楽しい気持ち
え、エンターテイメントって、すごい………………。私はかなりの間、放心していた。あ、あんな有名人にお姫様抱っこされて、名前呼び捨てしちゃって高い高〜いされて、それでキスされたら……誰だって夢だと思うでしょこれ。
無邪気に紙吹雪を散らして遊んでいる本物のアイドルを前にドキドキが収まらない。あおいさんみたいに『はぁ………』ってため息つきながら見つめていたら秋葉が肩に手をポンと置いた。なに?と振り向くと右の肩も背中もポンポンとやって。
「お祓い。妖狐が憑いてるから…………」
いやいや、どういうことよ。何にもいないでしょ?と秋葉の手を払おうとしたら握られた。……おや?さっそく嫉妬タイム解禁ですか?秋葉さん?とからかったら「違うし……」などとつぶやいて。すぐに自分とそっくりな葉子の方へと歩いていき、あおいさんに抱きついているところをまたスタッフみたいに引き剥がして廊下の奥へ連れて行った。う〜ん、本当に双子の姉妹のようだ。
「丹海さんっ、何か温かいもの食べませんか?一緒に作りたいですっ!」
私は私で、いつでも瞳がキラキラなあおいさんにキッチンまで腕を引っ張られていった。うわ……可愛い。あざとさの全くない純粋な輝き、これは……彼女も本物のアイドル。エンターテイメントの人だ……とじっと見てたら「丹海さん?」って首をかしげられた。いやシマエナガか何か?
あおいさんこそ、これまでずっとみんなのハートを奪ってたんじゃないですか?と問うたら「あ、あの、あのっ、丹海さんが構わないなら『あおい』って呼んでもらって、ともだちとしてお話したいですっ!私はあくまでこれでいいんですけどっ!」なんて言うので『そう?じゃあそうしよっかな?よろしくね、……あおい?』とか、ちょっとぎこちなくなったら「は、はいっ!わっ……可愛い……よ、よろしくお願いします。」ってお互いになんか照れて。なにこれお見合いなの?
さっそく、不思議冷蔵庫から取り出していたわかめとなめこを使ってみそ汁を作る。彼女もお料理が好きらしい。というかエプロンが超絶似合う。え、ちょっと『おかえり♡丹海♡』みたいに言ってよ〜と、あまりに酷いノーギャラ無茶振りのお願いをしたら「ええっ!?」といつもの高テンションが返ってきたけど恥ずかしがりながら「お、おかえりなさい、に、丹海!」ってちゃんとやってくれた。いや優しいし、声良すぎ…………神…………好きぃ…………
もう日本全国と世界のファンに申し訳ないね、残念だけど私が結婚したよ、しました、こんなのしないわけないでしょう。と言ったら激しいボイスと共に両方のほっぺたを手で押さえて「もう……!好きになっちゃいますからそんなこと言うのやめて下さいっ……」って、はぁ〜良い。この愛らしさは天然ものだね、いつまでも見ていたくなる。
秋葉たちがなかなか戻らないので隣同士仲良くテーブルに座り、あおいさんの作った厚焼き玉子を食べ、それからお味噌汁を頂く。うん、昆布と鰹節のダシが効いてておいしいなぁ、これを毎日作ってほしいなぁと告白したら「作ります!作りますよっ!」って予想してないの返ってきた。あ……じゃあ結婚しよっか、と言ったら「へ!?あ、あのっ!えっ!?」なんて困らせちゃったところで「ただいまっ!あおちゃん♡にゅ〜♡」って葉子に2人とも後ろからハグされた。秋葉が冷たい目で私を眺めているけど……どこまで見られたのかな?
「丹海、結婚………するの?」
あらら、そこまで聞いてましたか秋葉さ〜ん……はは……ってとりあえず笑ってたら「え?2人が??良かったねっ!おめでと〜っ♡」と葉子は喜んでテーブルに人数分の懐石料理を創生した。いや結納式か何かかっ、などとツッコむ間もなく私は秋葉の隣に座らせられ、ニコニコと「じゃあ合同結婚式しようか♡」って…………なに?
