42.裁きの行方
王宮の一室でアーシャが肩を震わせ、縄で擦れた手首をそっとさすっていた。誘拐事件のあと、私たちはようやく応接室で顔を合わせることができた。アンリとエミールは、それまでずっと牢に入れられていたらしい。
「本当にありがとうございます。皆様が助けに来て下さらなかったら、私……」
私はその隣に座り、彼女の背中を優しく撫でる。
「ごめんね、アーシャちゃん。怖い思いをさせてしまって」
「いいえ。私が考無しにミレイア様について行ってしまったのがいけないのですから」
「しっかし、あのルシフェルドがあんな罠を張っていたとはな」
アンリが言う。
「まったくです。反逆者扱いされた時は生きた心地がしませんでしたよ」
エミールも青ざめた顔のまま肩をすくめて同意した。
ユーリスは立ち上がり、皆に深く頭を下げた。
「すべて僕の責任だ。みんなを巻き込んでしまった。本当にすまない」
「不穏な噂があることを、私がもっと早くみんなに伝えていれば……こんなことにはならなかったのに」
私も申し訳ない思いで口を開いた。
そんな私にリオン王子が言う。
「自分を責める必要などありません。あなたがいなければ、真相に辿り着くことさえできなかったでしょう。レオン殿やアドリアン殿の活躍も助けになりました。それも他ならぬあなたのおかげなのですから」
「そういえば、お前に兄君がいるとは知らなかったな」
「兄のように慕っている、と言っていただけですよ」
「私、レオンさんがフィアナ様とお知り合いだったなんて知りませんでした」
「冒険者と聞いているが、フィアナはいったいどこで知り合ったんだ?」
矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「そ、その話は、あとでゆっくりするから」
今日一日の疲れがどっと押し寄せてくるような気がした。そんな私の様子を見かねたリオン王子が、小さく咳払いをして皆に声をかける。
「皆も疲れているだろう。あとのことは私たちに任せて、ゆっくり休むといい」
皆はその言葉に素直に従い、疲れた足取りで帰っていった。
私も寮の部屋に入るなり、ベッドへと倒れ込んだ。すぐさま枕元にケトが駆け寄り、文句を言い始めた。
「うまいもん食わせるちゅう約束はどこいったんや。ワイ、腹空かせて待っとったんやけど。約束破るんとちゃうやろな。おい、寝とる場合とちゃうねんで」
延々と並べ立てられる文句を子守歌に、私はそのまま心地よい眠りに落ちていった。
***
その日、私は幽閉の身となったミレイアのもとを訪ねていた。過酷な地下牢に落とされたフィアナとは違い、彼女が入れられたのは王宮の一室だった。
部屋の前には二人の衛兵が立っていた。許可証を差し出すと内務卿のサインを確認した一人が小さく頷く。すると、もう一人の衛兵が胸元から鍵を取り出し、扉の錠前を回した。
ノックすると、部屋の中から「はい」と細い返事があった。扉を開けると、ソファーに座っていたミレイアがゆっくりと振り向いた。
「フィアナ様。来てくださったんですね」
「大丈夫?」
「はい……お気遣い、ありがとうございます」
やつれた顔のミレイアは、それでもどこかほっとしたような表情をしていた。
「ディジュー卿のことは? 今日……王都を出発するそうです」
「はい。父のことは……聞いています」
事件は、レオン兄様がアドリアンとともに、宰相夫人アンナとルシフェルドが黒幕であることを示す確かな証拠を見つけてくれたことで、早々に解決できた。警邏隊長と数名の隊員は地下牢に収監され、アンナとルシフェルドは辺境の牢獄へ送られることで、一連の騒動は幕を閉じた。
一方、宰相本人には明確な関与は見つからなかった。その報せを聞いた王は、ほんのわずかに安堵の色を見せたという。とはいえ、家族が起こした不祥事の責任は重く、宰相は公爵位を剥奪され、領地もすべて没収されることになった。だが、王の恩情によりわずかな領地だけは残され、そこで静かに隠居することが許された。
また、ミレイアについても、母と兄に逆らえず従っていただけで、王国への反逆計画そのものには気づいていなかったため、一年間の幽閉処分という軽い罰で許されることになった。
「ずっと怖かったけれど……今は、胸のつかえがとれたような気持ちです。幽閉が解けたら、父の面倒を見ながら、静かに暮らしたいと思っています」
「そう。……学園は辞めてしまうのね」
「家で刺繍をしているほうが、性に合っているので」
格子のはめられた窓から淡い光が差し込み、ミレイアの横顔を静かに照らした。彼女は口元をわずかに緩め、ほんの少しだけ微笑む。私たちはそれからしばらくの間、刺繍のことや学園のことなど、たわいもない会話を交わして過ごした。
「……それでは、また綺麗な糸を見つけたら、持ってくるわね」
「ありがとうございます」
私が席を立ち、帰ろうとしたその時だった。ミレイアがぽつりと声を漏らした。
「フィアナ様には……」
「はい……?」
「フィアナ様には、未来が見えるのですか?」
「な、何を急に……お、おっしゃっているのかしら?」
「あの時フィアナ様は、まるで私の未来が見えているかのようにお話しされていたので」
「み、未来なんて、そんな、見えるわけ、ないですわ!」
「そうですよね。……申し訳ありません」
そう言って、ミレイアは小さく笑った。
「フィアナ様には、なんだか不思議な力がおありのようだから、つい」
「そ、そんなことないわよ。そ、それでは、また来るわね!」
私は慌てて部屋を後にした。けれど、扉を閉じる瞬間、静かな部屋の中から、ミレイアの安堵したような息遣いがかすかに聞こえた気がした。
こうしてアーシャ誘拐事件は収束したが、この出来事はこれから起こる騒乱の序章に過ぎなかった。
アーシャを葬ることに失敗した闇の魔導師は、今度は帝国の皇帝をそそのかし、王国への侵略を強く推し進めようとする。だが、王と王国の重臣たちは、この事件をきっかけに帝国への不信を深めてしまっていた。ゲームでは、その不振を言葉巧みに打ち消したのはルシフェルドだった。宰相夫人アンナは裏で闇の魔導師と繋がっていて、帝国の侵略が成功した暁には、ルシフェルドがこの国の王になることを約束されていた。けれど今回は、彼が捕まったことでその企みは潰えたことになる。これは、迫り来る帝国の侵略に備えるうえで大きな後押しとなるはずだ。
だが今は、嵐の前触れの気配を感じながらも、私も一つ安堵の息を漏らした。




