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第38話 禍騎士ウバク

 ウバク・レイダー。


 それが目の前の鎧の異形の元の名前であったはずだ。


 内面はさておき、美麗な容姿を持ったいかにも貴族然とした青年。

 だが、今の目の前の彼はそんな面影など微塵も残ってなかった。


「……グゥウウウ!」


 纏った漆黒の鎧、所々のパーツが鱗や角のように変質しており、まるでそういう生き物のような造形となっている。

 さらには鎧の隙間から溢れ出す濃密な瘴気はそれだけで周りを蝕んでおり、観客たちも今の彼が有害な存在だと認識するのに充分だった。


 公爵家の貴公子であったのも昔の話、今の彼は禍騎士と呼ばれている忌むべき存在だ。


「フゥウウウーー」


 当のウバクは唸り声をあげるばかりで、その場から動く様子はない。

 だが、その沈黙はさながら、獲物を品定めしているようにも見えて、闘技場の皆――アンジュすらも、蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなっていた。


 僕はゆっくりとプロテー先生と目配せして、さらに今度は観客席のシスカやリズベルに目を向ける。


「みんな、こっちこっちー」

「音を立ててはいけません。ゆっくりと――」


 シスカたちは観客席の生徒たちをそれぞれ誘導して避難させていく。

 念のために剣を持ってきておいてよかった。


 僕らは決闘場のアンジュたちを守れるように臨戦態勢を取る。

 彼らを戦わせるわけにはいかない。本当の戦いなんて知らない子供たちなのはもちろん、アンジュも大分魔力を消費しているのだ。


 幸い、ウバクの方はそのまま動く様子はなかった。


 このまま全員の避難が終わるのを祈っていた矢先――。



「うわぁああああああ!」


「なっ!」


 そこに突然、恐怖に耐え切れなくなった貴族チームの一人がファイアをウバクへと撃ち出す。


 ――バシュッ


 腕を一振り。

 それだけでウバクは火の玉をたやすく掻き消した。


 ……ギロリ。


 兜の隙間からの視線が、魔法を放ったその貴族の子息を捕らえる。


「ひぃっ!」


 ――いけない。


 僕は思わず身を乗り出そうとする。


『――緊急事態発生、緊急事態発生』


 けたたましいサイレンの音と共に感情の無い声が響く。


「良かった。間に合った!」


 プロテー先生が安堵の息を吐く。


 ウバクの漆黒の鎧姿とは違う、重厚な黒鉄の鎧を武装した巨躯の騎士が五体ほど駆けつけてくる。


 彼らは人ではない。学園に設置された警備用の駆動人形ゴレームだ。


『魔力瘴気共に基準値が危険域に達しています。対象をすみやかに排除します』


 ゴーレムは学園に侵入した外敵を駆除するため、携えた槍や斧を振り上げる。


「ガァアアアアアアアア!」


 だが、振り下ろされる寸前、ウバクの咆哮が響き渡る。


 その威圧だけで、機械であるはずのゴーレムは動きを止めた。


 一方でウバクの方はその隙を見逃さず、両手の指の先の爪を剣のように伸ばす。


「ガァアッ!」


 十の刃がゴーレムを襲う。


 重厚な装甲に守られているとはいえ、関節はその限りではない。


 正確に手足の関節部を切断して、バラバラにされていくゴーレムたち。


 それでも全員捌ききれたわけではない。


 かろうじて逃れた二体は遠距離から攻撃しようとする。


「ガ――!」


 兜の奥で小さく何かを唱えた――気がした直後、彼の両手から旋回竜巻が生み出される。


 二つの竜巻は凄まじいスピードで移動して、ゴーレムたちを呑み込み、閉じ込められた彼らは次第に原形を失っていく。

 竜巻に閉じ込められたゴーレムたちは、氷結操作と金属生成によって産み出された氷柱と刃で八つ裂きにされているのだ。


 ありとあらゆるスキルの合わせ技。

 おそらく彼が今まで襲ってきた者らから奪った能力だろう。


「……嘘だろ」

「マジかよ……」


 警護ゴーレムがたやすく大破される光景を見ていていた生徒たちは、絶望に立ち尽くす。


「ちょっ……何してるのっ! 早く逃げて!」


 リズベルの叫びに我を取り戻す彼らだが、氷塊の一つが観客席の方へと落ちていく。


「うわぁあああああ!」


 その下には闘技場の貴族チームの一人が動けずに立ちすくんでいた。


「いけないっ!」


 すかざず飛び出したプロテー先生は魔法陣を展開。


 すると、魔法陣にぶつかった氷塊は破砕。

 破片は飛んできた時と同じ勢いのまま逆の方向へと飛んでいった。


 防御――違う反射魔法か。

 おそらくはプロテー先生の固有魔法スキルだろう。


「そこのキミ、大丈夫ですか?」

「は、はい。先――」


 助けられた生徒は彼の真後ろに立つウバクを見て言葉が続かなかった。


「なっ――ぐぁっ」


 プロテー先生は反応するよりも前に頭を掴まれる。


「いいねソレ。クレ。クレヨ。ヨコセェエエエエエ!」

「ぐわぁああああああああ!」


 素顔が見えない兜の奥、そこから明確な人の言葉に零れると同時に黒い靄が溢れ出す。


「ひっ。ぁああああああ……!」


 黒い靄に纏わりつくプロテー先生、追いついた僕はそれを剣で切り裂く。

 そのまま僕は彼を抱き抱えながら、ウバクに蹴りを入れる。


「ギァ!?」


 その反動を利用して跳躍。できうる限り距離を取った。


「先生、しっかりしてください!」


 僕はプロテー先生に呼びかけるも、息はあるようだが意識がない。

 早くシスカか回復術師に見せないと……!


 思わずシスカの姿を探そうと、逃げている生徒たちの方へと再び視線を向けようとしたその瞬間、ウバクが今度はこちらへ襲いかかってきていた。


(まずい、間に合わない!)


 万事休すかと思われたその瞬間。


「この化け物野郎があっ!」


 そこに怒鳴り声と共に、ウバクに後ろから斬りかかる影があった。

 ……レドだ。


 どこから調達してきたのか、木の剣ではない本物の剣。

 彼はそれをフルスイングで振りかぶる。


 ガギンッ!


