第14話 アンデッドパニック
「試合始めっ!」
試合開始の号令が鳴った瞬間、即座に僕は目の前で木剣を構えていた男の眼前まで移動。
持っていた木剣で彼の木剣を弾き飛ばす。
「――参った」
相手の男は呆気に取られていたが、腕の痺れで我に返ると観念したように両手を上げる。
「うおおおおお! また勝ったー!」
遅れて、観客が喝采を上げる。
宿に下宿して一晩、今日は収穫祭当日である。
前日から開かれてた出店はさらに増え、広場でも派手な催し事が行われていた。
僕らが参加している例の武闘会もその中の一つだ。
といっても、王都のコロシアムで開催されていた大規模なようなものではない。
この前、ヴェロニカにボコボコにされたのもあって、少し勘を取り戻したいというのもあった。
やがて隣のブロックから僕以上の歓声があがってくる。
「そいやっと」
「うぼぁー!」
見目麗しい女性が退屈そうに欠伸を噛み殺しながら、自身の倍の背丈の大男を投げ飛ばしていた。
ヴェロニカである。
「嘘だろ。熊殺しのベックがあんな一瞬で……」
「何者だあの姉ちゃん。ただもんじゃねえぞ」
「あんな細腕からどこにあんな馬鹿力が出せるんだよ?」
今までまばらになっていた観衆は一点に集まり、注目されている。
こっちとしては彼女が竜人族だとバレないようかヒヤヒヤものであるのだが。
一応はもう一対の角や尻尾を偽装魔法で消してはいるようだが、それでも賢者クラスの魔法使いであるならば看破できてしまうだろう。
一方で当のヴェロニカと言えば少しばかり居心地が悪そうに手を振っている。
こういう場に慣れていないのだろう。
とりあえず、これで彼女は一足早く決勝に進出。
……そういえばリズベルたちはどこだろう。他の冒険者共々さっきから姿が見えないが。
「さあ、はったはったー! どっちが勝つか」
視線を泳がせていると、観客の一部は集まって賭け事をしており、その中にリズベルたちも混ざっていた。
アイツら……。
「リズベル、次はどうだ? 俺はそろそろ引き時だと思うが……」
「うーん。ここまでくれば安牌だけど。やはりできる限り稼いでおきたいし……イダァ!」
ブツブツと分析しているリズベルの頭を僕は後ろからポカリと叩く。
いいご身分だな本当。
「別にいいじゃん。ヴェロニカ姐さんも楽しそうだし」
「楽しいもんか!」
当のヴェロニカの方と言えば、こっちもこっちで弱いのばかりで。
つまらなさそうで、イライラし始めている。
「いやいや。とはいえ、流石に決勝は大丈夫でしょ。だって――」
「ああうん――」
……そんなこんなで大会は進行していき、遂に決勝が始まる。
「ククク。やはり貴様かラッシュ」
「不本意ながら」
疲れたような僕に対して、ヴェロニカの方はさっきとは打って変わって、なんだか得意げにドヤ顔をしている。
「決勝始めえっ!」
――ゴギャンッ――
審判の号令の下、一瞬で既に僕らの持っていた木剣は交差していた。
互いに全力を込めた一撃。互いの木剣は跡形もなく砕け散る。
「「「……は?」」」
一拍遅れて、審判含めた観客たちは呆気に取られる。
だが、当の僕らの判断は早かった。
互いに使えなくなった木剣の柄を捨て、僕は拳を、ヴェロニカはそれを受け止めて死角からこちらに向けて蹴りを放つ。
紙一重で蹴りをかわした僕はそのまま一旦距離を取る。
しかし、そうやすやすとヴェロニカの方は逃がしてはくれない。
今度は組手に持ち込もうと、追いかけてくる。
「おいおい。逃げるなよ。退屈だろうがっ!」
言って、思いきり足を地に踏みつける。
豪震が起こり、僕もバランスを崩して動きが止まる。
「魔力なしでの格闘戦。こういうのも面白い!」
そのままヴェロニカは連打を繰り出してくる。
だが、動きそのものは単調だ。
避けるのは簡単――。
「……⁉」
直後、頬に鈍い衝撃による痛みが走る。
ヴェロニカは悪戯が成功した子供のようにほくそ笑む。
魔法――違う。
もっと単純な気を練り込ませて放つ遠当てだ。
「そらそらそらあっ!」
ロクに動けず、隙だらけとなった僕へと調子に乗って、連続で繰り出してくる。
クソッ。単純馬鹿だと思ったら、いつの間にこんなテクニカルな技を覚えやがった……!
