第31話 魔法使いアンジュ
「ほぉー。こんなでかい箱がこんな速度で走るとはなあ。……まあ、私が直に走った方が早いがな!」
「何と張り合っているのですか、あなたは……。それと危ないから席に戻りなさい」
森の中。線路を車輪を付けた巨大な建造物が滑走している。
建造物の窓から身を乗り出し、騒いでいるヴェロニカを、シスカが諫めながら席に引き戻す。
「あーもう、口うるさい女だ。そもそもどうしてお前までついてきているんだ」
「王命である以上は聖女である私も見届ける責任があります。……という理由でゴリ押しました。この前のように置いて行かれるのも御免ですので」
ぶっちゃけたなあ。
ちなみに、ここ数ヶ月分の聖女としての仕事は既に一通り終えているらしい。
バリバリ有能である。
しかし、ヴェロニカが戦闘以外でここまでテンションが上がっているのも珍しいな。
もっとも、彼女がはしゃぐのもわかるけど。
僕も正直浮足立っている
「まさか、魔導車に乗れるなんて僕も思わなかったよ」
魔導車。
現在僕らが乗っている、近年マジェスティヌの魔法使いと職人たちが共同で開発させた、魔力を動力源にして動く乗り物だ。
今は、現在僕らが向かっているメジェスティヌ周辺にしか作られていないが、いずれは世界中で普及するかもしれない。
やがて、森を掻き分け進んでいく魔導車は大きな湖に辿り着いた。
数十キロにも及ぶ巨大な湖の周りには、囲うように街が作られており、さらにその湖の中央には幾重もの建造物を積み重ねて城のような形にした人工島が浮かんでいた。
あの湖の街こそが、学術都市マジェスティヌであり、浮かぶ島自体がマジェスティヌ学園である。
駅に到着した僕らはホームへと降りる。
すると、そこには沢山の多種多様な人間たちが集まっていた。
職種、階級、肌の色。
様々な国や地方の人間が学ぶため、もしくは魔法技術を取引するために、やって来ている。
以前はもっと閉鎖的な空気だった場所だった。
魔法とは門外不出の技術にして知識。決してみだりに外に出してはならない。
故に今まで、極力内外からの干渉は控えていた。
しかし、先のゴラゼオスが率いる魔族の侵攻で、他国との繋がりや協力を余儀なくされ、戦争が終わった後も復興などで門戸は広くなり、迎え入れる生徒や住民の数も以前よりも増しているのだ。
「ほー。また初めて見る街並みだな。どれ、名物料理は……」
「いきなり遊びに行こうとするんじゃありません。観光に来たのではありませんよ」
シスカに窘められたヴェロニカは、ぶー垂れながらそっぽを向く。
子供じゃないんだから。
「ひとまず、待ち合わせ場所に急ごう。駅から出てすぐのはずだ」
「ですわね。待たせては彼女に悪いですわ」
「わかった。わかった」
「――ところで、なんで私も連れてこられてるんでしょうかね!?」
先を急ごうとする僕らは後ろから呼び止められる。
魔導車の席の奥でも、ひたすら無言だった桃色の髪のクセッ毛の少女がようやく口を開いたのだ。
「理由ですか? 調査の際に、我々は何かしら色んな視点が必要になりますからね。あなたは生徒として転入してもらいます」
「ふ、ふざけんなぁー!」
淡々と語るシスカの説明に納得がいかず、溜め込んでいた物を吐き出す。
「冒険者として報酬も出すと言ったはずですよ?」
「その時は魔物退治や遺跡やダンジョンとかの調査だと思ったんだよぉ! 勉強とかやだよぉ! しかも噂の禍騎士とか明らかに厄ネタじゃん!」
ギャアギャアと騒ぐもリズベルは首根っこを掴まれ、シスカにそのままズルズルと引き摺られていく。
「散々ラッシュたちに迷惑をかけてきたのでしょう。たまには役に立ちなさい。良い機会ですから、ついでに学校で色々と学んできなさい」
「イヤァアアアアアアアー!」
なんというか、その光景は姉妹というか、親子のようだ。実に微笑ましい。
