいことじゃなかったのかもしれない。けど、悪いことでもないと僕は思うよ。誰かを求めちゃうのは、自然な気持ちの動き。……僕だってそうだもん」


 照れ笑いにも似たそれで、くしゃりとトールが笑う。

 途端、ティシェは口を引き結んだ。我慢しないと溢れそうだったから。

 けれども、蒼の瞳は膜を張り始め、やがて剥がれるように、はらと溢れ落ちた。

 頬を滑ったそれをティシェが認識する前に、トールはティシェの頭を引き寄せる。

 こつん、と頭を彼の肩にあずける形になり、ティシェはそのまま堪えきれずに顔を埋めた。

 目尻から溢れたそれがトールの服に染み込む。

 ティシェは引き結んでいた口を緩め、くぐもった声をもらした。


「……この旅が終わっても、ずっとこの先も、トールの隣にいたいと、そう思ってもいいのだろうか」


「うん、いいよ。というか、いてよ。僕もティシェの隣にいたいし」


 うんとやわい声でトールは応える。

 ティシェの髪を撫でる手が優しい。


「……家族になりたいと、そう口にしてもいいだろうか」


「うん、いい――」


 よ、と。トールは応えようとして、ぱちりと鳶色の瞳を瞬かせた。

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