「しない……」
秋葉は無表情だ。「あ、じゃあ私とするっ?」と葉子が言ったら無言でみそ汁を飲みはじめた。隣に座るあおいさん……あおいに無理矢理お刺身と茶碗蒸しをあーんして食べさせているのを横目に、秋葉とこっそり話す。『もしかして……あの2人って、ともだちというより恋人……みたいな感じ?すごい仲良いけど……』
うん、と軽くうなづいて『あおいさんは……私が生まれた時から、葉子と一緒に住んで私を見てくれた人。この家とか、経済的支援もずっとしていた。たぶん、母のこと好きなんだと思う。推しとは言ってるけど………』
そっか、素敵だね。って微笑むと、いつの間に葉子は両手で頬杖をついてにっこりこちらを見ていた。うっ、この距離からの美人の笑顔………すご………そのまま撮影しちゃいます?っていう位の完璧な表情に惹きつけられちゃうよ……と思ったら、
「はぁ〜ん♡かわいいっ♪新婚さんみたいっ♪ねぇもう旅行とか行った?私たちは行ったよ〜楽しかった!ね?結婚したもんねっ?あおちゃんっ?」
「し、してませんよっ!って…………ええっ!?あれそういう旅行だったんですかっ!?なんですかそれっ?!知りませんよそんなのっ!」
ブッと、またもや秋葉は水をこぼしてむせたから、大丈夫?ってそばにあったおしぼりで服を拭いてあげると「きゃ〜ん♡」と2人から歓声が上がって「新婚かわいい〜♡ねぇ馴れ初めはっ?馴れ初めはっ?」って……新婚じゃないが?
え……私たち、夫婦みたいに見えるの?ってカジュアルに葉子に聞いたら「うん見える見える!」だと。なんだそれ?えぇ……落ち着いてる感じだから?とかさらに聞いたら「そうそう!」なんて。よく分からない。
『……い、いや夫婦とかじゃなくて、ともだちだよ?ええと最近ね、ここあと一緒にワープみたいのができるようになったからさ、一緒に山梨に行ったんだ〜、でも……ただの修学旅行だよ?はは………』と言っても「きゃ〜♡」とか「はぁ………姫と姫の逃避行………」みたいのしか返って来ないから誰か助けてぇ!
そこから逃げるように、いったん2人で2階に置いてあるお土産を取りに行った。秋葉はかなり顔が赤い。ちょっとちょっと〜なんか公認されちゃいましたけど〜?って頬をつついたら私を追いかけても来ないで「ちがう……」と言ったきりだから、えー?違うならあおいとケッコンしちゃおうかな〜?すっごい可愛いじゃんあの子。みたいにふざけると「婚姻代とるよ。」って……おい、結婚するのにお金いるのかいっ、とツッコミを入れたらいつもの感じに戻ったからよかった。
一階のリビングルームへ戻ると、海外で買ったであろうお菓子の箱や紙袋がソファの前のテーブルに山ほど置いてある。「あちこち行ったお土産ですっ、みんなで食べましょう♪」ほう、あおいも甘いものが好きなのか、私と同じだな。一緒にテンション高まりながらすべての包装を開けていく。
みんなでソファに座って、みんなで食べようの会。葉子にドバイチョコをあーんされて、秋葉にクロワッサンをあげて、あおいにパイナップルケーキをもらって、こんな幸せある?って思うくらい各国のスイーツを味見して、あれ?なんかサッカーボールみたいにデカくてガチガチに固い薄茶色のものなに?……と思ったら「それ、アリさんにもらったお砂糖だよ!」って葉子が言うから、一部を砕いて舐めたら花の味がした。あおいは無表情になっている。
「あおちゃん、ごめんね……もう虫さんのところに遊びに行かないよ。」
葉子は秋葉に怒られたのか、とても反省していて。心優しきプリンセスは「いえ!いいんですっ!そ、そんな大丈夫ですから!」って口にチョコをつけたまま手を横に振っている。
はぁ♡下を向いているシリアスな王子♡…………なんで?謝ってる顔もかっこいいのはなんで?いつもイケメンなの?と見惚れていると秋葉がじろっと睨みながら私に信玄餅の箱を押し付けてきたから、それを隣のあおいさんに渡した。なんなの秋葉さん、嫉妬なの?
