45.新しい仲間
私がようやく落ち着きを取り戻すと、マクシミリアンとセオドアが改めて私に頭を下げた。
「フィアナ様にご無礼を働いたこと、重ねてお詫び申し上げます」
私は二人の真剣な声に、小さく首を振った。
「そんな……謝っていただくほどのことではありません。わたくしこそ、取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」
「フィアナ様……」
マクシミリアンとセオドアは、いつもとは違う王子の様子に戸惑っているようだった。泣き続ける私の前でおろおろしたり、気まずそうに言葉を詰まらせたりする王子を見るのは、彼らにとって初めてのことなのだろう。
私にとっては、王墓で二人きりで笑い合ったあの日から見慣れた姿ではあったけれど。
「殿下のお声が……少し怖かったものですから」
私はリオン王子の顔を見上げて少し意地悪に微笑んだ。
「すみません。あなたを怖がらせるつもりはなかったのですが……」
リオン王子は気まずそうに視線を落とした。
「マクシミリアンの口から、あなたの気持ちを聞くとは思わず……つい」
目を伏せ、唇を噛み締める王子の姿は、王墓へ行く前の彼と重なった。感情を押し殺し、何も言わずに耐えている。
「私の気持ち?」
けれど私は、まるでダンジョンのようだった王墓の光景を思い出し、ふとあることを思いついた。
「わたくしに、ひとつ提案があるのですが……」
そう言って、私は三人を見回した。
「皆さんでパーティーを組んでダンジョンに行くというのはいかがでしょう? 仲間というのは、喧嘩したり助け合ったりしながら絆を深めていくものではありませんか?」
マクシミリアンとセオドアが、リオン王子を大切に想っていることは分かった。けれど、主君として王子を敬うあまり、どう接すれば王子に寄り添えるのか分からずにいるようだった。
ならば、ダンジョンで共に戦い、ときに助け合いながら過酷な状況を乗り越えれば、おのずと本音で語り合える仲間になれるはずだ。
「それに、もうすぐ武術大会もありますし、訓練にちょうどいいと思うのですが」
レベルも上がるし二人との距離も縮められる。我ながら名案だと思った。けれど、マクシミリアンが慌てたように首を横に振った。
「フィアナ様、それは……王妃陛下が卒倒されます」
セオドアも困ったように頷く。
「陛下も、王族の武術大会への出場は暗にお控えになるよう望んでおられます。周囲が遠慮してしまい、大会として成り立たなくなるようなことは好ましくないと」
「でも……ユーリス殿下は出場するとおっしゃっていましたよ」
私の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「それは……」
「ユーリス殿下は、王太子殿下とはお立場が違いますので……」
言いにくそうに答える二人に、私は眉をひそめた。本音は……王太子が人前で負ける姿を見せるわけにはいかない……というところだろうか。
学園の武術大会は四人一組で戦うチーム戦だ。フィアナが卑怯な手や妨害工作で主人公たちのチームを苦しめるものの、最後には手ひどい返り討ちに遭う。そんなお決まりのイベントも用意されていた。
でも、パーティーメンバーとしてユーリスやリオン王子も選ぶことができ、メンバーによって会話の内容も変化したはずだ。
しばらく、リオン王子は考え込むように黙っていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「悪くない提案です」
マクシミリアンとセオドアは目を見開き、思わず王子を見つめた。
「しかし……」
「陛下には……?」
「王陛下と王妃陛下は私が説得する」
その声に迷いはなかった。
リオン王子は、これまでずっと父王の意向に従い、出場を控えてきたのだろう。けれど、王墓で「ユーリスのようになりたい」と口にしたあの言葉どおり、今回は自分も一歩踏み出そうとしているのかもしれない。
「二人はどうだ? その……二人は私とパーティーを組んでくれる気はあるか?……いや、組んで欲しい。お願いする」
そう言って、王子は二人に深々と頭を下げた。
「お、王太子殿下、どうかお顔をお上げください」
「我々でよければ、ぜひお供させていただきます!」
王子が頭を下げたことに驚き、二人は仰天した様子で答えた。
「二人とも……ありがとう」
王子はほっとしたように息を吐いた。いつもは胸の内にとどめてしまう言葉を、今日は素直に口にすることができた。そんな思いが表情に現れているようだった。
そして、王子は私の方へ向き直ると、こう言った。
「フィアナ、あなたにもぜひ手伝ってほしいのですが」
「へっ!? 私ですか?」
思いもよらない言葉に、私は間の抜けた声で聞き返していた。淑女を装う「わたくし」という一人称すら忘れて。
「はい。パーティーは最低でも四人は必要ですから」
そう言ってリオン王子は微笑んだ。けれど、静かな圧力を感じた。
マクシミリアンとセオドアも、私の返事を待つようにじっとこちらを見つめている。二人の前で、「殿下がお望みなら、何だってする覚悟はあります」と、確かそんなことを口走った気がする。
私はそんな彼らの視線に抗えず、ただ頷くことしかできなかった。
「……分かりました。私でよければ……」
こうして、なんだかよくわからないうちに野外演習は終わってしまった。
その後、リオン王子がマクシミリアンとセオドアを伴って地下迷宮に挑む姿が、生徒たちの間でよく見かけられるようになった。以前は冷淡な人だと思われていた王子だったが、仲間たちと楽しげに言葉を交わす姿を目にする機会が増え、生徒たちの間では「意外と親しみやすい方」と見方が変わり始めているようだった。
***(小話)三人称視点になります
宰相が失脚して以来、その席は空いたままだった。だがその役目は今、リオンが代わりに担っている。夜の執務室の積み上げられた書類の影で、リオンはふと手を止め、昼間の出来事を思い出していた。
『……フィアナにも、手伝ってほしい』
その言葉のあと、本当は別の言葉が喉まで出かかっていた。
「傍にいてほしい」
「あなたの傍にいたい」
きっと、そんな言葉だったのだと思う。けれど、そんな本心を口にすることはできず、結局、リオンの口から零れたのは、もっともらしい理由だけだった。
『パーティーは最低でも四人は必要ですから』
そんな味気ない言葉しか言えなかった自分が、不甲斐なかった。
『好きな人の前では、格好をつけているんでしょう?』
あの従魔契約のとき、パピリアの問いかけに自分は何と答えていただろう。
『自然体にさせられている』
確か、そう答えていたはずだ。
――あれは嘘だったな。
リオンは胸の内で静かに苦笑した。
マクシミリアンの口から「政略結婚」という彼女の本音を聞かされ、動揺してしまった。その狼狽を取り繕うために声を荒らげ、フィアナを怖がらせてしまった。それは、彼女の前で格好をつけているのと変わらない。
『ただの政略結婚』
マクシミリアンが口にしたその言葉が、本当に彼女の本心だったのか。怖くて確かめることすらできなかった。
何もかもうまくいかない。彼女のこととなると、どうして自分はこうも空回りしてしまうのか。
ただ、彼女は「婚約破棄」という言葉に異様なほど動揺していた。婚約破棄が事実ではないと知ったときの彼女の安堵した表情が、今でも忘れられない。
リオンは、その記憶にかすかな望みを見いだし、ようやく心を落ち着かせていた。
この書類を片付ければ、明日は――いや、もう今日になってしまうが、訓練を理由にフィアナに会える。
その思いを支えに、リオンは夜明け間近の執務室で再びペンを走らせた。




