過去の行い、それは
「見苦しかったな。すまない」
詫びるティシェに、トールは「……べつに、そんなことないけど」と少しだけ不満げに呟いた。
もごもごと口の中で言葉を絡ませるのは、まだ自分の気持ちを扱い慣れていないからか。
ティシェはそんな彼に小さく首を傾げる。
「トール?」
「……なんでも、ない」
ティシェはその様子を訝しつつも、少しだけためらったのちに口を開いた。
「――透」
彼の名をきちんと音にし、呼びかける。
もごもごしていたトールの肩がぴくりと跳ねた。
ティシェの声音が変わったことに気付いたのか、彼はゆっくりとティシェを見る。鳶色の瞳が、なに、と問いかける。
けれども、ティシェにはその瞳がどこか身構えているようにも見え、蒼の瞳を少しだけ細めた。
「私はお前と話にきたんだ。だから、単刀直入に問おう」
ティシェが何を問おうとしているのか、その察しがついてしまったトールは目を逸らす。
「……あれは、僕の問題って言ったはずだよ」
「だが、私ならそこへ踏み込んでもいいのだろう?」
「――っ」
トールが押し黙った。
「朝は私が勝手に自責を抱いて踏み込めなかった」
自責。その言葉が引っかかり、トールは顔を上げる。
何か言いたげで、でも、互いに線引したそれがあるゆえに口にはできない。
それでも、鳶色の瞳が揺れ動く。気遣うような色を帯び、ひたとティシェを見据える。
ティシェはふわりと口に小さく笑みを浮かべ、その瞳を受け止めた。
「その話をしにきたんだ。だから、先に私の話からしよう」
「自責、の話……?」
そっと問いかけるトールに、ティシェは一つ頷いた。
森に風が吹き抜け、木漏れ日を静かに揺らす。
「私は今でも、トールをこちらへ連れてきてしまった要因は私にあると思っている。それについては、悪いことをしてしまったな、とも思っている」
「……それはティシェのせいじゃないって、僕は言ったよ」
「わかっている。トールのあれこれも私のせいだとは思っていない。けどな、トールを辛い目に合わせてしまった事、そこへと繋げてしまった事に対しては、責任を感じないほど冷たくは在れないんだ」
ティシェの表情が崩れた。蒼の瞳を揺らし、口を強く引き結ぶ。
何かを堪えるようにも見えるその表情に、トールも堪らず腰を浮かしかける。が、それをティシェはやんわりと首を振って拒んだ。
まだ、すがるわけにはいかないから。
「そう思っているのに、私はトールに謝りたくないんだ。謝ってしまえば、それは悪いことだったと認めてしまうことになる。私は責任を感じながらも、悪いことをしたとは思っていないから」
揺れる蒼の瞳がトールに向けられる。
「……謝れなくて、ごめんなさい」
顔をうつむかせたティシェに、グローシャがよく頑張ったねと労るように頬を擦り寄せた。
ティシェはそれにされるがまま。
「……なんで、ティシェは悪いことをしたとは思ってないの?」
静かに紡がれたトールの問いに、ティシェは傷口に塩を擦り込まれたような気がした。
それでも、ゆっくりと顔を上げて彼を見る。これだけはきちんと言葉にして伝えたいから。
「トールと、出会えたからだ。お前と出会えたことは、私の中ではすごく大事なことだから、だから、『悪いこと』にしたくないんだ」
はっきりと、そう告げる。なんとも自分勝手な思いだろうか。
あとは、これをどう受け取るか。それはトール次第だ。
彼は「そっか」とだけ小さく呟き、視線を落とす。
広がる静寂を木々のさわめきが埋めていく。
伏せられた鳶色の瞳。その中で木漏れ日が反射して躍る。
その様が綺麗で、しばしティシェが吸い寄せられるように見つめていると、ふとその鳶色がティシェを見た。
ぴくりとティシェの肩が小さく跳ねた。
