40.陰謀(ユーリス・レオン編)
(三人称視点になります)
スラム街は王都の外れ、倉庫街の裏手に広がっていた。板を継ぎ合わせただけの粗末な家々が、まるで迷路のように建ち並んでいる。道には薄汚れた服を着た男たちが無気力に座り込み、ときおり値踏みするような目でじろりと見上げてくる。
どこから探し始めようかと三人が顔を見合わせていると、スラム街の住人らしき男が近づいて来た。
「何かお探しですか?」
言葉こそ丁寧だったが、いびつな笑いを張り付けた、どこか不気味な男だった。ユーリスとエミールは無言で視線を交わし、わずかに身構える。そんな二人をよそに、アンリが口を開いた。
「蜂蜜色の髪の女の子を見なかったか?」
「ええ、それなら見ましたよ。身なりの良い少女が、この先の三番倉庫へ入っていくのを」
男はすぐに答え、三人の表情がさっと変わった。
「本当ですか?」
エミールは男の顔をじっと見る。
「ええ、ええ、間違いありませんとも」
男は何度も頷きながら愛想よく笑った。
「とにかく、行ってみよう」
そう言ってユーリスが走り出すと、エミールとアンリも仕方なくその後を追った。
男に教えられた道を進むと、三番と書かれた倉庫はすぐに見つかった。ユーリスが扉の隙間から中を覗くと、倉庫には帝国式の武具や補給箱が積み上げられており、数人の男たちが立っていた。中には着替えの最中の者もいる。どうやら王都警邏隊の制服に着替えているようだった。
さらに、倉庫の奥へ視線を向けるとアーシャの姿もあった。椅子に縛り付けられたまま、気を失ったようにうなだれている。
「ここで間違いない。アーシャが男たちに捕らえられている」
ユーリスが二人を振り返り、小声で言った。
「すぐに助け出しましょう」
エミールが言う。
「もちろんだ」
ユーリスは頷き、アンリとエミールを見て続けた。
「エミールは攻撃の準備を。僕がドアを開けたら、アンリは走ってアーシャのところへ」
ユーリスがそう告げると、二人は同時に頷いた。
「よし、行くぞ」
ユーリスが言い、勢いよく扉を開けた。突然の物音に、倉庫にいた男たちが一斉に振り返る。
「誰だ!」
だが、その直後、エミールが巻き起こした砂嵐が、男たちの視界を奪った。
「ぐあっ!」
「目が!」
顔に砂を叩きつけられ、男たちは悲鳴を上げた。
その隙に、アンリが矢のように倉庫の奥へと駆け出した。木箱を飛び越えアーシャの元へたどり着くと、優しく肩を揺さぶる。
「アーシャ! しっかりしろ!」
「……アンリ様!」
アーシャがはっと目を開いた。
アンリはアーシャが意識を取り戻したことを確認すると、素早く縄を解き始めた。その間にも、砂嵐の向こうでは、不意を突かれた男たちの怒号が飛び交っていた。
「早すぎるだろ!」
「応援が来るはずじゃねえのか?」
「知らねえよ」
「仕方ねぇ、俺たちでやっちまえ!」
砂嵐の勢いが弱まると、中から男たちが飛び出し、一斉に剣を抜き放った。獣のような声を上げながら、ユーリスたちに襲いかかる。
ユーリスもまた剣を抜き、男たちの行く手を阻むように立ちはだかった。
「何故アーシャを誘拐した! お前たちは王都警邏隊ではないのか?」
「うるせぇ! てめぇが知る必要はねえんだよ」
怒鳴るや否や、男が剣を振り下ろす。ユーリスはそれを受け止め、倉庫の中に金属がぶつかる甲高い音が響き渡った。
「これはいったい……」
アーシャは周囲で始まった戦闘に唖然としていた。
「とにかく、アーシャは隠れてろ」
アンリはアーシャにそう言い残し、ユーリスたちの戦闘に加わった。
「いいえ、私は大丈夫です」
しかし、アーシャはそう言ってユーリスたちに回復魔法を放った。
地下迷宮で鍛えた四人の実力は遺憾なく発揮され、その連携は見事なものだった。男たちは次第に追い詰められ、やがて最後の一人がユーリスの剣に押されて大きくよろめいた。
「エミール、今だ!」
ユーリスの声に応えて、エミールが最後の矢を放った。矢は砂塵の尾を曳きながら一直線に飛び、男の肩を射抜く。
「ぐああっ!」
男は悲鳴を上げて崩れ落ちた。
捕らえた男たちを縄で縛り上げると、ようやく廃倉庫に静寂が戻った。
「アーシャ、大丈夫か?」
「はい、ユーリス様、皆様。助けていただきありがとうございます」
「それにしても、こいつらはいったい何なんだ?」
アンリが周囲を見渡しながら呟いた。
「王都警邏隊の服は着ているが……」
