第57話 匂いで追ってきた
陽が届かぬほどに木々が覆いかぶさるその場所。
僕は目的地に向けて進み続ける。
「そろそろ見えてくるはずなんだけど……」
「ギュワアッ!」
呟くと、暗がりから飛び掛かってきた魔物を僕は無造作に斬り捨てる。
これで十五匹目である。
なるほど、聞いていた通り確かに数が多い。
「着いた。ここだ」
トワノ森の奥深く、そこにエルフの人々が祀る祠があった。
以前ここに来た時はこの場所で修業を行った。
精霊の声が聞こえるようになるまで座禅を組まされたり、使役する精霊獣と戦わせられたり、苦労したものである。
僕は祠の裏を覗いてみると、そこには地下へと続く階段があった。
ダンジョンの入り口だ。
立ち入り禁止の門のようなものが建てられていたはずだが、全て壊されている。
爪の跡を見るにあの魔物たちだろう。
……という事は、こんな場所にも奴等は入り込んでいるらしい。
本当に厄介だな。
「人の足跡はないか……」
僕はここに来る際に、オババ様からもう一つの頼まれごとをしていた。
半年前に一人の老人が長老と仲違いをして、孫を連れて集落を出て行ってしまったらしい。
僕はその二人の捜索も任されていた。
彼らがここに入ったという確証はないが、老人の方は遺跡の方を気にしていたらしいので、可能性は高いそうだ。
「無事だと良いけど」
ふと見上げてみると、緑が広がる大森林の中でも特に大きな樹木がそびえ立っていた。
極大樹と呼ばれる神木だ。
城ほどもある大きさと迸っている神気ともいうべき気の量。
天と地を繋ぐ神樹の一つとされているものだ。
さすがの魔物たちもアレを傷付けるのは難しいようで、森を荒らしているのはそれの八つ当たりかもしれない。
「そもそも、こいつら。どこから湧いてきているんだ?」
入り口に入ろうとすると、今度はいたる所からウジャウジャと湧き出てきた魔物たち。
なるほど、今度は一斉にかかるつもりか。
「もしかしてここに入られると困るのか?」
このダンジョンが既に奴等のテリトリーとなっているならば、どちらにせよ、手間が省けて助かる。
しかし、それ以外にも何か理由があるならば――。
「押し通る!」
「グギュウウウ!」
襲いかかる魔物たちを、僕は一番早かった魔物から真横に両断。
そのまま一回転する調子で風の魔法による斬撃を繰り出し、僕を中心に円状の風の刃が、周囲の魔物たちを同じように真っ二つにしていく。
ランクはおそらくB程度だろう。少女を襲っていた奴よりもはるかに弱い。
数こそ多いが、今の所は問題はない。
これぐらいなら僕一人でも対処できそうだ。
そう思いかけて僕は立ち止まる。
そうだ。この程度ならば、この森のエルフの戦士たちでも充分に対処ができたはずだ。
聞いた限り、こいつらは特殊な能力があるはずだ。
確か戦っている内に強くなっていった……だったか。
詳しい事は彼らにもわからなかったらしい。なにせ戦ったエルフの戦士たちは皆を逃がそうと里に残り、ほとんどが散ってしまったのだから……。
「今のままじゃ埒が明かない。……一気にカタをつけるか」
僕は手から炎を出すと、次にウインドを組み合わせて一気に炎の勢いを極限まで上げる。
風と火の複合魔法。
炎の竜巻のより、周囲の魔物たちは飲み込まれていく。
これで半分ぐらい片付いたかな。
僕は飛び散った火の消化も兼ねて水魔法で残りの魔物も撃退していく。
杞憂だったのだろうか?
