4.野盗襲撃
誕生パーティーが開けた朝、朝霧がまだ薄く漂う公爵廷を兄とハンナを乗せた荷馬車が出発した。昨夜のパーティーの後片付けは途中のまま、二人のごく親しい仲間たちが見送りに出ている。私はケトとともに、その様子をバルコニーから見下ろしていた。
ケトというのは、名付け戦争の末に(長い戦いだった)、ケトシグラートという正式な名前が決まったのだ。長くて威厳がありそうだという理由で気に入ってくれたのだが、長かったので、私は勝手にケトと呼んでいる。
「この先で野盗に襲われるんか?」
「うん」
「ほな、とりあえず追いかけてみるで」
そう言ってケトは私の襟を掴み、そのまま影に飛び込んだ。視界が揺らいだ次の瞬間、私は荷馬車が通り過ぎた街道脇の木陰へと移動していた。
「ゲー、気持ち悪い。何これ」
「影渡りや。文句あんなら置いてくで」
「そんなこと言ったって、胃の中の物が全部出そう」
「ほな、置いてくわ」
「わー、ごめんなさい。置いてかないで!」
私は口に手を当て、歯を食いしばった。
何度か影渡りをして馬車を先回りすると、森の中に潜んでいる野盗たちを見つけた。私たちが近くの岩陰に身を潜めると、野盗たちの下卑た笑い声が聞こえてきた。
「今日の獲物はデカいらしいな?」
「ああ、荷馬車にゃ、たんまりお宝が積まれてるらしいぜ」
「女とガキは殺しちまってもいいんだよな?」
「女は売っ払った方が金になるんじゃねえか?」
「だめだ。親子ともども殺せ」
少し離れた場所から、リーダー風の男が命じた。粗末ながら一応鎧らしきものを身に着けている。
「雇い主の仰せだ」
その隣に立つ、フードをかぶった男が付け加えた。
私は、そのフードをかぶった男に見覚えがあった。
「あの男……どこかで……おえっ。そ、それにしてもあいつら、ほんとに腹が立つわ……げぇ」
「怒るか吐くか、どっちかにせえや。ほな始めるで。幻影の霧」
ケトが尻尾を揺らし、前脚をすっと掲げた。すると黒い霧が野盗たちの足元に広がった。
「な、なんだ?」
男たちは足元に忍び寄る黒い霧に気づき、慌てて声を上げた。
黒い霧はまるで生き物のように彼らの足元に絡みつき、あっという間に男たちを包み込んでいった。すると野盗たちは、その場で時が止まったかのように動きを止め、ぼんやりと宙を見つめた。
私は岩陰から出て、動きを止めた男たちに近づいた。
「死んだの?」
「ええ夢見てるだけや。自分らは襲撃が成功したと思てるやろな」
「さすがは高位魔族様」
私が褒めるとケトは得意げに尻尾を立てた。
「この男は……昨夜のパーティーで見かけたわ」
私はフードをかぶった男の顔を覗き込んだ。
「確か……お爺様とヒソヒソ話をしていたけど」
「ほれ、馬車が通り過ぎるで」
私は急いで岩陰に身を潜め、耳を澄ませた。しばらくして、ギシギシと軋む音を立てながら、荷馬車は何事もなく通り過ぎていった。
「ふぅ~」
その姿を見送ると、私は急に緊張の糸がほどけ、ふらふらとその場に座り込んだ。
「よかった」
「なんや、ワイを信用できへんかったんか?」
「そういうわけじゃないけど、これが強制イベントだったらどうしようと思って」
「なんや? 強制イベントって」
「なんだろう?……えっと、その世界のシナリオは決まってて、必ずその出来事が発生するようになってるって感じ?」
ケトが警戒するような目で私を見た。
「おまえ……ホンマに三歳児なんか?」
その時、ケトには本当のことを話すべきなのかもしれないと、私は思った。
「実は私……前世の記憶があって」
「前世?」
「そう。輪廻転生。死んだあと、また別の生き物に生まれ変わるっていう。私、たぶん雷に打たれて……」
「そないなこと、あるわけないやろ」
「私もそう思ってたんだけど――」
そのあと、私はケトに自分が転生者であることや、この世界が私にとってはゲームの中の既知の世界であることを打ち明けた。
「ほぉん、なんや面白そうやな」
「信じてくれる?」
「まあ信じるか信じへんかは置いといて、その話、乗ったるわ」
「乗るって?」
「嬢ちゃんの話に付き合うてやるゆうこっちゃ」
「なんか……よく分からないけど……嬉しい」
「一緒におったら飽きへん気ぃするしな」
「うん……私も、全部話せて……よかった……」
私は新しい世界にせっかく生まれ直したのに、若くして命を落としてしまう未来を知って、絶望していた。本当はずっと怖くて、どうすればいいのか分からなかった。けれど、こうして本当のことを打ち明けられる仲間ができて、心の緊張がふっとほどけてしまったようだった。
「ありがとう、ケト。なんだか本当に……すごく嬉しい……」
「泣くなや」




