第13話 修学旅行へ
「神大君、準備出来た~?」
私はそう言って、神大君の部屋のドアを開けた。
「あ…………。や、やあ、由季さん……」
そこには、ありとあらゆる荷物が散乱していた。その山に半分埋もれているのが、神大君である。
(そういえば、神大君って…………。)
「……もう、仕方ないなぁ~」
そう言って私は神大君の部屋に入った。
修学旅行の荷造りを手伝うついでに、神大君と触れ合うために。
1ヶ月前。
「さて皆さん、来月は皆さんが待ちに待った修学旅行です。そこで、6、7人で1組の班決めをして貰います。班が決まったら、班長・副班長を決めて、各班ごとに自主研修で行きたい場所を決めて下さ~い。」
神凪学園の修学旅行は、毎年12月10日~14日の4泊5日で行われている。今年の行き先は、例年通りの京都・大阪・奈良だ。今年は丁度土日を挟まないこともあり、天気さえ良ければ楽しい修学旅行になることだろう。
そんな事を考えていると、前の席の二人が後ろを振り返ってきた。
「神大、もちろん俺ら4人は一緒でいーよな?」
「もちろん」
「由季もそれでいーよね~?」
「うん、もちろんだよ!」
これであっさりと4人のメンバーが決まった。しかし班員は6、7名である。最低でも後二人は必要だ。周りではすぐに班が出来上がっている。
(「お前らと一緒には行きたいことは行きたいけど、甘すぎる空気に耐えられそうにねーから遠慮しとくわ」)
俺は、昨日クラスメイトの男子が言っていた言葉を思い出した。甘すぎる空気…というのはよく分からないが、なんか周りから遠慮されてる感がある。
俺と疾風は今年入ってきたばかり、由季と佳奈は去年余り話す方では無かった(という話をクラスメイトから聴いた)ということもあってか、高校からのクラスメイトとは余り話せていないというのも原因の1つだろうか?
このままでは班員が決まらない…。そう考えていると、一人の女子生徒が近付いてきた。今時の女の子、という感じの容姿の子だった。
「えっと…まだメンバーに空きある?」
女の子が俺達に話しかけてきた。しかしこの雰囲気、どこかで感じたことのあるような感じだ。
「うん、空いてるよ~、絶賛募集中!」
佳奈が元気よく叫んだ。
すると女の子は少しホッとしたような表情になって、
「ありがとう。…そういえばちゃんと自己紹介したこと無かったよね。私の名前は朝桐双葉。兄貴がいつも迷惑かけてスミマセン。」
「兄貴…………?って、ん?朝桐…………?ああ!もしかしてお前、朝……一馬さんの妹だったのか!?」
「「えぇぇぇ!?」」
俺達は大いに驚いた。一馬さんとは、かなり前に喧嘩(?)していらい、舎弟関係を築いてしまっている(なぜか俺が上なのだが)。今は真面目に働いているが、事あるごとに話しかけてくる(今では打ち解け悪い気はしないが)。そういば最近、妹がいるとかいないとか言っていたような言っていなかったような気がした。まさか同じクラスに一馬さんの妹がいたとは。
「いや、そんなことないよ朝桐さん。お兄さんには何だかんだでいろいろ奢って貰ったりしてるから。」
(俺の舎弟(?)だからとは言えないけど……。)
「そう。ならよかった。あ……双葉。」
「え……?」
「兄貴と混同して分かりにくいから、私の事は双葉でいいよ。」
「あ、ああそうか……。じゃあ…双葉。知ってるとは思うけど、俺は神条神大だ。よろしく。」
「うん、よろしく、神大君。」
他の3人も俺に続いて軽く自己紹介を済ませる。双葉は見た目とは裏腹に、意外と礼儀正しい性格のようだ。
班員はこれで5人だ。だが、後一人足りない。教室を見渡すと、廊下側の席に、ポツンと一人取り残されてる女の子を発見した。
「あれ……あの子って…………。」
「佳奈、知ってるのか?」
佳奈の呟きに、疾風が問いかけた。
「うん…少しだけど。天草渚。親が社長でお金持ちらしいんだけど、話しかけても冷たくあしらわれる…………って。私も頑張ったんだけど…ダメだったんだ。」
