第26話 一度言ってみたかった言葉
死闘を終えて、ボロボロに破壊し尽くされた玉座の間に、僕は取り残されていた。
天井に空いた大穴から垣間見える青空は晴れやかに澄み渡り、さっき放った一撃の光が細やかな粒子となって立ち尽くす僕の真上から降り注いでいる。
それから、どれぐらいの時間が経過しただろうか。
いまだに終わった事への実感が沸かず、ゴラゼオスの断末魔もいまだにすぐそこで響いてきている気がしたが、それもようやく耳奥から消えていく。
ゆっくりと大きく息を吐く。
「あぇ――?」
ふと、体中から気が抜けて、思わずその場にへたり込んでしまう。
遅れて身体のありとあらゆる箇所から激痛が走る。
無理もないかもしれない。
限界なんて既に超えていたのだ。こうして生きているのが奇跡だろう。
「よう。お疲れさん」
そこにいつの間にか戻ってきていたヴェロニカが、こちらへ小さな小瓶を投げつける。
さっきのとは違う。
瓶の装飾を見るにさらに高価そうな回復ポーションのようだ。
僕はフタを開けてそれをひと思いに飲み干す。
一気に活力が戻ってくる。
すごいな。傷もみるみる癒えていく。
「一つ聞くけど、こんな物をどこから見つけてきたんだい?」
最初の奴はガンズから預かってきたようだが、これは明らかに貴族とかが持っている高級品だ。
「うん? ここに来る前に見かけた向こうの蔵に引き返して、いくつか拝借してきただけだが?」
事もなげに言ってのけやがった。
戦闘中は使う暇なかったしなあ、とボヤいている彼女に泥棒と突っ込んでやりたかったが、助かったのも確かだし、今はもうそんな気力も残っていない。
とりあえず、王都には慌てて来たので手持ちの資金はほとんど無いため、後で代金でも城に匿名で送るとしよう。
「そんじゃあ元気も出てきたみたいだし。さっさとトンズラするかね。立てるか?」
「なんとかね……」
差し伸べられたヴェロニカの手を取って、僕はなんとか体を起こした。
一応、今の僕は半分お尋ね者の扱いだ。彼女の言う通りさっさと立ち去るべきだろう。
こんな所を城の誰かに見られたら大変だ。
「……お待ちください! 待ってくださいましっ!」
――と思っていた矢先、突然引き留める声がかかる。
嫌な予感と共に僕はゆっくりと振り返る。
案の定、そこにいたのはナフシア王女だ。
どうやらいつの間にか意識を取り戻して、ここまで歩いてきたらしい。
まずい。一番会いたくない人間に見つかってしまった。
また何か罵倒されるか、下手をすればこの一連の事件も全て僕のせいにされるのかもしれない。
どうにか上手い言い訳を考えないと……。
しかし、次に放たれた彼女の言葉は僕の予想をはるかに超えるものだった。
「ああ、ラッシュ様……。私の愛すべき人。あなたこそ真の勇者です!」
「はい?」
目の前のお姫様がちょっと何を言っているのかわからず、思わず首を傾げた。
「私はずっとウバクに騙されていたようです。今度こそ私は真実の愛を見つけました。どうかこの国の王として私と共にこの国を導いてください!」
陶然とした面持ちで、涙ながらに訴えかけてくるナフシア姫。
……うん。
彼女の言葉をできる限り理解しようと頑張ったが、やっぱりわからないので、もう無視して良いよね。
「えーと。とりあえず丁重にお断りさせていただきたいのですが」
「そんな。なぜですか⁉」
一転して愕然とした面持ちで崩れ落ちる。
むしろ、このお姫様は何で受け入れてもらえると思ったんだろうか。
「いや、僕を追放したのはあなたじゃないですか。今さらそんな事を言われても困ります」
「全ては悲しいすれ違い。真実の愛を見つけた今となっては些細な事です!」
悪びれずに言ってのけたよこの人。
だから、真実の愛って何なのそれ。誰か説明して。
「なぜわかってくださらないのですか……」
今度はあからさまに悲劇に見舞われたヒロインっぽくしている。
え。これ僕が悪いの?
