第77話 狂信の果て
「……よし。ようやく戻ってこれたな……」
なんとか隠し部屋に辿り着いた長は一息つきながら、後ろを見回す。
崩落するダンジョン。コントロールから逃れて襲ってくるキメラ魔物たち。
ここに来るまで、部下も僅か数人しか残っていない。
……彼らの犠牲は無駄にはしない。なんとしてでも計画は成就させる。
長は傍の置かれていた四角い板に指で触れる。
するとブウンと音を立てて、この部屋中が明るくなる。
部屋の機能を起動させたのだ。
ありがたい事に設備そのものは、まだ生きている。
操作の仕方なら自分も覚えている。
これならば十分に稼働する。
「ジャクムの研究室から別にしておいて正解だったな」
そこにはラッシュたちが訪れたような、ジャクムの研究室と同じ円筒のガラスケースがあった。
中にいるのはキメラ魔物ではなく、人間のような人影が映っている。
「おお……」
「なんと神々しい……」
「破壊……全ての原初の生命。終わりをもたらすもの」
長を始めとした白装束らは畏敬と崇拝の念を込めた目でそれを見る。
そこに眠るのはかつて旧文明を終わらせた超存在……のレプリカだった。
ジャクムを始めとしたありとあらゆる錬金術師や魔法使いが技術を集めて再現させた代物だ。
唯一足りないのは魂。
それには高度な降霊技術を持つ死霊術師と莫大な霊力が必要だった。
それを補うためのこの施設の装置とこの大森林の霊脈だったのだ。
「この世界には不純物が多過ぎる」
人間、亜人、魔物。
この世界にはありとあらゆる不純物が多すぎる。
だからこそ争いは絶えない。
差別、迫害、貧困。
自分を含めて、ここにいる者らはこの雑多な世界の犠牲者だった。
「今こそ我らが神は新しい肉体をもって降臨するのだ!」
……とはいえ肝心の魂そのものはまだ降ろせる確証はない。
だが、ダンジョンが崩壊しかけている今となっては、このままではゆるやかな敗北だ。
やるしかない。
仮に暴走してしまうとしても、あの連中を全て巻き添えにできるなら安い買い物だ。
そうして長は最後のスイッチを入れようとした直前。
「させねえよ」
後ろからナイフが飛んできて、長の持っていた四角い板……タブレットが弾かれる。
「……しつこい奴め」
振り返ると、さっきの重戦士……ガンズが歩いてきていた。
シスカたちと一度ダンジョンから脱出した後、ラスタから道筋を聞いて、消えた白装束らの行方を予測していた。
「生憎とこういうの俺の専売特許でね」
ガンズは生家が狩人で子供の頃から獲物の追いかけ方を学んでおり、冒険者であってもそのノウハウを生かして、逃げた魔物の追撃、もしくは賞金首の追跡なども行ってきた。
長は剣を飛ばす。
「同じ手は効かねえぜ」
ガンズはそれを盾で弾くが、同時に他の白装束が襲ってくる。
しかし、彼は殴る蹴る、それだけのシンプルな徒手空拳でたやすく彼らを無力化する。
「今さらお呼びじゃねえんだよ」
足元に転がるナイフを拾い上げながら、つまらなさそうに呟く。
「伊達に勇者と一緒に魔王を討伐してねえのさ」
「……そのようだな」
ガンズは身体の自由が利かなくなり膝をつく。
いつの間にか彼の足……鎧の合間に針が刺さっていた。
「だが、奴らのような人間離れをしているわけではない。ならば、こちらも手の打ちようはある。悪いが、こちらも手段は選ばぬぞ」
長はトドメを刺そうと剣を振り上げるが、その直前に足元に何かが転がる。
点火した魔石……即席の爆弾だ。
「テメエの部下から拝借させてもらったぜ」
「――!」
咄嗟に長はガンズから離れて身構える。
……が、いつまでたっても爆発しない。
ダミーだった。
「俺も勝つためなら何でもあり派でね」
ガンズはいつの間にか治療薬を口に咥えながら、長に殴りかかる。
「ぐはっ!」
殴られた長は剣を落としてそのまま床に転がる。
「アレが何なのかよくわからねえがっ! てめえはここで終わりだっ――ゴアッ!」
鳩尾を蹴り上げられ、今度はガンズが床に転がる。
「我等とてここで終わるわけにはいかんのだっ!」
「やるじゃねえのっ!」
今度はガンズも殴り返す。
そこから泥臭い殴り合いが始まった。
どれぐらいの時間が経っただろうか。
ガンズは鼻血を拭きながら、長を羽交い絞めにしてそのまま拘束する。
「終わりだぜ!」
「ぐうぅ……!」
それでも、と長はタブレットに手を伸ばす。
「ふわぁ!?」
その前に、ガンズは彼から離れて、タブレットを一思いに踏み砕いた。
「どうだ。これで――」
「かかったな。馬鹿め」
長は壁に寄りかかりながら、別のスイッチを押していた。
それはタブレットとは別の緊急起動装置だった。
「我々の勝ちだ!」
しかし、円筒はそのまま機能を停止させる。
装置が煙を上げ、やがて炎が生まれる。
何が起こったのか。長にも理解できていなかった。
「なぜだ……」
「よくわからねえが、ここまでのようだな」
燃え盛る隠し部屋。
「……そのようだな。しかし、既に賽は投げられた。他の誰かが為すだろう」
長は円筒を再び見ながら、長は炎の中を歩き出す。
「お、おい。待ちやがれ!」
「楽しみだよ。神が降臨される時、お前たちがどんな選択をするのか」
そう言い残して、長は炎の中へと消えていった。