(天草……?どこかで……)
ふと、疾風が立ち上がった。
「疾風……?」
「俺、あの子誘ってくるわ。一人って、やっぱ寂しいだろ?」
佳奈にそう言って疾風はその子の席に向かった。
「んもう…。ま、これが疾風の良いとこなのかな…。」
佳奈はため息をつきながらもそう述べた。俺は首肯してから、疾風の後を追った。
「あの……さ。入るとこ無かったら、ウチの班入らないか?丁度ウチも一人足りないんだ。」
疾風が優しい口調で天草さんを誘っている。席に座ったまま動こうとしないその子は、腰までの長髪で、なかなかの美人だった。
「いい。私、修学旅行欠席するから。」
天草さんが冷たい口調で言った。
「え……何で?」
「別に行きたく無いから。修学旅行なんて所詮お遊びでしょ。宿が楽しみとか言ってる人もいるけど、所詮はただのお泊まり会。修学旅行なんか行くんだったら、家で寛いで一人で寝起きしてた方がマシよ。」
天草さんは冷淡に言い捨てた。
「あのなぁ……!」
皆が楽しみにしている修学旅行を否定されてか、疾風が怒ろうとした所で、俺は疾風の肩を掴んだ。
「……神大。」
「まあまあ熱くなんなって、疾風。俺に任せとけ。」
俺は疾風を押し退け、天草さんと向かい合った。
「初めまして、天草さん。俺の名前は神条神大。神条不動産の元社長、神条大祐の一人息子だ。」
「…………!」
今まで表情を変えなかった天草さんが、確かな反応を見せた。
「天草……どこかで聞いたことあると思ったんだけど、その反応はやっぱりそうだね?天草建築……この高校を、神条不動産の協力の下に建てた建築会社。その元社長の娘がこの学園にいるとは、俺も驚いたよ。」
「……何が言いたいの?」
天草さんが声音を低くしてきた。
「……神条大祐は10年前、交通事故で死んだ。」
「………………!?」
天草さんは大きな動揺の色を見せた。俺はそれに構わず続けた。
「そして今、神条不動産は、神条大祐の弟、神条大和の下に動いている。俺は、3年前、神条不動産を辞めた神条大吾……今の親父に付いて、ここ神凪に転校して来たんだ。そして親父が働いているのが…………天草建築なんだよ。」
「えっ………………!?」
天草さんが初めて声を出して驚きを見せた。後ろにいる疾風もが驚いている(尚、俺がここに来た理由は以前、天草建築の事を除いて、由季・疾風・佳奈には話したことはある)。
俺はさらに言葉を続けた。
「そして、天草さん。君も俺と似た境遇なんだろ?……俺の本当の両親が死んだあの事故……。そこには、天草建築の元社長、天草紫園もいた。…彼が君の本当のお父さんだったんだろ…?」
天草さんが躊躇いがちに頷いた。
「…………紫園さんがいないのに天草の本家にいるっていうのは、君のお母さんにとっても辛いことだったんだろうな……。だから、ここ神凪島に来て、出来て間もなかった神凪支店に勤めることにした……。」
俺は言葉を続けた。
「……だから天草さんは、友達と遊んでお金を使わないようにしよう、修学旅行に行かないようにしよう、って思ってたんだろ?女手ひとつで天草さんを育ててくれているお母さんに迷惑をかけないために。家がお金持ちっていう事実"だった"嘘を付いてまで。人をあしらって孤独になってまで…………。」
天草さんは黙って俯いている。
「…親父は言ってた。神凪支店は、人数は少ないけれど雰囲気はいい会社だって。…天草の姓を持った、働き者の部下がいる、って。」
「…………!」
天草さんはハッと顔を上げた。
「だから……さ。天草さんは、もうちょっと自分の事を大切にしてもいいんじゃないかな?……俺の友達の母親もそうだったんだけどさ……、親にとっての一番の幸せは、"子供が幸せな事"、なんだよ?お金が無くたって、夫がいなくたって、…子供と血が繋がっていなくたって…、子供の笑顔があれば、それだけで親は幸せだから……。」
「…………っ」
