第30話 王族からの依頼
「ほほう。随分と早く復興したな。以前のアンデッドだらけになった街といい、人間のこういう部分は素直にすごいと思うぞ」
到着した王都の街並みを見渡しながら、ヴェロニカは感嘆の声を漏らす。
彼女の言う通り、まだ所々が修補の途中とはいえ、既に街の景観は整いつつあり、人々の活気は戻り始めていた。
結局、再びヴェロニカは連れてくることになった。
当然、彼女は偽装魔法を施しているため、普通の人間にしか見えない。
だが、王宮魔術師にかかればすぐにバレてしまう可能性が高いので、どうしたものか。
「大丈夫ですよ。既に彼女の事は説明してあります。魔族を連れて来たとかで、いきなり槍を持った衛兵に囲まれるなんて事はありません」
今回はシスカも同行して話を聞いてくれるらしい。
というか、彼女が僕への使者や交渉を仰せつかったのも、それが条件の内だったらしい。
「もう自分が知らない間に勝手に話が進むのは御免ですからね。あ、見えてきましたよ」
喋っている内に辿り着いた王城。
あの激しい戦いがあった場所も、既に修繕はだいたい完了しているらしい。
そういえば勇者として選ばれて、初めてここに来た時は緊張とプレッシャーでカチコチだったな。
当時まだ健在だった国王様に激励をかけられた時は喜びで胸が一杯になったものだ。
そういえば、ゴラゼオスを最初に討伐した時には既に病に臥せっていた国王様だが、ずっと王都外の別邸で療養していたらしい。
おかげで王都でのゴラゼオス復活に巻き込まれずに済んだそうだ。
「国王様もここ最近は快復に向かっているようですし、彼が復帰すれば、この国も持ち直せるでしょう」
シスカの言葉に僕も頷く。
どうやら病ではなく、呪いの類だったらしい。
まだ調査中とのことだが、多分あのジョエールとかいう魔族が何かしていたのだろう。
「……また追い立てられたら嫌だなぁ」
「ですから……あの二人はどこぞのバカ女と違い、大丈夫ですってば。いえ、気持ちはわかりますが」
シスカは太鼓判を押す。
ダメだ。前のイザコザで大分王族不信になってきているな。
とりあえず、既に廃嫡されてるとはいえ、聖女様が一国の姫をバカ女呼ばわりしているのは聞かなかった事にしよう。
「もう少し彼らを信じてあげてください。そもそも、今さらあなたをどうこうしようなんて考える輩は、もう私があらかた片付けて――げふんげふん」
なんだか今日はシスカの口から不穏なワードが聞こえる気がするが、気のせいだろう。
ああ、今日も良い天気だ。
「お前さ。そろそろ現実見ろよ。この聖女かなり黒い部分あるぞ」
変な事を言うのはやめてくれ、ヴェロニカ。
今僕は空を見るのに忙しいんだ。
馬車から降りて、シスカは門兵にいくつか言葉を交わすと、城門がゆっくり開く。
あれ。向こうの方城壁が大きく抉れてるな。前の戦いでもあんな破壊跡はなかったはずだけど。
ま、いいか。
案内されて僕らが着いた場所は、かつてゴラゼオスと死闘を繰り広げた王の間ではなく、賓客用の部屋だ。
「遅いな。待ち合わせなんて忘れて遊んでるんじゃないのか?」
「こらっ。不敬ですよ」
しばらく待っていると、向こうの方からドタドタと慌ただしい足音が聞こえる。
身なりの良い格好をした少年が年配の侍従と共に入ってきた。
「は、初めまして……! ほ、本日はご機嫌も麗しゅう、ご、ごじゃいましゅ!」
なにやら少年の方は緊張でカチコチになっている。
「第二王子ミルガル・ルインズと申しましゅ。以後よろしくお願いします。それでえーとえーと……」
――いや、それは僕らの方が言う言葉では?
こっちの困惑をよそに少年は噛み噛みのまま、言葉を続ける。
「そ、それでは、そにょ……シャ、シャインくだひゃい!」
……はい?
