7.冒険者ギルド
新年早々に社交界デビューを果たし、ようやく春の訪れを感じられるようになった頃、庭園の白い東屋では二人の母親がアフタヌーンティーを楽しんでいた。アドリアンの母マグリットは、今は公爵家で母の侍女として働いている。侍女といっても、刺繍の腕を見込まれて母に手解きをしている師匠のような存在だ。今も二人は昔からの知り合いのように親しく語らっている。
「この度は王太子殿下とのご婚約、おめでとうございます。カテリーナ様」
「まあ、ありがとう。マグリット」
私の母が嬉しそうに答えた。
「フィアナには、これからしっかり花嫁修業に励んでもらわなければいけませんね」
「フィアナ様は聡明でとてもお優しい方ですから、きっと立派な王太子妃になられますよ」
「そう言っていただけると嬉しいですわ」
公爵邸の庭は、春の陽だまりのように柔らかな空気に満ちていた。
そんな光景を遠目に見ながら、私は庭いじりに夢中になっているアドリアンに声をかけた。
「こんな所にいたの? アドリは本当に植物が好きなのね」
「姉様!」
アドリアンはぱっと顔を上げ、泥だらけの手で鼻をこすった。
「新しい薬草の苗を植えていたんです。うまく根付くといいんですけど」
「ほぉ〜、また増やしたんかいな」
ケトがにやりと笑った。
ケトが魔物であることは今でも家の者には内緒だが、アドリアンには打ち明けていた。私にとても懐いて、片時も離れようとしなかったので、隠し通すのが難しくなったからだ。
「だ、だって珍しい品種だったから……!」
「そのうち庭が森みたいになってまうで」
「そ、そんなことないよ!」
「ケトはからかっているだけよ、アドリ」
私はアドリアンの鼻や頬に付いた泥を拭いてあげた。
「……あの、姉様……」
「なあに? 急に真面目な顔しちゃって」
「僕、ずっと考えていたんですが……あの」
アドリアンは俯き加減で言葉を濁す。
「なんやガキンチョ、はよ言わんかい」
ケトに急かされて、アドリアンは思い切ったように顔を上げた。
「姉様……僕、錬金術がやりたいんです」
「え? 錬金術ってあの錬金術? 素材から回復ポーションを作ったりする、あれ?」
ポーションを買える店はいくつかある。素材屋、薬草店、錬金工房。だが、このゲームには自分で作れるようなクラフト要素はなかったはずだ。
私は少し首をひねって尋ねた。
「この世界は錬金術もできるの?」
「当たり前やろ。錬金術できひんかったら、ポーションどっから湧いてくんねん」
「そ、そうか。じゃあ、賢者の石とかも作れるの?」
「あんなぁ」
ケトは私の言葉を無視し、アドリアンに向けて語りだした。
「錬金術やりたい言うても、お前の得意属性が光ちゃうかったら話にならへんのやぞ。ほんまに適性あんのか? 光属性の魔力がある人間なんて、百人おって一人おるかどうかやぞ?」
「そうなの?」
私は目を丸くして問い返した。
「お前はワイの講義で何を聞いとったんや?」
「光属性が希少なのは知っていたけど、錬金術に光属性が必要なんて聞いてないもの」
「そうやったか? まぁ、嬢ちゃんみたいなアホには難しすぎて、話す気にもならへんかったんかもしれへんな」
「なによそれ、錬金術なら私もやってみたいわ。アトリエシリーズは大好きだったんだから」
ケトは鼻で笑った。
「どの属性も適性ゼロの嬢ちゃんに何ができるっちゅうねん」
「ゼロじゃないわよ! どの属性もそこそこ使えると言って欲しいものだわ!」
「ねえケト! どうしたら僕の得意属性が分かるの?」
私とケトの言い合いをぽかんと見ていたアドリアンが、ようやく正気に戻ったようにケトに尋ねた。
「大丈夫! アドリは植物の知識があるんだもの絶対できるわよ!」
私はアドリアンに光属性があることを知っていた。復讐者レオンに光属性の者しか使えない回復魔法を使っているところをゲームで見ていたからだ。
「お前はちょっと黙っとき。まあ、貴族階級には光属性持っとるもんが比較的多いさかい、可能性はあるわな。魔力っちゅうんは、ちっちゃい頃はめっちゃ不安定でな。魔術の訓練して、やっと、どの属性が得意か分かるんや。『火はあかんわ』とか『水はなんかいける』みたいにな。まあ、嬢ちゃんは何の得手もあれへんかったんやけどな」
「わ、私のことは関係ないでしょ!」
「まあせやけど、ちゃんと調べたいときは魔力共鳴石で判定できるんやで。街に一つはある冒険者ギルドで、誰でも受けられんねん。ちぃと金かかるけどな」