「どこがよぉー!」
こちらの心の声を察したかのようなリズベルの叫びを無視して、僕らは駅を出て街に降りる。
そこは駅以上に数多の人間で賑わっていた。
貴族や商人はもちろん、獣人といった異種族までチラホラ見かける。
「彼女はどこかな」
「そうですね。手紙によるとここら辺の近くに――あ、いました」
その中で一人、一際派手な外見の少女がいた。
三角帽に黒いマント、恰好からして魔法使い。
鮮やかなオレンジの髪をたなびかせた少女は、僕らの姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ラッシュ、シスカ。よく来たわね。会いたかったわ」
「久しぶりだね、アンジュ」
「お元気そうで何よりです」
魔法使いアンジュ。
この学術都市きっての天才と呼ばれる少女であり、かつては僕らと共に魔王と戦った仲間だ。
主な役割は遠距離からの魔法支援。
彼女の高火力の魔法攻撃は実に頼もしかった。
「しばらく見ない間に大きくなったね」
「でしょう? もう大人の女よ」
フフンと得意気に鼻を鳴らすが、背丈はそれほど変わっていないように見える。
いや待て。その小柄な体躯に見合わぬ大きな胸がたゆんと揺れるのを僕は見逃さなかった。
なるほど、たしかに成長したと思う。色んな意味で。
「ラッシュ?」
「おいおい。私の方がデカいだろうよ」
シスカとヴェロニカからの視線が痛かった。
さらに、当のアンジュの方は僕らの意味が分からずキョトンとしていた。
なんか、自分の汚れっぷりを自覚してしまって恥ずかしくなる。
色々とごめん。
僕も男なんだ……!
「ガンズがいればなあ……」
彼がここにいれば、小粋なジョークや下ネタトークで場を濁して――いや、勇者パーティーが集結したのだが。
「仕方ないわよ。例の王都の事件の後片付けが終わってないんでしょ? それにしても……」
一度言葉を区切って、アンジュは僕やシスカの隣に目をやる。
「本当に一緒にいるのね、飛竜戦姫ヴェロニカ。手紙で読んだから知ってたけど」
「おう。よろしくな小娘」
「ま。いいわ。ラッシュやシスカが傍にいるなら安心でしょ」
すごい。あっさりと割り切った。
「おう。心が広いな。小娘。どっかの聖女とは大違いだ」
「ぶっ飛ばしますわよ」
「あはは。その代わり少し体を見せてくれない? 竜人族の体のつくりって興味があったの」
「お、おう」
目を輝かせてズイッとくるアンジュにヴェロニカも思わずたじろく。
この子も変わっていないな。
魔法使いの性というべきか、アンジュは好奇心と探求心が実に強い。
自分も当時は勇者の事を色々と教えてほしいとせがまれた。
最後にアンジュはリズベルに目を向ける。
「それで、えーとそこの子は?」
「囚われの子羊です。どうか哀れと思うならこの鬼のような聖女から私を解――ぐぇ!」
「今回の協力者もとい転入生です。好きにこき使ってくれて構いませんよ」
「えっ。あっ、うん……」
シスカに後ろから技をかけられるリズベル、その様子を見たアンジュは察したのか触れなかった。
その後、アンジュの案内で街の中を進んでいくと湖の船着き場に出る。
港のようなものだろう。
そこにはいくつもの船が並んでおり、その内の一艘にアンジュは乗り込み手招きする。
「ほら、こっちよ」
アンジュに促され、僕らは船に乗り込む。
「これも魔法で動いているの?」
「うんにゃ。デンキっていうエネルギーよ。科学者っていう技術者が発見したの。雷みたいなものだから、雷魔法と複合させられないか研究中」
はえー。色々と考えているんだな。
「海の上を走る魔導車とかも研究中なんだけど、実用化はまだ先かなー」
やがて遂に島……学園に到着。
校門をくぐると、そこは以前よりも人が多い。いや、先の街と同じように様々な人種が集まっている。