お土産に2人は喜んで、それもさっそく包みを開けて食べる。なんか……あったかいな……こういうの。秋葉と、葉子と、あおいを眺めていて思う。これまでずいぶん体験していなかった気がする。みんながいて……愛想笑いとかそういうのじゃなくて……心から素直に笑えて。
私、こうしてお喋りするの夢だったんだ。できて楽しい、ありがとう。って言ったら「私も楽しいよっ!」って葉子があおいと私の所にダブル膝枕するように飛び込んできた。はぁっ……ちょっ、こっちを見上げないでほしい。やだ……白くて綺麗な猫みたい………気まぐれにゴロゴロして、長い髪を撫でたくなる………けどやめておく、隣に座るもう一人の黒猫の目がなんか怖い。
そうしたらとろけるような声で「2人とも可愛いね……♡大好き……♡」って葉子は虹色のハートを描いて私たちに飛ばして。ふわっとした幸福感が広がると、私は一瞬でその中に溶けた。これは、一体なんだろう………あったかくて優しくて……大きなタオルに柔らかく包まれるような…………………
「はぁ………ホワイトムスク………甘い香り………すごいです、姫の愛は……………」
葉子は、私とあおいの頬を撫でて微笑んだ。こ、こんなのっ……こんなの誰でも好きになっちゃうよっ!……って、あおいみたいなことを思ってたらドスン、と目の前のテーブルに赤ワイン5本が入った袋を秋葉が置いた。ちょっと?私たちの素敵♡創生空間♡を邪魔しないでくれたまえ。
「これ……山梨のワイン。葉子のを魔法薬の材料に使っちゃったから代わりに買ってきた。」
その瞬間ガバっと彼女は起きて、秋葉の手をとった。
「えっ!?なにっ?魔法薬っ??知りたい知りたい教えてっ?」
ああっ、良い…………。美女がもう片方の美女に前のめりで迫る様子は、まさに究極の告白。
「素敵っ………姉妹の契り………秘密の約束…………」
あおいも私も「はぁ……」と眺めて、秋葉は「はぁ……じゃないっ、ようこ離れてっ!」って赤くなり怒っている。
「……まずい、言わなきゃよかった……ただ全部飲んだって言えば……」
いや、それは無理があるぞ秋葉さん。
「ええ〜?飲めるわけないじゃん!ここちゃんこの前、ぶどうジュースと間違って一口飲んだらなんかエッチになっちゃって、あおちゃんの部屋に行きたい〜って言ったりあおちゃんのおっP……」
おいおい、素早く手で塞いでるけど遅いぞ。隣に座るプリンセスを見ると爆発するかのように真っ赤になって下を向いている。……こらぁ、マネージャーのくせに手を出したな?しかも母親って言ってたのに、どういうこと?解雇だ解雇、私が新しく担当しよう。
秋葉は葉子を強制的にリビングの外の廊下へと押しやって、あおいの膝の元にしゃがみ込み「あおいさん、あの時はごめん…………」と深く謝罪した。「だ、大丈夫ですよ!間違ってお酒で酔っちゃっただけでっ、ここあさんは全然悪くないですよっお気になさらずっ!」なんて、まだマグマみたいに発熱しながらも必死に秋葉に笑いかける。
ああ、本当に良い人だ。私も好きだし、みんな優しい彼女が好きになる。うんうんとうなづいていたら「これなに〜っ?」って葉子は不思議冷蔵庫を持ってきた。見えない隅に隠しておいたのに……、と秋葉は眉間を手で押さえてしばらく目を閉じていたが、彼女が10回以上もしつこく付きまとって聞くので「あーもうっ!」って観念して、
「それは………魔法の冷蔵庫。丹海と私が創生したキッチンにあったもの。ここから私たちはレシピを取り出し、魔法薬を作った。想ったものを創生する力がある。」
って説明が終わる前から扉を開けて閉めて「何にも出てこないよー」と調べている。さわんないで……と冷蔵庫から葉子を離して「私と丹海が関わらないと生まれないのかもしれない……そういうもの、以上。」と冷蔵庫を2階へ運び戻そうとすると「やだやだ〜っ!使ってみたい〜!」って必死に秋葉を引っ張る。姉のおもちゃを欲しがる妹かな?