ヨヨヨと泣き崩れている彼女を見て、何の感慨もわかない。
いや、むしろ嫌悪感の方が強くなってきた。
正直、あのパーティーでの追放劇は心が折れた……ほどではないにせよ、ショックではあったのは確かだ。それを彼女は行き違いだとか、些細な事だとか、そんな軽い言葉の一つや二つで済まそうとしてる。
それが無性に腹が立った。
「すみせんが、いい加減に――」
「――おい。いい加減にしろよ小娘っ!」
「きゃあっ!」
僕が何か言おうとしたその前に、ヴェロニカが怒鳴りつけていた。
「――な、何者ですか、あなたは! 不敬ですよ! 私を誰だと思っているのですか。衛兵! 衛兵はどこ!?」
存在感に気圧とされながらも、すぐに調子を戻して再び喚き散らすナフシア姫。
僕はなんとか姫を諫めようとするも、ヴェロニカはこちらを手で制して、私に任せておけと言わんばかりにウインクする。
まーた、無性に嫌な予感がするな。
……まあ今回はいいか。かましてやれ!
「おいバカ姫。コイツはもう新しい人生を歩み出しているんだよ。具体的にはアレだ。こいつは私と結婚している。夫婦だ。ラブラブだ。わかったらそこをどけ花畑女」
「いや、君こそ何言ってんだぁあああああああ!」
――なんて思ってた数秒前の自分をぶん殴りたい。
よりにもよって、なんて爆弾発言をしやがった、この竜女。
「だって、もう相手がいるなら向こうも諦めがつくだろう? ……ああ、そうか。あの聖女も入れないと後がうるさそうだな。そういうわけで両手に花だ。どちらにせよ貴様のようなアバスレ姫が立ち入る隙間は無いと知れ」
いや、なんでシスカまで巻き込んでんの?
なんでさっきから連続で火薬を投げ入れてるの?
「な、なんたる屈辱。なんたる無礼――って。いやぁあああああー! 魔族ー!?」
しまった。偽装魔法をかけるの忘れてた。
ナフシア姫も今さらヴェロニカの正体に気付いたようだ。
うわあ。いよいよ話が面倒くさくなってきたぞ。
「ラッシュ。あなた魔族と結託したのですか⁉ この裏切者! 命が惜しければ私と結婚しなさい!」
なんか求婚に罵倒と脅迫が混ざってエラい事になってるな。
というか、こっちもこっちで頭がパニクって自分が何を言ってるのか、理解できていないのだろう。
「やかましいっ!」
「ひゃああっ!」
ヴェロニカの一喝に騒いでたナフシア姫は押し黙る。
「クルクルと掌を返す尻軽にして軽薄な小娘が。貴様ごときがこの男の傍に立つなど笑止千万!」
そこまで言ったヴェロニカはやがて僅かな間を作る。
「――あえて言わせてもらおう。今さら、もう遅いっ!」
「ひぃいいいいいいいい!」
トドメの、竜のブレスと見紛うかのようなヴェロニカの怒声が王城を響かせる。
それをまともに受けたナフシアは悲鳴をあげながら引っ繰り返る。
でも、ヴェロニカさんや。
決まったって顔してるけど、ソレどっちかといえば僕が言うべきセリフじゃないですかね。
絶対に自分で言いたかっただけだよ、この人。
一方でナフシア姫といえば、そのまま泡を吹いて気絶してしまっている。
なんか股の方に湯気と共に染みのようなものが広がっているが、見なかったことにしてあげよう。
とりあえず大人しくなってくれたのは良かった。
「……あれ?」
なんか、自分の心が軽くなっているのを感じる。
なるほど。どうやら僕は自分が思っていた以上にこの姫様たちに鬱憤が溜まっていたらしい。
だったら、もう少しヴェロニカには感謝した方が良いかもしれないな。
「完全勝利! フハハハハハー!」
もっとも、高笑いしている当の彼女を見ると、そんな気もすぐに失せてしまうのだが。
「よし、それじゃあ帰るか」
「――そうだね」
すごく疲れた。
家に帰ったら温かいスープを飲んだら、貯めた貯金をはたいてようやく買えたフカフカの布団で泥のように眠ろう。
「いや、その前に外の冒険者連中と共に勝利の宴でもしていくか。今夜は朝まで騒ぐぞ!」
名案と言いたげな顔をするヴェロニカ。
一人でやってろ。




