24.円卓会議
王都にある公爵家の別邸で、私は腕を組み、唸っていた。
――とんでもないことになってしまった。
エルフの国のことなら、エルフであるリュカ先生に聞くのが一番だと、もともと私の夏休みに合わせて王都に遊びに来る予定だった来訪を、少し速めてもらうことにした。
アドリアンももちろん一緒に来ることになり、実は昨日から、二人はここに滞在していて、錬金工房を見て回っていた。
それに、ケトの影渡りで行けばエルフの国までだって簡単に行けると、私は安易に考えていたのだ。だからこそ、パピリアの願いを軽い気持ちで引き受けてしまった。
けれど、人間を影渡りで長距離移動させることは、とても危険なことなのだと、あとでケトにひどく怒られた。体への負担がとても大きいらしい。確かに影渡りをすると、猛烈な吐き気に襲われる。
唸りながら部屋を行ったり来たりしていると、侍女が客の来訪を伝えにやってきた。知恵を貸してもらうために、今日はレオン兄様にも屋敷に来てもらうことになっていたのだ。兄ならきっと良い案を出してくれるはずだ。
「ようこそ、お兄様。やっと来てくれたのね」
「今日はなんだ? 相談したいことって」
「その話は後でゆっくりするわ。その前に紹介したい人たちがいるの」
兄を交えて昼食をとることになっていた。私はその席でアドリアンとリュカ先生を兄に紹介し、ケトとクラトスが従魔であることも簡単に説明した。驚かせてしまうかもしれないと心配したが、兄はすんなり受け入れてくれたようだった。
昼食を終えて応接室の円卓に着席し、ケトやクラトスが揃ったところで、私はさっそく話を切りだそうとした。
「まずは――」
「えっと、フィアナ……?」
けれど、兄が遮るように声を上げた。
「はい、お兄様。なにかしら?」
兄は椅子に座る黒猫と黒犬を、不思議そうに見て言う。
「あ~、その~、さっきはなんとなく聞き流しちまったんだが……この……犬と猫は本当にフィアナの従魔なんだよな?」
すると、ケトがからかうような口調で言った。
「なんや、信じられへんのやったら、ホンマの姿になったろか?」
「ホンマの……姿?」
兄が、しゃべる猫に目を丸くしていると、ケトは体を大きくし、あっという間にケットシーの姿に変身してみせた。
「ならば我も」
クラトスがそう言うと、黒い犬の姿が一瞬で掻き消え、部屋いっぱいに黒い霧が広がった。
「う、うわぁっ!」
突然視界を黒い霧に覆われた兄は、思わず声を上げ、椅子ごと後ろに倒れてしまった。
「クラトス! 部屋が暗くなるからやめてちょうだい」
私がそう言うと、クラトスは不満そうに黒い霧を揺らめかせ、しゅんと縮んで犬の姿に戻った。
「レオン様、大丈夫ですか?」
アドリアンが慌てて駆け寄り、兄を助け起こした。
「ああ、ありがとう」
「どや? 分かったやろ?」
ケトは得意そうに言い、にやりと笑った。
「わ、分かった。疑って悪かったよ」
兄が謝ると、ケトは満足したようにふわりと小さくなって黒猫の姿へと戻った。
「それでは、まず――」
私は気を取り直して話し始めた。
リオン王子が精霊を従魔にしたことや、その精霊が力を失って精霊の泉に行きたがっていること、けれど王子は長期間王都を離れられず、連れていくことができないことなどを説明した。
「それで、精霊の泉の水は汲むことが出来るんでしょうか?」
私が訊ねると、リュカ先生がすぐに答えた。
「泉の水は汲めるよ。『精霊の加護を宿した水瓶』ならね」
「そうなんですね。よかった」
私はほっと息をついた。
「それでそのアイテム……じゃなくて、水瓶はどうやったら手に入れられるんですか?」
「熟練の錬金術師なら作れるはずだよ」
リュカ先生がからかうように、アドリアンをチラリと見た。
「ぼ、僕は熟練の錬金術師ではありませんよ!」
「アド君ならもう作れると思うけど」
アドリアンは慌てて首をぶんぶん横に振った。
私はそんなアドリアンを横目に、リュカ先生に訊ねた。
「リュカ先生は作れないんですか?」
「僕も作れるけど、特別な錬金窯が必要なんだ。だから、まあ、ヴィオに頼むのがいいかもね」
「ヴィオって、あの錬金工房の?」
「うん。昨日も行って来たんだよね? アド君」
「はい。とても勉強になりました」
「ヴィオは僕の幼馴染の弟なんだ」
リュカ先生の言葉に、兄とケトが目を丸くしていた。
「へぇ~、先生はヴィオと知り合いだったのか」
初対面の人に囲まれて、少し緊張していた兄が嬉しそうに声を弾ませた。
「幼馴染って! あいつラヴァンの弟やったんか? そら同じ匂いしとると思ったわ」
ケトも驚いたように言う。
「ラヴァンって、確か……ケトに名前を付けてくれたエルフじゃないの?」
私がそう訊ねると、ケトは尻尾でパタンと椅子を叩いた。
「なんで知っとんねん」
「昔、リュカ先生に教えてもらったわ」
ケトはむすっとした様子でリュカ先生を睨んだ。
「余計なことぺらぺら喋りよってからに」
けれどリュカ先生はにっこり微笑んで聞き流していた。
