第60話 サービスサービス!
「ふんふんふんふーん。今日は楽しいピクニック―っと」
「いや、全然楽しくないし、ピクニックですらないんだけどさ」
鼻歌を歌いながら、意気揚々とヴェロニカはダンジョンの奥へと歩いていく。
舗装されたブロックの通路は相当の年月が経過しているためか、草木が生えて底が抜けていたりもする。……足元に気を付けないと。
何度も言うが、正直彼女が来てくれたのは非常に頼もしい。
置いて行ってなんだが、ありがたい。
一緒にいてくれると心強い。
……だが、彼女は同時にトラブルメーカーでもある。
「新種の魔物か。うむ、楽しみだ! おいラッシュ。何匹狩れるか競争しよう!」
この通り、率先して戦おうとしている戦闘狂だ。
とはいえ、正直あの魔物たちを殲滅するのは賛成ではある。
エルフの里の惨状と被害を考えれば、一刻も早く殲滅した方がいい。
しかし、物事には順序と言うものがある。
奴等がどんな生態、どんな特性を持っていて、なおかつどこから来た、もしくは発生したのか。それを明らかにするまではあまり派手な真似は控えたい。
……あと、少なくとも僕の方はもう体力が限界なので、今日はもう休みたいというのもあったり。
「なんだなんだ? 向こうの方が光り輝いてるぞ。行ってみよう!」
「こ、こら。勝手に突っ走るな! 罠だったらどうするんだ!」
当然、ヴェロニカの方はこっちの心情なんて知らずに、気の向くままにすっ飛んでいく始末。
僕は慌てて追いかけるが、歩を進めば進むほど、周囲の舗装されたダンジョンの通路ではなく、ゴツゴツした岩場……洞窟のような道になっていくのが気になった。
やがて僕らはダンジョンの回廊を抜けると、そこには湖が広がっていた。
上の岩天井にはいくつもの根のようなものが生えて広がっており、その隙間から開いた穴から湖面に日の光が降り注ぎ水面を反射させて輝いている。
「ほほう、絶景だな!」
「こんな場所があったのか……」
自然が作り出した美しい光景に、僕らは思わず見入ってしまっていた。
危険がないなら、しばらく、ここで一息ついてみるのもいいかもしれない。
「魔物の気配は今の所ないようだけど、一応感知魔法か結界を張った方が……って待てヴェロニカ。君なんで脱いでるんだ!」
「いや、目の前にこんな湖があるんだぞ。普通泳ぐだろう」
「泳がないよ! 人の目を気にしろ」
「お前の目なら気にしないぞ? ふふっ。乙女の柔肌だ。ありがたく拝見しろ」
なんだ、それは。そんな言葉で僕が意識するとでも思ったのか。
……その通りです。
こんなでも、ヴェロニカは見た目だけならスタイルの良い美女だ。見た目だけなら。
そして僕とて男だ。
女性に対する免疫はあまりない。
シスカやアンジュは仲間というカテゴリに入れる事ができたが、そもそも彼女らだってこんなお色気ハプニングを敢行したりはしなかった。
はっきり言って、今のヴェロニカはすっごく目に毒なのである。
「なーに。安心しろ。こんな事もあろうかと、下はちゃんと水着だ」
「どこが水着だ! サラシとフンドシじゃないか!」
「似たようなもんだろ」
「似てねえよ!」
思わず語気も荒くなる。
豊かな身体つきは布面積で最低限に隠され、鮮やかな紅蓮の髪と褐色の肌が相まって実に凶悪な組み合わせと化して……いや、実況解説している場合じゃない。待てヴェロニカ止まれ。歩くな、揺れてるから! 後ろを向くな。食い込んでるから、直せ馬鹿! どこがとは絶対に言わないけど!
「ゴチャゴチャうるさい奴だな。良いだろうが別に。お前にとっては目の保養と言うやつじゃないか?」
「自分で言うな! ……まあ、君が綺麗なのは認めるけど」
思わずポツリと口から出た言葉。
しまった。またからかわれてしまうと身構えるも、なぜだか向こうはとんと反応がなかった。
「……。……そうか」
ただ、一言それだけだった。
彼女の頬が少し赤くなっていた……気がする。
たぶん、気のせいだろう。
僕らの間に変な空気が漂う。――僕何か変な事を言っただろうか?
「ちょっと泳ぐ」
やがてヴェロニカはそう言うと、こちらが何か言う間もなく、湖に飛び込んでを泳ぎ始めるヴェロニカ。
僕は一人ポツンと取り残されてしまった。
よくわからないが、なんだかすごくいたたまれない気分になる。
お世辞だと思われたのだろうか。
別に嘘とかではないのだが、見た目だけなら普通に美人だし、見た目だけなら。
「誰か、誰かいませんか? 説明してください! ツッコミでもいいから!」
――ドパアアアアアアアアア!
