46.武術大会
王立学園で最も大切な行事である武術大会は、学園の訓練場ではなく、騎士団が日頃使用している闘技場で行われる。
「王太子が初めて大会に出場するらしい」
そんな噂が街中に広まっていたこともあり、大会会場は朝から異様な熱気に包まれていた。観客席はすでに多くの人々で埋め尽くされている。また、観客席には王族の姿もあり、各竜騎士団の団長たちも顔をそろえていた。
そんな中、場外に張られたテントの控室で、セオドアが慌てたように叫んだ。
「リゼット嬢がいない!」
リゼットとは、私の代わりに魔法攻撃役をお願いしていた生徒の名前だ。その姿がどこにも見当たらないことに気づいたのだ。地下迷宮の特訓では、私がその役割を担当していたが、それは従魔の力を借りてようやく成り立っていたものだった。
リオン王子から「これ以上、他の者へ漏らさないように」と厳命されていたので、クラトスの存在は内緒にしていたが、ケトとプリズマのことだけはマクシミリアンとセオドアにも伝えていた。だが、武術大会では従魔の使用は禁止されている。そのため、私の代わりとなる者がどうしても必要だったのだ。
従魔といえば、地下迷宮でリオン王子は雷鳴の巨鳥サンダーバードを、マクシミリアンは地獄の番犬ガルムを、セオドアは純白の神馬ユニコーンをそれぞれ従魔にしていた。私の引き寄せ体質も、たまには人の役に立つらしい。
「どういうことだ。さっきまでいたはずだろう?」
マクシミリアンが眉をひそめた。
そこへ、伝令の生徒が困った顔で控室に姿を見せた。
「す、すみません王太子殿下。リゼット嬢が魔導兵器の研究中に怪我をしたそうで、医務室で手当を……」
「魔導兵器の研究? ついさっきまでここにいたのに?」
セオドアが呟く。
「怪我は酷いのか?」
リオン王子が問う。
「いえ……その……指を痛めて……杖が握れないと」
歯切れの悪い声で生徒は告げた。
「なんだ、それは!」
マクシミリアンが怒鳴り、伝令の生徒は青ざめていた。
リゼットは三年生の中でも屈指の魔法攻撃力を持つが、それ以上に魔導兵器への情熱が強く、食事を忘れて研究に没頭するタイプだった。どうやら今回も、休憩中にこっそり抜け出して研究の続きをしようとしていたらしい。
「どうしますか? リオン殿下」
二人が焦る中、リオン王子の視線がゆっくりとこちらへ向いた。
「フィアナ。お願いします」
リオン王子の応援のために控室のテントまで来ていたが……来るんじゃなかった。
「無理です! 私には!」
ユーリスたちのチームは、前衛防御役、物理攻撃役、魔法攻撃役、回復役が揃った理想的な編成だ。しかも、アーシャの魔力は桁外れで、物理攻撃役のアンリの機動力はとても高い。一方、私たちのチームは本来前衛の剣士がリオン王子とマクシミリアンの二人いて、マクシミリアンは大剣を使うため、どうしても動きが重くなる。そして何より、魔法攻撃役である私は……悲しいことに火力が圧倒的に足りない。これでは負ける気しかしない。
「だって……。ほかに、もっと適任の方が――」
「フィアナとなら連携も取りやすいですし」
「お願いします、フィアナ様」
「せっかく決勝戦まで勝ち進んだんです」
「フィアナ様、どうかお力をお貸しください」
「このまま不戦敗にはしたくありません。フィアナ」
王子だけでなく、マクシミリアンとセオドアまで、畳みかけるように私へ頼み込んでくる。
「……分かりました」
私は観念したように頷いた。
闘技場の薄暗い通路を進むと、観客席から大きな歓声が響いた。ユーリスたちが闘技場に姿を見せたのだろうか。緊張で心臓が飛び出しそうだった。
私たちも互いに頷き合い、闘技場へと足を踏み出した。すると、先ほどとは比べものにならないほどの大歓声が沸き上がった。眩しい光に一瞬視界を奪われた。
だが、リオン王子はその喝采に応えるように手を上げ、嬉しそうに観客席を見上げていた。
そして、観客席が揺れるほどの歓呼の中、闘技場の中央に進み出て、私たちはユーリスたちと向かい合う。