すると動きをピタッと止め、私の元に走ってきて「にゅ〜!お願い事!聞いてくれない?」って部屋の隅の方へ行ってからおいでおいでされたので向かうと、葉子は私の耳に向かって何やらゴニョゴニョと内緒を話しだす。…………ほう?……ふむ、……へぇ?…………なるほど。
分かった…………もしかしたら、できるかもしれない。私がそう言うと「ほんとに!?すごいよにゅ〜っ!大好きっ!」って、もう一度、内緒話をするように手と顔を近づけてきて……
『チュッ♡』
大げさに、私の耳元でキスを鳴らしてきた。実際にはしてないんだけど大きな音を立てたから秋葉はそれに気づいて「ようこっ!!」なんて怒ってるし、あおいは目がハートになっている。私は多分、全体的に火照っているから彼女と目が合わせられない。
と、とりあえず……何を創生したいのかは分かった。ただし完成するまでは秘密だという葉子の旨を秋葉に伝えると「丹海が、許した内容であれば……」ってかなり嫌そうだけど了承した。確かに、変な願い事なら考えるけど……でも、そんなに危ないことでもないと思うからやってみようかな。
私は冷蔵庫の前にしゃがみ、目を閉じて扉に手をかけて念じる。……ん?なんかいい匂いがする…………目を開けるとすぐそばに葉子がいた。……うん、全然集中できない。「にゅ〜顔が赤いよぉ〜?ドキドキしちゃった?」と笑っているところを秋葉に後ろに引っ張られ「やだ〜っ!近くで見る〜っ!」って羽交い締めされて、あおいにも手伝ってもらっている。も、もう一回やろう。
……イメージをして、心で想って描く。そして……ゆっくりと冷蔵庫を開けると、そこには前回と同じようにレシピが書かれた羊皮紙が1枚入っていて。我ながらすごい……。葉子が駆け寄って来たから一緒に読んだ。
材料
・クローブ、ジンジャー 10g
・ブラックペッパー、セイロンシナモン、カルダモン、5g
・ダージリン 200g
・最高に楽しい気持ちを抽出したもの 人数分
「ほんとにっ??ほんとにこれでできるの??にゅ〜天才じゃんっ!!」
いやそれほどでも……と言ってるそばで秋葉もレシピを見ようとしてきたから葉子が身体で即ブロックをして、それで押し合いのつかみ合いになっているところをあおいが「ちょ!ちょっとっ!」と間に入っていった。ケンカするほど仲が良いって言う……よね?
羊皮紙に書かれた内容を確認すると、煮詰める時間は8時間。前回より長い理由は複雑なものだからなのか。ここで書かれている時間というのは「私の中の時間」つまり「これはこの位で完成するものだ」という想像から来ていると思われるから、まだまだ総合的な力、イメージ力は一人前ではないのだと思う。
いつものハーブ類や紅茶はネットで画像や説明を読みながら創生する。さて問題は……というところで葉子がスッと私のところへやって来て「準備できた?あとは私がやるよっ!」って両手をバッと広げた。
するとリビングルームは一気に拡大してミニライブ会場に創り変えられ、白いシャツの葉子はステージの上でライトを浴びながら『あ、あ、……音チェックです。』とマイク調整をはじめた。え……………なにこれ夢??