「えっ。な、何⁉」
耐えかねて不毛な独り言を始める僕に応えるように、湖のはるか向こうの方で飛沫が昇る。
「グギュウウウウウウウウウン!」
現れたのは例の魔物である。
しかし、前の奴等と違ってサイズが一回り大きい上に、随所にエラやヒレのような器官がついている。
いかにもな水中用といったデザインだ。
「しまったヴェロニカ!」
彼女がまだ泳いだままだというのを思い出し、僕は急ぎ助けに行こうと剣を抜いて飛び出そうとする。
「ええい。折角のバカンスだというのに空気を読めい!」
「グギャー!」
しかし、そこには魔物を殴り飛ばす彼女の姿があった。
……いや、知っていたけどね。
とはいえ油断は禁物だろうと、戦闘態勢を維持するが、あの一方的なボコりっぷりを見るに、杞憂に終わりそうだ。
「……これでトドメだっ!」
――バチン!――
ヴェロニカが最後の一撃を繰り出そうとした直前、そんな音と共に湖全体で光のようなものが走った。
「ぐっ、はあっ……」
直後、ヴェロニカは体中に火傷のような傷を負い、口から煙を吐いていた。
「……雷撃。おいヴェロニカ大丈夫か!」
「だ、れにモノを言ってる……。ゲホッゴホッ!」
ヴェロニカは言葉を返すも、相当にきつそうだ
彼女があそこまでダメージを受けるとは……。
「グギュウー!」
追撃をかけるように、魔物はエラの下から幾つもの触手をヴェロニカに伸ばしてきた。
「なっ――!」
動きが鈍っていたためか、触手はあっさりとヴェロニカを絡め取る。
「くっ。離せっ。おいっそこは……やあっ!」
触手で水着(自称)を引っ張られながら、体中をまさぐられていくヴェロニカ。
普段の彼女からは想像できない、あられもない姿で悲鳴をあげる。
「ふわぁ。引っ張るな。そこっ、だめっ!」
なんだか、どこかで見た事がある絵面が展開されていく。
……思い出した。よく孤児院に立ち寄っていた近所のお兄さんが内緒で見せてくれたけしからん絵画とかだ。
「ふぅっ、アッ……ラッシュ……助け……」
ヴェロニカが息も絶え絶えに乞うような視線を送る。
叡智だ。
とても叡智である。
叡智なのだが……。
「ファイア」
とりあえず僕は攻撃した、彼女ごと。
「グギャアアアアア!」
「ぐわあああああー!」
ヴェロニカと共に炎に撒かれる魔物。
おかしいな。直撃はしていないはずだが、威力の調節間違えたかな?
燃え盛る炎の中でヴェロニカは宿主を引き千切りながら、こちらへ飛んでくる。
「貴様ー! うら若き乙女が触手に蹂躙している所を攻撃するとは何事だー!」
「黙れ猿芝居。わざと捕まってふざけてたのが丸わかりだ。あと身体を拭いて服着なさい。はしたない」
「クソッ! すっかりいつもの調子に戻りやがった!」
服を着ながら、悔しそうに地団駄を踏むヴェロニカ。
いい気味だ。……一瞬でも心配した僕が馬鹿みたいだろうが。
そもそも、あんなので僕を誘惑できると思ったか。
こう言っては何だが、僕はわざとらしい系はあまり食指が動かない。
さっきみたいな不意打ち脱衣の方がまだ破壊力があった。
こう自然体の中でのチラリと見せる色気のようなものが……ああもう。自分でも何を言っているのかわからなくなってきた。
「グギャアアアアア!」
一方でファイアを直撃した魔物の方はお怒りのようである。
凄いスピードでこっちに向かってくる。
「お前と言う奴は、お前と言う奴はー!」
「いや、ヴェロニカ。後ろ後ろ!」
ヴェロニカの方も怒り心頭。
魔物の事など眼中にない。
ここまで彼女が起こっているのは初めてかも知れないな。
……少しやり過ぎただろうか?
「やり過ぎるもクソもあるか! 巻き添えにした時点で人としてアウトだ!」
まさか、彼女に人の道を説かれるとは思わなかった。
「グギ――」
「お前は黙ってろ!」
すぐそこまで迫っていた魔物を、ヴェロニカはそのまま一撃で殴り飛ばした。
殴られながらも、魔物は再び触手が飛ばすが、それはもう彼女には通じないだろう。
やはりというか、ヴェロニカは無造作に引っ掴んで、魔物を無理やり引きずり倒す。
「せいっ!」
「グギュウー!?」
どころか、ヴェロニカは力任せにそのまま魔物を引っ張り上げて陸に打ち上げる。
「コラ、ラッシュ。どこを見ている。私の目を見ろ! いいか? 普段から朴念仁だったお前が珍しく意識してきたから、こっちも嬉しくなってだな――」
言いつつも、打ち上げた魔物の方に歩いて行くヴェロニカ。
「私がっ! どれだけっ! 期待していたかっ! わかるかっ⁉」
「ギィッ! ギャッ! グビィッ! ビュアアッ!」
いまだに収まらぬ怒りをぶつけるように、何度も何度も魔物を蹴り上げる。
さすがに魔物が可哀想になってきた。
「おい。聞いているのかラッシュ!」
ヴェロニカは怒鳴りながら、トドメとばかりに思いきり魔物を踏みつける。
ゴチャッと嫌な音が聞こえると同時に大地が揺れた。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
「え?」
「ん?」
続いて地響きが起こり、こちらが疑問符を浮かべた直後、足元が崩壊する。
「「うわあああああああああ!」」
風魔法で浮く暇もなく、そのまま僕らは下の階層へと真っ逆さまに落ちていく。
そして、その下にいたのは魔物と戦っている軍服を着た亜人たちだった。