「トドメだっ!」
最後は己の拳で終わらせようと、こちらに向けて殴りかかるヴェロニカ。
……これを待っていた。
「せいっ!」
「――はぇっ!?」
さっきヴェロニカがあったのと同じように僕は彼女の腕を掴んでポイッと白線外へと投げる。
いや、簡単な感じだけど、これでも残っていた最後の力を振り絞ったのだ。
こうして僕は優勝した。
「クク。これで一勝一敗か」
もんどり打ちながら、誇らし気なヴェロニカ。
楽しめたようだ。
まあ、退屈でイラついてるよりははるかにマシだろう。
とりあえず体を起こしなさい。
スカートめくれて下着が見えてるから。
「いやー二人共ご苦労さん」
リズベルたちがホクホク顔でやってくる。
手に持っている荷物を見るに随分と大勝ちしたようだ。
「そんな目で見ないでってば、お詫びに夕飯はこっちで奢るからさー」
「人をダシにして稼いで食うメシはさぞかし美味いだろうね。むしろ、それぐらいしてくれなきゃワリに合わないよ。ヴェロニカ、君も……どうしたんだい?」
見ると、ヴェロニカはなぜだか神妙な顔で地面を見ていた。
彼女がこんな顔をするのは珍しい。
「……ラッシュ気付かないか?」
「それはどういう――」
『――暗き果てより眠りし魂、我が呼びかけに応えよ――』
そこでようやく、僕はどこからか響いてくる怪しい声に気が付いた。
「備えろ。来るぞ――!」
言い終わらぬうちに地面が妖しく輝き始める。
『――冥府より来たりて軍勢。生者の精を糧に甦れ。今こそ宴を始めよう――』
終わらぬ祝詞。ようやく僕はこれが呪文である事に気が付く。
妖しい光の中から無数のスケルトンやグールが這い出てくる。
「ひっ……きゃあああああ!」
「うわぁあああああああ!」
「ア、アンデッドだ。剣を抜けえ!」
あっという間に街中が恐慌状態になり、そのまま乱戦にもつれ込みかける寸前。
『あーあー。只今マイクのテスト中――』
どこからともなく気が抜けるような声が聞こえる。
『はいはい、どうも皆様。美少女死霊術師メア・リオネスちゃんでーす!』
人々の恐怖と混乱はその声で一旦静まる。
『イヤー、今回は迷惑をかけちゃってごめんなさいねー。でもこっちも仕事ですから勘弁してくれると幸いでーす』
僕はリズベルに預けていた鋼の剣を手に取る。
『この街は我々魔王軍が占拠しましたー。あ、前の連中とは別派閥ですのでそこ間違えないようお願いしますねー。とにかく無駄な抵抗はやめて大人しくしおいてくださーい。そうすれば悪いようにはしませーん』
どこまでも緊張感のない。いっそ馬鹿にしているような調子で声の主は話を進めていく。
「ど、どどどど、どうしようラッシュ……!」
「リズベル、落ち着いてくれ。大丈夫だ」
とはいえ、既に街は制圧されているような状態だ。
迂闊に動くのはまずいだろう。
「どうかな。冒険者ギルドやあの聖女がいるという館は無事みたいだぞ」
ヴェロニカは遠くの方向を見ながら、事も無げに言った。
竜人族の持つ五感だろうか。
「わかるのかい?」
「聖人連中の周りはおのずと瘴気が薄くなるからな。向こうも手が出しにくいようだな」
そう言って、ヴェロニカは今度はこちらを見る。
「……それでどうするね?」
「決まっているよ。この街を取り戻す」
完全に街が占拠されたという訳でないのなら、まだ猶予も隙があるはずだ。
隣のリズベルがガクブル震えているけど、大丈夫だよ。
君は他の冒険者の皆と一緒に街の人たちの避難と保護を頼む。
「ぶっ……ははは! 全くお前といると退屈せんなあ!」
吹き出すヴェロニカの戯言を無視して、僕は行動を開始する。