「王太子殿下チーム対ユーリス殿下チーム!」
審判が旗を上げた。
「それでは、……始め!」
旗が振り下ろされると、すぐにユーリスが氷を纏わせた剣を低く構え、滑るように前へ出た。加速した身体が一直線にリオン王子へ迫る。リオン王子は雷を纏わせた剣でそれを受け止める。金属がぶつかる乾いた音と同時に、雷光が弾けた。
「手加減はなしだぞ! ユーリス!」
「そんな余裕はありませんよ、兄上!」
二人の剣が激しく交差するたびに、氷霧と火花が弾けた。観客席からはどよめきが上がる。
マクシミリアンはアンリへ大剣を振り下ろした。しかし、アンリは風に乗ってそれをかわし、鋭い突きを繰り出した。マクシミリアンは連撃に翻弄される。だが、マクシミリアンは大剣を片手に持ち替えると、一転して猛反撃に出た。大剣を片手で軽々と振り回し、その速い動きにアンリは反応しきれず、槍で受け止めた衝撃に足を止められる。
「やっと、捕まえたぞ!」
マクシミリアンが吠える。
「くそっ……重い!」
アンリも押し返そうと力を込める。だが、土魔法で強化されたマクシミリアンの足は地面に根を張ったかのように微動だにせず、アンリをその場に縫い留めていた。
「ユーリス様、アンリ様、すぐに回復いたします」
アーシャは後方から回復魔法を放ち、さらに継続回復、被ダメージ軽減、魔力回復と次々に支援魔法を重ねていく。
私は後方にいる回復役のアーシャを狙って魔法を放つ。だが、そのすべてがエミールの魔法防御陣に阻まれた。私がひるんだ隙を逃さず、今度はエミールがセオドアへ攻撃を仕掛ける。魔力を矢に乗せた強烈な一撃だ。私は慌ててそれを防ぎ、体勢を立て直す。すぐさま反撃の魔法を放つが、またしてもエミールに弾き返される。攻防は目まぐるしく入れ替わり、もう何が何だかわからなくなってくる。
「フィアナ様!」
セオドアが叫ぶ。
「アーシャ嬢の回復速度には太刀打ちできません! 私の防御は自分でします。フィアナ様はどうにかしてアーシャ嬢の手を止めてください!」
「そ、そんなこと、言われても……」
とにかく、何か強力な魔法をと、私は頭をフル回転させる。
「ええっと……」
――アローオブライト? それとも――。
「ああ!……そ、そうだ! セオドア様、防御を固めて時間を稼いでください!」
「わかりました!」
私は、カオスロードを倒したときの詠唱を思い出した。あれから何度も練習を重ねたけれど、一度も成功したことはなかった。それでも、やってみるしかない。このまま続けていても負けは確定してしまう。私は杖剣をしっかりと握り直した。セオドアは回復を中断し、防御に専念する。
「も、燃え盛る炎、揺るぎなき大地、芽吹く春風、澄み渡る水流、天を裂く霹靂、降り注ぐ光輝、六界の理、我が前に顕現せよ。ヘキサ・サークレット!」
次の瞬間、剣の先から赤や黄、緑、青、紫、そして白の六色の魔力が放たれた。六つの属性が渦を巻きながら絡み合い、螺旋を描きながら空へと昇っていく。
観客席からどよめきが聞こえた。
六色の光が重なり合い、巨大な魔方陣が空中に描かれる。次の瞬間、炎が渦を巻き、水が流れ、風が唸り、大地が震え、雷が走り、光が降り注ぎ、闘技場を激しい光と轟音が包み込んだ。
やがてすべてが収まった時、闘技場内では不思議な光景が広がっていた。
「う……動けない」
ユーリスが苦しげな声を漏らす。
ユーリスが電撃で痺れたように動きを止め、アンリは土に縫い留められたように動きを封じられていた。そして、エミールの魔法陣は光に呑まれてかき消え、アーシャの回復魔法も発動できなくなっていた。
貴賓席の魔術師団長が身を乗り出してこちらを見ていた。
その間に、リオン王子はユーリスの喉元へ剣を突きつけ、マクシミリアンもアンリの胸に大剣を押しつけていた。
審判が震える声で宣言する。
「王太子殿下チームの勝利!!」
闘技場が大歓声に包まれた。
「……なんか……前の時と違う……?」
