第16話 ヴェロニカVSミラカナ&ヌビンス
ヴェロニカは街中を凄まじい速度で進み続ける。
とりあえず目に付くアンデッドは一通り始末した。
ここから自分は聖女を探すのに専念して、残りはラッシュや冒険者たちに任せればいい。
すると今度は完全武装したスケルトンが端々から十体ほど出てくる。
最初に蹴散らしたのと比べれば、装備も整っておりそれなりに強い個体のようだ。
向こうも異常を感じ取って、慌てて鎮圧しようと差し向けてきたらしい。
「まあ、さっきと大差ないか」
コキッと指を鳴らして、即座に腕を一振りする。
――それだけでほとんどのスケルトンは粉々に砕け散った。
だが、それでもさらに数体は正面から耐えるなり、回避なりして、彼女の一撃から逃れていた。
その中でも特に大きなスケルトンの兵士が持っていた斧を振り上げる。
「遅いんだよ、ノロマ」
彼が斧を振り下ろした頃には、ヴェロニカは手前にいたスケルトンの肩を踏み台に真上に飛んでいた。
ヴェロニカは両腕だけを完全に竜化させ、生えた鱗を手裏剣のように降らせる。
ズガガガガガガガ――。
降り注ぐ破壊の雨は次々とスケルトンたちを破壊していく。
「よしっ。これで今度こそあらかた掃除できたか?」
彼女が着地した頃には骸と骸骨の残骸の山が出来上がっていた。
「しかし、まあ怨念や未練を持つ上級ならいざ知らず、意思の無い下級の人形共をいくらぶっ壊しても、楽しくもなんともないな」
やはり戦いは信念と闘志のぶつかり合いだよなあ、と呟きながら、ヴェロニカは先を急ぐ。
やがてラグーンを出た外れの森。
そこからさらに進むと小さな教会が見えてきた。
街にあった綺麗な方とはまた別の古びている。
――にしては、感じられる人の気配がやけに多いし、向かいの方に地下からの出入り口のようなものがあった。
(ふむ。有事の際の避難場所といった所か)
ヴェロニカが近付こうとすると、火花が走った。
見ると障壁のようなものが張られていた。
よくよく表の方の壁や門を見てみると、至る所から、アンデッドが侵入しようと爪をひっかきまわしているようだ。
「そいやあぁ!」
ヴェロニカはそのアンデッドたちも片手間に薙ぎ払い、今度こそ障壁を叩く。
「おーい。屍共は片付けたぞ。聖女ー! 聞こえてるかー! チッ! おいコラ、返事しろぉ!」
まるでドアを叩くような気軽さで障壁を叩いているヴェロニカだが、一向に反応が無い事に苛立ちを覚え、今度はガンガンと障壁を蹴り飛ばし始める。
「なっ……何をしているのですか。この乱暴者!」
障壁にヒビが入り始めた辺りで、慌てて飛び出してきたシスカに、ヴェロニカは心の底から安堵したような笑顔で迎える。
「よう聖女殿、息災でなによりだ!」
「どの口で言っているのですか、あなたは……!」
後ろから見える屋敷の内部からは屋敷の人間とは思えぬ老若男女が怯えたようにこちらの様子を窺っていた。
おそらく避難してきた領民だろう。
「ほう。できる限り、ここで民を匿っていたか。見上げたものだ」
「できる限りです。私だけではここにいる一握りの人を非難させて、逃げ遅れた彼らに言葉を送るので精一杯でした。……それよりもあなたこそ、なぜここがわかったのですか?」
「薙刀預けただろ?」
