第14話 京の都
「「着いたー!!」」
バスが京都のホテルへと到着すると同時に、皆が歓声を上げる。
バスから降りると、皆は元気よく宿に入っていく。しかし中には、疲労困憊している様子の生徒も、多々見られる。
それもそのはずである。俺達は、神凪学園から、バス→飛行機→新幹線→バスという長旅の末にここまでたどり着いたのだから。
俺も疲れている組の一人だったが、側に元気のいい奴がいるとグダグダも出来ない。
「おーし神大、着いたぞ!宿だ!夜更かしだ!怪談だ!覗き……へぶし!?」
「あなたは部屋で永眠していなさい。」
渚による首もとへの手刀を食らった疾風が呻いているが気にしない。いっそそのまま倒れててくれればいいのに。
「おっす渚。どうだ?移動もある意味楽しいだろ?」
渚は、母親に苦をさせまいと思って修学旅行を否定していたが、本心では行きたかったため、俺の説得によって修学旅行に参加することになった。同じ班員でもあり、由季達ともすぐに打ち解けてしまった。
「うん……。皆、良くしてくれますしね。それに、貴方が…。」
「……ん?」
「べ、別に、貴方がいるから楽しいなんて言ってないんですからねっ…………って、ハッ……!な、何でも無いですから!」
そう言って渚は、先に行った佳奈の後を追った。
(何なんだ一体…………?)
因みに、渚は基本的には何故か敬語で話す。何故かと聞いてみた所、そっちの方が話しやすいから、だそうだ。
「神大君は鈍感。」
いきなり横から双葉が現れて言ってきた。
「双葉……。何だよ鈍感って?俺がなんかしたか?」
「別に何でもないよ。ただ、由季ちゃん泣かせたら許さないから。」
そう言い残して双葉は佳奈達の後を追った。
「ったく何なんだよ……?」
俺は溜め息まじりで呟いた。すると、腕に柔らかい感触が生まれた。
「もう……神大君はそういうとこだよ?」
由季が人目も憚らず腕を絡めてきたのだ。
「ちょ……由季……。ってか、そういうってどういう…」
俺がそう言うと、由季は腕を離した。
「おっしえなーい!」
そう言って由季も佳奈達の後を追った。
(いやホント、何なんだよ…………。)
何を言われているのかがよく分からない。それにさっきからクラスメイト(特に男子)からの目が痛い。
「おい疾風、行くぞ?」
俺は未だ呻いている疾風の背中を叩き、モヤモヤとしたまま皆の後を追うのだった……。
二日目、朝。
俺が朝食会場の大広間に着くと、班員が揃っていた。
「あ、おはよう、神大君。」
「おっはよー神大君、よく眠れた?」
「おはよう。」
「おはようございます。」
4人が挨拶をしてくる。俺は皆に挨拶を返しながら、由季と渚の間に腰を下ろした。
「あれ……?疾風は……?」
向かいの席の佳奈が聞いてきた。
「ん、ああ……。起こしたけどまだ寝るとかほざいてたから、布団で押し潰して放置してきた。ま、もうじき来るだろ。挨拶係だし。」
「あはははは……。」
皆が苦笑してくる。昨晩は疾風にトランプに付き合わされて寝不足なので、このぐらいの裁きがあってもいいだろう。
しばらくすると、疾風が走ってやってきた。
「おい神大、お前なぁ……!」
疾風が俺に抗議の声をあげようとするが、それは由季以外の女子達の声によって憚られた。
「アハハ……ドーンマイ!」
「自業自得。」
「日頃の行いが悪いんじゃないですか?」
3人が言葉の雨を浴びせる。
「……っぐ……。……はい。モウシワケゴザイマセン。」
さすがの疾風も心が折れたようだった……。
その後、朝食を済ませ宿を出た俺達は、バスで奈良公園へと向かっていた。
「はい皆さーん、もう少しで着きますよ~?公園内では、班ごとに行動して下さいね?10時になったら集合です。あ、鹿に噛まれないように注意して下さいね?」
弥生先生がバスガイド気取りで言ってくる。本物のバスガイドは今日の昼から入る予定なので、それが待ち遠しい限りである。
…あれ?先生がさっきなんかしれっととんでもないことを言ったような気がするが、気のせいということにしておこう。
程なくして、バスは無事奈良公園へと到着した。
「よし、じゃあ行くか。」
班長の俺に班員の皆が着いてくる。俺達はゆっくりと公園を回ることにした。
と、疾風が立ち止まった。
「お、鹿だ。ってかメッチャいるじゃん!本当にこんな感じでいるとは驚きだぜ……。」
疾風が感嘆の声を漏らした。俺も、雑誌やテレビなどで見たことはあったが見るのは初めてだったので、興奮を隠しきれなかった。
「よーし、近づいてみようぜ?」
俺達は鹿の集団に近づき、写真を撮ったり優しく撫でたりと思い思いの行動をとった。
ふと気がつくと、渚がいなくなっていた。辺りを見渡してみると、渚は小鹿の前に前屈みで立っていた。俺は、足音を殺して渚に近づいた。
渚はキョロキョロと辺りを見渡した。そして……。
