第48話 発端にして元凶
僕は目の前に立つ魔王に対して、まともに動けないでいた。
威圧感ではない。
ましてや、何らかの魔法攻撃を受けてとかではない。
何もないのだ。
覇気やプレッシャー。
それだけならゴラゼオスの方がはるかに上だった。
――故にこそ恐ろしい。
ひたすらに得体が知れない。
わからない。
それがひたすらに僕の脳内で警鐘を鳴らしている。
――こんなのは初めての感覚だった。
「そこまで怯える事はないと思うがね。私の力がゴラゼオスよりも劣るのはわかるだろう? それにできれば私の方だって君とは敵対したくはないわけだし」
一方で当の相手方はきたら、先生たちに化けていた時と同様に穏やかな調子を崩さない。
「……魔王ワイアード。あなたの目的は何だ」
僕はあえて攻撃を止めて、質問をぶつけてみる。
こういう腹の探り合いは得意ではないが、少しでも会話を引き延ばして情報と時間を得よう。
「……私の事を知っているならわかるだろう? 実験さ」
「その実験がわからないと言ってるんだ!」
その実験とやらにここまでの騒動を起こすだけの理由があるというのか。
思わず僕は語気を荒げてしまう。
「ふむ。そうだね。まずは理由から話すか。私がここ数十年追っているテーマはね。スキルひいては魔力とは何か……だ」
こちらの思惑を知ってか知らずか、ワイアードは世間話でもするような調子で話し始めた。
……よし、嘘でもいい。何でもいいから口に出せ。そこから真意のヒントを掴み取るんだ。
「人、いや生物なら誰もが宿すエネルギー、気。それが人や一部の魔物はそれを己の性質に合わせ、魔力や闘気に変える事は君も知っているだろう?」
こちらの思惑など知っているのかいないのか、ワイアードは説明を続ける。
なんだか、講義で受けているような気分になる。
――確か人体の陰の気が魔力、陽の気が闘気に変換されるのだったか?
「人々が生まれながらに身体に刻まれている特徴によるオート魔法、もしくは闘法。それがスキルと呼ばれるものだ。ならば、そのメカニズムはどのような仕組みか。どんな法則性でもって人々に与えられるのか。私は長い間その研究を進めていたんだ」
たしか国によっては、スキルを神の恩恵だとして崇めている宗教が存在したり、スキルごとに地位や職を決めたりもしているらしい。
「まだ魔力などが発見されていなかった古代文明の遺跡や文献を漁ったりしてね。――そして遂に私は限定的ではあるが、スキル譲渡の技術を成功させたのだよ」
……何?
スキル譲渡。それはあまりにも身に覚えのある言葉だった。
そんな事ができる人物、僕の中で心当たりは一人しかいない。
「できれば自分に付与したかったのだが、生憎と魔王として強い魔力を有する私は適合できなくてね。仕方が無いので、私はそれを手頃な人間の赤子に刻み、その子を幼い頃から今日まで経過を観察させてきたのだよ」
「……どういう事だ?」
続く彼の言葉に我慢できずに聞き返す。
「そのままの意味さ。ウバク・レイダー。ある意味彼を育てたのは私ともいえるね」
衝撃の事実をワイアードは事も無げに言った。
「あ、彼の性格は別だよ。アレは環境や生来からきたものだ。まあ、おかげで勇者のスキルを奪ったりと、こちらがお膳立てせずとも勝手に色々とアクションを起こしてくれたのはありがたかったがね」
有意義なデータが取れた、とワイアードは笑う。
「ただ彼自身、奪ったスキルをさらに伸ばす努力をしてくれなかったのが残念だがね。まあ、そこまで求めるのは少し欲張り過ぎだったかな」
――ふざけるな!
さっきから他人事のように語っているが、つまりウバクが起こした騒動の発端はこの男だったのか。
僕は剣の柄を握る力を強めていると、ワイアードの口からさらにとんでもない事実が飛び出される。
「――まあ、聖剣の譲渡に魔族にも適用できるかは、ゴラゼオス君にやってもらったしね。彼にも感謝しなければね。復活させた甲斐があったというものだ」
いい加減にしろ。
この男はどこまで裏で糸を引いていたんだ。
「ああ、そうだよ。あの王都での復活に使われた蘇生魔法もゴラゼオス君や配下のジョエール君にあらかじめ教えておいた術だからね。考案したのはいいけど、僕には試す機会も人員もなかったからね。代わりにやってくれて助かったよ」
煽っているつもりなのか、ワイアードは自らポロポロと種明かしをしていく。
……もうこれ以上の言葉は無用だろう。僕の心は決まった。
「よくわかったよ。お前は野放しにしちゃいけない」
彼の研究は災厄と恩恵、両方をもたらすと言われたが、僕から言わせれば災厄でしかなかった。
元ではあるが、勇者の端くれとして二人目の魔王討伐を為させてもらう。
「――だろうね。ここまで教えたのは勇者としての力を失っても、ここまで辿り着いた君への敬意も兼ねてだ」
わかっていたとばかりにワイアードもまた魔力を立ち昇らせる。
僕は周囲に注意を払う。まだどこかにワイアードの分身が忍んでいるかもしれない。
もっとも、それならば全員倒せばいいだけだが。
「心配しなくても僕はもういないよ。あの分身はああ見えてコストがかかるんだ。体を複数動かすのも楽じゃないしね」
下の方で破壊音が聞こえてくる。
おそらくヴェロニカともう一人のワイアードだろう。
「それでも君たち二人で僕ら……そして向こうで暴れているウバクを押さえるのは至難の業だと思うがね。どうする気だい?」
校庭の方で大きな爆発が起きる。
この気配。以前よりも遥かに大きくなっている。
「ウバク・レイダー……」
ここからでもわかる。
アイツが本格的に動き出したのだ。
この禍々しい存在感は以前の比ではなかった。
遠目からでも、その姿は見れた。
既に人の形はしていない。完全に魔物となった異形となっていた。
「彼には予め命令しておいた。好きに貪れと。さあ我々と戦いながら、彼らを守って見せるがいいさ。勇者殿?」
ワイアードはせせら笑う。
まるで魔王と言う本分を全うするかのように。
「そっちこそ僕らを馬鹿にするのも大概にしろよ」
だが、僕は不思議と動揺はしていなかった。
なぜだろう。
決して安心できる状況ではないのに。
突如、向こうの方で異変を感じ取ったのはワイアードだった。
「なんと。これは驚いた……」
「グガアアアアアアアア!」
どこか呆気に取られているような表情をするワイアード。
直後の爆発音と共に、聞こえてきたウバクの咆哮はどこか悲鳴のようにも聞こえた。
ああ、そうだ。向こうには“彼ら”がいたじゃないか。
「――言い直すよ。僕らを……僕らが育てた生徒たちを舐めるなよ」




