第49話 マジェスティヌ学園VSウバク
学園の上空。召喚陣によってウバク・レイダーは再び顕現した。
「何アレ……」
「竜? いや見た目金属っぽいし生徒の出し物か?」
人型を保っていた鎧姿も今となっては既に人としての原形すら失っていた。
体躯はさらに一回りも二回りも大きくなり、家ほどのサイズにまでなったその背中からは翼が生え、兜から一対の双角が生えて爬虫類を思わせる造形になっていた。
竜を思わせる出で立ちだが、その歪さと禍々しさは本物とは程遠い。
「グゴォオオオオオオ!」
ウバクは吠えながら、今まで蓄えていた力を威圧として乱雑に放出する。
学園の者らの反応はそれぞれだ。
危機感から一早くその場から離れる者もいれば、いまだに、いまいち何が起こったのかわからない様子で立ち尽くしている。
――おそらくはいまだに何かの出し物か演出だと思っているのだろう。可愛い獲物たちだ。
彼らの顔がこれから絶望に染まると思うと、ウバクの心が暗い喜悦に染まった。
――さあ、待ちに待った食事の時間だ。もう我慢する事はない。邪魔する連中は彼が押さえてくれている。あの忌々しい元勇者をこの手で始末できないのは心残りではあるが、今は食事に集中しよう。上手く事が運べば、この学園の連中の力を全て奪った後で戦う事になるかもしれない。その時こそ存分に蹂躙してやればいい。
そんな悪意と欲望を胸に、いよいよ瘴気を込めたブレスを彼らに向けて放とうと、ウバクは口を大きく開いた。しかし――。
「ようやくお出ましね。待っていたわ」
「計測器がせわしなく動いていたからね。そろそろ来ると思っていたよ」
「ガァアアアアアアア!?」
どこからか降りかかってきた二人の少女の声と共に、ウバクは身動きが取れなくなった。
気付けば、球体の結界に閉じ込められている。
彼女らは決闘でウバクの存在を認識した時点で既に対策を講じていた。
メアを中心にしたウバクの纏う濃密な瘴気にのみ反応する計測器、及びアンジュが考案した彼が校内に現れた時に自動的に発動する封印結界の製作。
元々、先日で警報が鳴ったようにこの学園は魔力探知の結界が張られていた。
アンジュたちは教師陣にかけ合って、それに手を加えてもらったのだ。
「業火よ。燃え広がれ。インフェルノファイア!」
「ゴギャアアアアアアア!」
閉じ込められたウバクは、そのままアンジュの放った業火に焼かれていく。
ウバク、いやワイアードにとって想定外を挙げるならば――この学園にはかつて勇者と共に魔王と戦った魔女のみならず、魔王軍幹部であるトップクラスの死霊術師が共に生徒として居合わせ手を組んでいた事であろうか。
「よっしゃ! このまま魔法班は結界維持用の魔力を回せ! 他はサポートと生徒の避難に徹しろよ!」
「貴様が仕切るな平民! もうやっている!」
下の方ではレドの指示にニクスが憎まれ口と共に行動で返す。
これだけの大規模魔法。
たった一人では長時間賄うのは至難の技だ。
そのために、アンジュはマジックアイテムの腕輪で下にいる仲間たちや、協力を取り付けた教師たちから魔力の供給を受けて維持していた。
一方で身動きが取れなくなったウバクは焦る。
せっかくの餌が逃げる。彼が用紙してくれた餌場が壊れる。
――彼の期待を裏切る。今の彼にとってそれだけが最も恐れるべき事態であった。
「グゥオオオオオオオオ!」
「嘘でしょ⁉ これでも抑えられないの?」
「……ったく力だけは無駄にあるなっ!」
バキバキバキという破砕音と共にウバクは結界を強引に破壊し始める。
そうして結界から顔を出せたウバクは口元に魔力や瘴気を込める。