顔を真っ赤にして色紙を突き出す少年に僕はどんな反応を返せばよいのかわからない。
「ふむ。今は筆の持ち合わせが無いのでな。手形でいいか?」
ヴェロニカが神妙な面持ちで答える。
話がややこしくなるので、引っ込んでてくれ。
この子だって、別に君のサインが欲しいんじゃないんだよ。
ほら、向こうも困ってるから。
「ど、どうしよう。色紙一つしか持ってきてない」
いや、そっちでもいいのかよ!
「全く何をしていますの、お兄様! あれほど私が来るまでに待っているように言ったでしょう!」
やがてドレスを着た令嬢が少年と同じような感じで入ってくる。
少年と、そしてあのナフシアとよく似た顔つきを見るに、この子が第二王女だろう。
「で、でもジェミィ! この国を二度も救った英雄に会えるなんて……僕、昨日から緊張してほとんど眠れなかったんだ――!」
「だとしても、我々は王族です。立場と責任があるのです。ましてや、お姉さまのやらかしのせいで、我々と彼の間には複雑な溝が――」
「あ。そ、そうだった! この度は不肖の姉が度重なるご迷惑をおかけして申し訳ごじゃっ、ございませんっ!」
今度はアワアワと謝罪を始める兄と『そうじゃないでしょう。いえ、それも大切ですが――!』と突っ込む妹。
実に賑やかな兄妹だ。こういう部分は、良くも悪くも姉であるナフシアとも似ている。
第一王子は戦争で行方不明。第一王女ナフシアは廃嫡。
だからこそ、中心として立っているのがこの第二王子と第二王女だ。
ミルガル王子とジェミィ姫。
この国の新しき指導者の卵である。
「さあ、お兄様。もっと堂々としてください。次期国王としての自覚を持ってくださいましっ!」
「うわぁ! 引っ張らないでよぉジェミィ!」
相変わらずドタバタとしたやり取りを続ける双子の王族たち。
年相応と言えばそれまでだが。
「お二人共、そろそろ本題に入られた方が―」
やがてタイミングをはかっていた侍従さんに促され、我に返った二人は慌ててこちらに向き直る。
いまだに緊張しているのか、ギクシャクしているミルガル王子を余所にジェミー姫は気を取り直すように咳払いをしする。
「ゴホン。初めまして勇者ラッシュ様。ご機嫌麗しゅうございます」
「もう勇者じゃないですけどね」
僕の言葉に、一瞬だけ少しだけ申し訳なさそうな顔をするジェミィ姫だが、それでも毅然とした態度に持ち直した。
「……失礼しました。ラッシュ様、先日の姉の非礼を始めとした数々のご無礼。まずは謹んでお詫びいたします」
綺麗な所作で深く頭を下げるジェミィ姫。それにつられる形でミルガル王子も頭を下げた。
「……その上で、あなたに冒険者として依頼します。これからあなたには学術都市マジェスティヌに向かって禍騎士を捕縛、もしくは討伐してほしいのです」
続けて口に出された内容は、それは勇者としてではなく、冒険者としての依頼だった。
「禍騎士というのをご存じですか?」
「はい。それなりに聞き及んでいます」
先日の村でおじいさんとの雑談を思い出す。
確か王国の各地で暴れ回っているという騎士だったか、まさかこうして国から討伐依頼を出されるほどの脅威となっていたとは。
「現在、これまでの目撃情報と追跡している密偵や騎士団の報告によると、奴は数多の魔法使いと魔法技術が集まる魔術都市国家マジェスティヌに向かっている事が判明しました。奴をこのまま放置すれば下手をすればこの王国は近い内に滅ぶかもしれません」
国が滅ぶとは穏やかではない。
かなり大きい被害を出しているようだが、言っては何だが所詮は個だ。
王国とてまだまだ戦力は残っている。なんなら被害を受けた他国とかとも協力を要請して共同戦線を張れば、倒せない相手ではないと思うのだが……。