私は話を続けた。
「とにかく話を戻すけど、それじゃあヴィオさんに、その……なんでしたっけ?」
「精霊の加護を宿した水瓶、だよ」
「そう、それです。その器を作ってもらえばいいんですね?」
「ワイがそれ持って、水汲んできたらええんか?」
ケトは、影渡りでリオン王子を連れていくことができない代わりに、自分が行ってくるくらいはしてやると言ってくれていたのだ。
「だけど、精霊の泉の場所はシルフ族にしか見つけられないよ?」
リュカ先生がケトへ視線を送ると、ケトが即座に顔をしかめた。
「ほんまか。あいつら、ワイめっちゃ苦手やねん」
「シルフ族って?」
私はリュカ先生に訊ねた。
「妖精の森にいるエルフの眷属だよ。精霊の泉は、彼らに案内してもらわないとたどり着けない場所にあるんだ」
「そうなんですね」
「それに、長老衆の許しが無いとシルフ族は案内しないし」
「エルフの国のしきたりって……いろいろ大変なんですね」
「僕が長老衆に手紙を書いて口添えはするけど……」
リュカ先生がケトを見ると、ケトは耳を伏せてぷいっと横を向いた。
「そんなん絶対無理やわ」
「どうして?」
「長老衆とケト君は犬猿の仲なんだ」
そう言って、リュカ先生はいたずらを思いついた子供のような顔になった――まあいつものことだけれど。
「ちょっとした行き違いがあってね。昔、――」
話し始めようとしたリュカ先生を、
「また余計なこと言うたら、ベロ引っこ抜くで、ほんま」
とケトがピシャリと遮り、リュカ先生は肩をすくめて口を噤んだ。
そこで、兄が椅子を引いて立ち上がった。
「なら、時間はかかっちまうけど、俺が一緒に行くよ。冒険者なら国境を越えるのは簡単だからな」
「だけど、精霊は人間には見えないそうよ?」
「ケトに見えているなら問題ないさ。交渉事は俺がすればいいんだろ?」
兄が迷いなく答えると、その頼もしさに皆の表情が少し明るくなった。
「それなら途中の正統王国にいるラヴァンに手紙を書こう」
リュカ先生が提案する。
「彼の機嫌が良ければ、途中まで案内してくれると思うよ。ケト君も久しぶりにラヴァンに会いたいだろ?」
「……あいつ嫌やねん。ワイの事めっちゃモフモフしてくんねんで」
ケトの言葉に、先日錬金工房で見た店主の様子を思い出し、兄弟そろって猫好きなのかと、私は思わず笑ってしまった。
ともかく、ヴィオの工房で水瓶を作ってもらうことが決まった。兄には負担をかけてしまうが、これでリオン王子やパピリアとの約束が果たせると、私は胸を撫で下ろした。
***(小話)
精霊の泉へ行くための作戦会議が終わり、皆が思い思いに談笑を始めた頃だった。
「で、我は何をすればよいのだ?」
ふいにクラトスが口を開いた。ケトが皆から旅の激励を受けているのを見て、自分だけ出番がないことに不満を覚えたようだった。
「そうねぇ……ケトがいない間、代わりに私の傍にいてもらいたいんだけど……」
「ふん、我を代用品と申すか?」
クラトスが不満げに鼻を鳴らす。
「代用品なんて言ってないでしょ」
「代わりというのが気に食わん」
「そう言ったけど、傍にいて欲しいと思うのは、ケトもクラトスも同じよ。ただ、寮では犬は飼えないっていうだけで」
「犬ではない。狼である」
「そうだったの? 狼……には見えないけど。狼なんてもっとダメじゃない」
「ダメ……だと! 我をダメと申すか!」
「だから、そういう意味じゃないんだってば」
「お前ら何やっとんねん」
不穏な空気に気づいたケトが割って入った。すると他の皆も、面白がってその場に集まってくる。
「ならば、これでどうだ?!」
怒りに震えたクラトスが、あっという間に黒い霧になり、そして見る間に、背の高い黒髪の青年へと姿を変えた。皆は「おお~」と歓声を上げた。
「すごい! 人の姿にもなれるの?」
私は手を叩き、目を輝かせた。
「我に出来ぬことはない!」
黒髪の青年が黒い瞳をキラリと光らせ、尊大に言い放った。その偉そうな態度は、まさしくクラトスそのものだった。
「もっと早くその姿になってくれたら、護衛としても便利に使えたのに。護衛なしで外出して、お父様に何度怒られたことか」
「このような不格好な姿を我が好むはずもなかろう。人間の姿など不愉快極まりないわ」
黒髪の青年が、黒い瞳を細めて吐き捨てるように言った。
「……でも、これからはときどき――」
「だが断る!」
黒髪の青年はそう言い放つと、黒い霧にほどけて犬の姿に戻ってしまった。皆からは「ああ~」と落胆の声が漏れた。
「ケチ! もういいわよ!」
私がそっぽを向くと、クラトスは不満げながらも、
「むぅ……では必要なときだけ許そう」
と言って、再び黒髪の青年の姿に戻った。そして、
「だが我は従魔であって下僕ではない。弁えるがいい」
と、もう一度尊大に言い放った。
再びギャラリーから「おお~」という歓声を受けて、黒髪の青年姿のクラトスはまんざらでもなさそうに、目を細め、口元をわずかに緩めた。




