19.図書館の勉強会
「アーシャちゃん、エミール見なかった?」
放課後、廊下で見かけたアーシャを捕まえて声をかけた。
「エミール様なら、いつも図書館にいらっしゃいますよ」
「今行ったら見当たらなかったのよ。約束してたのに」
「そうなんですか? 私が行くと必ずいらっしゃるんですけど」
アーシャは不思議そうに首を傾げた。
「アーシャちゃんは、これからどこへ行くの?」
「訓練場に。魔法の練習をしようと思って」
「ちょっとだけ一緒に図書館に来てくれると、すごく嬉しいんだけど」
「は、はい……。でも、エミール様をお探しなんですよね……?」
「アーシャちゃんと一緒なら、いるような気がするの」
アーシャがエミールルートを進めるために会いに行く場所は、図書館なのだ。
「そうですか……? フィアナ様がそうおっしゃるなら……」
戸惑いながらも、アーシャは快く付いてきてくれた。
「あ、ほら、やっぱりいた」
図書館の扉を押し開けて声を上げると、生徒たちが一斉に振り返った。私は思わず首をすくめる。
「本当にいらっしゃいましたね」
アーシャが小声で囁いた。
「ありがとう、アーシャちゃん」
「いえ、お役に立ててよかったです」
アーシャは不思議そうな顔で訓練場へ戻っていった。
それから私とエミールは図書館の片隅に陣取り、向かい合わせに腰を下ろした。
「すみません。今日はユーリス殿下に呼び止められてしまって、少し遅くなりました」
「いいのよ。気にしないで」
「では、さっそく始めましょうか」
私たちは、時々こうして図書館で一緒に魔物の勉強会をすることにしていた。
「いいわよ。じゃあ、ゴーレムの発生域は?」
私がエミールに問題を出すと、エミールは分厚い魔物大全を横に押しやり、私の目を見て答えた。
「鉱山や古い遺跡です」
「じゃあゴーレムの弱点は?」
「鉱物系と植物系では弱点がまったく違います。鉱物系は水に弱く、火に強い、一方、植物系は水に強く、火に弱い」
「さすが、エミール。完璧ね」
私とエミールは、それから長いこと図書館の片隅で語り合っていた。そして、魔石の灯りが窓の向こうの回廊を照らし始めた頃、図書館の扉が勢いよく開き、三人の女生徒が喧しく入ってきた。
「ねえ聞いた? 光の魔法を使う子がユーリス殿下をたぶらかしてるって」
「まあ、いやだ。やっぱり平民の子ね」
「そうよ、ユーリス殿下に釣り合うのは伯爵令嬢までじゃなくて?」
「殿下が誰にでも気安くしてくださるからって、あんなにべたべたと。恥ずかしくないのかしら?」
「光の魔法が使えるからって、ちょっと思い上がっているのよ」
彼女たちの声が、静まり返った書架の間に響き渡った。私たちがいることに気付く様子もなく、噂話に夢中だ。私とエミールは目を合わせ、何故かどちらからともなく椅子の下に隠れていた。
「静かにしてください」
図書係に注意されると、女生徒たちは悪びれる様子もなく舌をぺろりと出していた。
「先生に頼まれた本、これね」
そう言って、運んできた山のような本をカウンターの上へドサリと置く。けれど、噂話はそのままひそひそと続いた。
「それに、光の聖女って、自分で名乗っているらしいわ」
「光の聖女? それってあの伝説の?」
この国には「建国の物語」と呼ばれる伝承があった。建国王の時代、強大な力を持つ邪悪な魔導師が国を滅ぼそうとしていたが、どこからともなく現れた光の聖女が王国を救ったと伝えられている。
もちろん、この邪悪な魔導師が闇の魔導師なのだが、今回はアーシャが光の聖女となって王国を救うというのは、このゲームで決められたシナリオだった。だからその噂自体は間違っていないものの、この世界の人々には知る由もないことだった。それに、アーシャが自分で名乗っているというのは、完全な嘘だ。
「陛下に対しても失礼よね?」
噂話はまだ続いている。
「ユーリス殿下の婚約者は、王太子殿下との婚約を逃したミレイア様かキャサリン様だって言われていたのにね」
