第32話 メアちゃんのドキドキ学園生活
一か月前。
魔族領、魔王アイシアの居城。
会議の間にて置かれた円卓、そこに三人の幹部……三魔将が揃っていた。
「学術都市マジェスティヌ。そこに例の禍騎士とやらがいると見て間違いないんだね?」
幹部の一人である少女、メアの問いに向かいの獅子の獣人……ガルドフが頷く。
「ああ、いくつも目撃情報が出ている。間違いない。お前から預かった使い魔が役に立った」
骨のような手足をつけた目玉がいくつもテーブルの端々から這い出てくる。
メアが死霊術で作り出した偵察用の使い魔である。
「おかげで、こちらも禍騎士の行方を追う事ができている」
禍騎士による被害はなにも人間たちだけではなかった。
なにせ相手は神出鬼没な上に優れた魔法やスキルを持った者を区別なく襲いまくる怪物だ。
「これで潰された拠点は三つ目です。これ以上の被害は避けたい所ですね」
そう答えたのは、二人の左中央に座る竜人族のレヴィアだ。
「それと生き残った魔物や兵の容態を見た所、一部の能力が失われていました」
苦々し気に答えるレヴィア。
使役している魔物も含まれている分、被害だけなら人間側よりもはるかに上かもしれない。
「猶予はあまりなさそうだね」
メアは宙を向けて目を細める。
禍騎士が奪った力でさらに強力になれば、被害はさらに広がる。
早々に仕留めなければならない。
できれば、人間たちよりも先んじて。
やがて、ガルドフは円卓に敷かれた地図に黒騎士が現れた場所、使い魔が姿を捕えた場所。それらに羽ペンで一つずつ印をつけていく。
その禍騎士が向かっていると思わしき先は、とある場所を指し示していた。
「なるほど。確かにこの方角はマジェスティヌだね。それで向こうの狙いはわかった?」
「皆目見当がつかん。奴にまともな知能が残っているならば、学園で保管もしくは研究されている数多のマジックアイテムやもしれんな」
「もしくは強い魔力やスキルを持つ誰か、とかかなあ……」
魔法使いにとって最高の教育機関にして知の泉とも言われているその場所は、人材と素材に溢れており、かつては魔王ゴラゼオスもそれを狙っていた。
「禍騎士の正体は件の人間の身体を乗っ取ったゴラゼオスかもしれませんね」
「――にしても、行動に理性の欠片も無さ過ぎる。精神が残骸化して怨霊になっているのやもしれん」
「だとすれば、私の得意分野だねえ。魔王を使い魔にできる良い機会だ」
面白そうに推測を立てるメアにガルドフとレヴィアは呆れつつも、彼女の言葉に引っ掛かりを覚える。
「待てメア。また分身でも送り込む気か? あそこは先の戦争でより警戒が難しくなっている。以前のような分身では侵入できぬぞ」
「そうだね。だから今回はこの体で自らいくよ。この体そのものは人間だからね。学園の審査にもパスできるはずさ」
メアの言葉にレヴィアは思わず立ち上がる。
「いくらなんでも無謀です。ラグーンの時のような事態に陥ったらどうするのですか!」
「お前はもう少し己の身を案じるべきだ。軽はずみな行動は控えろと我らに言っているだろうが」
反発する同僚二人にメアは苦笑で返す。
「そんな心配げな目で見ないでよ。さすがに勇者がいるわけでもなし。……まあ、勇者の仲間がいるって聞いたけど、向こうは主席のエリートらしいし、おいそれと気をつければ関わる事なんてないよ」
……こうしてメア・リオネスはメリー・ナイトという名義で学術都市マジェスティヌへと潜入した。
潜入自体はつつがなく終えられた。
転入試験は余裕で合格。
受付で魔力適性をはかっており、メアの魔法属性は闇属性。
特に隠す理由もなかった。
闇属性の持ち主はいまだに偏見の目で見られる事も多いものの、昨今は大分薄れてきている。
もっともメアとしては、むしろ多少距離を取られた方が、調査をしやすいとも考えていたぐらいだ。
一部の学生から白い目で見られたり、絡まれたりする。……その程度のトラブルなら織り込み済みだし、普通に対処できる自身もあった。
……そう思っていたのだが。
「へえ。メリーちゃんって先月から転入してきたのね」
「は、はい」
アンジュと席を隣にしながら、メアは共に授業を受けながら、内心の動揺を悟らせぬように必死であった。
(なんで、どうして……。本当にどうしてこうなった!?)
内心、メアは頭を抱える。
『探したわ。あなた、もうしばらくは私の傍にいた方がいいわよ』
『……はい?』
後日再会して、いきなりこんな事を言われた時は混乱でフリ-ズしかけるも、なんとか持ち直して平静を取り繕えた自分を褒めてやりたい。
彼女の事は知っている。
魔法使いアンジュ。かつて勇者ラッシュと共に魔王ゴラゼオスを討伐した実質的なメンバーだ。
そんな彼女が、先日のあの騒動の後から、こうしてつきっきりでくっついてきているのだ。
身の休まる暇がない。
「この前の奴ら、執念深いって有名なのよ。大丈夫よ。また何かちょっかいかけてきたら、私が守ってあげるわ。安心しなさい」
「あ、ありがとうございます(ふざけんな)」
話によると、この前、自分に絡んできた連中は最近この学園に転入してきた貴族の子弟たちで、家の権威を笠に着て好き勝手やっているらしい。
詳しく聞けば、無駄な事に時間かけてんな、と呆れと侮蔑交じりの他人事であったが。
彼らのおかげでこんな状況に陥っていると考えると、無性に腹が立ってくる。
(いや待て。よくよく考えればチャンスでもあるかもねえ)
とりあえず、自分の正体はまだバレていないようだ。
ならば、このまま彼女と親密な仲になれば、上手くすれば、あの憎き勇者たちや、ついでにこの学園についての重要な情報でも聞き出せるかもしれない。
「どうしたの? 一人でほくそ笑んで。何か良い事でもあった?」
「はわっ!? い、いえ。学園きっての天才って言われるアンジュさんとこうしてお近づきになれるんだから、光栄だなーって。ハハッ!」
「そんな大げさよ。私は他の皆よりも物覚えが良かっただけ。私よりもすごい人なんて、この世界には沢山いるわ」
かつて共に戦った勇者パーティの皆を思い浮かべながら、アンジュはどこかアンニュイ気味に言った。
「それよりも私は貴方の闇魔法にも興味があるわね!」
一転して、アンジュは目を輝かせながら、メアの方へ身を乗り出す。
魔法使いのサガともいうべきか、どうやら未知……自分の闇魔法に興味があるようだ。
もしかしたら、こうして自分を助けた理由もそちらが本命だったのかもしれない。
(まあ、そっちの方がまだ納得かな)
純粋な善意よりも、下心があった方がまだ信用できるというものだ。
「わかりました。お互いに協力しましょう」
(コイツから情報を得るにしても、もう少し仲良くする必要があるからね。それまではこの学園生活とかいう青春のぬるま湯に一緒に浸かってやるとしようか)
腹黒くはあるが、ようやくメアは心からの笑みを作る事が出来た。
「ふっふっふ。あなたの学園生活は主席である私に任せなさい。ドーンとね!」
それを受けたアンジュは得意げにドンと胸に手を叩く。
「くたばれ」
「ほえ?」
「い、いえ。……なんでもないです」
たゆんと揺らすアンジュの胸に対し、思わず素を漏らしてしまったメア・リオネス。
目下、彼女の悩みは己の慎ましやかな胸部であった。




