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18.地下迷宮

 地下迷宮の一階層から十階層までは初心者向けで、下位の魔物がほとんどだが、その分需要の多い素材が手に入る。クエストの依頼品はアルミラージから取れる柔らかい毛皮十枚だったが、その依頼品はすでに十分そろっていたし、依頼品以外にも多くの魔物を狩る事ができていた。


「そろそろ引き返そう」

 十階層に到達したころユーリスが提案した。アーシャの体力を気遣ってのことだった。アンリはまだ行けると不満を漏らしたが、私も戻ることに賛成した。


「そうね、素材も手に入ったし、……まって、何か音がしない?」

 耳を澄ませると、人の足音と息遣いが近づいてきていた。

「誰か……来るみたいだな」

 アンリが槍を構えた。


 次の瞬間。紫のローブを纏った男が突き当りの角から飛び出してきた。

「た、助けっ……て!」

 男の持つ弓は弦が切れ、ローブの裾は焼け焦げている。

「ベヒモスに追われているんだ!」

 彼の言葉に、ブオォーンという低い唸り声が重なって響いた。


「ベヒモスだって!? ここは十階層だぞ?」

「なんだよ、ベヒモスって」

「ベヒモスは五十階層付近に出る魔物よ」

「ここでは逃げ場がない! 引き返すぞ!」


 私たちは十階層の広い空間まで一気に駆け戻った。ユーリスはすぐさま氷魔法で空間に無数の氷槍を出現させ、ベヒモスを迎え撃つ態勢を整えた。アーシャは杖を掲げて、継続回復魔法や自動回復魔法を、ユーリスを中心にかけていく。


「僕が引きつける! 合図したらアンリは死角に回れ! フィアナは……隠れてろ!」

 ユーリスが氷魔法で強化した剣を構え、前へと踏み出す。


「肉体強化魔法は得意よ!」

 私はすぐに仲間へ補助魔法を放つ。身体能力を底上げする緑の光が、次々と仲間の体に吸い込まれていった。


「最後の魔力だけど……!」

 紫のローブの男も、震える手を掲げて物理防御魔法を放った。青い光が仲間の体を包み込み、薄い膜の様に揺らめく。


 ついに、岩のような巨体が広間に姿を現した。ベヒモスは低く唸り、ぎらつく目でこちらを見据える。

 ドスン、ドスン――

 踏み鳴らすたびに床が震え、体の奥まで振動が響いた。

 そして、次の瞬間。巨体が空気を震わせ、こちらへ突進してきた。


 ユーリスはベヒモスの意識を自分へ向けさせるため、氷槍を次々と放った。だが、ベヒモスの皮膚はあまりに硬く、槍は触れたそばから砕け散る。それでも、わずかな隙にアンリが風のような速さで足元をすり抜け、死角へと回り込んだ。


「旋回攻撃と尻尾のなぎ払いがあるから、近づきすぎないで!」


 私が言うと、アンリが「おう!」と答えて風魔法で高く跳躍し、落ちる力を使って頭に槍を突き立てた。けれど、やはりベヒモスの体は装甲のように硬く、アンリは弾き返されて壁に叩きつけられた。アーシャがすかさず回復魔法を放つ。


「アンリ、ユーリス、眼を狙って」

「「やってる!」」

 ――怒られた。

 アンリの槍もユーリスの氷槍も頭を振って突進してくるベヒモスに、なかなか当たらないのだ。


 ベヒモスは突進攻撃と薙ぎ払いを繰り出し、私たちはそれを回避するので精いっぱいだった。私はアーシャを庇いながら右に左にとベヒモスの突進をかわしていたが、アーシャの守りの壁が無ければ、風圧だけで弾き飛ばされそうだった。けれど、このままでは埒が明かない。


 私はアーシャの魔法防御の壁から少し離れ、影に向かって呼びかけた。遠く離れていても従魔とは、会話できるし、呼び出すこともできるのだ。


「ケト! お願い!」

「待ってたんや!」

 私の影から、小さな影が勢いよく飛び出した。

「嬢ちゃん、引きつけられるか?」


「おい! フィアナ、なにやってんだ!」

 アーシャの守りの壁から抜け出した私を見て、アンリが怒鳴った。

「私は大丈夫! ベヒモス! こっちよ!」

 私は剣を構えながら叫んだ。

「そんなことしなくても、ベヒモスはそっちへ向うぞ!」

「え?」

 ベヒモスは私が防御壁を抜けた瞬間から狙いを定めていたようだった。

「いくら僕がヘイトを取っても、すぐにフィアナを狙おうとするんだ!」

 ユーリスが叫ぶ。


 ヘイトとは、敵の注意を自分へ向けさせるための魔法だ。パーティーで戦うときは、頑丈な前衛が敵の意識を引きつけることで、回復役や魔法攻撃役といった体力の低い仲間を守る。そしてここでは、ユーリスがその役割を担っていた。