ひえぇっ……こ、この場でまさか、HISUIの生ライブ聴けちゃうの…………?もう汗が出てきたんですけどっ!!
あおいは卒倒しそうになっていて、秋葉も暗闇の中で息を呑んでいる。彼女も、活動している姿を生で見るのは初めてだから。
『お客さんと演奏足りないねっ!来て〜っ!』と葉子が手を挙げて呼ぶと、どこからともなくペンライトを持つたくさんのイルカさん達が泳ぐように現れ、私たちの客席を埋めると同時にステージ上にも複数人やってきて、それぞれ慣れたようにギターとかドラムとかのチェックとリハーサルのようなものを始めた。ええと……あの、ギターみたいだけど違うのは何だろう?とあおいに聞いていたら
〈あれはベース。伴奏する楽器。はい、これ。〉
なんか、秋葉みたいな喋り方のアロハシャツを着たイルカが左隣で説明してきて3人分のペンライトをくれた。何か言葉も通じてるし。……あ、ありがとう、ええと名前とか?って聞いたら〈そんなのない。感じてくれ。〉だって。えぇ…………高度すぎる。
……もしかしてハワイからいらっしゃったんですか?と尋ねたら〈そうだよ。葉子の海のコンサート、最高だったからいつかまたやる時に呼んでくれってお願いした。彼女の音楽は我々の海では有名だ。デビュー時から響いて知っている。〉
そ、そんなにそっちの世界にも伝わってるものなんだ………理解できず驚いているうちに、手前に置いてある大きなスピーカーから『は〜い!誰かリクエストありますか〜っ?』って声が響いて親しみやすく始まったから楽しい。イルカさん達が手を挙げたりガヤガヤしている中、私が『DIPPIN!』聴きたいですっ!!とか大声で言ったら『それっ……いいね。NEWライブだし、裏から行っちゃう?行っちゃう?』って客席に聞くと〈おお〜っ!!〉と、なぜか盛り上がっている。
なんで?みたいに首をかしげている私に、アロハイルカ君はやれやれって感じで教えてくれた。
〈君、知らないの?彼女が作曲してないナンバーは『裏HISUI』って呼ばれてて、過去のライブでは数回しか歌ってないレアなんだよ。というのも通常のイメージと違い過ぎるからね、ちょっと過激で。〉
そ、そうなのっ!?何かいけないことをしちゃった気がするけど……と言ったら〈いいんだよ、今までのライブではないんだから。私が見ているのは……新しいHISUIだ。〉って嬉しそうにステージを見ている。
『あ〜、あ〜、久しぶりだな…………身体戻ってるからさ、元のキー出せちゃうね………皆さ〜んっ!特別ミニライブはじめま〜す!準備はよろしいですか〜っ??』
〈ワーッ!〉と、歓声が上がったと同時に、動画で聴いたことのある前奏が始まった。うわ……最っ高にかっこいい…………言葉を失う。どこか遠くを見上げながらスタンドマイクに手を置く姿はとてつもなく神聖で、歌い出すとライブ会場は歓声に震えた。秋葉もあおいもペンライトを振ることも忘れて見つめていて。私も間近で、音と光と声に圧倒される。
『もう決めたから ah〜↗構わないで〜ね↘
他人でいていいこともあ↑るんだよ
君はいつもそう、いつも……Uh〜↑』
すっご……………動画で聴いてた原曲版をアレンジしててさらに超えてる…………神………………。
すぐさま、隣で硬直しているあおいと肩を組んでペンライトを振り始めた。後ろからイルカさんが押して来たりしてちょっと会場が蒸し熱い、200人以上はいるんじゃないか?最前列だから肋骨とフェンスが折れないか心配だ……なんて思ってる間にサビになり、なんとHISUIがペロっと舌を出してステージから飛び下りて、観客席の真ん中を通路に変えて走り込んできた。うわっ!こっち来たぁっ!!
『空想 dippin' uh〜、みんなでっ!
暗い dippin' uh〜、一緒にっ!
