第37話 決闘そして……
「というわけで、立会人よろしくね。ラッシュ」
「いや、何やってんだ君らは」
職員室。
僕は己の机で明日の授業の準備をしている所に、いきなり決闘することになったから立ち合いよろ、とやって来たアンジュたちに言われた。
一応は事情は一通り聞いて理解したし、彼女らの考えや気持ちもわからないではない。
「それでも、僕の立場からすれば、もう少し穏便に済ませられなかったのか、と言うしかないんだよね」
「いやぁ~。ついカッとなっちゃって」
アンジュはどこか照れくさそうな顔でのたまう。
反省の色なしである。
しかし、最近一緒にいた、そこのメリーとかいう眼鏡の子まで参加……どころか今回の言い出しっぺというのはちょっと驚いた。
もっと大人しい子だと思っていたのだが。
「あ、あの状況では、もう話し合うのは不可能だと判断しましたので……」
「うん、びっくりしたわ。下手すれば私よりも血の気多いんじゃない?」
向こう見ずで激情家なアンジュにこうも言われるとは……。
しかし、一方でこの子、さっきから僕と目を合わせようとしないのだがなぜだろうか。
顔色も悪いし、避けられるような事でもしたかな?
……なんか傷付く。
「わかった。でも贔屓はできないよ。それと僕以外にも立会人をやってもらう」
「そうこなくっちゃ」
さすがに新任の僕一人で立会を務めるのは心許ないのと、僕がアンジュと知り合いなのを知っている人もいるだろうし、それこそ贔屓されていると言われないためだ。
……数日後、決闘の場。
場所そのものに死に至る魔法攻撃を防ぐ結界魔法を刻まれた場所で、普段は実戦訓練などに使われている闘技場。
観覧席には沢山の生徒が集まっており、よく見ると、レドを始めとしたウチの生徒たちも何人か紛れていた。
彼らは僕の視線に気付くと、舌打ちしながらそっぽを向く。
うーむ。まだまだ心を開いてはくれないようだ。
見ると、別の席ではシスカもこっちに手を振ってくれている。
あの竜女はいないようだ。
まあ、いても菓子を片手に『やれやれー! どっちも手加減するな―!』『どこ見てんだ。ちゃんと相手の動きを見ろ!』とかうるさくヤジを飛ばしてそうだし、実際食堂で酔った客相手にやってたし。
……いない方がいいか。
「さあ張った張った! 貴族連合VS学園一の才媛と謎の転入生! 勝つのはどっちか!」
そしてリズベル、君はこれが終わったらまたお説教だ。
「はは。なんだか派手な事になってしまいましたなあ」
楽しそうに声をかけるのは、もう一人の立会人を務めてくれることになったプロテー先生だ。
科目は魔力操作による身体強化など、魔法を組み合わせた格闘といった自衛術を指南している。
「本当に申し訳ありません。巻き込んでしまって」
「いえいえ、こちらこそ。むしろ決闘をこの目で見れるなんてラッキーですよ」
中央には例の貴族チームとアンジュ&メリーさんが向かい合っていた。
しかし、貴族の子たちの方は二十人近くいるんだが、聞いていた人数よりも多くないかな?
「なんだかさー。アンタたち、前よりも多くない?」
「フン。人数の指定はされていなかったからな」
貴族チームのリーダー格の少年……ニクス・ボルトウィン君は悪びれる様子もなく言ってのける。
「まあ丁度良いハンデかもね」
「それだけ私たちを評価してくださってると考えればありがたいですね。ありがた迷惑ですが」
アンジュは気を取り直したように頷き、メリーさんも口ぶりこそ丁寧だが表情はどこか面倒そうだ。
それが、ニクス君の癇に障ったらしい。
「随分と余裕だな。泣いて許しを請うなら今の内だぞ」
「え? なんで?」
キョトンとしたアンジュの表情。そういう所だぞ。
「それじゃあルールを改めて確認するわね。フィールドはこの決闘場一帯。時間は無制限。勝敗は魔法を一発喰らったらアウトって感じでいいわね」
「構わん。我らが負ければ、これまでの謝罪。及びに二度と行いをしないと誓おう」
なんだか雑なルールだな。穴を突き放題じゃないか?