 だが今さら、そんなものにダメージを受けるウバクではない。


「ぐわぁああああああ!」


 どころか。

 レドは両腕を押さえている。


 衝撃が丸ごと返ってきているのだ。


 間違いない。

 プロテー先生の攻撃反射だ。


 既に彼のスキルはウバクに奪われていたのだ。


「グウゥ!」

「あっ――」


 やがて黒騎士はレドに狙いを定め、腕の爪を伸ばす。


「ッガアアアアアアアアア!」

「ひっ」


 降りかかる凶刃を今度は僕が剣で受ける。


「先……」

「レド。そのまま先生を連れて出口まで走るんだ。絶対に振り返るなっ!」

「おいっ。先生、あんたはどうすんだよっ!」


 レドの声を無視して、僕は体中に魔力を回し、身体強化を上げていく。

 これで短いながらも、拮抗する事が出来る。


 その短い隙の間に、すんでの所でレドはプロテー先生の肩を抱えて離れていく。


 よし、そのまま逃げて――。


「ガァアアアアアア!」

「⁉」


 しかし、ウバクは体中からさらに濃密な瘴気を噴出。

 こちらの身体の自由すら奪ってくる。


 レドの後姿を見たウバクは追撃をかけようとする。


「逃げるのかウバク!」


 僕の声を聞いた禍騎士……いやウバク・レイダーはピタリと動きを止める。


「よく考えてみろ。お前がそこまで堕ちた元凶は誰だ?」

「ソウダ。オマエノ……」


 僕の言葉に呼応するように、黒い鎧は言葉を紡ぐ。


「オマエノセイダ。……オマエガ、オマエガゼンブワルインダァー!」


 今の彼は意思のある呪いの塊のようなものだ。

 それでも、人の意識が欠片でも残っていたのは僥倖であった。


 身を翻したウバクはこちらに向けて突進する。


 ――だが、もう大丈夫だ。


 ようやく彼女が到着した。


 ウバクはガシッと腕を掴まれた。

 振り返ると、そこには竜人の女が不機嫌と喜びをない交ぜにした表情で立っていた。


「状況はよくわからんが、コイツを潰せばいいのか?」


 やはり決闘の件を黙っていたのを怒っていたのか。

 ヴェロニカは腹いせとばかりに、掴んだウバクを振り回して思いきり闘技場の床に叩きつけた。


「ゴガアアアアアッ!?」

「おいおい。私は除け者にして随分と楽しい事になってるな? 寂しいじゃないか」


 ひび割れたクレーターと共に地面にめり込むウバクをよそにヴェロニカは恨めし気な目で僕を見る。

 だが、今は彼女の姿が頼もしかった。


「ガァッ!」

「がはっ⁉」


 だが、ヴェロニカは息を吹き返したウバクに殴り飛ばされた。


「グゥオオオオオオオオオオオオオ!」

「チッ。このっ……少しは骨があるじゃないか!」


 だが、ヴェロニカの方も負けてはいない。すぐに体勢を整えて殴りかかる。


「グウゥアアアアアアアア!」

「ぐっ。ぬぁああああ⁉」


 僕は目の前の光景が信じられなかった。

 あのヴェロニカが押し負けしているのだ。

 例え彼女が全盛の半分しかないとはいえ、それでも彼女は圧倒的だった。


 そんな彼女が、遂には殴り飛ばされて、地面に叩きつけられるヴェロニカは気を失う。


「グゥウ。ラッシュゥ……!」


 ウバクはもう一度こちらに向き直る。

 既にレドは脱出した。

 これで憂いはない。今度は僕が覚悟を決める番だ。


