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47.指輪と会議

 前世でゲームをプレイしていた時、私は当然、闇の魔導師を倒すためのダンジョン攻略に忙しく、王国の戦況を気にする必要もなかった。けれど私の記憶では、建国祭当日、王都は帝国軍に侵略され、王宮には魔物が侵入して混乱していたはずだ。それに、本来なら王太子の交代という衝撃的な事件により、王都には不穏な空気が漂っていた。そんな中で始まった侵略戦争に、人々は大混乱に陥っていた。


 建国祭を目前に控えて、私はこのことをリオン王子に伝えるため、王宮を訪れていた。


「建国祭の日には闇の魔導師だけではなく、帝国が侵攻してくるというのか?」

 リオン王子がケトの言葉を確認するように言った。


「せや、帝国の使者が魔物を王宮に引き入れて、帝国軍が国境を超えてくるっちゅう話や」


「それを……ケトが調べてきてくれたのか?」


「……まあ、そういうことやな」

 私のゲーム知識をケトに言ってもらっただけなのだが、ケトは自慢げに答えていた。


「アーシャ嬢の誘拐事件以来、王国もそれなりに備えてきたが、すぐに陛下にもお伝えしなければいけないな」


 リオン王子は眉間にしわを寄せ、神妙な顔で呟いていた。


「準備というのは、国境の偵察を強化するとかですか?」

「そうですね……。偵察を専門とする一族に、国境付近の偵察を強化させようと思っています」

「偵察を専門とする一族!? そ、そんな一族がいるのですか?」

「はい。遠見の神鳥ホルスを代々従魔としてきた一族です。秘密なので、他言はしないでください」

 リオン王子は、驚く私を見て満足そうに口元を緩めた。


 感動している私をよそに、ケトが話を進める。

「ほんでな、こっからがもっと大事な話なんやけど――」


 ケトは、建国祭の日に闇の魔導師がどう動くのかについて、あくまで可能性の話だと前置きしてから説明を始めた。



「フィアナにそんな危険なことはさせられません!」


 ケトが説明を終え、それを踏まえて私が闇の魔導師をおびき出す計画を提案していると、王子が強い口調で私の言葉を遮った。


「でも、私がやらなければ……」

 ――本来なら、狙われるのは私だった。それに、ミレイアを囮にするわけにはいかない。


「他にも方法はあるはずです!」

「いいえ、他に方法は……ありません」

「考えれば、いくらでもあるはずです」

「……例えば?」

「た、例えば!?……それは……私が……代わりをするとか」

「殿下が……? 女装するおつもりですか?」

「あなたのためなら、それくらい……構いません」


 隣でケトが、王子の女装姿を想像したのか、肩を震わせて笑いを堪えていた。


「先ほどもお話したとおり、殿下が魔物退治の指揮を執らなければ、きっと、王宮内は大混乱になってしまいます。大勢の犠牲が出てしまうでしょう」


 そう言われて、王子は反論できずに、唇を引き結んだ。


「それに、殿下は王陛下をお守りにならなければいけないでしょう? パピリアを私にお貸しくだされば、それだけで十分です」


「……では、ライデンもあなたの元へ行かせます」

 王子は納得したわけではなさそうだったが、渋々といった様子でそう言った。

「ライデンを?」

 私は、王子の従魔となったサンダーバードの名を聞き返した。

「そ、そんなことをしたら、誰が殿下をお守りするんですか!」


 けれど、王子はなおも譲ろうとせず、どこか自信ありげに言う。

「私に従魔は必要ありません。すでに単独で地下迷宮の五十階層に達しているのですから」


「せやで。嬢ちゃんよりよっぽど頼りになりよるで」

 ケトが余計なひと言を添える。


「それを言うなら、アーシャちゃんたちだってパーティーで地下迷宮の六十階層まで到達しています。今の彼らなら、闇の魔導師の力を優に上回っています、だから――」


 ここでは、地下迷宮の到達階層がそのまま実力の指標になる。闇の魔導師のレベルは五十ほどだったから、地下迷宮の五十階層より深く潜れる実力があれば、十分対抗できるはずだった。