「……はーい、ヨチヨチ、恐くないですよ~?ホーラ、鹿せんべい買ってきてあげましたからね~?ほ~ら……どうですか?美味しいですね~?あ、ちゃんと食べましたね?偉い偉い、ヨーチヨチ…………。」
…………何か見てはいけないものを見たような気がした。
俺は見ないふりをして戻ろうとした。しかし。
カコーン……小石を蹴飛ばしてしまった。渚が勢いよく振り向いた。
「えーっと……渚さん……?」
デレデレと歪んでいた渚の顔が、急激に青ざめていく。
「え………ちょっ……神大……君……?い、今の……」
「ご、ごめん………わざとじゃないんだけど……。」
俺が正直に言うと、渚は顔を耳まで真っ赤にした。
「~っ?今のは違います!決して可愛い小さな動物が好きとかそういうのではないんですからっ!さっきのは………忘れなさい!」
そう叫んで渚はポカポカと俺を叩いてくる。
「分かった分かった!忘れるから!……その小鹿との写真撮ってやるから、そしたら皆のとこ、帰ろう?」
「べ……別に私は写真なんて……!」
「お母さんに、思い出見せてあげないとだろ……?」
「………………!あ…………。……うん。じゃあ…お願い…します…」
俺は、渚の携帯で、渚と鹿の2ショットを撮ってやった。渚はその画像を、心底嬉しそうに眺めていた。
その後、俺達は皆の元に戻り、奈良公園観光を満喫したのだった…………。
修学旅行3日目。
本日も寝不足のまま、バスに揺られている。昨日の午後はお坊さんの話などで眠くなったというのに、夜、またしても疾風のせいで眠ることが出来なかったのだ。
「神大君……眠そうだけど大丈夫?」
隣に座る由季が、俺の顔を心配そうに覗きこんでくる。
「ああ……一応……。……それよりも、今日は皆が楽しみにしてた自主研修だからな。目一杯楽しもうぜ?」
「……うん!」
由季が屈託のない笑みを見せてくる。これだけで俺の眠気は覚めたような気がした。
「さーて、どこ回るよ?」
実は俺達は明確にコースを決めていない。そこで俺は皆に問いかけた。すると……。
「抹茶パフェ!」
「ジャンボスペシャルクランベリーホイップシュークリーム。」
「宇治金時ソフトクリームです。」
………あの約束は本気だったようだ。
「えーっと……私は、京ばあむで……なんちゃって…。」
……由季までもがスイーツを所望のようだ。
「ああもう…分かったよ…………。俺達の班はスイーツ巡りな。」
「「やった~!」」
女子4人の嬉しそうな歓声が響いた。俺もスイーツは嫌いではないのだが、奢る約束をしているとなると、何とも言えない気持ちである。
「神大、俺はさ~……………」
「ホレ、約束の缶ジュースだ。」
ちゃっかりスイーツを要求してこようとした疾風に、俺はそこら辺の自販機で買った缶ジュースを投げた。
「テメェ………………。」
「いやー、だって疾風さん、ジュース所望してたじゃんか。な、皆?」
俺が女子達に同意を求めた。もちろん皆、首を縦に振るのだった…………。
「はー、おいしかった~!」
「また皆で食べにこよ。今度は疾風君のおごり。」
「双葉さんそれいいですね。今度はスイーツ制覇も目指したいです。」
スイーツを食べ終えて満足した佳奈・双葉・渚がそんなことを言っている。当の疾風は、スイーツを食べすぎたのか、げんなりとした表情を浮かべていた。
「じゃあ、最後は景色を楽しむための軽い山登りだな」
俺達は、スイーツ巡りの途中、気軽に登れて景色がいい大文字山という山があることを知り、自主研修の最後の場所へと選んでいたのだ。
暫く歩くと、疾風が突然立ち止まった。
「どうした、疾風?腹でも痛くなったか?」
俺は冗談めかして言ったのだが、疾風は神妙な顔で首を横に振った。
「いや……。それも0とは言い切れないが……。そこじゃない。なあ皆、おかしいと思わないか?」
「え、何が……?」
疾風の問いかけに佳奈が問いで返した。
「ここは比較的有名な山だぞ?なのに、この真っ昼間に登山してて、誰にも出会わないなんておかしいと思わないか?」
「ただの偶然ではないのですか?」
渚が聞き返した。俺も渚と同意見だった。
「それだけなら……な。ただ、この山からは今、何の音も聞き取ることができないんだ。」
疾風の言葉に、疾風の"力"の事を知っている3人がハッと息を飲んだ。自然豊かな山において、音が全く聴こえないということはあり得ないはずである。
「音………………?」
"力"のことを知らない双葉が呟いた。隣では渚が訝しげな顔をしている。
「……ああ。……っと、俺は聴力がなぜかあり得ない程いいんだ。それなのに何の音も聴こえないってことはおかしいと思わないか?」
疾風が、"力"の事をなるべく伏せるように言った。
「まあ…………確かにそうですね……。」
渚が呟き、双葉も一応の納得の表情を見せている。