「……あ」
シズカに渡した角を触媒に魔力を込めた薙刀はヴェロニカの身体の一部のようなものだ。
ゆえに遠く離れていても、ヴェロニカは場所を知る事が出来る。
「……街の方はどうなっていますか?」
やがて沈痛そうな表情で状況を確認するシスカ。
「ようやく攻勢に出た感じだが、いかんせん向こうの戦力がわからないからな。まあ、特にお前が思っているような惨状にはなっていないよ。まだな」
「……わかりました。なんにせよ。あなたがこの一帯のアンデッドを討伐してくれたことには感謝しましょう。さっき司教殿が救援を呼びに早馬で向かいました。ここからは私も参戦します」
もう逃げるわけにはいきませんから、そう言ってシスカは戦闘用の杖を片手に結界を解こうとする。
「ああ。壁はまだそのままにしておけ。面倒なのが来た」
「――?」
シスカ制したヴェロニカは辺りを睨む。
「そろそろ出てきたらどうだ?」
「ありゃりゃ。バレてましたかー」
すると、周辺から何十匹もの蝙蝠が舞ってくる。
次第にそれらは一か所に集まり、人型を形成……一人のメイドになる。
「ほほう。ヴァンパイアか」
「ふふふ、お初にお目にかかります飛竜戦姫殿。私の名はミラカナ。超絶可愛いメア様の従者をしている者です」
恭しく頭を下げるミラカナと名乗るメイドは所作こそ優雅なれど、ひしひしとこちらに向けて殺気を飛ばしてきているのが分かった。
「前置きはいい。さっさと戦ろうか」
「……その前にお聞きしてもよろしいでしょうか。なぜ人間たちに味方を?」
「ん? あー。一から説明すると面倒なんだよなあ」
しばし考え込むような挙動をした後、ヴェロニカは苦笑した。
「うーむ。まあ、ここのメシが美味かったからとでも言っておこうか」
「そうですか」
ミラカナはどこか諦めたように首を振り、両腕から赤い刃を生やす。ヴァンパイアの固有スキル“鉄血”だ。
対して、ヴェロニカは徒手空拳の構えを取る。
最早言葉はいらぬとばかりに戦いが始まった。
「づあぁっ!」
ミラカナの掛け声と共に赤い刃が腕から離れ、分離して幾重もの刃となって、ヴェロニカに向けて降り注ぐ。
「はは。さっきの骨共とは立場が逆だな。舐めるなよ?」
ヴェロニカはそれらを拳で真っ向から叩き折っていく。
「ほらほら。このままではジリ貧ですよぉ――イダァ!」
額に衝撃を受けたミラカナは墜落する。
何が起こったのか、皆目見当がつかない。
武術大会で見せた遠当て。
それをヴェロニカはデコピンの要領で飛ばして、ミラカナに当てて見せたのだ。
「チッ。――あれ?」
持ち直すも、ヴェロニカの姿は見えなくなっていた。
ミラカナは慌てて彼女の姿を探す。
「探し物は私かな?」
「ひぇええええええー!」
いつの間にか後ろから現れ、羽交い絞めにしてくるヴェロニカにミラカナは即座に蝙蝠化して逃れる。
「逃すか……むう?」
そこでヴェロニカは体が僅かに重くなっている事に気付く。
脇腹に血の杭を刺されていた。
「ようやく通りましたね」
「チッ。随分と手癖が悪いじゃないか」
ヴェロニカは舌打ちしながら引き抜くが、どうにも体の動きが鈍い。
(私の血には麻痺毒が混じっています。竜人といえど、これで行動不能になるはずです……!)