「ここでダークホースが登場するとは誰も予想していなかったものね」
「ダークホースってなに? 黒い馬? その子が腹黒いってこと?」
「あははっ、そういう意味じゃないけど、たしかに腹黒そう」
「うわぁ、ユーリス殿下がお可愛そう」
「私たちが守って差し上げなくてはね。だって、ユーリス殿下を誘惑して、殿下に――」
ここで女生徒はさらに声を小さくした。
「王位を狙わせているって」
「え~~~!」
「静かにしてください!」
図書係にふたたび注意されて、女生徒たちは笑いながら図書館を後にした。
私とエミールは机の下で目を見合わせた。
「嫉妬って怖いわね?」
私が聞くとエミールが頷いた。
「殿下たちってどんな感じなの? そんなにいつも一緒なの?」
分からないとエミールは首を横に振る。
「あなたたち同じクラスでしょ?」
エミールはもう一度首を縦に振る。
「お前ら何やってんの?」
「「ぎゃぁ~~~~」」
アンリに声をかけられ、私とエミールは机に頭をぶつけた。
「静かにしてください!!」
そして、図書係に怒られ、そのまま図書館を追い出された。
***
中庭のベンチに場所を移して、私はふてくされたように口を開いた。
「アンリが図書館に来るなんて珍しいこともあるのね」
「どういう意味だよ!」
アンリが怒る様子が可笑しくて、私はさらに舌を出して挑発した。
「アンリは訓練場にでも行ってなさいよ。アーシャちゃんはどうしたのよ」
アンリのイベントを進めるために会いに行く場所は訓練場だ。
「訓練が終わったから来たんだよ! アーシャからお前たちがここにいるって聞いて」
「何の用よ?」
「お前に用があったわけじゃねえよ!」
「エミールに宿題でも写させてもらいに来たのかしら?」
「お前なぁ!」
私がアンリをからかっていると、エミールが腕を組んで溜息をついた。
「二人ともいい加減にしてください。あの噂はあまりよくありませんよ」
「そうか? あんなのどうせ誰かが面白半分で流しただけだろ」
アンリが言う。
私はベンチから立ち上がり、アンリを睨んだ。
「だめよ。こういう噂は一度広まったら勝手に脚色されて、もっと酷くなるんだから。そのうちユーリス殿下を闇の魔法で誘惑したとか、帝国のスパイだとか言い出す人が出てくるのよ!」
「そうですよ。王位簒奪など口にしただけでも首が飛びます」
「噂の出所を突き止めましょう。濡れ衣を着せられてはたまらないわ」
「フィアナは帝国のスパイだとか濡れ衣だとか、先ほどから何を言ってるんですか?」
「え? い、いえ、念のためよ、念のため」
実はゲームでは、私がアーシャの悪い噂を流していたのだ。帝国のスパイという無実の罪を着せて学園から排除するために。
「ミレイア様とキャサリン様はどうかしら?」
今回、噂を広めている犯人が私ではないとすれば、女生徒たちの間で名前が挙がっていたアーシャの恋のライバル――ディジュー公爵令嬢ミレイアと、エイデン伯爵令嬢キャサリンが候補に挙がる。
「どうかしらって、なんだよ?」
「二人が犯人の可能性があると言いたいのですね?」
「ええ。二人にはミレイア様を調べてほしいの。私はキャサリン様を調べてみるから」
「わかりました」
エミールが静かに頷く。
「調べるって何をすればいいんだ?」
「周辺から話を聞くのはどうでしょうか?」
「そうね。さっきの女生徒たちも気になるから、そちらからも話を聞いてみるわ」
「そうですね……」
「でも……あまり大ごとにはしたくないのよ」
「それは、承知していますよ」
「静かに動けってことだろ? まかせとけよ」
ゲームのフィアナには止めてくれる人はいなかったけれど、誰かが私の代わりにこんなことをしているのだとしたら、早くやめさせてあげたい。
二人の言葉に私は力強く頷いた。
「うん。二人ともありがとう」
ひとまず私たちは明日から犯人を捜すことを約束して、その日は別れた。




