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第56話 エルフの長老

トワノ大森林。

精霊の血を引く亜人族……エルフたちが生活している居住区だ。

現在では様々な場所で見かけるようになったエルフであるが、そこに住む彼らは神や精霊の声を聞く高位のハイエルフであり、人々からも神聖視されており今日まで静かに暮らしてきた。


 そういう人々であるからか、基本的に排他的で余所者、ましてや普通の人間は歓迎されない。

 だが、僕はそんな場所に旅行という名目でやって来ていた。


 数か月前のマジェスティヌ学園での戦いで、ワイアードが残した言葉。

 彼が研究していた古代文明の技術。

 僕はその手掛かりを得るために来た。

 ワイアードの研究室の所在さえわかれば色々と手っ取り早いのだが、場所がわからないの仕方がない。


 ちなみに、今回はヴェロニカはもちろん、シスカにも内緒だったりする。

 なにより場所が場所なのだ。

 彼ら……ハイエルフとの対話は慎重に済ませたい。


 教会の顔役であるシスカは万が一揉めれば、色々と国際問題になる恐れがある。

 ヴェロニカの方はアレだ。……普通に喧嘩になって里のど真ん中で大暴れしかねない。


 歩を進めてしばらくして、違和感を感じた。


 静かだ。

 かつて感じた静謐さではなく、得体の知れない不気味さを感じる。


マジェスティヌ学園同様、ここに来るのも僕は初めてではない。

 以前、勇者であった頃、精霊の加護を受けるため、一か月ほど滞在して修行したことがある。

 基本的に人と関わらぬようにしている彼らにとっても、魔王の侵攻は受け入れられるものではなかったため、どうにか承諾してくれた。

 修行の甲斐あって森の精霊たちの声を聞き、会話ができるようになっていた。

 勇者の力が無くなった後も感じる事が出来た。


 そこはとても美しい森々が広がっている……はずだった。

 木々という木々は切り倒され、そこらかしこに獣の死骸が転がっており、しまいには瘴気が辺り一面に満ちている。


「なんだ。あいつら……」


 僕は身を隠しながら、徘徊している魔物たちを見た。


トカゲをベースに動植物のような爪やツタを生やし、鉱石のような鱗に覆われるなどと、様々な生物鉱物の特徴を出鱈目に混ぜ合わせたような生物たち。


 彼らは廃墟となった里を我が物顔で闊歩して、木々ですら牙や爪の跡で傷付けている。


 増えすぎた草食動物により、草木が食い尽くされ森が消えるという事象は聞いたことはあった。

 だが、目の前の魔物たちの行動は野生動物の本能とは思えなかった。


 気紛れに木々を齧り折り、戯れに他の動物を喰らい殺す。


 一般に魔物と呼ばれる生物たちですら、魔族の使役以で外は生きるための獣と変わらぬ本能で従っているが、目の前の彼らには悪意のようなものが感じられた。


「誰かいないのか……」


 僕はエルフたちの姿を探すが、どこにも彼らの影も形もない。


「グギュルワァ!」


 近くのエルフの家屋の一つから、のっそりと例の魔物の一匹が出てきた。

 魔物はこちらの姿を見るや否や、そのまま襲ってくる。


「グギュルゥウウー!」

「お前らが……!」


 やはり里の惨状はこいつらが原因であると確信すると、僕は怒りのまま魔物の首を斬り落とした。

 それを皮切りに他の魔物たちも集まってくる。


「こい。とことん付き合ってやる」


 里にいる魔物たちを全滅させるのはそうかからなかった。


 ……その後も、僕はエルフたちの捜索を続けた。


 そうして三日かけて必死で探した結果、どうにか人の足跡を発見。


 追いかけてみると、足跡の主らしきエルフの少女が例の魔物に襲われていた。

 僕はすんでの所で救い出した彼女に案内されて、どうにかエルフの隠れ里になんとか辿り着くことができたのだった。


 日も当たらぬ薄暗い森の中。


 そこにはいくつものテントが張られていた。


 彼らはこんな場所で一年近く暮らし続けているのだ。


 ……僕は特に大きなテントの前で待ち続けている。


 遠巻きからエルフたちは奇異の目でこちらを見ている。

 これでもマシになった方なのである。


 以前来た時は明らかに煩わしそうな目で見られていたのだから。


「来い。長老がお会いになる」


 しばらくして、やって来たエルフの男性に促され、僕はテントに入った彼の後をついていく。


「久しぶりだな、勇者よ。試練を与えた時以来か」


 そこには厳かな口調で長い髪と長い髭のエルフの老人が迎えてくれた。