「すごいでしょ。学園も変わったのよ」
「ああ。そうだね」
どこか閉鎖的だったあの頃とはだいぶ変わっている。
「あっ。主席ちーす」
「アンジュちゃーん、こっち向いてー」
「主席、この前の発表した論文についてお聞きしたい事が……」
周囲の人らはアンジュの姿を確認すると、朗らかに手を振ったり、かしこまって挨拶をしたり、しきりに声をかけてくる。
「慕われているね」
「ふふ。これでも主席なんだからね」
これで、引っ込み思案で人付き合いが苦手な子だったからな。
しばらく見ない間に成長したもんだ。
上手くやれてるようだし、安心したよ。
「ちょっと何よ。父親面やめてってば。――それじゃあ学長室に案内するわ。ついてきて」
アンジュを追って、沢山の生徒が行き交う大通りを僕らは歩いていく。
その途中。
端の方で、なにやら人だかりができていた。
近付いてみると、罵声や怒声のようなものが聞こえてくる。
何だろう。揉め事かな。
「ちょっとちょっと何の騒ぎ?」
アンジュは特に遠慮する事無く、人ごみを掻き分けていく。
相変わらず、こういうのには今も昔も物怖じしないなあ。
そこには一人の女性生徒を複数の男子生徒が囲って、詰っているようだった。
「アンタたち、何してるのよ」
「……あ、主席」
「チッ。行くぞ」
彼らはアンジュの姿を確認すると、バツの悪そうな顔をしながら足早に立ち去っていった。
囲まれていた女子生徒にアンジュは駆け寄る。
「ちょっとあなた大丈夫? 何かされてない?」
「は、はい。私は大丈夫です」
少女はアンジュに手を引いてもらい、女子生徒はなんとか立ち上がる。
濃い紫髪をボブカットにして、大きめの丸縁眼鏡をかけた少女だ。
「あなた見ない顔ね。転入生?」
「はい。先月転入してきまし……ほぎゃああああああああ!」
なぜだか、こちらの顔を見た途端、悲鳴をあげる女子生徒。
「す、すいません。そのっ、そこの女の人が――!」
ヴェロニカを指さす。
まさか、彼女が竜人族だとわかったのか。
「ほう。私の正体を見破るか。見所があるな!」
なぜか誇らし気にふんぞり返るヴェロニカ。
アンジュは少しだけ気まずそうにしながら、優しく声をかける。
「あー……。驚かせてごめんね。この人は大丈夫よ」
「は、はい。そうですよね。ここは色んな人が集まる場所ですもんね。す、すいませんでした」
たどたどしくも、口早に言うと、その眼鏡の子はそそくさと立ち去っていった。
……気のせいだろうか。
あの子、どこかで見た気がするのだが。
……、……。
……。
「なんで、なんで……。アイツらがこんな場所にいるのさぁ!」
アンジュたちに助けられつつ、急いでその場から離れた眼鏡の少女は自問自答する。
(自身の偽装魔法も、併せてこの眼鏡に搭載された迷彩魔法も完璧なはずだ。いや、でもあの口調を見るに特にバレた様子は……。いやいやこちらを欺くための演技の可能性も……)
状況を把握するために、もしくは冷静さを取り戻すために、ひたすらにブツブツと思いつく懸念を唱えては否定し続ける。
「大丈夫ですよメア様ぁ。彼らの反応を見るに、バレてませんてぇ――ぎゅむっ!」
「こらっ。ミラカナ出てくるな!」
ポケットから出てきた蝙蝠を女子生徒は慌てて押し込む。
すると、今度はいつの間にか、足元に黒い犬が心配気に寄ってくる。
「ヌビンス、大丈夫だ。今の私はちゃんと冷静だよ」
優し気に犬の顔を撫でるが、むしろ自分に言い聞かせるような口調だった。
この二匹は彼女の使い魔という事となっている。
間違いではない。だが、実際は彼らの正体は以前とある戦いで敗北して肉体を失った魔族たちだ。
「ああもう、どうしてこんな事にぃ!」
マジェスティヌ学園に生徒として潜入してきた三魔将の一人。
メア・リオネスは己の運の悪さを呪った。




