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23.難しい願いごと

 リオン王子との従魔契約が成立したことで、パピリアはすっかり元気を取り戻していた。手入れの行き届いた庭園を花の香りを運ぶ風のように飛び回っている。蝶たちもその気配に誘われたのか、花々の間を楽しげに戯れていた。


「少し歩きましょうか」

 そんな様子を眺めながらリオン王子が言った。


 歩き始めてまもなく、王子はそっとパピリアを掌に乗せ、近くにいた庭師に声をかけた。


「これが見えますか?」

 庭師は首をかしげ、王子の掌をじっと見つめた。

「……王太子殿下の……お手が……見えます……」

 戸惑った様子の庭師に、王子の顔がぱっと明るくなった。まるで子供のように無邪気な笑顔だった。


「やはり、私たちにしか見えていないようですね」

 そのうきうきとした様子に、私もつい笑顔になった。

「王太子殿下、私の無礼な願いを咎めもせずお聞き入れくださり、本当にありがとうございました」


 今思うと、王太子にいろいろと指図するようなことを言ってしまったけれど、王子は気にする様子もなく受け入れてくれた。


「いいえ、礼を言うべきなのは私のほうです。パピリアを助けてくれました」

「そんな、とんでもございません」

「それに、ようやく私もあなたと同じものを見ることができました」

「ようやく……?」

「はい」

「じゃあ……ずっとご存じだったんですか? 私に何か見えていることを」

「いいえ。ただ――」

「ただ?」

「あなたが、私を見ていないことは分かっていました」


 私は身の縮む思いがした。

「も……申し訳ございません」


 確かに、目の前の相手が自分から目を逸らし、まともにこちらを見ようとしていなかったら、どんな気持ちになるだろう。気をつけていたつもりだったのに、王子はそのことに気づいていた。


 ――私ったら、なんて失礼なことを……。


「謝る必要などありません。私から聞くべきでした。私は、……周りのことを気にし過ぎて、尋ねる勇気が持てなかったのです」


 リオン王子は視線を伏せて、そう告げた。ほんの一瞬見せた王子の心細げな表情に、私はさらに後悔を募らせた。


「いえ、とんでもありません。私が悪いのですから。その……私の方こそ、パピリアのこと……打ち明ける勇気がなくて……」

「それでは、ここは引き分けということにしましょうか?」


「引き分け……ですか?」

「はい」


 王子が笑顔で言うので、私も笑って頷いた。だがそのとき、王子の周りを飛んでいたパピリアが、急に割って入るように声を上げた。


「笑い話じゃないわよ。もっと早く声を掛けなさいよ!」


 パピリアの言い方にムッとしたが、私は以前から気になっていたことを口にした。


「だけど、どうしてあなたの姿は私にしか見えなかったの?」

「人間には精霊が見えないのよ」

「でも、私には見えたわ」

「あなたはきっと、精霊の印を持っているからじゃない?」

「精霊のしるし? 私、そんなもの持ってないけど……」

「体のどこかに印があるはずよ」

「体に?」

「そう。自分で気づいていないなら、お尻にでもついているんじゃないの?」

「お尻!?」


 思わず声に出してしまった品のない言葉に、私は慌てて王子の様子を伺った。王子は横を向いていたが、きっと、下品な女だと思われてしまった。


「え、えっとあの、じゃ、じゃあ」

 私は慌てて話題を変えた。

「ど、どうしてパピリアはずっと王太子殿下の傍にいたの?」


 パピリアはぴたりと動きを止め、こちらを振り返った。

「契約のために決まってるでしょ? 主様が私に合図を送ったのよ。そんなことも分からないの?」


 私はリオン王子に窺うような視線を送った。王子は困惑したように首を横に振る。


「主様ったら、覚えてないの?」

 パピリアは涙を浮かべ、王子に訴えかけた。

「ひどいわ。私に雷の針をぶつけてきたじゃないの」

「雷の針って……ライトニングニードル――魔法のこと?」

 私が訊ねると、

「そうに決まってるでしょ!」

 パピリアに怒られた。


「確かに私は、雷属性の魔術を使います。子供の頃はライトニングニードルをよく練習していました」

 リオン王子が静かに答えた。

「それでは王太子殿下が練習しているときに、偶然攻撃が当たってしまったのかしら?」

「そうかもしれません」


 私はパピリアに向き直り、続けて訊ねた。

「でも、契約交渉はそんなに放置しておけるものじゃないでしょ? それに精霊って何? 精霊が人間に見えない存在なら、そもそも従魔契約なんて結べない存在なんじゃないの?」


「そんなにいっぺんに聞かれても分かんないわよ! 私たちの契約は従魔契約なんかと一緒に並べられるような物じゃないのよ。もっと格上の契約なんだから」


「格上の契約って?」

「格上は格上よ! そういえば、あんたケットシーの匂いがするわ」

「そ、そう?」

 私は驚いてパピリアを見返した。けれど、私が驚いているうちに、パピリアはすぐに話題を変えてしまった。

「それより! 主様がこんなに長い間待たせたせいで、私の力が弱くなってしまったわ」

 パピリアは腕を組んで不満げに言う。

「力……?」

 リオン王子が問い返した。

「そう。だからお願いがあるの」

「お願い? 何をすればいい?」

 パピリアは花びらの上で羽根を休めながら、リオン王子に甘えるように言った。

「主様、私を精霊の泉に連れていって」

「精霊の泉?」

 リオン王子は顎に手を添え、パピリアを見つめる。

「それはどこにあるんだ?」

「エルフの国よ」

 その言葉を聞いた瞬間、王子の表情が厳しくなった。

「エルフの国か……」


 リオン王子の話によると、エルフの国はとても遠いらしい。大陸中央の正統王国を経由し、砂漠を越えて、順調にいっても、馬車で二ヶ月はかかるという。それに、王太子という立場で他国に入るのは簡単なことではなかった。


「誰か他の人に連れていってもらってはだめなの?」

「今は力がなさ過ぎて、主様から離れることができないわ」

「それじゃあ泉の水を誰かに持ってきてもらうのはどう?」

 私はパピリアに提案した。


「精霊の泉に行かないと魔力を完全に回復できないけど」

 パピリアが小さく首をかしげる。

「……仕方ないわね。それで我慢するわ」


「しかし、汲んで持ってこられるものなのか?」

 王子は相変わらず眉を寄せて考えている。

「さあ? 私には分からないわ」

 パピリアは羽根をふわりと揺らし、他人事のように答えた。


「エルフの国の事ならエルフに聞くのが一番ですね。私に任せてください」

 私はリュカ先生のことを思い浮かべながらそう答えていた。



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