HEY♪笑顔だって〜くれないんだ、ah…嫌いだ〜っ↑』
通路に近いところにいるみんなに走りながらハイタッチして、最後に私たちの所へ来てくれた。さ、触れた……って感動してるうちに、最後は照明スタッフイルカさんの背中にHISUIが乗って観客の上空へと飛び上がり『ありがとうっ♡みんな大好きっ♡』両手からピンクのシャボン玉を雨のように降らして大歓声が上がった。
ステージに戻ると彼女は後ろを向いてペットボトルの水を軽く飲み、そしてこちらに向き直して『……こんにちは。皆さん、盛り上がっていますか?』という優しい口調でトークをはじめた。「HISUI……姫………………」あおいは恍惚とつぶやいて、会場は〈ウオォーッ!!!〉とか〈キャーッ!!!〉って最高に盛り上がって。……あれだ、あの動画のあの人だ。
『……有難うございます。こうして皆さんと一緒に、この会場で、このステージに立つことができて、本当に本当に……光栄です。』
うわ…………感動する。ライブ映像で見た時よりも少しだけ明るく微笑んでいて。昔のクールなHISUIと今の彼女が混ざった新しい姿を前に、私は新現実にいるんだ……って、アロハイルカ君と笑顔になった。
『これだけ皆さん見つめる中で……少し緊張してしまうこともありますが、温かい声援……本当に嬉しいです。ここにいる皆さん、それから演奏するメンバー……大好きです。最後まで、楽しい時を過ごしましょう。』
ドラムがカウントをして、迫力のある音と共にとても美しいイントロから始まると客席のイルカも私たちもワァァッ!!と一体となって喜びをステージに送った。HISUIのデビュー曲だ。
君を咲かせて 作詞・作曲 HISUI
『囚われてるね 胸の奥
知らない景色 私は知ってる
鍵を探しに 波に漂う君を見て
離れて言えない ここにいるって……』
優しくて強くて、癒される…………波のような揺らぎの声と後ろで支える楽器とが合わさって、すべての人の心の内側から力を与えるような、すごいとしか言いようがない唯一無二の魅力を放って……………涙が出てきそうだけど、あおいが既に泣いてるから耐えるんだ。
『がんばれなくても 逃げないでね
そう私が言えば伝わるのかな
流れに乗って もう流されないで
いつかその日に会えたら……』
その場に静かに佇んで、どこまでも芯のある眼差しで歌うHISUIを見て何かを思う。……ああ、秋葉に似ている。横を見ると、彼女も少し泣いていた。
『この海泳いで 君を咲かせて
温もりから覚めて 先へ行こうよ
この手に触れていて、離れないよ
闇の中に消えないで 今、心届いて……』
遠くの海にまで伝わるような貫き通る歌声を客席に届けると、演奏が終わるまでHISUIは目を閉じ、顔を隠すようにマイクに両手を置いてしばらく下を向いた。一瞬、彼女の表情が何かに耐えるように曇ったけど、そのあとすぐに『皆さん、ありがとうございますっ!』と爽やかに手を振り、ライブ会場が爆発するような歓声と共に拍手が続いた。
すごかったねっ……!!綺麗だったねっ……!!ってアロハイルカ君とあおいと3人で輪になって手をつないでその場でジャンプする。興奮が止まらない。
「すごいっ!!すごいですっ!!姫っ!!」
〈ああっ!いつ聴いても素晴らしい!雄大な愛を感じる…………って、ん?君は…………?〉
鳴り止まない拍手から、そのうちにアンコールの流れが始まった。すると新HISUIはニヤッと笑い、ギターの隣に白いピアノを創生する。〈おおおっ!?〉っとイルカさん達は大きなどよめきをあげた。え?なんだろう??