忌々しい結界を張っていた二人は後だ。
狙うのは逃げ遅れた生徒たちや彼女らの仲間……彼らを殺すことで、この小娘共の戦意を削ぐ。
「グォア――!」
そうして悪意と共に解き放たれたブレスは生徒たちに飛んでいく。
――直後、ブレスは途中から勢いを弱め、最後には霧散した。
「ゴア⁉」
困惑するウバクだが、そこからさらに間髪入れずに頭から凄まじい衝撃が襲う。
「そいにゃあ!」
「――ゴァア!?」
追い討ちとばかりに、真上からのシュガの脳天への一撃が命中したのだ。
そのままアンジュの風魔法でキャッチされるシュガを尻目に、バランスを崩したウバクは学園の中庭へと墜落していく。
「お久しぶりですね。ウバク公爵」
そこにいたのは長い金髪をたなびかせる美しい修道女。
聖女シスカだ。
近辺はもちろん、上空にも聖糸が幾重にも張られ、聖域となる結界が構築されていた。
「話したい事も、お伝えしたい事も山程ありましたが、もはやそんな事ができる段階など飛び越えておりますね。今の状況だけ伝えましょう。瘴気の塊である今のあなたは私の天敵です、お覚悟を」
聖女から告げられたのは、有無も言わせぬ断罪の言葉だった。
しかし、ウバクの方も手加減するつもりはない。
所詮は最後まで自分に靡かなかった小娘だ。自分のものにならなかった事を後悔させてやろう。
「ウゴォオオオオオオオ!?」
シスカに襲いかかろうとしたその時、凄まじい砲撃がウバクを襲う。
「うおおおおおおおおおお! 我等のシスターを守れぇ!」
「懺悔の時間じゃあああああああ!」
向こうのバルコニーにはいくつもの砲台が立ち並んでいた。
魔力を動力源にした大砲による砲撃であった。
ちなみに操作しているのはシスカが懺悔させた生徒や教師たちである。
「懺悔組に後れを取るなあ」
「シュガ姐さんに続けぇ!」
続けてアンジュらが作った剣や槍……魔法武器を装備した獣人たちが斬りかかる。
ウバクやワイアードのもう一つの想定外。
それは彼女ら二人を始めとした勇者や竜の戦姫、聖女からの薫陶を受けた生徒たちが数多いたことかもしれない。
「おい。これイケるんじゃね?」
「油断するな。ここからだっ!」
ウバクに対して攻勢を強める彼らを見ながら、軽口を叩くレドをニクスが釘を刺す。
向こうから攻撃のチャンスを与えず、幾重もの傷を与えているが、それら全ては表面上によるものでしかなく致命傷ではない。
実際、ウバクはその巨体を起こし、既に反撃の準備を整えていた。
「ゴァアアアア!」
次にウバクは大地を思いきり踏みつける。
「「「「「ぐああああああああああ⁉」」」」」
それだけで彼を中心にした衝撃波が起こり、攻撃していた獣人らは吹き飛ばされるか、身動きを取れなくなる。
全体攻撃スキル大地衝撃。
「ガアアアアッ!」
次いでブレスを砲台に向けて幾つも吐き放つ。
瘴気ではなく魔力のよる弾丸。
ゆえにシスカが展開していた聖域にも引っ掛からない。
「うわあああああああ!」
「皆さんっ!」
砲台は破壊され、シスカは悲鳴をあげる。
防護結界が張られていたものの、足場そのものを破壊されては元も子もない。
通信魔法で皆無事であることを確認するも、砲台はもう使えないようだ。
やがて、ウバクは進軍を開始する。
聖剣への適合率を高めたからか、どうやら聖結界への耐性がついてしまったようだ。
「グ……ぅう!」
呻き声が聞こえる。
ウバクが足元を見やると、そこには手負いの牛の獣人が倒れていた。
虫を払うように、ウバクは爪を振り下ろした。
だが、手応えがない。
「あ、あっぶねえ……!」
少し離れた先で、レドがその獣人を抱き抱えていた。