ユーリスが眉をひそめる。
「それにしては……動きがまるで素人でしたね」
エミールがその呟きに応じた。
すると、ユーリスの視線が床に脱ぎ捨てられた衣服へと向けられた。男たちが着ていた服は、どう見ても警邏隊の私服とは思えないほど粗末なものばかりだった。
「……どうやら、ここで警邏隊の服に着替えていたようだ」
「確かにあいつら、雇われたならず者って感じだったな」
アンリが同意するように言った。
「どうして……そんなことを?」
エミールが訝しげに首を傾げる。
だが、次の瞬間。
「全員拘束しろ!」
突然、廃倉庫の入口から鋭い怒号が響いた。振り返ると、本物の王都警邏隊が一斉に突入してきていた。
「抵抗すると痛い目を見るぞ!」
「おとなしくしていろ!」
ユーリスたちは突然のことに、ただ唖然と立ち尽くした。
「やっと来てくれたんですね。早くこの縄を解いてくださいよ、旦那」
縛られた男の一人が、警邏隊の姿を見るなり声を上げた。だが、警邏隊の隊長は何のためらいもなく男の胸に剣を突き立てた。
「うがぁ!」
男は疑問の言葉を告げる暇もなく絶命した。裏切られたと悟る暇すらなかったようだった。そして隊長はそれを見届けると、芝居がかった口調で叫んだ。
「なんと……我々の先遣隊が全員殺されている!」
「先遣隊とはどういうことだ?」
ユーリスが問いただす。
「あなた方を王国への反逆罪で連行します!」
「私を第二王子と知ってのことか?」
「こいつらはアーシャを誘拐したんだぞ!」
アンリも声を荒らげた。
「申し開きは王宮で伺いましょう」
しかし、隊長は二人の言葉など最初から聞く気がないかのように言い放った。
「証拠品はすべて押収しろ!」
隊員たちは容赦なくユーリスたちを取り押さえていった。
そして、ユーリスたちが連行された後の廃倉庫では、警邏隊員たちがまだ息のある男たちに次々ととどめを刺していた。最後には火が放たれ、その身元が分からなくなるまで焼き尽くされていった。
***
レオンとケトはユーリスたちを捜しながら廃倉庫へ向かっていた。けれど、到着したときにはすでに戦闘が始まっており、本物の警邏隊が廃倉庫を取り囲んだまま、成り行きを窺っていた。その異様な光景をフィアナに伝えると、彼女は悔しそうな声を漏らしたが、すぐに次の手を打つよう指示を出した。
レオンたちは急いでその場を離れると、スラム街にいる男を捜し始めた。左頬に傷のある痩せた男は、フィアナの言ったとおり、スラム街の飲み屋ですぐに見つかった。
男は壁にもたれかかり、落ち着かない様子で周囲を窺っている。レオンが男の襟首を掴み凄みのある声で言った。
「もう一度聞くぞ。アーシャが帝国のスパイだと、誰に頼まれて吹聴して回った?」
男は視線を泳がせ、口を開きかけては閉じるを繰り返していたが、やがて観念したように口を開いた。
「……し、知らねぇ女だよ。金を渡されて、言われた通りにしただけだ。俺は何も知らねぇ!」
レオンの眉がわずかに動く。
「どんな女だ。お前が素直に話せば解放してやる」
「知らねぇって言ってるだろ! か、勘弁してくれよ。そ、そうだ!」
男は慌ててポケットを探り、くしゃくしゃになった紙片を取り出した。
「その女が落としていったんだ」
レオンは、あとから駆けつけたリオン王子の側近二人に男を任せると、受け取った紙片を持ってヴィオの錬金工房へ向かった。
「レオン様、慌ててどうされたのですか?」
ちょうど、店の手伝いをしていたアドリアンが顔を上げた。
「様はやめてくれって言ってるだろ」
レオンはそう言いながら、アドリアンに紙片を差し出した。
「これを見てくれ」
アドリアンは受け取った紙片を広げ、何度か裏返しながら、まじまじと眺めた。紙片には何度も握りつぶされたような無数の折り目が刻まれている。
「修復できるか?」
レオンの問いに、アドリアンは紙片を光に透かして小さく頷いた。
「だいぶ傷んでいますが……やってみます」
しばらくして、工房の奥からアドリアンが戻ってきた。その手には、折り目一つない綺麗な紙片が握られていた。かすれて見えなくなっていた文字も鮮明によみがえっている。
「これ、宰相家の紋章が見えますね。いったい何なんですか?」
「まあ、詳しいことは後でフィアナに聞いてくれ。だが、……これで証拠はそろったな。助かったよ」
レオンは修復された紙片を受け取ると、フィアナの待つ王宮へと駆け出した。