天草さんの瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。
「だから、さ。お母さんに思い出を…幸せを伝えるためにも……皆で、修学旅行、行こうぜ?」
「で、でも……お金が…………。」
「親ってのは、可愛い娘の思い出のためのお金ぐらい、用意してるもんなんだよ。…それに、いざとなったら俺の親父が会社に掛け合ってくれるさ。」
天草さんの瞳からは、次々に涙がこぼれてくる。
「本当に……いいの……?私…修学旅行自体を否定してきたのに………皆に今まで酷いこと言ってきたのに……。」
「当たり前だろ。……周り、見てみろよ?」
「え……?」
天草さんが教室を見渡す。すると。
「そんな事情があったなんて気づかなくてゴメンね?……許してくれるなら、一緒に旅行、行こ?」
「天草さーん、ウチの班に来てもいいぜ~!…って、人数埋まってなかったら誘ったのにな…。…でも!神大達と同じ班なら間違いは…ない!一緒に旅行行こうぜ~?」
「天草さん、友達になろう?」
「天草さーん……」
クラスメイトから暖かい言葉が浴びせられる。
「なっ……?皆、天草さんと行きたいんだよ。……だってさ、俺達は、このクラスは、一つの"家族"なんだから」
天草さんは、声を張り上げて、言った。
「……っ、皆!皆……私の方こそ……ごめんなさい!本当は皆と一緒に修学旅行、行きたかった!……皆と友達に、なりたかった!だから……!だから……修学旅行、行かせて下さい!……私と……と、友達に、なってください!」
「「もちろん!!」」
皆の言葉に、天草さんは初めて笑みを見せた。そして再び俺の方に向き直って、言った。
「…………渚。」
「え……?」
「………渚で……いい。」
「……ああ、渚。……っと、改めて…俺達の班に、来いよ!」
すると渚は、弾けるような笑顔を作り、言った。
「……うん!ありがとう、神大君!」
俺と由季の関係を知った渚が、どこか寂しそうな顔を浮かべながら俺を罵倒してきた理由は、今だに分かっていない……。
こうして、今に来る。俺の目の前に出来た服の山がキレイに片付いて行く。同時に、バッグにテキパキと荷物が詰められていっている。恥ずかしい限りだが、俺は、どうもこういうことが大の苦手である。
こうして由季がやってくれていなければ、いつまで経っても終わらなかっただろう。
「由季、ゴメンな……?」
「ううん、好きでやってるから大丈夫だよ?」
由季がそう言ってくれるが、俺としてはいたたまれない思いである。
「ホントありがとな……。しかし、こうしてると、なんか由季って良い妻って感じだよなー…」
「………………っ!?」
俺が何の気なしに言うと、由季が顔を一瞬で赤らめた。
「あ…………。」
俺は遅かりながら、自分の言ったことを理解した。それと同時に、自分の顔が熱くなってくるのを感じる。
「えぇっと……その…………」
気まずい沈黙が流れる。
「あ……お、俺、の、飲み物取ってくるよ!」
俺は立ち上がって、この場を打開しようとした。しかし…………。
「うわっ…………!?」
「きゃっ……!?」
置いてあった洗濯物に引っ掛かって、転んでしまった。
「イテテ……」
起き上がろうとするが、体が何か柔らかいものの上にあるのを感じた。
恐る恐る目を開けてみると、さっきよりも一層顔を真っ赤にした由季と目があった。
「………………っ~!?」
目があった途端、由季の顔が更に赤くなる。耳まで真っ赤になっていて、俺にまで熱を感じられる程である。 それもその筈、俺は由季を押し倒す格好になっているのである。
由季の吐息が顔にかかる。由季の心臓の鼓動が聞こえてくる。由季の体温を感じることが出来る…。
俺はそのまま、少しも動けずにいた。
無限にも等しい時間が経った。ふいに、由季が身体の力を緩め、小さな声で囁いた。
「神大……君…………。」
俺は居ても立ってもいられなくなり、由季の唇に顔を近付けた。
ピーンポーン!