「うぉおおおおおおお!」


 迫りくるウバクの鋼爪を、僕は正面からまともに受けて立つ。


 ガガガガガガ――とけたたましい音を闘技場で響かせる。


「ぐぅっ――!」


 ヴェロニカですら耐えられなかった者を僕が受けられるわけがなかった。


 体力の限界で鈍くなる剣閃の隙間。

 それを見逃す今のウバクではない。


「しまっ――」


 あわや爪がこちらの喉元に届く寸前、障壁で弾かれた。


「下がりなさいウバク・レイダー。あなたが執着しているのは彼だけではないでしょうっ!」


 聖女シスカがそこにいた。

 生徒たちの避難を終えた彼女が結界を張ってくれたらしい。


「グゥオオオオオオオオオー!」


 怒り狂うウバクは再び瘴気を溢れ出させる。


 まずい。

 耐性のない人間がこんなものをまともに浴びると気を失うでは済まない。

 このままだとさらに被害が出る。


 すると、瘴気があらぬ方向に吸い寄せられていった。


「い、今よ。みんな、今の内に――」


 アンジュがかざした魔法陣の中へと瘴気を集めていた。

 以前、瘴気と闇の魔力に近い性質を持ち、瘴気をそのまま闇の魔力に転換する魔法もあると聞いた覚えがある。


 まさか、それをアンジュが実践するとは。


「尊き者、清き者、祝福の鐘と共にその刃に輝きを与えたまえ――」


 一方で、頷いたシスカは祝詞を唱え、それに呼応して僕の剣が光り輝く。

 光魔法の一時的な付与魔法だ。


 僕はそれをウバクの胴の部分に思いきり突き刺した。


「うぉおおおおおおお!」

「ガ、ガァアアアアア!」


 苦悶の声を上げるウバクはそれでも倒れる様子を見せない。

 むしろ、邪魔をするなと言わんばかりに、アンジュの方へと炎弾を飛ばす。


「危ないっ!」

「えっ――きゃああっ!」


 あわや直撃するかと思われたその時、どこからか現れたメリーがアンジュを突き飛ばす。


「あぁあああー!」


 代わりに直撃こそ避けたものの、爆風で吹き飛ぶメリー。


「メ、メリー! よくもおぉっー!」


 激昂するアンジュが地面に手を当てると同時に大砲が現れる。

 決闘の時のような土くれの塊ではない。

 瘴気から変換させた魔力を全てを使い、錬金で生んだ鉄球や火を纏わせた炎弾を織り交ぜた砲撃を喰らわせる。


「ギャアアアッ!」


 破壊の嵐に晒されるウバク。


 チャンスだ。このまま畳みかける!


 だが、ウバクの腕は突然腕を巨大化。


「ガァッ!」


 アンバランスに肥大化した腕を思いきり床に叩きつける。


 ――ドゴォオオオオオオオオン‼


 もうもうと立ち込める土煙が晴れたその場所には、巨大な穴しか残されていなかった。


 僕はおそるおそる覗き込むと、暗闇の奥からは水の流れる音が聞こえる。


 おそらくは地下水路に繋がっており、ウバクはそれに乗って逃れたのだろう。


 どうやら、そのまま逃げてしまったようだ。


「くそっ」


 僕は思わず毒づく。


「メリー! しっかりしてメリー!」


 後ろの方でアンジュが意識を失ったメリーを抱き抱え、懸命に彼女の名を呼んでいた。

なんか、みんな叫んでばっかですね……。

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