41.断罪の時
王宮の謁見の間は、急な召集の知らせを受けて侍従たちが走り回り、慌ただしい空気に包まれていた。私はリオン王子よりも先にその場に到着し、混乱を見守っていた。
これは、私が恐れていた断罪イベント……。どうしてこんなことになってしまったのか。
ユーリスたちと合流するはずだったケトは、ゲームでは存在しなかったはずの敵側の案内役に先を越され、罠に嵌められるのを防げなかった。
さらに悪いことに、プレイエリアの外側に廃倉庫とは別の新しい三番倉庫が存在していて、アーシャを助けるはずのクラトスは、そちらの三番倉庫へ向かってしまった。
想定外のことばかりで、私は悔しい思いを抱えながら、重臣が並ぶ席へ視線を向けた。急な召集だったので、席はまばらに埋まっているだけで、宰相の席は空いていた。
そこへ、宰相の息子で王都警邏隊の司令官ルシフェルドが現れた。その後ろから、アーシャを拘束した警邏隊長が続けて入ってくる。アーシャはその場で床に押しつけられた。
ほどなくして、別の重厚な扉が開き、王とリオン王子が謁見の間に姿を現した。
王が玉座に着くのを見届けて、ルシフェルドは王の前へ進み出た。紳士の礼を取り、手元の書類に目を落として報告を始める。
「陛下、この者は街で不穏な噂のある不敬者にございます。その所持品からは、王宮の警備状況を記した機密文書、さらには帝国製の魔道具が複数見つかりました。……おそらく、帝国のスパイではないかと」
警邏隊の隊員たちが、証拠の品々を床に並べ始める。アーシャはその様子を目で追い、青ざめた顔で唇を震わせた。
「もう一つ、重大な報告がございます」
ルシフェルドの言葉に、王がわずかに眉をひそめた。ルシフェルドは視線を伏せたまま、言い淀むようにして言葉を続ける。
「実は……第二王子殿下が、この女と共にその場に……」
まるでユーリスもアーシャの仲間だと言いたげに言葉を濁した。
謁見の間がにわかにざわめき、王の表情が固まる。
「ユーリスをここへ」
王が短く命じた。
「はっ。ユーリス第二王子殿下をお連れせよ!」
ルシフェルドが叫ぶと、警邏隊員の一人がすぐさまその場を駆け出していった。
やがて、ユーリスが謁見の間へと姿を現した。さすがにこの場で王子が拘束されるようなことはなかったが、床に押さえつけられたアーシャを目にした瞬間、ユーリスは警邏隊員の手を振りほどいて駆け出した。だが、すぐに近衛騎士の槍によって、ユーリスの動きは止められてしまう。ユーリスは悔しげに唇を噛みしめ、元の位置に戻ると、静かに王の前へと進み出た。
「言い分があるなら聞こう」
王の冷たい声が、静まり返った謁見の間に響いた。
「彼女はあの場に監禁されていただけです。僕――いえ、私はその知らせを聞き、救出に向かったのです。彼女は決して帝国のスパイなどではありません」
「その証拠を示せるか?」
「証拠は……廃倉庫に残された遺体を調べていただければ分かります。あれは警邏隊員などではありません」
そう言って、ユーリスは鋭い視線で警邏隊長を睨みつけた。
「恐れながら殿下」
ルシフェルドがすかさず言葉を返す。
「街ではすでに、その女が帝国のスパイだという噂は広まっておりました。スラム街でスパイと接触している現場を見たという者もおります」
ルシフェルドが警邏隊長へ視線を送ると、隊長は前へ進み出た。
「恐れながら申し上げます、陛下」
王が微かに顎を引いて発言を許すと、隊長は深く頭を垂れたまま言葉を続ける。
「私はスラム街の住人から、不審な女が廃倉庫へ入っていったとの通報を受け、現地へ向かいました。……しかし、踏み込んだ先で私たちが目にしたのは、その女と第二王子殿下のお姿、そして、先行して命を落とした隊員たちの遺体だったのです。しかも、倉庫内には帝国式の魔道具が積み上げられており、私は我が目を疑いました」
「きっ、貴様!」
ユーリスは警邏隊長に掴みかかろうとしたが、今度こそ近衛騎士たちによって床へ組み伏せられた。それでもなお、激しく抵抗しながらユーリスは叫ぶ。
「あんな奴らが王都の警邏隊員なわけがない!」
「ユーリス、陛下の御前だ。控えなさい」
玉座の横に控えていたリオン王子が、弟を諭すように静かに言った。そして、警邏隊長へ向き直り、鋭い眼差しを向ける。
「ところで、彼女が一人で廃倉庫に入っていったという話は、本当に間違いありませんか?」
リオン王子の真っ直ぐな視線に、警邏隊長は怯んだように目を伏せ、床を見つめたまま答えた。
「はっ……はい。お、お時間を頂ければ、証明できる者を連れてまいります」
リオン王子は警邏隊長がわずかに動揺を見せたことに満足し、玉座へと向き直る。
「陛下。私からも申し上げねばならぬことがございます」
リオン王子が発言の許可を求めると、王は重々しく頷いた。リオン王子はゆっくりとルシフェルドへ向き直る。
「ルシフェルド殿、昨晩、あなたの妹君がアーシャとともに馬車に乗り込み、学園を出る姿を目撃した者がおります。……アーシャ、私の言葉に相違ないか?」
リオン王子がそう言って、アーシャへ視線を向ける。
「はい、殿下。私はミレイア様に『一緒に行って欲しいところがある』と言われて馬車に乗りました。馬車の中で眠らされて、気づいたらあの場所で、椅子に縛り付けられて――」
