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第29話 三度王都へ

「いやー、今日も働いた働いた」

「ジニちゃん、定食一人前な」

「はーい」


 とある田舎の村の食堂屋。

 その日は特に賑わっており、そこは仕事を終えた村の農夫や狩人たちが夕餉を食べにやってきており、一人娘であるジニは手伝いにせわしなく走り回っていた。


「それでな。私はこう言ってやったんだ。『待て、金ならある!』ってな」

「いや。姉ちゃん、それ命乞いじゃね?」


 その中で特に人が多い集まる喧騒があり、その中心にはエールの入った樽を片手に意気揚々と自慢話(?)を語る竜人の女がいた。


 ヴェロニカ。

 かつて人間から飛竜戦姫とまで呼ばれ恐れられた彼女も、今や完全にこの村に溶け込んでいる。

 彼女の気風がそうさせるのか、この村が特殊なのか

 まあ、それ自体は良い事だ。


「おおラッシュ。食後に一回戦ろうぜ」

「戦らない」


 こうして僕の姿を見る度に、いまだに戦いを挑んでくるのが玉に瑕だが。

 何を勘違いしたのか口笛を吹いて囃し立ててくる周囲の人々を無視しながら、僕はカウンターの席を座って日替わり定食を注文する。


「おうラッシュ。この前のニードルボア退治してくれてありがとうな。助かったぜ」

「いえ、あれぐらいお安い御用ですよ」


 するとヴェロニカと一緒に飲んでいた農夫のおじいさんに声をかけられる。


「しかし、お前さんらがこの村に来て半年か。早いもんだねえ」


 そう半年だ。

 長いようで短い時間だ。

 交易都市でのアンデッド軍団の襲撃、王都での魔王ゴラゼオスの早すぎる復活。

 その半年の間にそれだけの事があったのだ。


「最近はこの国も物騒なことだらけだが、この村は逆に人の入りが多くなってきてるんだもんなあ」


 人の入りが多くなった村は活気づいてもう街と呼べるぐらいになってきている。

 シスカが裏で手を回して、村おこしをしているらしいが、この食堂も少し前に改修工事とかで一回り大きくなり、賑わってきている。


「ほら。この前の王都の騒動もそうだが、ほら、最近噂の禍騎士まがきしって奴とかよ」


 その話なら僕も聞いていた。


 ここ最近、巷を騒がせている指名手配犯だ。

 瘴気を纏う黒い鎧を装着した謎の人物。

 魔物だろうが人だろうが区別なく襲い続けており、被害が拡大しているらしい。


「まあ、この村は安心か。ここには兄ちゃんやそこで騒いでいる姉ちゃんがいるもんな」

「買い被り過ぎですよ」


 一応はそこらの山賊や魔物なら返り討ちにできるぐらいの自負はあるが、話を聞いた限り、相当得体の知れない相手のようだ。

 スキルの相性でも、一瞬の油断でも、戦いとは何が起こるかはわからない。


「よおーし。ここからは私のおごりだ。飲めや歌えー!」

「「「おぉー!」」」


 ふと後ろからヴェロニカの声が響く。


 振り返ると、すっかりできあがった彼女は貨幣をばらまきながら、ジョッキを高らかに掲げ飲んでいる。

 あのお金。全部魔物退治や賞金首で得たお金か。

 彼女は冒険者ではないから、僕の名義で換金して渡していたのだが、まさかあんな使い方をするとは。

 なんにせよ完全に場を掌握しているのだから、恐ろしい。


「またこのような大騒ぎをして……」


 そんな声と共に店の扉が開く。

 そこにいたのは長い金髪を持つ一人の修道女だ。


「お食事中に失礼します、皆様。私の事はどうかお気になさらず」


 一見、場違いと思われる彼女は特に気にした様子もなく、店の中に足を踏み入れていく。


「全くだよ。人が気持ちよく呑んでる時に。何か用か聖女殿」

「相変わらず口の利き方がなっていませんね、竜女」


 興醒めだと言わんばかりに胡乱気な目を向けるヴェロニカに睨み返す聖女シスカ。

 既に恒例ともなったやり取りだが、見ているこっちは気が気でない。


 彼女も定期的にこの村を視察に来るようになったが、ヴェロニカと顔を合わせる度にこうして喧嘩を始める。