いや、いかにルールの裏をかくか、それも含めての戦いか。
ニクス君の同意と共に、宙に文字のようなものが浮かぶ。
なんでも誓約魔法というやつらしい。
ちなみに、この闘技場は魔法陣で一定以上のダメージは無効になるように設定されている。
「私たちが負けたら……そうね。何でも言う事を聞いてあげるわ!」
「ぶふぉっ!」
思わず僕は吹き出す。
年頃の娘が、なんてことを言い出してるんだっ!
隣のメリーさんもどうやら初耳だったらしく、驚愕に目を見開いている。
「貴様正気か⁉」
「正気も正気よ。パシリだろうが、替え玉授業だろうがドンとこいよ」
ダメだ。
あの娘、そっち系の方には及びもつかないらしい。
ニクス君の方もなんだか慌てふためいている。
「おい……」
「それって……」
「ぐへへ」
一方で、貴族チームの何人かは不埒な目で彼女らを見ていた。
……よし。彼らの顔は全員覚えた。
決闘うんぬんて知るか。
本当に彼女らに何かしたら説教コースだ。
「それでは――始めェ!」
プロテー先生の号令と共に双方動き出す。
「――ファイア!」
「ウインドゥ!」
「アクア!」
初っ端から怒涛の魔法攻撃を放つ貴族チーム。
しかし、それらは一向に彼女らに当たる様子はない。
違う。魔法は全てボヤけている彼女らの身体を素通りしているのだ。
――グニャリ。
やがて、彼女らの姿の輪郭が歪に歪む。
「ぐわぁっ」
「ごぼぁっ」
貴族チームは違和感に気付くも、動揺する彼らの後ろから土くれの砲弾が襲う。
直撃した貴族チームの何人かはいきなり脱落だ。
「はい。三人撃破ッと」
勝ち誇ったようにアンジュは笑う。
最初決闘が始まる直前に、彼らと面と向かい合っている間、アンジュが炎魔法で蜃気楼を起こして位置を誤認させる程度だった。
そして試合が始まった直後、メリーが幻影魔法で引き継いで的になっていたのだ。
「くっ……怯むな! 体勢を立て直せ! 数は依然としてこちらが有利なはずだ」
混乱状態の貴族チームにニクスが叱咤を出す。
しかし、今度はアンジュは闘技場の端まで移動しており、メリーの方もいつの間にかどこかに消えてしまった。
「おい。もう一人はどこへ……ぐぇ!」
言いかけた一人が、横から飛んできた鬼火を直撃して気絶する。
「こ、この卑怯者めぇ」
「正々堂々と勝負しろぉ!」
「数ではそちらの方が上なんですから、これぐらい寛大なお心で許してくださいよ、お貴族サマ?」
メリーのせせら笑う声が聞こえる。
あの子、結構性格悪いな。
……なんだろう、彼女のやり方にデジャヴを感じるけど気のせいだろうか。
「アンジュ! なぜ魔法を使わない。私を馬鹿にしているのかっ!」
一方でリーダーのニクス君は逃げ回るアンジュを追いかけながら、杖を向けファイアを放つ。
しかし、直撃かと思われた火の玉は、アンジュが掲げた掌の直前で止まり微動だにしない。
そのまま火の玉は燃える勢いだけ弱まっていき、最後にはプシュンと消えていった。
「魔力分散。無効化スキルもないのに知識と直感だけでやってのけたのか。やっぱり天才ですよ、あの子……」
プロテー先生は感極まったように解説してくれる。
確かにすごいな。
あんな芸当までできるようになってたなんて。
そういえば、旅の途中でもオリジナルの攻撃魔法をいくつも編み出してたなあ。
……もう僕なんて足元にも及ばないだろう。
「そうだな。そうだろう。そうでなくてはいかん……!」
しかし、魔法を消されたニクスはショックを受けるどころか、どこか納得したように笑っていた。
今までの傲慢な様子とは違う。
嬉しそうだ。
「いつもだ。いつもお前は一人で違う世界を見ていたな」
