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少女と竜は今日も旅をする。  作者: 白浜ましろ
Episode 3.過ぎし時にありがとうを
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大事から繋がる気持ち


「かぞ、く……?」


 はて、と。もう一度、トールは鳶色の瞳を瞬かせた。

 何かを飛び越している気がするのだが、どうだろうか。

 家族うんぬんの前に、なんかこう、いろいろと段階がある気がする。その段階を踏んで家族になっていくのが一般的なのではないか。

 はて、とまた鳶色の瞳を瞬かせる前に、いやいや、と自分の思考に待ったをかけた。

 そもそも、どこからどうなって家族に飛ぶのか。

 ううーんと悩みはじめて動きを止めたトールを、ティシェは訝しんでそろりと顔を上げる。

 あらぬ方を見やっているトールに、ティシェはくんっと服の裾を軽く引っ張り、彼の意識を自分に向かせた。


「どうした」


「……あ、うん。どうしたっていうか、話が飛び越えてるっていうか……いや、そもそもどこからきたの、それ」


「何が?」


「家族うんぬんの話」


 ぱちくりと蒼の瞳を瞬かせ、ティシェは何を当たり前のことを訊くのだろうかと首を傾げた。


「グローシャの大事と、トールの大事の形が違うと言ったよな」


「……そう、聞いた、かも……?」


「そのトールを『大事』に想う先に繋がっていたんだ。トールと家族になりたいという気持ちに。トールが大事だから」


「……っ、その『大事』が別の言葉に思えてきちゃうこれは、どう反応するのが正解……?」


 トールの頬がほんのりと、薄ら色付く。

 期待をしてしまうような言葉だ。けれども、明確の言葉ではない。

 反応に困り、鳶色の瞳をあちらこちらに彷徨わせた――が、やがてティシェの後ろを見やったところで止まった。

 グローシャが、やれやれ、と言わんばかりに首を振っているのが少し気になったから。否、かなり気になる。

 トールの頬から熱が急速に引いた。


「……ねえ、ティシェ」


 ティシェの蒼の瞳が持ち上がる。

 トールはその瞳を受け留め、やけに真面目くさった顔で彼女に一つの問いを投げた。


「僕は君が好きなんだけど、君は僕のことをどう思ってるのか訊いてもいいかな……? その『大事』が何なのか、僕は知りたい」


 己が何を告げてしまったのかにも気付かず、トールはティシェを静かに見つめて答えを待った。

 しばしティシェは瞳を瞬かせ、そして戸惑うように視線を動かす。


「……すま、ない」


 そっと落とされた、呟きにも似た小さな声。

 けれどもトールにはきちんと届いていて、瞬間、ぴしっと音を立てて氷ついた。

 まるで氷竜の凍える吐息を吹きかけられたような心地だ。


「トー、ル――?」


 トールから身体を離したティシェは、ひらひらと彼の前で手をひらめかせて呼びかける。

 それでも微動だにしない彼を、大きく息を落としたアーリィが身を起こし、遠慮なく後ろから小突いた。

 ごつっと良い音が響き、氷から解かれたトールは後頭部を抑えて呻く。いたい、と若干潤む鳶色の瞳が後ろを振り返った。


「……また小突いたな」


 アーリィはふんっとそっぽを向く。鳶色の瞳が半目になって据わった。

 悔しげに唸るトールの姿に、ティシェが「トール」と呼びかける。

 振り返る彼に口を開き、けれども言葉にすべきそれがみつからずにまた閉じる。

 黙って俯いてしまったティシェに、トールもまた気まずさから俯いてしまう。

 今度はグローシャが大きく息を落とした。

 そして促すようにティシェを軽く突き、振り返った彼女に顎先でトールを示す。

 ピルッと強く鳴くのは、言葉にしなさい、と言っているようだ。

 わかっている、と小さく口にしたティシェが顔を上げる。


「トール。いや、透」


 改めて呼ばれた名に、トールは身体を緊張させる。

 どくどく、と。やけに自身の鼓動を大きく感じた。


「……その、透のことはもちろん、いつか伝えたみたいに嫌いではない。お前と家族になりたい気持ちも、もうずっと私の中では大きいんだ」


「……うん」


 トールの頬に熱が灯って薄ら色付く。


「グローシャを大事に思うのと、透を大事に思うその形が違うのは、今でははっきりとわかる。わかるが、それに気付いたばかりでもあるんだ」


 だから、と。


「それがどんな形なのか――それがわかるまで、少しだけ待ってはくれないだろうか」


「……それはつまり、保留ってこと?」


 ティシェは一瞬だけ息を詰まらせ、頬に薄ら熱を帯びたのを感じた。