「へ~」
私とアドリアンが同時に声を上げた。
「僕、その判定してみたい!」
「アドリはそんなに錬金術がやりたいの?」
「はい。錬金術ができるようになったら、僕が薬を作って、それを売ったお金でお母様を支えられると思うんです」
「アドリったら、なんて立派なの……」
「べ、別にそんなことありませんよ」
私が褒めると、アドリアンは耳まで赤くして目を伏せた。
「行ってみましょうよ! 冒険者ギルド! 実は私も行ってみたかったの」
私は思わずそう声を上げていた。
***
その日、私とアドリアンはケトの影渡りでこっそり屋敷を抜け出し、冒険者ギルドに向かっていた。
賑やかな街並みに心を躍らせながら歩いていると、剣と盾の意匠が刻まれた看板を見つけた。それが冒険者ギルドの目印で、私たちは意気揚々とその重厚な扉の前に立った。
「これが冒険者ギルドなのね」
「は、はい」
私はゲームでも見た冒険者ギルドの意匠や、それっぽい扉に心を奪われていた。だが、アドリアンはずっとそわそわと落ち着かず、心配そうな様子を見せていた。
「心配することないわよ、アドリ。きっと大丈夫だから」
「は、はい……」
次の瞬間、背後から低く澄んだ声が聞こえた。
「入らないのかい?」
振り返ると背の高い美しいエルフが立っていた。
「あ、す、すみません」
私たちが慌てて道を開けると、エルフは金色の長い髪をなびかせて、私たちの脇を通り過ぎていった。
「うわぁ」
アドリアンも目を丸くしてその姿を見送っている。
大陸中央にある正統王国にはエルフが多く住んでいると聞いたことがある。だが、大陸の北に位置し北方王国とも呼ばれるマグナリア王国では、その存在は珍しかった。
エルフがギルドの重い扉を押し開けた瞬間、冒険者のざわめきが聞こえてきた。武具が触れ合う金属音。どこかのテーブルで起きた笑い声。依頼内容を巡って言い争う声が聞こえてくる。
「ああ、そうだ。ギルド内はペットの放し飼いは禁止だよ」
エルフはふと振り返り、ケトを指さして軽くウィンクをした。
その仕草さえも優雅で、思わず見とれてしまうほどだった。私は慌ててケトを抱き上げた。腕の中のケトはエルフに向かって小さく牙をむいていた。「ワイはペットちゃうぞ」とでも言いたげに。
とにかく、私たちはギルドの中へ足を踏み入れた。周囲の大人たちが一斉に、物珍しそうな視線を向ける。服は質素なものに着替えていたが、子供だけでは目立ってしまうようだった。アドリアンは肩をすくめ、私の袖をそっとつまんだ。
受付のカウンターの中は金銭の出し入れや依頼の対応で忙しそうだった。
「はい。次の方」
だが、受付の女性は優しそうな人で、私は少しホッとして返事をした。
「は、はい。あの……属性判定をお願いしたいんですけれど」
「ああ、属性判定ですね。百ゴールになります」
私はポーチから銀貨を一枚取り出した。女性はそれを受け取ると、奥から魔力共鳴石を抱えて持ってきた。四角い台座に固定された透明な丸い水晶のようだった。
「では、この石に手を添えてください。魔力が共鳴すると色が変わります」
アドリアンは緊張した面持ちで、言われた通りに手を置いた。しばらくすると、透明だった石の内部から、ふわりと白い輝きが沸き上がってきた。
「これは珍しい……光属性ですね」
受付の女性が驚いた顔で言った。周囲の冒険者たちがちらりとこちらを見て「おお、光か」と少し驚いたような声をあげた。アドリアンは眩しいくらいの笑顔を浮かべていた。
「姉様、僕……やりました」
「よかったわね、アドリ」
アドリアンがどうしても確かめたいと言うのでここまで来たけれど、その甲斐があったというものだ。
「あの……魔術学校への入学を希望するなら、このまま手続きに進めますよ?」
貴族の子供たちが家庭教師から学ぶのとは違って、平民の子供にはギルドに併設された魔術学校が用意されている。平民で魔法が使える者はあまりいないので、魔術学校に入ることは将来の出世が約束された名誉なことだった。就職先には事欠かず、高給を得る道が約束されたようなものなのだ。我が家の使用人の中にも、簡単な水や火の魔法を扱える者がいる。
「あ、いえ、今日は……まだ結構です」
私たちは顔を見合わせ、ほぼ同時に頭を下げると、そのまま慌てて冒険者ギルドを飛び出した。