「あなたには言った方が良いでしょうね。噂になっている件の禍騎士……彼の正体は王城から脱走したウバク・レイダーです」
「……は?」
突然のカミングアウトに僕は思わず聞き返した。
「どういう経緯かは不明ですが、彼は聖剣の力を取り戻し、自己強化して脱走したのです」
確かにあの戦い以降。ウバクはもちろん、聖剣は僕の所へと戻っていない。
別の誰かへと渡ったと思っていたが、まさかまだウバクの所に留まっており、こんな事態を引き起こしていたとは。
「それだけではありません。ウバクに倒された魔物や襲われた人物は特殊もしくは相応に優れたスキルを持っていました。意識が戻った被害者はそれらが使えなくなっているようなのです」
……後から聞いた事だが、ウバクはそうして僕からも勇者としてのスキルを奪っていたらしい。
僕だけならまだしも、同じような犠牲者を増やしているのか。
「という事は禍騎士……いえウバクの狙いはマジェスティヌの魔法使いたちのスキルや魔法でしょうか……?」
隣で、話を黙って聞いていたシスカは考察を口にする。
「ハッ。どこまでも他者から奪うしか能がないのか。惨めな男だ。……しかし、聖剣もそんな奴に力を貸しているとか、もう魔剣だろ。いっそ叩き折った方が良くないか?」
ヴェロニカが身も蓋もない事を言う。
一応は人類の至宝だから、言葉に気をつけようね?
ゴラゼオスの影響で何かしら歪んでしまったのかもしれないし。
「と、とにかく聖剣を持つ勇者が曲がりなりにも国外でも騒ぎを起こしているのです。これ以上、今の彼を放置していると各国との悪化。下手をすれば戦争に発展しかねません」
ジェミィ姫はドレスの袖を強く握り、ミルガルも暗い面持ちで俯く。
「しかし、もっと大多数の人員を派遣しようとも、他国にこれ以上こちらの内情を知られるわけにはいかないのです」
なるほど、出来る限りは極秘で行いたいのもわかった。
王国の公爵が勝手に魔族と戦争吹っ掛けたり、魔王を復活させたりと、やらかし放題であった。
それがまんまと脱走して、各地で暴れ回っているのだ。
彼の正体が他国に公になれば、国家間は険悪、最悪戦争。
いや、既に正体がバレており、証拠を集めて糾弾する準備を進めている所もあるかもしれない。
「本来ならば我々はこうしてあなたに頼めるような立場でないのは百も承知です。ですが、もうあなたしか頼める人間は無いのです。力を貸してください」
頭を下げるジェミー王女、遅れてミルガル王子も頭を下げる。
王族ではありえない事だ。
それに対する僕の返事は早かった。
「わかりました。受けます」
「そうでしょうね。あれだけの仕打ちを受けて、なお我ら王族に使われるなど溜飲が下がらないでしょう。ですが――ほぇ?」
ジェミー王女は遅れて間の抜けた顔で間の抜けた声をあげた。
ヴェロニカは吹き出し、シスカが頭を叩く。
「一応はこの国に住んでいる者以上は無関係ではいられないでしょうし。あ、でも爵位授与とか王族の誰かと婚姻とかは勘弁してください」
そういうのもうこりごりなので。
すると、なんだかミルガル王子の方は目を輝かせている。
「かっこいい……! 見返りを求めないなんて、まさにヒーロー!」
すいません。本当に面倒なだけなんです。
なんなら権威関係はいまだにトラウマなんです。
「それに場所が場所ですからね」
都市国家マジェスティヌ。またの名を学術都市。
最初にその名を聞いた時、僕は脳裏に一人の魔法使いの少女の顔を思い出していた。
あの街には彼女がいるのだ。
ガンズやシスカと共に魔王ゴラゼオスと戦った僕の最後の仲間が。
「昔の仲間に危険が迫っているのかもしれないのなら、動かないわけにはいきませんよ」