「なあ疾風…………コレってもしかしたら……。……!皆、伏せろぉ!!」
言い終える前に強烈な邪気を感じた俺は、大声で皆を伏せさせた。それと同時に、辺り一帯の木が薙ぎ倒された。
「チッ……。外しましたか。」
声と共に、俺達の目の前に長身のマスクを被った男が姿を現した。
「えっ……えっ……!何なのさっきの……!コイツはどこから!?」
俺達の事情を知らない渚が狼狽えている。見れば双葉も顔を青ざめさせていた。
「……詳しいことは後で話す!今は黙って後ろに…!」
二人は戸惑いながらも首肯し、由季・佳奈と共に後ろに下がった。
俺はそれを見届けてから、疾風にだけ聴こえる声で言った。
「疾風……コイツ……今までの連中とは明らかに空気が違う……。」
「ああ……。そうみてぇだな……。」
俺と疾風は神器を顕現させ、男に向かい合った。
「俺は神技使い、音神疾風だ。」
「同じく神技使い、神条神大。貴様……何者だ?」
俺は名乗りを上げた後、男に問いかけた。
「フフ……フフフフフフ!」
すると、男はいきなり嘲笑を始めた。
「……何がおかしい。」
俺が低い声音で問いかける。すると……。
「フフフ……。ああ失敬。何らかの力を感じたのでここに来たのですが、神技使いときたものですから、つい。……ボスが喜びますねぇ……。おっと……自己紹介がまだでしたね…………。私は直属魔兵団第8部隊隊長、レディオ・マキスと申します。人呼んで、"道化の鞭使い"……。貴方達を殺しに参りました。」
俺はその男……レディオの声を聞き、あることを考えていた……。
(直属魔兵団……?直属……。コイツらが"ボス"と呼ぶ奴の部隊……なのか?)
「……神大!」
疾風の声で俺は我に返った。見ると、レディオが俺の目の前に肉薄していた。
(コイツ……速い……!)
「裁き……"加重"!」
「ム………………?」
レディオの身体が加重によって沈んだ。その背後から疾風が神器を振りかぶる。……しかし。
「フフ…………。"硬化"」
声と共にレディオの鞭がピンと張った。レディオはそれをバネにして斜め上方へと逃れる。
「ナメ…………るなぁぁ!!真空の刃<メル・スラッシュ>!」
疾風が神器を振りかざすと共に、斬撃波が生じた。
「フン……。」
しかし、レディオはそれを硬化された鞭で弾いた。弾かれた斬撃は、由季達のいる方の木を薙ぎ払った。そのまま2本の木が由季達の方に倒れていく。
「……キャアア!」
由季達が悲鳴を上げる。
「く……裁……うぐっ……!?」
木を停止させようと由季達の方を向いた俺の脇腹に、レディオの硬化された鞭が叩き込まれた。
ドォォォォォン…………
木が激しい音と共に倒れた。
(くっ……皆は……。……由季!佳奈に双葉も!何とか無事……渚!?)
渚が、倒れてきた片方の木に足を挟まれてしまって動けないでいる。由季達が助けだそうとしているが、もう片方の木に阻まれている。
「ほほう……実に美味しそうだ……。まずは貴女からいただくとするか………………。」
レディオが渚の方を向いた。
「させっかよ!!」
疾風がレディオの後方から音速の斬撃を振り下ろす。
「硬化解除」
突っ込んでいった疾風が、硬化が解除されてしなやかになったレディオの鞭に絡めとられる。
「……フン!」
そのままレディオは鞭を振り、疾風を近くの木に衝突させた。
「ぐっ…………。」
打ち所が悪かったらしく、疾風はその場で呻いている。俺も先程の一撃で脇腹を痛め、身体に力が入らない。
そうこうしているうちに、レディオは渚の目の前まで移動していた。
「ぅ………………………………」
渚は余りの恐怖と、足の傷みで顔を完全に青ざめさせている。
「いいね!その絶望に歪んだ顔!私が求めていたものはコレなんだよ!」
(くそ…………!このまままじゃ……!)
「では、血の味を頂くとしよう……。"硬化"…そして、"巨大化"」
レディオの鞭が再び真っ直ぐに戻り、さらには巨大化した。あれではもう、鞭と言うよりも巨大な棍棒である。あの一撃を食らったら渚は…………。
「では、さらばだ……!」
レディオが鞭を振り下ろした。
………………………砂煙が舞う。
しかし、誰もが予想していたであろう惨劇は起こらなかった。それどころか、レディオの鞭が真っ二つになっている。
俺も疾風も、動いてはいない。それに、あれほどの硬度の鞭をどうやって……。
砂煙が晴れるとそこには、俺達と同年代と見受けられる一人の青年が立っていた。
「くっ…………何者だね!君は!?」
レディオがその青年に問いかけた。すると青年は、レディオの方を顔だけで振り返り、口を開いた。
「俺は山神大地……"地学"の神技使いだ。…動けない女の子を襲うってのは、関心しねーな…。」
青年……大地はそう言ってレディオに向き直った。その手には、身の丈ほどもある戦斧が握られていた……。