 それがどうしてなのかわからず、トールの顔もどうしてか直視できなく、おずおずと「そう、だな」と頷いた。

 途端。トールが、はああ、と大きく息を吐き出した。

 彼は蒼の瞳を丸くするティシェに気付くと、照れ笑いとも苦笑ともとれる笑みを浮かべる。


「保留でよかったと思ってさ。ふられたかと思った」


 ティシェはぱちりと蒼の瞳を瞬かせた。

 先程の、すまない、をそう捉えていたのか。


「私は大事の形がわかるまで待ってくれとは言ったが、透から離れる気はないぞ。お前と家族になりたい気持ちは変わらない」


 これだけはきちんと伝えなければと口にすれば、トールは薄ら色付いた頬をさらに色濃くし、ふいと目を逸らした。


「……わかってる。ちゃんと伝わってるよ」


 不思議そうに彼の顔を覗き込めば、そっと小さな動きで鳶色の瞳がティシェを見る。

 口はすねたように引き結ばれ、その瞳には少しだけ熱をはらんだ不機嫌の色が垣間見えた。

 熱は伝染する。

 ティシェはそっと彼から距離を取って、自然な動きを装って顔を逸らした。

 頬に薄ら帯びた熱が、その温度を上げた気がするのはどうしてだろうか。頬が、熱い。

 気をまぎらわせるため、ティシェはぱたぱたと手で顔を仰いでみた。




   *




「――それで、透」


 アーリィの羽毛に顔を埋めていたトールは、ティシェの呼びかけに顔を上げた。


「……なに」


「なに、は私の方なんだけどな」


 すっくと立ち上がったティシェは、首を傾げてトールを見やった。


「何をしているんだ?」


「気持ちで先走っていたところに理解がやっと追い付いて、自分が何を口走ったのかを認識したとこ」


 まだ言うつもりなかったのに、とか、ていうかそこまで気持ちわかっててまだわかんないとかさ、とか何やら不満めいたものを呟いている。

 それでもティシェが首を傾げていると、トールはふいとそっぽを向いてしまった。

 アーリィは迷惑そうに、彼に顔を埋められて乱れた羽毛を繕っている。

 トールはちらりとティシェを横目に見やった。


「……ティシェは平気そうだね」


「私は満たしてもらったからな」


「なんか言い方……」


 トールはティシェから視線を逸らし、はあ、と小さく息を吐いた。


「……なんか悔しい」


 彼の呟きは吹き抜けた風に紛れてしまう。

 さわざわと風が木々を揺らし、その中に、ピィイ、と鳥の声が一つ。

 皆が顔を上げれば、ちょこん、とトールの肩に小さな重さが乗る。

 ピィ、と鳴く彼に、トールは指先を伸ばして頭を撫でた。

 ほっと緩んだ鳶色の瞳がやわらかく細められた。


「――ラッフィル、おかえり。森の散策はどうだった?」


 楽しかったよと告げるようにさえずりながら、ラッフィルはトールの指先に絡み擦り寄る。


「カロンも楽しかったか?」


 ティシェが足下に視線を落とせば、影から顔を出したカロンが、キャロン、と機嫌よく鳴いた。

 そうか、と目元を和らげ、ティシェは空を仰いだ。

 木々が広げる枝葉の隙間から陽が覗き、その高さから今のおよその時間を把握する。


「昼時、か」


 ラッフィルと戯れ、幾分か気持ちも落ち着いたトールが顔を上げた。


「なら、そろそろ宿舎の方へ戻ろうか」


 立ち上がろうと腰を浮かしかけたトールだったが、いや、と首を振るティシェに制され、またその場に座った。

 首を傾げるトールをそのままに、ティシェはカロンへと視線を向ける。


「カロン、一つ頼まれてくれるか?」


 カロンの紅の瞳がぱちくりと瞬く。


「シロワかボワに、昼食は遅れる、と言付けてくれないだろうか」


「飯、遅れる。で、いい?」


 随分と簡潔になったなと思いつつも、内容としては差異はないため、是の意味で頷くとカロンは影に沈んだ。

 その気配が遠ざかる前に、ラッフィルがカロンを追って飛び立った。

 一頭と一羽を見送り、ティシェがトールの前にあぐらをかいて座ると、彼は軽く顔をしかめて理由を求めてきた。


「戻らないのはなんで?」


「まだ透の話を聞いていないからだ」


 鳶色の瞳が一瞬瞠り、力が抜けたように苦く笑った。


「……踏み込みにきたって話だったもんね」


 トールは観念したように肩をすくめる。

 ティシェは真っ直ぐ彼を見つめた。


「話をしよう、透。先に私の話をしたから――」


「次は僕の番ってことだよね」


 ティシェがゆっくりと一つ頷けば、トールはふっと息を吐くように弱々しく笑った。




   *


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