ふいに、玄関のチャイムが鳴った。
それと同時に、俺は跳ね起きた。
「ご、ごめん…………」
「う、ううん……。あ、お客さん私が出るね!後ここまで手伝えば大丈夫だよね?じゃあまた夕飯ね?」
由季は早口で捲し立てて部屋を出ていってしまった…。
(俺……今……。…………はあ…)
そうして俺は、深い溜め息をついた。
その日の夕食、俺と由季の間にどこかぎこちない空気が漂っていたのは言うまでもないだろう……。
翌日…修学旅行当日。昨日の出来事が忘れられずに寝不足の俺がリビングに降りる。すると、そこには誰であろう由季がいた。
「あ…………お、おはよう、神大君。」
由季が少し顔を赤らめて挨拶をしてきた。由季も昨日の事を鮮明に覚えているのだろう。
「お、おはよう、由季。えーっと…その、昨日は…ゴメンな?」
俺は怒られることを覚悟で謝った。しかし、帰ってきたのは全く別の言葉だった。
「…………ううん。昨日のは、ちょっと怖かったけど…でも……その……キ、キスぐらいなら、イヤじゃないよ…?……神大君のこと……好きだから……」
「……っ!」
俺は居ても立ってもいられなくなって、由季を抱き締めた。
「ふぇ……!?」
由季がもがくが、俺は放さない。さらにキツく抱き締めて、言った。
「…………ああ。俺も由季のこと、好きだよ。ずっとずっと、大切にしていくよ…………。」
俺は腕の力を緩めると、由季に顔を近付けて、唇を重ねた。
「…………んっ。」
由季は一瞬抵抗を見せたが、すぐに力を抜き、身体を俺に預けてきた…………。
「うあああああぁぁぁ!!」
俺と由季は、手を繋ぎながら、学校までの道を駆けていた。あの後、甘い雰囲気の中で朝食を食べ、着替えを済ませ、ふと時計を見ると、集合時間5分前になっていた。学校までは走っても10分かかるので、まず間に合わないが、走ってはいられない。渚にあんなこと言っておきながら俺が行けなかったのでは笑い話にもならない……。
そう考えているうちに、目の前の崖から学校が見えてくる。バスはもちろんもう到着している。腕時計を見ると、時間まではもう1分を切っていた。
(普通に行ったんじゃもう間に合わねぇ……。…目の前は崖だし…………まてよ!崖……なら!)
俺は由季を、お姫様だっこの格好で抱えあげた。
「由季、しっかり掴まってろよ!」
「え…………え!?」
俺は崖に向かって踏み切り、ガードレールを飛び越え、跳んだ。
「い……いやぁぁぁぁぁぁ!?」
由季が叫ぶ。
(後で謝らないとな…………。)
そう思いながら、俺は神技を発動させた。
「裁き……"浮遊"!&"加速"!!」
俺達の身体は重力を失って浮かびあがり、代わりに推進を得た。そのまま、学校から見えないように迂回しつつ、地上へと加速していく。
「…………ハハ、アハハハハハ!!気持ちいい!」
由季が笑いだした。神技により不可は掛かっていないのだが、かなりの高さからかなりの速度で落ちているのだ。それを楽しいと思ってくれるなら、俺としても鼻が高い。俺は大きく迂回しながら、校舎裏へと降り立ち、由季と手を繋ぎながら校庭へと走った。
「遅い。ジュース奢りだな。」
「あ、いいね!それじゃあ私は京都で抹茶パフェ!」
「私はジャンボスペシャルクランベリーホイップシュークリームで。」
「話になりませんね。こんなことなら来なかった方がいいかもしれません……冗談ですけど。あ、私は宇治金時ソフトクリームでお願いします」
バスの中、俺は班員の4人に盛大に怒られていた。それどころか、半強制的に奢る約束をさせられている。
結局、集合時間には5分遅刻した。神技の使用に気付いた疾風がバスを停めてくれていなければ、普通に置いていかれていただろう。
(これは予算の見直しが必要かもしれないな……。)
俺は、隣で幸せそうな顔で眠る由季を見ながら、そう考えるのだった…………。




