大事から繋がる気持ち
「かぞ、く……?」
はて、と。もう一度、トールは鳶色の瞳を瞬かせた。
何かを飛び越している気がするのだが、どうだろうか。
家族うんぬんの前に、なんかこう、いろいろと段階がある気がする。その段階を踏んで家族になっていくのが一般的なのではないか。
はて、とまた鳶色の瞳を瞬かせる前に、いやいや、と自分の思考に待ったをかけた。
そもそも、どこからどうなって家族に飛ぶのか。
ううーんと悩みはじめて動きを止めたトールを、ティシェは訝しんでそろりと顔を上げる。
あらぬ方を見やっているトールに、ティシェはくんっと服の裾を軽く引っ張り、彼の意識を自分に向かせた。
「どうした」
「……あ、うん。どうしたっていうか、話が飛び越えてるっていうか……いや、そもそもどこからきたの、それ」
「何が?」
「家族うんぬんの話」
ぱちくりと蒼の瞳を瞬かせ、ティシェは何を当たり前のことを訊くのだろうかと首を傾げた。
「グローシャの大事と、トールの大事の形が違うと言ったよな」
「……そう、聞いた、かも……?」
「そのトールを『大事』に想う先に繋がっていたんだ。トールと家族になりたいという気持ちに。トールが大事だから」
「……っ、その『大事』が別の言葉に思えてきちゃうこれは、どう反応するのが正解……?」
トールの頬がほんのりと、薄ら色付く。
期待をしてしまうような言葉だ。けれども、明確の言葉ではない。
反応に困り、鳶色の瞳をあちらこちらに彷徨わせた――が、やがてティシェの後ろを見やったところで止まった。
グローシャが、やれやれ、と言わんばかりに首を振っているのが少し気になったから。否、かなり気になる。
トールの頬から熱が急速に引いた。
「……ねえ、ティシェ」
ティシェの蒼の瞳が持ち上がる。
トールはその瞳を受け留め、やけに真面目くさった顔で彼女に一つの問いを投げた。
「僕は君が好きなんだけど、君は僕のことをどう思ってるのか訊いてもいいかな……? その『大事』が何なのか、僕は知りたい」
己が何を告げてしまったのかにも気付かず、トールはティシェを静かに見つめて答えを待った。
しばしティシェは瞳を瞬かせ、そして戸惑うように視線を動かす。
「……すま、ない」
そっと落とされた、呟きにも似た小さな声。
けれどもトールにはきちんと届いていて、瞬間、ぴしっと音を立てて氷ついた。
まるで氷竜の凍える吐息を吹きかけられたような心地だ。
「トー、ル――?」
トールから身体を離したティシェは、ひらひらと彼の前で手をひらめかせて呼びかける。
それでも微動だにしない彼を、大きく息を落としたアーリィが身を起こし、遠慮なく後ろから小突いた。
ごつっと良い音が響き、氷から解かれたトールは後頭部を抑えて呻く。いたい、と若干潤む鳶色の瞳が後ろを振り返った。
「……また小突いたな」
アーリィはふんっとそっぽを向く。鳶色の瞳が半目になって据わった。
悔しげに唸るトールの姿に、ティシェが「トール」と呼びかける。
振り返る彼に口を開き、けれども言葉にすべきそれがみつからずにまた閉じる。
黙って俯いてしまったティシェに、トールもまた気まずさから俯いてしまう。
今度はグローシャが大きく息を落とした。
そして促すようにティシェを軽く突き、振り返った彼女に顎先でトールを示す。
ピルッと強く鳴くのは、言葉にしなさい、と言っているようだ。
わかっている、と小さく口にしたティシェが顔を上げる。
「トール。いや、透」
改めて呼ばれた名に、トールは身体を緊張させる。
どくどく、と。やけに自身の鼓動を大きく感じた。
「……その、透のことはもちろん、いつか伝えたみたいに嫌いではない。お前と家族になりたい気持ちも、もうずっと私の中では大きいんだ」
「……うん」
トールの頬に熱が灯って薄ら色付く。
「グローシャを大事に思うのと、透を大事に思うその形が違うのは、今でははっきりとわかる。わかるが、それに気付いたばかりでもあるんだ」
だから、と。
「それがどんな形なのか――それがわかるまで、少しだけ待ってはくれないだろうか」
「……それはつまり、保留ってこと?」
ティシェは一瞬だけ息を詰まらせ、頬に薄ら熱を帯びたのを感じた。