そうミラカナがほくそ笑んだその瞬間。
「……はあ!?」
ヴェロニカは引き抜いた血の杭をバリボリと食い始める。
「な、何をしているのですか!」
「魔力補給、あと回復」
「マジですか⁉」
ドン引きするミラカナをよそに、ヴェロニカは彼女に向けて大きく息を吸い込む。
「お返しだ」
「――くっ。ほぎゃああああああ!」
繰り出されるはヴェロニカは広範囲のブレス。
ミラカナは血の盾を張って防ごうとするも、盾ごと火達磨となってあえなく墜落する。
「あぢゃぢゃぢゃぢゃ――!」
地面を転げ回るミラカナを無視して、ヴェロニカは足元に目を向ける。
「さてと……次はお前だ」
「グァッ!」
思いきり足元の影を踏みつけるヴェロニカ。
すると、影の中から包帯塗れのコボルトが出てくる。
「ははっ。やはり隠れていたか」
「……チッ」
彼はただ隠れていたわけではない。ずっとヴェロニカへ呪いをかけ続けていたのだ。
身体能力を軒並み落とし、体調を不調にさせるデバフ。
酷ければ命を落とす程の呪いだ。
(……全く効果がなかった。この女は……どこまで規格外なのだ……)
「ん? いや、結構効果があったぞ。おかげでまだ少し眩暈がする」
(その程度ではないか!)
ヌビンスはあっさりとヴェロニカの貫手で串刺しにされる。
だが、ヌビンスもアンデッド。これぐらいでは致命傷にはならない。
「む?」
ヌビンスは己を貫いた腕を包帯で巻き付けてヴェロニカの自由を奪う。
包帯からはいくつもの呪文の文字が浮かび上がる。
毒、麻痺、眠り、凍結、石化、遅延、盲目、耐性無効――。
ありとあらゆるデバフがヴェロニカを襲う。
「……今だミラカナ」
「よっしゃあー!」
炎から回復したミラカナが血液で魔法陣を浮かび上がらせ、魔法を発動させる。
赤霧が立ち上り、ヴェロニカに向かって一直線に向かう。
霧状に見えるが、それらは砂粒レベルにされた鉄の刃。
それらがスクリューのように渦巻いて迫る。
「結界を解くなぁ!」
「⁉」
ヴェロニカは叫ぶ。
自分を支援するため、結界を解こうとしていたシスカへと。
次の瞬間、ゴッと凄まじい音と共に赤い霧に飲まれた。
「……やったか?」
霧と土煙が立ち上り、首だけ緊急脱出して、頭部のみとなったヌビンスは地べたを器用に転がりながら呟いた。
一方で彼よりも五感が優れていたミラカナは絶望の表情で絶句していた。
「思っていたより根性があるじゃないか。驚いたぞ」
服こそあちこちが破れ焦げていながら、平然としていた。
「そんな顔をするな。無傷じゃない。見ての通り体中が切り裂かれてこの有様さ。ほれ、乙女の柔肌が酷い有様だ」
もはや二人は返す言葉もなかった。
今さらながら、主があそこまで恐れていた理由を理解できた。
無茶苦茶だ。
「それじゃあ今度こそこっちの番だな。腕試しの場やさっきの戦いでも何度か練習してたんだが、ようやく形がつかめてきたんでな。悪いが練習台になってもらうぞ」
ヴェロニカは両腕に魔力を集中させる。
魔法ですらない。高密度の魔力をただ放つのみの技。
人間が気を扱う技法に似ているが、それよりもはるかに粗削りで桁違いなものだ。
「せいっ!」
――轟っ‼
次の瞬間、拳から生まれる強大なエネルギーにミラカナとヌビンスは後ろの森と共に呑まれて消えた。
……。
「あの……ありがとうございます」
「別にお前らのためじゃない。あいつに頼まれたのと……そうさな。この街の肉串が美味かったからな」
どこか恥ずかし気に礼を言うシスカ。
だが、内心では感謝する一方で、シスカはさっき彼女が起こした破壊の跡を見る。
(私は確かに彼女の力を半分預かっていました。それでもこの強さ。これで本来の力を取り戻したら……)
劣勢に立たされた時、力を返還しようかと逡巡したが、返さなくて良かったと胸を撫で下ろす。
一方で当のヴェロニカの方はといえば、都市のある一点へと目を向けていた。
「やっぱり向こうのアンデッドを操ってる奴の方が強そうだったな。さあてラッシュの奴は上手くやれるかね」