貴族の御曹司は吠える。
「ふざけるなよ。今こそ貴様と戦い、そして打ち勝ち、貴様の世界にこの私を――ニクス・ボルトウィンという存在を刻みつける!」
なるほど。
つまり彼はアンジュにもっと自分を見てほしかったと。
だから、学園内であんな真似をしていたと。
気持ちはわかる。だが、それでもあえて言おう。……面倒くさい。そして傍迷惑です。
とりあえず、今まで絡んだ生徒たちに謝ってきなさい。話はそれからです。
「行くぞ天才――どわぁ!」
――という僕の感想をよそに、テンション爆上がりのニクス君はさらに強力な魔法を発動させようとするが、そこに空気を読まない一撃が彼を襲った。
なんとそれは味方の貴族チームからの攻撃だった。
「うわぁ! なんで、なんでゾンビがこんなにぃ!」
「虫がっ、虫がっ、来るなぁ!」
という感じで、彼らは叫びながらあらぬ方向に向けて魔法をバカ撃ちしている。
どうやら、またメリーの闇魔法で作り出した幻影を受けているらしい。
おそらくは相手の恐怖心を増幅させて最も苦手なものを見せる系統だ。
――ちなみに本人は少し離れた場所で退屈そうに欠伸をしている。
いい性格をしている。
「まだだ……私はまだやれる!」
それでもニクス君は立ち上がる。
あれ、味方からの攻撃はノーカンだっけ?
判断に困る所だが、アンジュは特に気にせずに嬉しそうだ。
「いいわよいいわよ。それじゃあ私も……本気出すわね」
そう言って、彼女は宙に向けて杖を掲げ、大きな魔法陣を描く。
「そうこなくては。よし、来るがいい……へ?」
「何よその顔。リクエストに応えて本気出したのよ。少しだけ」
アンジュが生み出したのは炎を纏った巨大な隕石。
彼女の属性は火と土の二重属性。
それら両方を併用すればああいう物も生み出せる。
あんなものを落とせば、彼らどころかこの決闘場自体ひとたまりもないだろう。
「ちょっ……待て!」
「やだ、待たない」
ニクスの静止も待たず、アンジュは笑顔でためらいなく堕とす。
巨大な爆発が巻き起こる。
パッカーーン!
しかし、それは皆が思っていたような破壊ではなく。
軽快な音と共に色鮮やかな花火が闘技場を包み込んだ。
観客は宙に咲く色とりどりの花火に魅入っており、貴族チームのメンバーたちは既にほとんどが気を失うか、戦意を喪失して呆然としていた。
「――なんちゃってね」
誰に対してか、ウインクするアンジュ。
「まだ、まだだぁ……!」
だが、――それでもとニクスはそんなアンジュに後ろから襲いかかる。
既にリタイアしているはずだが、そんなものもう頭の中から抜け落ちてるのだろう。
「ていっ」
「ぐほぉ!」
――しかし、当の彼女は振り返りざまに、ニクスの顔面をを掌底で殴り飛ばした。
「うぐっ……お、お前何だ。ソレ……」
「うん。護身術だけど?」
キョトンとした顔で手の骨を鳴らしながら、アンジュは追撃を始める。
「おりゃりゃりゃりゃ!」
「グワー!」
懐かしい。
昔ガンズや僕が彼女に教えたやつだ。
覚えてくれていたのか。嬉しいなー。
――でも、あんまりやり過ぎないでね。
喰らってるニクス君、もう半泣ベソかいてるから。
「……これはもう決着でいいでしょうかね」
プロテー先生の呟きに僕も頷き、共に示し合わせて終了の笛を吹こうとしたその時だ。
――ビキィ――
どこから亀裂が入ったような音が聞こえた――気がした。
――ドオオオオオオォォォン!
バゴォと天井が破壊されて、凄まじい衝撃音と共に何者かが降り立った。
「馬鹿な。何でここに……」
そこに現れたのは、僕がこの学園に来た理由である人物だった。
「禍騎士……いや、ウバク・レイダー」