「僕は全然大丈夫だから、ティシェはもう気にしないで――って言ってあげられたら、よかったのにね」
悔しそうな、申し訳なさそうな、そんな感情が入り交じる、力ない笑みをトールは浮かべた。
「僕もあれこれがあったから、その事を思っちゃうと、やっぱりそんなこと言えない。言ってあげられない」
だから、ごめんね、と。
トールもまた、ティシェに謝を口にする。
ティシェは小さく蒼の瞳を見開き、きゅっと細めると、そっと視線を逃してゆるく首を横に振った。
「トールが謝ることはない。……そう言われることも、覚悟していた」
いや、嘘だ。
自分で言っておいて、即座に胸の内で否定する。
視線を逃がした先で視界がじわりと滲みかけ、慌てて上を向いた。
ピルルルゥ、グローシャが気遣うように声をもらす。
だが、そこで「でも」とトールの小さな呟きが耳に届く。
滲み出そうだったそれがすぐに引っ込む。彼の呟きの、その先を期待してしまったから。
蒼の瞳がトールを見る。潤みかけたその瞳が揺れ動く。
トールは鳶色の瞳を一瞬瞠り、引き結んでいた口を開いた。
「そこまで抱え込んじゃってるなんて、思ってなかった」
ティシェはただ黙って、何度も首を横に振った。
これはただ、ティシェが勝手に抱え込んでしまっただけ。トールが苦く感じる必要などないのだ。
そんな彼女に、トールは腰を浮かす。
アーリィは離れていくトールを気にすることなく、興味ないとばかりにあくびをすると、頭を下げて地に伏せて目を閉じた。
トールがティシェの前に立つけれども、ティシェは彼を見上げることができなかった。
やがてトールは膝を付けて座ると、彼女の方へ手を伸ばし、その頬に触れた。
彼の手に促されるようにティシェは顔を上げる。トールがほっと息を吐く。
「よかった。泣いてなかった」
指の腹が、ティシェの目元を優しく擦る。
擦られた側の瞳を細めながら、ティシェはその手を掴んで頬を寄せた。
トールがまた口を引き結ぶ。彼女のそれが、自分を求めているように感じたから。
「気にしてるとか、気にしてないとか、そんなことの前に、僕は君に伝えなくちゃいけないことがあったね」
トールの手に擦り寄っていたティシェがぴくりと反応し、蒼の瞳がこわごわと彼を見上げる。
緊張したその様子に、トールはふわりとやわく笑った。
「星に願ってくれて、ありがとう――って」
はた、と。蒼の瞳が瞬く。
「なんで、礼を……」
「だって、ティシェが星に願ってくれたから、僕は君と出会えたんだ。君と出会えたことは、僕にとってもすごく大事なこと。大切にしたいことなんだ」
蒼の瞳がくっと歪み、その目元をトールの指の腹が撫でた。
「正しいことじゃなかったのかもしれない。けど、悪いことでもないと僕は思うよ。誰かを求めちゃうのは、自然な気持ちの動き。……僕だってそうだもん」
照れ笑いにも似たそれで、くしゃりとトールが笑う。
途端、ティシェは口を引き結んだ。我慢しないと溢れそうだったから。
けれども、蒼の瞳は膜を張り始め、やがて剥がれるように、はらと溢れ落ちた。
頬を滑ったそれをティシェが認識する前に、トールはティシェの頭を引き寄せる。
こつん、と頭を彼の肩にあずける形になり、ティシェはそのまま堪えきれずに顔を埋めた。
目尻から溢れたそれがトールの服に染み込む。
ティシェは引き結んでいた口を緩め、くぐもった声をもらした。
「……この旅が終わっても、ずっとこの先も、トールの隣にいたいと、そう思ってもいいのだろうか」
「うん、いいよ。というか、いてよ。僕もティシェの隣にいたいし」
うんとやわい声でトールは応える。
ティシェの髪を撫でる手が優しい。
「……家族になりたいと、そう口にしてもいいだろうか」
「うん、いい――」
よ、と。トールは応えようとして、ぱちりと鳶色の瞳を瞬かせた。