それがどうしてなのかわからず、トールの顔もどうしてか直視できなく、おずおずと「そう、だな」と頷いた。
途端。トールが、はああ、と大きく息を吐き出した。
彼は蒼の瞳を丸くするティシェに気付くと、照れ笑いとも苦笑ともとれる笑みを浮かべる。
「保留でよかったと思ってさ。ふられたかと思った」
ティシェはぱちりと蒼の瞳を瞬かせた。
先程の、すまない、をそう捉えていたのか。
「私は大事の形がわかるまで待ってくれとは言ったが、透から離れる気はないぞ。お前と家族になりたい気持ちは変わらない」
これだけはきちんと伝えなければと口にすれば、トールは薄ら色付いた頬をさらに色濃くし、ふいと目を逸らした。
「……わかってる。ちゃんと伝わってるよ」
不思議そうに彼の顔を覗き込めば、そっと小さな動きで鳶色の瞳がティシェを見る。
口はすねたように引き結ばれ、その瞳には少しだけ熱をはらんだ不機嫌の色が垣間見えた。
熱は伝染する。
ティシェはそっと彼から距離を取って、自然な動きを装って顔を逸らした。
頬に薄ら帯びた熱が、その温度を上げた気がするのはどうしてだろうか。頬が、熱い。
気をまぎらわせるため、ティシェはぱたぱたと手で顔を仰いでみた。
*
「――それで、透」
アーリィの羽毛に顔を埋めていたトールは、ティシェの呼びかけに顔を上げた。
「……なに」
「なに、は私の方なんだけどな」
すっくと立ち上がったティシェは、首を傾げてトールを見やった。
「何をしているんだ?」
「気持ちで先走っていたところに理解がやっと追い付いて、自分が何を口走ったのかを認識したとこ」
まだ言うつもりなかったのに、とか、ていうかそこまで気持ちわかっててまだわかんないとかさ、とか何やら不満めいたものを呟いている。
それでもティシェが首を傾げていると、トールはふいとそっぽを向いてしまった。
アーリィは迷惑そうに、彼に顔を埋められて乱れた羽毛を繕っている。
トールはちらりとティシェを横目に見やった。
「……ティシェは平気そうだね」
「私は満たしてもらったからな」
「なんか言い方……」
トールはティシェから視線を逸らし、はあ、と小さく息を吐いた。
「……なんか悔しい」
彼の呟きは吹き抜けた風に紛れてしまう。
さわざわと風が木々を揺らし、その中に、ピィイ、と鳥の声が一つ。
皆が顔を上げれば、ちょこん、とトールの肩に小さな重さが乗る。
ピィ、と鳴く彼に、トールは指先を伸ばして頭を撫でた。
ほっと緩んだ鳶色の瞳がやわらかく細められた。
「――ラッフィル、おかえり。森の散策はどうだった?」
楽しかったよと告げるようにさえずりながら、ラッフィルはトールの指先に絡み擦り寄る。
「カロンも楽しかったか?」
ティシェが足下に視線を落とせば、影から顔を出したカロンが、キャロン、と機嫌よく鳴いた。
そうか、と目元を和らげ、ティシェは空を仰いだ。
木々が広げる枝葉の隙間から陽が覗き、その高さから今のおよその時間を把握する。
「昼時、か」
ラッフィルと戯れ、幾分か気持ちも落ち着いたトールが顔を上げた。
「なら、そろそろ宿舎の方へ戻ろうか」
立ち上がろうと腰を浮かしかけたトールだったが、いや、と首を振るティシェに制され、またその場に座った。
首を傾げるトールをそのままに、ティシェはカロンへと視線を向ける。
「カロン、一つ頼まれてくれるか?」
カロンの紅の瞳がぱちくりと瞬く。
「シロワかボワに、昼食は遅れる、と言付けてくれないだろうか」
「飯、遅れる。で、いい?」
随分と簡潔になったなと思いつつも、内容としては差異はないため、是の意味で頷くとカロンは影に沈んだ。
その気配が遠ざかる前に、ラッフィルがカロンを追って飛び立った。
一頭と一羽を見送り、ティシェがトールの前にあぐらをかいて座ると、彼は軽く顔をしかめて理由を求めてきた。
「戻らないのはなんで?」
「まだ透の話を聞いていないからだ」
鳶色の瞳が一瞬瞠り、力が抜けたように苦く笑った。
「……踏み込みにきたって話だったもんね」
トールは観念したように肩をすくめる。
ティシェは真っ直ぐ彼を見つめた。
「話をしよう、透。先に私の話をしたから――」
「次は僕の番ってことだよね」
ティシェがゆっくりと一つ頷けば、トールはふっと息を吐くように弱々しく笑った。
*