「どうしてフィアナに闇の魔導師の力が分かるんですか!?」

 リオン王子が私の言葉を遮った。

「……それは……えっと」


「ワイ、王様の食卓っちゅうもんを見てくるわ。話済んだら呼んでや」


 ケトは私たちの言い争いに愛想を尽かし、そう言い残してどこかへ行ってしまった。


「と、とにかく! アンリも単独で地下迷宮の五十五階層を制覇しています。だから、彼らが傍にいてくれれば大丈夫です。どうか心配しないでください!」


 私がそう言うと、リオン王子はむっとしたように口をへの字に曲げた。


「マックスたちに止められているだけで、私だって五十五階層くらい簡単に到達できます!」 

「自慢話をしているわけでは……」

「自慢を? 私が?」

 王子は心外だと言わんばかりの表情で私を見た。

「フィアナが、今、アンリの自慢をしたのでしょう!」


 突然、話が思わぬ方向へ逸れ、私は困惑した。


「……どうして……そんな話に? 私は別に……」


「あなたに指輪を何度も渡そうとしているのに、そのたびに騒動が起こって渡せないのですよ? 今日だって、もうすでにこんな雰囲気で、渡せると思いますか?」


 話はさらに予想外の方向へ転がった。私はどう反応すべきか分からず王子を見た。


 すると王子は、またしても唐突な話を持ち出した。

「それに、私も皆のように呼び捨てにして構いません」


「嫌です」

 それでも、その返事だけは即座に口をついて出た。

「うっかり呼び捨てにしてしまったら、大変なことになってしまいます」

 せっかく悪役令嬢の汚名を着せられずに済んでいるというのに。

「あの……ところで指輪って、何の話ですか?」

 けれど、聞き流してしまった言葉が気になって、私は慌てて問い返した。


 先ほどの私の即答がよほどお気に召さなかったのか、リオン王子はぷいと横を向いた。

「今は、そんな気分ではありません」

 そう言ったまま黙り込んでしまった。私は仕方なく、拗ねたような王子の横顔をしばらく眺めていた。


 部屋に静寂が流れたあと、王子が不意にぽつりと呟いた。

「やはり……聞いてください。……あの時の続きを」

 そう言って立ち上がると、リオン王子は部屋の隅の書き物机へ向かった。

「あの時の……続き?」

 王子は机の引き出しを開け、小さな箱を取り出す。


「私はあの時、ずいぶんと必死になって……。そう、覚悟を決めて話していたのに、あなたは私の言葉をひとつも聞いていては、くれなかったのですよね……」


「だって、あれはリオン殿下が突然、あんなことをおっしゃるから」

「婚約破棄、ですか? 私は破棄などという言葉は使っていなかったのに」

「お、同じようなものです。私にはそう聞こえました!」


「……分かりました。それは謝りましょう」

 王子は小さく息を吐いた。

「ですが、今度は……最後まで私の話を聞いていてください」


 そう言うと、王子は私の目の前で小箱の蓋を開けてみせた。

「愛しています、フィアナ」


「……え?」


「この指輪は、なにがあってもあなたを愛していると伝えたくて、用意したものです。闇の魔導師の魔の手からあなたを守るためには、別れを告げるしかないと思っていたのです。あの時は」


「私を……守るため……?」


「……結局、決心はつきませんでしたが……。ですが……たとえ政略結婚に過ぎないというのが、あなたの本心だったとしても……私のことを少しは慕ってくれていると、期待してもいいのですよね?」