 長命種であるエルフの中でも特に高齢な老人のはずなのに、さっきの彼よりも大柄で筋骨隆々。

 老人とは思えぬほどに覇気で満ちていた。


「お久しぶりです、長老様。ご無事で何よりです」

「フン。それは皮肉か?」

「ち、違いますよ」


 不快そうに鼻を鳴らしながら、ジロリと睨み付けられる。

 この人が頑固で偏屈なのは以前から知っている。言葉には気を付けなければ……。


「……見ての通りじゃ。我らは住処を奪われ、今はここに移り住んでおる」


 以前訪れた里は破壊し尽くされ、彼らはここに移り住んでいたのだ。


「アレは一体なんなのですか?」

「わからん。一年前、突如として現れた奴等は里も森も滅茶苦茶にしていきおった」

「一年も……」


 そんな長い間、奪われていたのか。

 そういえば僕もここに来るまで里がこんな風になっているなんて知らなかった。


「周辺国は何をしているのでしょうか?」

「フン。奴等とて一枚岩ではない。そもそも不干渉を申し出たのは我々だ。なんなら我らが奴等に滅ぼされるなか共倒れにでもなれば、森の資源をモノにできると考えているのだろうよ」

「そんな……」


 僕は何も返せなかった。


「そこは別に構わんわ。ハナから期待もしておらんし、人間たちの力を借りるのを拒んだのはワシらじゃ。今さら力を貸してほしいと泣きつくのもムシが良すぎるだろうよ」


 長老はそこで言葉を切って、改めて僕を見据える。


「次はこちらが質問する番だ。勇者よ、お主何の用でここに舞い戻った?」


 僕は事のあらましを説明する。

 ひとしきり聞いた長老は髭を撫でる。


「フン。外は随分と面倒なことになっておるな。そして、お前はつまり大森林の地下遺跡――我らが禁足地と定めた場所に足を踏み入れたいと申すか。人間ごときが不遜よな」


 相も変わらず長老は突き放すような口ぶりで返す。


 ……やはり駄目か。


 僕がここに修行するというだけで、最初はかなり司教様や大貴族様と言い合いしてたからなあ。

 だが、ここからが僕の交渉の腕の見せ所だ。


 魔王を倒した功績で賜った宝物やマジックアイテムも、例の王都との騒動や学園の事件解決を経て改めて下賜された。

 それを手土産にすれば……。


「好きにするが良い。どうせあそこは奴らの巣窟と化しており、我々も入る事はできんのだ。貴様が奴らを退治してくれるなら願ってもない」

「はい。ありがとうございます……あれ?」


 なんだか、すんなりと話が進んでしまった。


「何を呆けた顔をしておる。こんな状況じゃ。使えるもんは何でも使わんとのう。せいぜい奮戦して奴等の数を少しでも減らして――イダァ!」


 憮然とした物言いにをする長老だが、直後に後ろから何者かに頭を叩かれる。


「アンタはまーたそんな意地悪い事を言いよってからに! 見てみいラッシュの坊、困っとるだがね」


 恰幅の良い老婆が長老を睨んでいた。

 長老の奥さん……オババ様である。

 見ての通り、元気で優しいお婆ちゃんだ。


「や、やめろ婆様。これは高度な政治的か駆け引きというもので……」

「やかましい! 坊はこの森のために戦ってくれる言うとんのに、 なんでアンタはそういう言い方しかできんの!」


 長老、相変わらずオババ様に頭が上がらないようである。

 このやり取りを見るのも久しぶりだなあ。


「やめろ婆様。長がこんなザマでは若い者らに示しがつかんだろうがっ!」


 テントの外からも、何人かのエルフが『またやってるよ』みたいな顔で覗いている。

 既に周知の事実なんだよなあ。


「外に助けを呼ぼう、っつうあの子らの意見も無下にしといて、いまさら示しも何もねえでしょうがよおっ! そんなだからラスタも呆れて、ピノンを連れて出て行っちまったんだ!」

「ア、アイツらは関係ねえだろがや!」


 と、僕を無視して口論が始まり、約30分ほど経過した。


「ぜえぜえ……と、とにかくやるならお主一人でやれ! 我らは知らぬ!」


 最終的に疲れた顔をした長老の言葉で締めくくられる。


「わかりました。ありがとうございます」

「ベ、別に貴様のためなのではないのだからなっ! 勘違いするでないわっ!」


 そしてこちらも、だいぶ地が出ている。


「すまんねえ。ラッシュ坊。力になりてえのは山々だけど。戦えるのはもう数人しかおらんのよ。その子らもここの守りで手一杯だし」

「いいえ。大丈夫です」


 翌朝、僕はダンジョンに向けて集落を出発した。

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