28.王宮の晩餐会(リオン編)
(三人称視点になります)
パピリアから闇の魔導師の復活を知らされた日、リオンはすぐに父王のもとへ報告に向かった。だが、公表すべき事態ではあるものの、確かな根拠となるのはパピリアの話だけだった。しかも、パピリアの姿はリオン以外の人間には見えない。そのため、今の段階で国政を騒がせるのは早計――軽々しく口にすべき事柄ではないと、リオンは父王に諭された。
それでもリオンは、パピリアの姿を見ることのできるフィアナには、この事実を伝えるべきではないかと考えていた。彼女にまったく関わりのない話ではないからだ。
オルディマール公がいない今、闇の魔導師が王家に復讐しようとしていても不思議ではない。ならば、王太子の婚約者であるフィアナも王族の一員として見なされ、危険に巻き込まれてしまうかもしれない。
婚約を解消すれば、彼女をその危険から遠ざけられる。だが、そう考えると、胸の奥がざわついて落ち着かなくなった。
リオンは、あのアンリという男のことが気になっていた。ユーリスの幼馴染だが、フィアナに向ける気安い態度や、それに応えるフィアナの親しげな笑顔が、なぜか目についてしまう。
闇の魔導師が何を企んでいるのか分からない今、自分の気持ちに構っている場合ではないというのに――。
そうして、何の決心もできないまま、ただリオンの時だけが過ぎていった。
***
今夜、王宮で開かれるのは、神聖法国の法王を迎えるための晩餐会だった。大広間の壁には、王国の象徴である「杖と剣」の紋章と、神聖法国の象徴である「太陽と月」の紋章が織り込まれたタペストリーが並んでいた。
王族の控の間では、久しぶりに顔をそろえた王族たちが和やかに談笑していた。
第三王子ジェラルドは、少し体調を崩している王妃のもとへ心配そうに歩み寄った。
「母上、お身体はよろしいのですか?」
「大丈夫ですよ、ジェラルド。治癒師が数日治療を続ければすぐに治ると」
魔石の灯火を受けた王妃の横顔がふわりと微笑んだ。
「そうですか……よかったです」
そこへ、第一王女ベアトリーチェが楽しげに話題を投げかける。
「ユーリス兄様は夏の合宿でずいぶんと格好の悪いところを、王太子殿下に見られてしまったのですって?」
「そ、そんなことは、ない! ねえ、兄上?」
慌てふためくユーリスに対し、リオンは首を傾げる。
「どうかな……?」
「兄上~!」
そんな兄弟のやり取りの最中、リオンはベアトリーチェの指に光る細い金の指輪が目に入った。
「……その指輪、似合っているよ」
「ありがとうございます、王太子殿下」
「プライベートな場まで、そんなふうに呼ばなくてもいいだろう」
「うふふ、仰せのままに。お兄様。正統王国で流行っているのよ。エルフ細工なのですって」
リオンはベアトリーチェの指に光る指輪をじっと見つめた。細い金の輪が二重螺旋を描き、小さなピンク色の宝石がはめ込まれた、繊細で美しい指輪だった。
リオンはその指輪を見つめながら、フィアナのことを思い出していた。先日、アンリの頭に付いていた小さな花を栞にするといって喜んでいたときの、彼女の柔らかな笑顔を。
あの時、ふと気づいたことがあった。婚約者として誕生日に花を贈り合ってきたものの、それはあくまで形式的なものに過ぎなかったことを。自分は一度も心から彼女を想い、贈り物を選んだことがなかったのだ。
彼女を闇の魔導師の危険から守るためには、婚約を白紙にすべきだと考えていた。そう覚悟を決めていたが、それでも別れを告げる前に、どうしても自分の気持ちを伝えておきたかった。
彼女が喜ぶような贈り物をして、自分にとって彼女がどれほど大切な存在なのかを知ってもらいたかった。そのうえで婚約解消を申し出ようと、リオンはさんざん悩んだ末にそう決心していた。
リオンの視線の先にある意味に気づいて、ベアトリーチェが口元を緩めた。
「フィアナ様への贈り物のことを考えているのでしょう?」
リオンは咳払いし、視線を逸らす。
「別に、そういうわけでは……いや、まあ……」
王女はくすりと笑った。
「やっぱり毎日身につけられる装飾品がいいわね。見るたびに贈ってくれた人を思い出せるから。フィアナ様も、きっと喜んでくださると思うわ」
「……なるほど」
リオンはほんのり頬を赤らめ、小さく頷いた。
***
白いクロスが掛けられた長テーブルには、咲き誇る花々がこぼれんばかりに飾られ、無数の魔石の灯りが金銀の食器を煌めかせていた。
すでに王族や重臣たちは席を連ね、大広間は華やかな空気に満たされていた。
やがて、法王が主賓席へと歩み入り、広間の空気が引き締まった。
「法王猊下をお迎えできたこと、我が王国にとってこの上ない栄誉であります。王国として、心よりの敬意と感謝を申し上げます」
王の言葉に、法王は白銀の法衣を揺らしながら静かに応えた。
「私たちは皆、太陽神と月神のあいだに生まれた尊き魂でございます。どうか日々を正しく過ごしてください。二柱の御光は、常に我らを照らしておられます。この地にミナスの加護があらんことを。王国の繁栄と人々の安寧を祈ります」
法王が杯を高く掲げ、乾杯の声が響く。
その瞬間、王宮の楽師たちが静かに弦を鳴らし始め、杯の触れ合う音と柔らかな旋律が大広間に広がった。
***
晩餐会が終わり、重臣たちも三々五々散り始めた頃、ユーリスがそっとリオンに声をかけた。
「兄上。フィアナは指輪よりもダンジョン図鑑とか魔物図鑑の方が喜ぶと思うけどな」
あまりに率直な弟の助言に、リオンは思わず立ち止まった。
「そう……かな?」
リオンは低く唸り、腕を組んで考え込む。
確かにフィアナのことをよく知るユーリスならではの意見であり、説得力があった。しかし、女性に想いを伝える際の贈り物が図鑑でいいのだろうか。
できるなら、彼女が一番喜ぶものを贈りたかった。そう考えれば、図鑑でもいいのかもしれない。
だが、せっかく毎日身につけられる装飾品――美しい指輪を贈ろうと決め、自分でもそれをなかなか良い考えだと思っていたのに――。
「う~ん」
指輪か、図鑑か。リオンはその場に立ち止まり、長いあいだ考え込んでいた。




