第39話 冥愛
「良いかいメア。我々死霊術師の仕事はね。人と死んだ人の橋渡しを担う大切な使命なんだよ」
幼い頃、師である祖父から私はそう教わった。
私が生まれた家は代々続く死霊術師の家系だった。
依頼を受けて、現れたアンデッドの浄化を請け負うのが仕事だった。
まつろわぬ魂を説き伏せ、あるべき場所へ送り出す。
それこそが世の正しき流れ。
自分たち、死霊術師の使命。
当時の私はそれを誇りに思っていたし、祖父や家族の皆のようになろうと毎日修練に励んでいた。
もっともそんな夢想も、どこぞの国からやって来た異端審問官に家族を全員連れていかれて処刑されてしまった事で壊れたのだが。
その国にとっては、本来アンデッドの浄化とは聖職者である自分らが執り行うのが常識であった。
つまり、商売敵とも言える我々が邪魔だったのだろう。
私は家族が捕らえられていく際、すんでの所で祖父に隠し部屋に隠されて難を逃れた。
こうして私は命を拾うのと引き換えに、独り放浪する羽目になった。
今思えば、その国自体に問題があったのだろう。
そこらかしこで横行する偏見と迫害。
ぶつけられる謂れのない悪意。
そして、それによって生まれる死霊たちの怨嗟。
私が信じていたものを跡形もなく砕くには充分だった。
それでも生きた。
幸い、家族の皆が残した死霊術を記した本やマジックアイテムは、逃げる際にできる限り持ち出せた。
それらを元に、私は独りでも修練に励んだ、生きるための力を得るために。
ひたすらに生きた。
死霊術で盗みや暗殺に手を染めた。
泥にまみれてでも、私は生き続ける事を選択した。
死にたくはなかったのだ。
今死ねば自分は未練や怨念を抱えたまま、ゴーストやアンデッドになってしまいそうだったから。
そして、自分の家族を処刑したアイツらに憐れみと慈愛で浄化される。
……そんなもの文字通り、死んでも御免だった。
その結果、私が学んだ事は、正義や慈しみというものは強者の特権であり、今日を生きるのに必死な者にとっては何の意味も持たないと言う事だった。
そうだ、生きる。
生きるのだ。
その為にはもっと熱が、目的が必要だ。
こうして私は祖父や一族を殺した異端審問官やその上役たちを皆殺しにした。
当時の私にとって家族の復讐とは無念を晴らす以外にも、生きる為という理由もあったのだ。
「――その力、私のために使ってみる気はない?」
そんな時だ。
復讐を終えて燃え尽きており、これからどうすればいいかと悩んでいた時、私は後の主……魔王アイシアに出会った。
「ふふふ。不愉快な連中がなんだかウチの領地にちょっかいをかけようとしてるって聞いて、少しオシオキしに来てみたら、面白い子に会えたわあ」
まるで散歩していたら、可愛い子犬を拾ったような調子で災厄の女王とまで呼ばれた女魔王は笑う。
「私がそっちに入って、何かメリットはあるのですか?」
「メリット? うーん。ウチは福利厚生も充実した理想の職場で、えーとえーと……ダメねえ。もっとガルドフと考えておくんだったわあ」
禍々しさを凝縮したような存在のくせに、いちいち毒気の抜ける女性であった。
どうするべきか。
断ったら殺されるだろうか。
それも良いかもしれない。
既に復讐は達成された。
思い残すことは何もない。
私はとても、――とても考え込む。
「――相応の見返りは貰えるのであれば」
やがて私は了承した。
もう何もない。
――だからこそ、新しい何かを欲したのだ。
魔王アイシアの魔王軍。
そこで私は居場所と仲間も得た。
帝国に部族ごと迫害を受けて、彼らと共に魔族領に落ち延びてきた獅子の獣人。
姉にこっぴどく突き放され、半ば放心気味に放浪していた竜人族の少女。
自分と同じはぐれ者たち。
メアにとってそこは実に居心地の良い場所だった。
……一方で物足りなさを感じていた。
「死霊術師の性っていうものかしら。なまじ死者とばかり関わっているから、余計に生きるっていう実感が欲しいのね。特にあなたは極端な環境でばかり生きてきたから、特にそういうものを求める傾向があるわ」
主に話した所、そう評されたのを今でも覚えている。
今までの任務で、やたら自身で率先して動いてきたのはそのせいかもしれない。
「対等の相手を……ケンカ相手でもいいから、友達でも作りなさいな。良いものよ。互いに研磨する相手がいるのって」
最後のアドバイスだけはよくわからなかったが。
仮に彼女の言う通りだとしても。
……だとしても、だ。
(……よりにもよって、あんな馬鹿娘を庇って死ぬなんて笑えないにも程がある!)