それならばそれで別に構わない。この調子なら今日中に片が付きそうだ。
……と、この時の僕はそう思っていた。
「グギュウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!」
すると、向こうの方から断末魔が響く。
見ると、後方の魔物たちがさっきの僕の攻撃で火傷を負いながらも生き残った仲間を捕食――仲間同士で共食いをしているのだ。
すると、喰う方に参加している比較的に傷が浅かった魔物はみるみるとその傷が回復していく。
異様かつ悍ましい光景に僕は思わず呆然とする。
骨も残さずに平らげた魔物たちは、再びこちらへ襲いかかってきた。
「ファイア!」
僕は火の魔法を放って応戦するも、その内の一匹は炎を纏いながら、こちらに向かって突進してくる。
「くっ!」
すんでの所で回避。
魔物は後ろの岩場が激突して破壊される。
「グギュゥー!」
続いて襲いかかってきた別の個体へ、僕は今度は火の魔法を纏わせた剣で応戦する。
「なんだと……!」
ガギンと跳ね返されてしまう。
どうやら、魔法剣自体の効きまで悪くなっていた。
この魔物たちは前よりも明らかに強くなっている。……いや、正確には僕の魔法に対して耐性ができているのだ。
長老から聞いてはいたが、まさかさっきの共食いで耐性を作っていたのか⁉
「まずいな……」
既に彼らは至る場所でさらに共食いを始めている。
「グギュウウウ!」「グギュワアアア!」「ギュルルルルル!」
しかも、さっきの断末魔はどうやら仲間を呼ぶのも兼ねていたらしく、向こうの数はどんどん増えてくる。なんなんだコイツら。
色んな生物を組み合わせたような滅茶苦茶な姿と生態、そしてやたらと戦いに特化した能力。
そういえば前に、アンジュから聞かされた事があった。
キメラ……魔法や科学とやらによって人為的に生み出された生物。
まさか、こいつらもそうだというのか。
少なくとも、アンジュの話でも、それはまだ実験段階でこんな怪物の話を聞いたことがなかった。
あくまで彼女の知る限りで、どこかの魔法使いや機関は成功させていてもおかしくはないが――。
僕はそこでワイアードの言葉が頭に浮かぶ。
彼が見つけたという古代遺跡の技術ならば、こんな生物も生み出すことが可能なのではないか。
しかしだとすると、誰がこんなものを――、それともワイアードの置き土産か?
……いや、考えるのは後だ。
今はこの場をしのぎ切る事だけを考えよう。
とにかく戦えば戦う程、こちらの手数は減り追い込まれていく。
一気に畳みかけなければいけない。
だが、僕の広範囲技は少ない。
残りの技も魔法の耐性をつけられてしまった今、効かない可能性が高い。
――クソッ! 長老たちからも聞いていたはずなのに、なんてザマだ。
魔物たちが唸り声を上げながら、ジリジリと迫って来る。
思わず僕は剣の柄を力が強く握る。
――どうする!?
「喝!」
そこへ突然、真上から響いてきた大声と共に、降ってきた衝撃波が魔物たちを一掃した。
「フーハハハハハハ! お困りのようだなラッシュ!」
次に聞こえてくるのは豪快な哄笑。
嫌と言うほどに聞き覚えのある声の主である女が舞い降りてきた。
「ヴェロニカ!? どうしてここに!」
「ハッ。あの程度で私をまけると思ったか。舐められたものだっ!」
どこかご機嫌斜めの彼女をよそに、彼女の咆撃を生き残った魔物たちは激昂する。
「ギュルワアアアアア!」
「邪魔だ」
「グギャ――⁉」
だが、ヴェロニカの方は何するものぞと腕を一振りするだけで、魔物たちをたやすく肉片に変えていく。
あそこまで圧倒的だと、相手の方が可哀想になる。
結局、共食いで耐性をつけられる前に全員倒せ、と言う前に彼女は瞬く間に壊滅させてしまった。
「ふふっ。この程度の群れに手こずるとはまだまだ未熟だなあ。これは私を置いてきた罰だなっ!」
せせら笑うヴェロニカに、僕も呆れて笑い返すしかなかった。
これでシスカに力を譲渡している分、今の彼女は全盛ではないのだ。
むしろ以前言ったとおり、力をセーブさせて修行や実戦を経る事で、さらに強くなっているフシがある。
今さらだが、なぜ彼女は僕なんかにご執心なのだろう。
でもまあ、なんにせよ助かったのは確かだ。
「やはりお前は私がいないと駄目なようだな。ハッハッハッハー!」
しかし、最高に頼れて面倒くさい助っ人の登場に僕はどんなリアクションを取ればいいのかわからなかった。