 一体何が原因なんだろう。

 リズベルに相談したらゴミを見るような目で見られたんだよね……。


「はっ。聖女ともあろうものが随分と心の狭い事だ。魔族はみーんな敵ってか?」

「私は相手が魔族であろうと、話し合いたいという意思があるのならば言葉を聞き入れる用意があります。私がこういう反応をするのはひとえにあなただからですよ」

「あ?」

「は?」


 まずい。

 この空気は非常にまずい。

 どうにかして、場の空気を変えねば!


「――と、ところでシスカ。何かあったの?」

「あっ。ラ、ラッシュ。あの、その……。実はですね……その……。言いにくいのですが……。王都への召集令がかかりました」


 いまいち歯切れの悪い調子で、シスカは懐から丁寧に封蝋された封筒を取り出し手渡す。

 僕は思わず身を強張らせる。


 ……思い当たるフシなんて一つしかない。


 半年前のナフシア姫への無礼である。

 遂に来たか。

 当時、シスカに問題ないと言われても心配だったんだ。

 ほら、偉い人たちって面子を重んじるし。


「いよいよ逃げる時か、でもそれだと皆に迷惑をかけるし。大人しく縛についた方が……不敬罪って死刑かなあ」

「なーに、気にするなラッシュ。いざという時は王族なんて根絶やしにして、この国を乗っ取ってやろうじゃないか!」


 ヴェロニカの戯言を無視して、僕はこれからの逃亡もしくは牢屋生活に思いを馳せ始めた所を、シスカは慌てて言葉を続ける。


「い、いえ。大丈夫です。前にも言いましたが、その一件はもう完全に終わらせました。彼らのほとんどは失脚。もしくはいまだ罪人として繋がれた状態のはずですからっ!」


 あれ。違うのか?

 じゃあなんでだろう。


「はい。呼んでいるのはあくまで冒険者の依頼という形で指定されたからです。依頼人は第二王子と第二王女のお二人なので、一応は王家からの依頼という事になります。……私も依頼内容は聞かされていません」

「あの双子の子たちか……」


 第一王女であるナフシア姫の失脚で、王位継承権を押し上げられた双子の第二王子と第二王女、まだ年も十と少しぐらいのはずだ。

 あの王都でのゴラゼオスとの戦いの後、ナフシア王女が失脚した代わりに、その二人が王都へと戻されたんだっけ。


 しかし、どちらにせよ王族絡みか。

 いよいよキナ臭くなってきたな。


「王家として折り入って頼みたい事があるようですが、事が事ですし、断ってしまってもかまいません」


 僕は僅かばかりに思案するが、答えが出るのは早かった。


「いや、行くよ」


 わざわざ王族の彼らが聖女であるシスカを遣わしたのだから、相応の事情があるのだろう。

 あれから王都がどうなっているのか、気になると言えば気になるし。


「ほーれ始まったよ。このお人好しは」


 向こうで酒を呷っていたはずのヴェロニカが、いつの間にか隣に立ち、からかうようにせせら笑う。


「いつまでたってもその調子では、ずっと詐欺師の良いカモだろうに。何度痛い目を見れば、お前は学ぶのだろうかなあ」

「黙りなさい竜女。ラッシュ様は穏やかで心優しいお方なのです。あなた如きに悪し様に言われる筋合いはありません。……負い目があるとするなら、彼を悪意と欲を向けた者らと、それから彼を守れなかった我々でしょう」


 再び喧嘩を始めると思ったら、色々と思い出したのか、自虐的な空気を漂わせるシスカと、それを見て『しみったれた空気を嫌いだ』と鼻を鳴らしてそっぽを向けるヴェロニカ。


「……しかし王都か。最初はあのエセ勇者のせいでイラついていて、それどころじゃなかったし、二回目はゴラゼオスのせいでボロボロだったからな。三回目はまともに観光できれば良いのだが」


 ――と思ったら、楽しそうにヴェロニカは当然のようについていく気のようである。


 僕は不安と共に店の外から王都の方角を眺めるのだった。

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