森に眠る
竜舎を出て、薄く木漏れ日が落つる森を歩く。
もう少し陽が登れば、木漏れ日も色濃くなるのだろう。
足を止め、空を仰いで手をかざす。枝葉から薄ら陽が透けた。
さわざわと薫風が森を揺らし、しばしその葉音に聴き入っていると、足下の影が蠢いた。
視線を落とす。影に潜むカロンは何かを感じ取ったらしく、影の中で紅の瞳を瞬かせていた。
それはグローシャも同じようで、頻りに鼻先を上に向けては、すんすんと鼻を鳴らしている。
そんな竜達の反応に、ティシェは一つの予感を覚えて蒼の瞳を前に据えた。
風に誘われるように森の奥へと、さらに歩を進めるのだった。
それから程なくしてトールをみつけた。
ボワの言ったとおり、彼の姿は木の下にあった。
薄く木漏れ日を落とす木の下で、アーリィが腹這い姿勢になって眠っている。
その彼女に寄りかかるように身を沈ませたトールも、すうすうと気持ちよさそうに眠っていた。
彼の膝上でラッフィルもまた、自身の羽根に顔を埋めて眠っている。
やわく吹き抜ける風が、さわざわと木漏れ日を揺らした。
眠る彼らを前にして、起こすのもはばかれる気がしたティシェはそこで立ち止まる。
それにならってグローシャも立ち止まり、カロンは影から顔だけを出す。
と。アーリィが小さくまぶたを持ち上げ、天色の瞳を薄ら覗かせた。
ティシェに気付いている動きだ。
「……やはり、風はアーリィが喚んだものだったか」
小さく呟きを落とせば、アーリィはふすっと鼻を鳴らした。
彼女の天色の瞳が、自身の羽毛に沈んで眠るトールを見やる。
彼は相変わらず、すうすう、と穏やかな寝息を立てて眠っており、ティシェ達の訪れやそのやり取りに起き出す気配はない。
それだけ深く眠っているということだろうか。
あまりに気持ちよさそうな彼の寝顔に、ティシェは思わず頬を緩めかけるが、そこではたと気付いてしまった。
蒼の瞳を小さく見開いてアーリィを見る。
「……なあ、アーリィ」
天色の瞳がティシェを見返した。
「トールが外を回るのは、運動のためだと思っていたんだが……、もしかして、夜に眠れていない分を眠るためだったりするのか……?」
アーリィがふすぅと深く息を吐き出した。そしてまた、まぶたを閉じてしまう。
それが肯定だった。
ティシェは口を引き結んでトールをみつめる。
なんだか悔しかった。
彼に隠されていた、ということよりも、話してくれるほどの関係を築けていなかった、ということを突き付けられた気がして。
*
森のさわめきに意識を揺すられ、トールはふわりと浮き上がるように目を覚ました。
ゆっくりと身を起こして身体を捻ると、固まった関節が鳴る。
身体的にはあまりよくないのだろうが、ぽきぱきと聞く音は気持ちいい。
膝上で眠っていたはずのラッフィルの姿がない。先に目を覚まし、どこかへ遊びにでも行ったのか。
最後に両手を組んで伸びを終え、ふとその存在に気付く。
「あれ、なんでティシェが」
隣で彼女が眠っていた。否、厳密には隣ではない。
腹這いのアーリィの隣で、同じく腹這いになって眠るグローシャに寄りかかってティシェは眠っていた。
だが、こちらへ顔を向けて眠る彼女の、その寝顔を見てしまうと、気まずさに気恥ずかしさをも絡んで思わず目を逸らした。
頬が少しばかり熱い。
逸らした先でアーリィと目が合うと、彼女は小馬鹿にするように、ふっと軽く鼻を鳴らした。
それがなんだか悔しく、トールは仕返しとばかりにアーリィの顔周りをくしゃくしゃに撫で回す。
そうすればもちろん、アーリィ自身がこだわりを持って整えている羽毛はくしゃくしゃに乱れるわけで。
天色の瞳をすっと眇めた彼女は、次の瞬間には口先でトールを強く小突いた。ごつっと鈍い音がした。
トールの口からは「いったぁ」と声が上がる。
小突かれた頭を抑えながら、アーリィを思いっきり睨む。
「小突くことないじゃんっ!」
文句を飛ばせば、彼女はさらに鋭く天色の瞳を細めた。そして、口先を大きく振り上げる。
さすがに慌てるのはトールだ。そんな勢いをつけて小突かれたら、それはもう小突かれではなくなる。
「ちょっと待った待ったっ! タンマっ!」
「……ん、なにをさわいでるんだ」
突としてか細い声がした。
トールもアーリィも、ぴたりと動きを止めて振り向く。
寝起きの蒼の瞳がしぱしぱと瞬き、トールを見ていた。
寝る際に解いたのか、寝ている最中に解けてしまったのか、普段は束ねている彼女の白銀の髪が乱れ、はらりと肩からこぼれた。
それに、くつろげられている首元にまで目がいってしまう。寝やすいようにくつろげたのか、寝ている最中に乱れたのかは知らないけれども。
これはまさしく寝起きだ――それを途端に意識してしまったトールは、瞬時にティシェへ背を向ける。
「と、とりあえず今は、ちゃんと整えてくれると僕が助かる」
「……何を?」
意識がはっきりしてきたようで、先程よりもしっかりとした声で問い返すティシェに、やり取りを見守っていたグローシャが頭を持ち上げる。
彼女は器用にも、竜にとっては細かな物だろう髪紐を咥えていた。
目の前にぷらりとそれをぶら下げられ、ティシェは得心した様子で「ああ、これか」と一つ頷いた。
グローシャから髪紐を受け取り、軽く髪を手で梳いて束ねる。ついでに崩れた衣服も直していく。
ごそごそと、文字通りにごそごそと衣擦れの音を背に感じながら、トールは熱を持つ頬に手を当ててこねていた。
「……なにこれ、いい歳して思春期みたいな」
今までも気遣いの意味合いで寝起きの彼女からは目を逸らしていたが、そこへ気恥ずかしさが絡むのは、自身の気持ちを認めてしまったためか。
意識すればするほどに、積極的に見ようとしている己にも気付いてしまい、戸惑いやら気まずさも相まって何が何やらで――。
と、唸っているトールを、アーリィはどうでもよさそうに眺めやり、呑気に寝起きのあくびを一つした。