「この女の言うことなど、全て嘘に決まっています!」
ルシフェルドがすかさずアーシャの言葉を遮る。
「その目撃者とやらは、いったい何者なのですか! そんな証言、どうせこの女と口裏を合わせた虚言に決まっております!」
ルシフェルドは声を強めて反論した。けれど、リオン王子が一歩前へ進み出て言い放つ。
「私だ」
ルシフェルドを見据えたまま、王子はさらに言葉を重ねる。
「私が見たのだ。まさか、私が虚言を弄していると、そう言うつもりではないだろうな?」
冷ややかに見下ろす王子の視線に、ルシフェルドは息を呑む。
「で、殿下……が――」
ルシフェルドの言葉は喉の奥でつかえて途切れた。
「ミレイア嬢も、私の証言を認めてくれましたよ」
リオン王子の言葉に、ルシフェルドはがくりとうなだれた。
「妹が……まさかそんな……」
だが次の瞬間、ルシフェルドは顔を上げて懇願するように訴えた。
「妹は……一体、何を仕出かしたというのでしょうか……」
声は震えているのに、その言葉はどこか醜く響いた。
「陛下、どうか……どうか誤解なさらないでください! 私は、私は何も知りません!」
ゲームでは、リオン王子に目撃されたのはミレイアではなくフィアナだった。フィアナがアーシャを廃倉庫まで連れていったのだ。だが、レオンとアドリアンに証拠を突きつけられて、彼女はそのまま謁見の間へと連行される。
ゲームの中でフィアナはルシフェルドに罪を押しつけられたまま、リオン王子から婚約破棄を告げられる。そして、ルシフェルドはのうのうと罪を逃れ、フィアナだけが地下牢へ落とされた。ルシフェルドが共犯者だと証言しても、ゲームのフィアナにはその言葉を信じてくれる者はいなかった。
しかし今回は違う。
「私は、妹とは無関係なのです!」
ルシフェルドの言葉は、謁見の間に虚しく響き渡った。
リオン王子はルシフェルドを一瞥し、玉座の王へと向き直った。
「陛下。アーシャを連れ出したのは、兄から命じられてしたことだと、ミレイア嬢は証言しております」
「そんな……私は、知りません……」
ルシフェルドの声はだんだんと小さくなる。
「確かな証拠も見つかっていますが、お見せしましょうか?」
王子はさらに追い打ちをかけるようにルシフェルドに言う。
「ミレイア嬢は、宰相夫人が共謀していたことも告白しました。すでに、宰相夫人から依頼を受けたという男の証言も取っています。依頼書もすでに手に入れました。ユーリスや光の聖女と噂される少女を陥れるために、あらぬ噂を流せと命じられたそうです」
ルシフェルドの顔はすでに蒼白だったが、震える膝を抑えきれずに、ついに床へ崩れ落ちた。
「くそっ、そんな……嘘だ……っ」
「その者らを拘束しろ」
リオン王子の冷たい声が、謁見の間に響き渡った。
「宰相家には、すでに近衛兵を向かわせております」
リオン王子がそう告げると、王は重く冷たい沈黙を保ったまま、ゆっくりと玉座から立ち上がった。その姿は信頼していた宰相家に裏切られたという事実に、打ちひしがれているようにも見えた。
近衛騎士たちはルシフェルドと警邏隊長、そして数名の隊員を次々と拘束していく。
ユーリスはその光景を見届けると、すぐにアーシャのもとへ駆け寄り、彼女の体を痛々しく縛った縄を解いていった。
***
この少し前。ユーリスたちと別れた私は、もうひとりの私を探していた。
そして、昼休みの騒がしい食堂に、小さく身を縮めて座っているミレイアを見つけた。彼女は、私がイレギュラーな行動さえ取らなければ、こんな目に遭わずに済んだキャラクターだ。
私は、ミレイアを中庭へと誘い出した。
「アーシャちゃんが誘拐されたわ」
中庭の椅子に座ったミレイアは、怯えた目で私を見上げた。
「私は……何も知りません」
「王国の未来があなたにかかっているのよ」
「王国の未来?……でも、私は……」
「このままだと、あなたは今よりもっと酷いことになるわ。牢獄に入れられて、ものすごく悪い奴に操られて、最後には学園の仲間たちに殺されてしまうのよ」
私はゲームの中でフィアナに起こった出来事をありのまま伝えた。
「本当に惨めな最期を迎えることになるのだけれど、あなたはそんなの嫌でしょ?」
「ごめんなさい! 私、逆らえなかったんです!」
ミレイアは震える手で顔を覆った。私がことさら怖がらせるように言ったせいかもしれないが、まるで怯えた小動物のように、彼女の細い肩が小刻みに震えていた。
「私、ユーリス殿下に気に入られることもできない役立たずだって、兄や母からずっと責められていたんです」
ミレイアの告白に、私は思わず言葉を詰まらせた。
「そう……だったの」
私はミレイアの肩にそっと手を置いた。
「悪いようにはしないわ。あなたの証言があれば真実が明らかになる。そうすればあなたの罪も軽くなるはずよ。だから勇気を出して」
ミレイアは手で顔を覆ったまま、泣きながら深く頷いた。
「……話します。……全部、話します」
「それじゃあ、リオン殿下にすべて話してくれるわね?」
噴水の向こうから、リオン王子が静かに姿を現した。
その姿を目にすると、ミレイアは崩れ落ちるように足元に跪き、これまで胸に押し込んできたすべての罪を告白した。