アンジュ……あの馬鹿娘に迫っていた炎弾を庇った私は爆風に飛ばされながら、己をひたすらに罵倒する。
本当に馬鹿だ。
知らない内にここまで情が沸いていたのか?
なんてザマだ。
クソクソクソ……!
「――は!?」
そこで私の意識は覚醒した。
身体を起こすと、私が寝ていたのは清潔感のある白いベッド。
どうやらここは医務室のようだ。
(……命だけは拾えたようだね)
ベッドから出ようとすると、下半身に重しのようなものを感じた。
目をやると、馬鹿娘ことアンジュがそこに眠っていた。
(まさか、コイツ、ずっとつきっきりで看ていたのか?)
養護教諭は何をしているのだろうか。
私は他に誰かいないか、と部屋を見回すが、そうしている内にアンジュも目を開けてしまう。
「むにゅ……? ……はっ!」
目を覚ましたアンジュはゆっくりと体を起こす。
瞼はまだとろんとしていたが、私の姿を確認すると、シャキッとしながら、ガクガクと身体を震わせる。怖い。
「ど、どうも……」
「あ……おきた……おきてる! よかった……よかったよぉ。うわぁああーん!」
泣きながら抱き着くアンジュ。
ムニュウと押し付けられる、無駄にデカい胸部の感触が非常に不快である。
「うわぁあああああああーん! 心配したよぉー!」
「ぐええっ」
しかも、丁度首周りをキュッと絞められているため、私は上手く呼吸が出来ずに喘いでいるのだが、向こうは知ったこっちゃないよう――やめっ、やめろ――離れろっ。これはやばっ――!
「ゲホッゲホッ!」
「あっ。ごめん!」
ようやく気が付いたのか首を離す。
本当に調子が狂わせる。
頭が良いのか馬鹿なのか、どっちなのか。……両方か。
「ほら。この子たちも心配してたのよ?」
「ああ……」
上の方で蝙蝠がひっきりなしに飛び回り、ベッドの下では黒い犬がじっとうずくまっていた。
「良い使い魔ね」
「そうですね」
そこはまあ同意してやらんでもない。
そこから、私が意識を失った後の話を聞いた。
私とプロテー先生、そしてあの勇者と竜人以外の目立った外傷の者はいないらしい。
禍騎士は依然として消息不明。
現在総力を挙げて捜査中。
「この学園も物騒になりましたね」
「そうね。こんな事は二年前に魔族が襲撃してきて以来ね」
そういえば、そんな事もあったらしいな、と私は思い出した。
「あの時も大変だったわ。ラッシュたちや騎士団の人たちが協力を申し出ても、先生たちは外の人間の力は借りないって突っぱねちゃって、しかもその内の一人は魔族のスパイが化けてたんだもの。その間にどんどん被害や犠牲が広がっていっちゃって……」
その時の事を思い出したのか、どこか懐かしむようにまた悼むような顔をするアンジュ。
外を拒む閉鎖的な空気。
ここに来てまだ間もない私からしても、その空気はまだ根強く残っているように見受けられた。
「――あのね、メリー。私さ、同好会を作ろうと思うのよ」
やがて、アンジュは意を決したように、これまた突拍子もない事を言い出した。
「色んな人が集まって、色んな事を好きに語らえる場所よ。もちろん――自分の身を守れる術もね。本当は派閥を作っているようであまり好きじゃなかったんだけどね」
アンジュはそこで言葉を切って、どこか不安げな目で私を見る。
「メリー、力を貸してくれる?」
「……」
そんな義理はない。
だが、これは私にとってもチャンスでもある。
なんなら彼女の作る同好会を隠れ蓑にして、この学園を裏から掌握する事も可能かもしれない。
「別にいいけどさ。……相応の見返りは貰えるんだろうね?」
「もちろん、損はさせないわ!」
いつもの敬語ではない。
なんだか、目の前の女に対して、色々と取り繕うのが馬鹿馬鹿しくなった私はあえて素で答えた。
だが、アンジュは一瞬だけキョトンとするも嬉しそうに私の手を取り、。
ミラカナとヌビンスは何も言わないのが気になった。
(……いえ、メア様のご意思が全てで御座いますれば……)
(――というか、あんなに楽しそうなメア様見るの初めてなんですもの。口は挟むのも野暮かなーと思いましてぇ。あ、でもちょっと私ジェラ――ピギャ!)
とりあえず、ペラペラと五月蠅い念話を飛ばしてくる蝙蝠の方をデコピンで黙らせておいた。