 王子の手がそっと私の顎に添えられる。その手に促されるように、私は指輪から視線を上げた。


「あ、あれは……ち、違うのです……」


 とぎれとぎれの言葉だったけれど、私の言葉にリオン王子はわずかに口元を緩めて、じっと私の瞳を覗き込んだ。


「では……?」

「わ、わ、私は……」


 リオン王子の澄み切った青い瞳に吸い込まれそうな気がした。言葉が喉の奥でつかえる。きっと顔は耳まで赤くなっている。清涼な青の瞳が、どんどん目の前に広がっていく。


「ダ、ダメです。こ、これでは……フ、フラグになってしまいます」

 私はなんとか言葉を絞り出し、リオン王子の肩をそっと押し返した。


「フラグ……?」

「わ、悪いことが起こる……ま、前触れです」

「これが?」

「そ、そうです。こ、こんな……く、くちづ……。と、とにかく! ダメなんです!」

「それでは、恋人同士は……何もできなくなってしまいませんか?」


「い、いえっ、それは……。な、何か大事なことの前はダメで……。こ、こういうことは、すべてが終わってからでないと、ダメなんです」


「すべてが終わってから……」

 王子は一瞬だけ目を伏せ、静かに言った。

「確かに、そうですね。わかりました。……では、指輪だけでも受け取ってください」

 リオン王子はそっと私の手を取り、薬指に指輪をはめた。


 二重螺旋を描く細い金の輪には、繊細な彫りが施されていた。中心には紫色の宝石がひとつ嵌め込まれ、淡く控えめな光を放っている。


「あなたの瞳と同じ色です」

 そう言われて、私は手をかざし、改めてその宝石を見つめた。


「……綺麗」

「とてもよく似合っていますよ」


 リオン王子の声は穏やかだったが、私たちを待ち受ける未来を思ってか、その表情はどこか不安げに揺れていた。




 ★★★(王城・会議室)三人称視点になります



 大精霊が張った結界が消えるとされる千年祭が間近に迫っていた。


 王城では、その日に備えるための会議が開かれていた。結界消失の事実を知らされているのは、ここに集められた軍務を担う重臣たちだけだった。


 作戦会議室の大テーブルの前で、リオン王子は深く息を吸った。


「陛下、帝国軍が国境付近で動きを見せています。偵察隊の報告によれば、侵攻の準備を進めている可能性が高いとのことです」


「奴らめ、千年祭には友好使節団を送りたいなどと言っておきながら、裏ではこの有り様か」

 黒竜騎士団長が吐き捨てるように言った。


 後ろに控えていたセオドアは、リオン王子に促されると、大テーブルの上に地図を広げた。


「帝国軍が最も動きやすいのはこの旧街道です」

 王子が地図を示しながら言うと、黒竜騎士団長が腕を組み、低く唸った。

「確かに正面から来るとすれば旧街道だろう。だが、帝国軍は狡猾だぞ?」


「はい。ですので、こちらの東部大森林にある湿地の入口から侵攻してくる可能性が最も高いでしょう。森が深く、兵を隠しやすいのもこの場所です」


 王子は地図の上に人型のコマを置いた。

 その場にいた全員が納得したように頷く。

 リオン王子はさらに話を続けた。


「ですが、念のため蒼龍騎士団には旧街道の監視を。炎竜騎士団には、万が一に備えて河川沿いからの侵入を警戒していただきます。そして、一番可能性の高い湿地の入口は黒竜騎士団にお願いしたいのですが」


 王子がそう言うと、黒竜騎士団長は力強く頷いた。

「お任せください、殿下」


 リオン王子は黒竜騎士団長の返事に頷き返し、全員の顔を見渡し、言い含めるように言った。


「分かっていると思いますが、兵の移動はすべて密かに進めてください」


 すると、三人の騎士団長も顔を引き締め、静かに答えた。

「承知しました」


 そして、王子はさらに続けた。

「残る白竜騎士団は、近衛騎士団とともに王宮の警備をお願いします」


「「はっ!」」

 二人の騎士団長が同時に声を上げた。


 続いて、その場にいた全員が一斉に国王へ頭を下げ、声をそろえた。

「我らが王国のため、身命を賭して戦います」


 国王は彼らを見渡し、静かに頷いた。

「諸君らの働きに期待している」



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