『皆さんのアンコールにお応えして、今回はスペシャルゲストをお呼びしたいと思います。私と共に歩んでくれた、素晴らしい人…………とても大好きです。』
そう言ってHISUIは椅子に座り、ゆっくりとある曲を弾き始める。途端に会場が〈ワッ!〉と湧いて、あおいが「えっ!!?」と口に手を当てた。彼女の元にスポットライトが当たり、いつの間にか白とライトブルーのドレス衣装に切り替わって。何にも知らない私にイルカ君の説明が入る。
〈遠野恭子が声優デビューして歌ったアニメの主題歌だよ。彼女はHISUIのラストライブにゲストで呼ばれて、この曲は自分が提供したとHISUIが明かしたんだ。まさか、またこの2人が見れるとは……〉
ええ!?そうなの!?と言ってる間にステージ中央に大きなチャイムが置かれ、キーボードとコーラスイルカが追加された。「あのっあのっ!」あおいが抵抗する間もなくイルカバンドメンバーの背に乗せられてピアノを弾くHISUIの元に運ばれ、片手で一瞬抱きしめられると黄色い歓声と歓喜で溢れた。うわっ……かっこいい!!
〈ちなみに、素晴らしいアニメだよ。知ってるかい?〉
いや知らないって言うと、謎のスマホを開いてストーリーを見せてくれた。スマホ持ってるのかい!
……争いあう2つの天使国の国王であり姫であるヒロイン達は、世界の外れの秘密の森で出会い惹かれあう。やがて互いの宿命を知り、命をかけた戦いへと発展するが、封じられていた過去の記憶を思い出して和解し、自分たちがかつて暮らしていた本当の天国へと民衆を導く。最後にその地で一つの国の2人の国王として結ばれ、世界に平和が訪れた……
すごい壮大なお話だ…………そう感想をイルカ君に言う前にピアノの演奏が一度止まり、ステージのチャイムは天空の鐘のように何度も荘厳に鳴り響く。それまでマイクを持ち、喉に手を当てて目を閉じていた遠野恭子は滑らかに歌い出した。
『星をあげる 君だけの居場所になりたい
遠く遠くいつまでも 輝くまで』
きれい…………クリスタルみたいな声…………
そしてHISUIのピアノがはじまり、聖なるチャイムと共に音楽が鳴り出すとアロハイルカ君も会場もブチ上がった。
星をあげる 作曲 YK 作詞 naka
ねぇ、翼が生えて いつか分かるの?
私が知らない気持ち 教えて
そう、すべて溢れて 苦しみ止んで
懐かしい想い 胸に抱えて
光と闇の向こう側 手を伸ばせば届くなら
星をあげる 君だけの居場所になりたい
遠く遠くいつまでも 輝くまで
わぁ……心が浄化される………飛びそう………そして最高に可愛い!ドレスで歌うあおいは本当にふわふわな天使みたいで。歌いながらHISUIと笑って目を合わせて、すごく幸せそうだ。はぁ…………神ぃ……………
と思ったら、私も秋葉もみんなも、背中から白と黒の羽が生えた。あれ?変なドリンクとか飲んだかな?
身体がふわりと浮き、天国の歌声と共に自由に泳ぎ回る。めちゃくちゃ楽しい……!私はペンライトを両手に持ち、大勢のイルカさん達と色を変えながらカラフルに飛んで、みんなと秋葉にぶつかりそうになりながら笑って虹色の世界を創生する。
『みんな〜っ!ありがと〜♡』
『ありがとうございますっ!皆さんっ!!』
曲が終わり、バンドメンバーとハグしたあとでHISUIと遠野恭子は一緒に手をつないでお辞儀をした。〈ワァーッ!!〉〈キャーッ!!〉って喝采がいつまでも終わらず。
葉子は空中で泳ぐみんなに手を振り、泣きそうになっているあおいをお姫様抱っこした。ほっぺにキスしようとすると彼女はびっくりして会場はもっと盛り上がり、イルカ達は激しく泳ぎ回って止まらない。
『本当に、本当に、ありがと〜っ!!』
その声は会場を超え、海も星も超え、こだましてもう一度私の心に返ってきた。え、エンターテイメントって、すごい………………




