27.王子と精霊(リオン編)
(三人称視点になります)
リオンはその日の雑務を終え、私室のベッドでボンヤリしていた。そんなときは大抵フィアナのことを考えていた。
新年拝賀の儀で初めてフィアナを見たとき、リオンは「これが政略の果てに決められた自分の妃か」と冷めた目で眺めていた。けれど、彼女は不思議な少女だった。
貴族社会では王太子妃という地位がどれほどのことか、たとえ十歳だったとしても理解できないわけではない。だが彼女はその立場を意識しているようには見えなかった。おもねることもなく驕ることもない。いつもどこか遠くを見ていた。
学園の中庭で再会したとき、彼女との距離が少し縮まったように感じた。けれど、それもほんの一瞬のことだった。次の瞬間には、彼女はまた避けるように立ち去ってしまった。
精霊を一緒に助けたあの日、初めてフィアナと同じ世界を見ることができた。パピリアに「好きな人はいるか」と聞かれ、「いる」と答えたとき、フィアナのことを想って答えた。それを彼女も分かってくれていると勝手に思っていた。
だが、それはただの思い込みだったのではないかと、最近また思うようになった。どこか、フィアナが意識して自分と距離を取っているような気がするのだ。
そして、そう考えれば考えるほど、彼女にもっと自分を見てほしいと思うようになっていた。
今のリオンにとって、精霊という秘密をフィアナと共有していることだけが唯一の拠り所だった。だが、ユーリスたちと楽しげに話すフィアナを見ていて、思いがけず寂しさが込み上げた。自分に向けられる笑顔が、作り物のように思えてしまったのだ。
ふと、あのとき精霊が見えるようになった出来事そのものが、実は夢だったのではないか――そんな不安まで脳裏をよぎり、確かめるようにパピリアを呼び出した。
「パピリア……」
鱗粉をふわりと散らしながら、パピリアがリオンの鼻先に現れた。その姿を見て、リオンは安心したように微笑んだ。指先でそっと触れようとすると、パピリアが両手でその指を掴んだ。
「なあに?」
「姿が見えないとき、お前はどこにいるんだ?」
「こことは少しずれた場所にいるのよ。人間には理解できないと思うけど」
「そうか」
リオンは興味深そうに頷いた。
「ずっと気づかなくて、悪かったな」
「本当よ。危うく消えてしまうところだったわ」
「契約できなかったら、消えてしまっていたのか?」
「そうよ。精霊にはそういう悲しい物語がいくつもあるわ」
「そんなこともあるのだな。従魔契約のことは知っていたが……不思議なことだ」
「言っておくけど、私は魔物じゃないのよ? 魔物は契約が成立しなければその場を逃げ出すこともできるけど、精霊は違うの」
パピリアはふわふわと気まぐれにリオンの回りを飛びながら続けた。
「精霊の契約は特別なのよ。その人の魂と結び合うことなの。だから、この国に精霊の印を持つ者が現れたことは精霊王様にはちゃんと分かったわ。だから私はその人間を探してこの国まで来たのだけど、着いたその日にあんなことになっちゃって」
「では、本当はフィアナ嬢と契約を結ぶために来たのか?」
「そうだけど……。精霊王様は凄い魔力の持ち主が現れたと言っていたのに……。精霊王様も間違えることがあるのね」
「それは……残念だったな」
「私たち精霊は契約を結んだ人間の魔力が高ければ大精霊になれるのよ。そして、大精霊になった者の中から精霊王は選ばれるの。今の精霊王様はこの国の……いいえ、違うわ。私、大切なことを忘れていたみたい」
パピリアが突然動きを止めた。
「私……精霊の印を持った人間を探して、精霊王様の言葉を伝えに来たのよ。うそ、なんでこんな大切なことを忘れていたの? どうしよう、どうしよう、あんなことがあってすっかり忘れていたわ!」
「パピリア、落ち着いてくれ。何を忘れていたんだ?!」
「大魔導師が復活したことを伝えに来たのよ!」
「大魔導師?」
「知らないの? 今の精霊王様がオルディマールと力を合わせて滅ぼした、闇の力を持つ大魔導師のことよ!」
「健国王オルディマール公と闇の魔導師の事か?」
「だからそう言ってるじゃない。今の精霊王様が契約していたのは、あなたの国の王様だったオルディマールよ」
「しかし、闇の魔導師は滅ぼされたと建国史には書かれている。復活とはどういうことだ?」
「十五年前、精霊王様が星読みの力で大魔導師が復活したことを感じ取られたの。それで、同時に現れた精霊の印を持つ者に、急いで知らせを送ることにしたのよ。大魔導師がオルディマールへ復讐するために動き出したから備えなさいって、伝えるために」
「しかし……オルディマール公はすでにいにしえの時代の御方……。今さら闇の魔導師は何をするつもりなんだ?」
「そこまでは、私には分からないけど……」
リオンの背筋に、冷たいものが走った。
「……父上に、伝えなければ」