私は、自分の放った魔法を見て呆然としていた。本当に自分が放った魔法なのか、信じられない気持ちの方が強かった。けれど、どうやら魔法は成功し、試合にも勝てたらしい。私はほっと胸を撫で下ろし、空に浮かぶ魔法陣がゆっくりと消えていくのを眺めていた。
***(小話)
私が最後に放った魔法は、六つの属性が扱える者にしか使えない詠唱魔法なのだと、その昔リュカ先生から教えてもらった。もっとも、魔力量が少なく威力も安定しない私の魔法を見て、ケトは「六属性が扱えるだぁ? あんなもん、扱えるうちに入るかいな」と鼻で笑う。
だが今回、この魔法が成功して一番喜んでくれたのはリュカ先生だった。観客席では「全属性魔法など見たことがない」と皆が息を呑んだのだと教えてくれた。それに、貴賓席で見ていた魔術師団長も「これは誰の魔法なのか」と驚いていたという。そんなふうに、先生は何度も私を褒めてくれた。私はその言葉が嬉しくて、皆に自慢して回ったほどだった。
けれどケトには、「いつでも同じ力出せるようになってから調子に乗りや」と怒られ、アンリには「次も出せたら褒めてやる」とからかわれ、エミールには「一度成功したぐらいで舞い上がってはいけません」と釘を刺された。手放しで褒めてくれたのはアーシャちゃんだけだった。
そしてリオン王子からは、「その魔法を安定して出せるように訓練しましょう」と言われて、そのまま地下迷宮へ連れていかれた。しかし、肝心の魔法は相変わらず訓練では成功せず、「私、本番に強いタイプなのかも」と言ったら、リオン王子に小さく溜息をつかれた。私が一緒になって溜息をつくと、さらに大きな溜息で返された。
***(小話)三人称視点になります
今年は王太子が初めて武術大会に出場するとあって、用意された貴賓席はすべて埋まっていた。
アンリの父、近衛騎士団長アラン・ロッシュと、マクシミリアンの父、黒竜騎士団長ヴァルド・レグナスも、順調に勝ち進んでいく息子たちを誇らしげに見守っていた。
「さすが、レグナス卿のご子息です。あれほどの大剣を軽々と振り回しておられる。うちのアンリにも、あれほどの剛力があればいいのですが。まったく困ったものです。」
ロッシュ伯爵が言う。
「ロッシュ卿のご子息こそ、さすがですな。あの素早い身のこなし、まるで羽根のようだ」
レグナス公爵が返した。
「いやいや、アンリなど考えるよりも先に体が動くような奴ですから。マクシミリアン殿の思慮深さを、うちのアンリにももう少し分けていただきたいところですよ」
「いやいやいや、何を言っておられる。マクシミリアンは慎重すぎて、判断が少々遅いところが困りもの。アンリ殿の俊敏さと豪胆さを見習ってほしい限りですな」
レグナス公爵の言葉に、ロッシュ伯爵はさらに反論する。
二人は子供の年齢が近いこともあって、顔を合わせるたびに息子自慢で火花を散らしていた。もっとも、自分の息子ではなく、なぜか相手の息子を褒めることで張り合うのだ。
レグナス公爵はアンリの破天荒な気質を好ましく思っており、ロッシュ伯爵はマクシミリアンの思慮深さを羨ましく思っている。息子を誇らしく思う親心と、ないものねだりが入り混じった結果、顔を合わせるたびにこんなやり取りになってしまうらしい。
そこへ、エミールの母であるノエル・ブラン魔術師団長が割って入った。
「まあまあ、お二人とも。試合よりも声が大きくなっておりますよ。ほら、陛下も試合ではなく、こちらをご覧になっておられます」
二人は慌ててこちらを見ている国王に頭を下げ、申し訳なさそうにうなだれた。
「申し訳ない」
「これは失礼」
国王はその様子を王族席から微笑ましく眺め、やがて視線を競技場へ戻した。
王妃は、模擬剣とはいえ、激しく打ち合わされる音を聞くたびに息を呑み、手をぎゅっと握りしめていた。勝敗などはどうでもよく、ただ、大きな怪我だけはしないでほしいと、祈るような気持ちで息子たちを見つめていた。
王は、そんな王妃の手をそっと握り、未来の騎士たちの勇猛な姿に満足げに頷いていた。