興醒めにされて不愉快な気分になったウバクは憎悪のこもった目でレドを睨む。
「こいつ頼むわ。……おい、ニセ竜野郎。お前の相手はここだ。さっさとかかってきやがれ!」
レドの方も負けてはいない。ウバクの殺意を感じ取りながらも、怯まずにむしろ挑発してきた。
「ゴァアアアアアアアアア!」
怒り狂うウバクはレドに向かって進み始める。
「またまた隙ありにゃ! ――にゃに!?」
そこへさらにシュガが殴り飛ばすも、今度は効いていない。
――というよりも無視してレドばかり追いかけられ始める。
「うおお! こいつ思っていたよりも足早――げっ、行き止まり!」
最初は余裕の笑みで駆けずり回っていたレドだが、あっという間に壁の隅にまで追いやられる。
「グオオオオオオオ!」
「わあああああ――ありゃ?」
レドの身体が浮く。
すんでの所でアンジュが風魔法を付与した箒に乗って、壁ずたいの垂直下りから彼を回収して、ウバクの股の下を地面すれすれの低降下でかいくぐったのだ。
「はあっはあっ――さすがに生きた心地がしなかったわ……」
「お疲れさん」
かなり危険で無謀な行動だったのだが、メアはいつもの調子だ。
もう少し心配してくれても良かったのにとアンジュは思う。
「なあ。なんかアイツ、さっきから俺ばっか狙ってね? さっきの煽りがそんなに効いたのか?」
「……たぶん君を始末して、完全に主導権を奪いたかったんだろうね」
「?」
メアの独り言にレドは首を傾げる。
「話は後だよ。魔力も溜まった。さっさと終わらせよう」
言うや否や、メアの足元から大きな魔法陣が浮かび上がる。
彼女はウバクが撒き散らした瘴気を学園に刻んだ魔法陣で魔力に変換させていた。
「深き深淵より眠りし偉大なる者。我が呼びかけに応えよ――」
そして、それを元手に彼女は召喚魔法を行う。
「その爪牙にて敵を屠り、その咆哮にて敵をひれ伏させし偉大なる者――ここに再現せよ」
メアの呼びかけに応え、現れたのは巨大な骨の怪物だ。
無論、人間の物ではない。
ウバクにも劣らぬ巨躯に、二つの角、広げられる両翼。
「オオオオオオオオオオ!」
骨の竜……スカルドラゴンは声帯ではなく、魔力の波動による咆哮を学園中に響かせる。
「ゴァアアアアアアアアア!」
竜を模した黒竜と竜であった骨竜が睨み合う。
「オオオオオオオオオオ!」
「ゴァアアアアアアアア!」
歪な竜たちによる文字通りの激突が始まった。
周囲の城壁が破壊されていく。
骨の破片が飛び散る。
このままではジリ貧だろう。
仲間たちが遠巻きにウバクを攻撃し、スカルドラゴンに補助魔法をかけていくが、さほど効果はないようだ。
いかに竜と言えど、あくまでアンデッド。
生きている本物に比べれば戦闘力は格段と落ちる。
ウバクの方も察したのだろう。
見た目ほど大したことはない。
――ならば、ここは一旦上空に逃れて体勢を立て直す。
そう見切りをつけて翼を広げる黒竜。
「お、おい。逃げられるぞ!」
「想定の範囲内よ」
レドの不安に答えたのはメアではなくアンジュだ。
しかし、アンジュは懐から魔法式を組み込んだ羊皮紙を広げる。
「偉大なる火の精霊よ。土くれにさらなる力を――」
メアが召喚したスカルドラゴンに、さらにアンジュが火と土による魔法で錬成された鎧が覆われていく。
「オォオオオオオオオオオオ!」
「ゴガアアアアアアアアアア!」
骨……いや機甲竜はその硬く熱い炎の鎧でもう一度体当たりする。
今度はウバクが怯む番であった。
「さあ。とっとと終わらせよう」
「ええ!」
メアの言葉にアンジュは強く頷いた。