「そ、そうだったの!?」

「ベヒモス! こっちだ!」

 ユーリスが声を張り上げるが、ベヒモスは地面をかき鳴らし、私へ向かって突進してきた。

「フィアナ!」

「フィアナ様!」

 誰もが私を絶望的な表情で見つめていた。


 次の瞬間、私の横を黒い影が風のように駆け抜けた。直後、ベヒモスが右足を挫いたように崩れ落ちる。


 地面に頭を落としたベヒモスへ、アンリがすかさず槍を突き立てた。槍はついにベヒモスの片目を貫き、そのまま深々と頭蓋へ沈んでいく。続けざまに、ユーリスがもう片方の目へ氷槍を無数に叩き込んだ。鋭い氷の刃が次々と突き刺さり、ベヒモスは最後の咆哮を上げ、やがて、完全に動かなくなった。


「ケト、ありがとう」

 皆に気づかれないようにケトがうまくやってくれたようだった。いつもなら「こんなん朝飯前やで」と自慢げに言いそうだが、今日は隠密で動く約束だったので、すでにケトの姿はどこにもなかった。



「……助かった。本当にありがとう」

 紫のローブの男がその場に座り込み、かすれた声で礼を言った。ユーリスは剣を収めながら男に問いかける。

「仲間はいないのか?」

 男は首を横に振る。

「まさか一人で迷宮に入ったわけじゃねえだろうな」

 アンリが驚いたように問い詰めた。

「そんな事より、まずは迷宮を出ましょうよ」

 疲れ切った男の顔を見て、私は提案した。


 私たちは迷宮の入口へ戻るため、十階層ごとに配置されている過去の遺物――魔方陣が刻まれた帰還用の扉へと歩き出した。


 ***


 依頼取扱所で報酬を受け取ると、ようやく皆の肩の力も抜けたようだった。ベヒモスはあとで冒険者ギルドが回収と買取をしてくれるそうで、その魔石はかなりの額になりそうだった。


「ふぅ~! 終わった、終わった!」

 アンリは緊張が解けた様子で、大きく伸びをした。


「改めて、助けていただき、ありがとうございました。僕はエミール・ブランと申します」

 男がローブのフードを下ろすと、切りそろえた銀髪がハラリと落ちた。

「君は、エミール・ブランだったのか」

 ユーリスが驚いた顔で言う。

「はい、ユーリス殿下。殿下が迷宮にいらっしゃるとは思わず。失礼いたしました」

 エミールは魔術師団長の息子で、魔術の実力も最高クラスだ。

「確かアーシャちゃんと同じクラスだったわよね?」

「はい。エミール様はクラスの中でも一番の魔力をお持ちです」

「それで? どうしてあんな階層に一人で潜ってたんだ?」

 アンリが聞くと、エミールは視線を落としてボロボロになった手帳をそっと撫でた。

「魔物の研究をしていました。行動や弱点などを調べるために観察していたんです」

「観察? 一人で? 正気かよ?」

「迷宮の魔物には、まだ解明されていないことがたくさんあります。それを研究し、記録するのが好きなんです」


 エミールの言葉に、私は前世の記憶、いくつもの攻略サイトを思い出していた。魔物の弱点や生息域、さらには素材のドロップ率まで調べ上げて下さっていた、名もなき冒険者たちのことを。


「大変に素晴らしい研究ですわね」

 私は崇拝の念を込めてエミールに伝えた。エミールは感動したように頷き返してくれた。

「今回は観察だけのつもりだったんです。カメレオンハイドという魔法なら気配を消すことができますから」

「ならば何故、ベヒモスに襲われていたんだ?」

 ユーリスが問いかける。

「残りの魔力量のことも考えて、ちょうど戻ろうとしていたところだったんです。魔物が周りにいないことを確認して術を解除したら、急に現れて……。応戦はしましたが、僕一人ではとても敵いませんでした」

「本来は五十階層の魔物なんだろ?」

 アンリが興味深そうに目を細めた。

「瘴気が滞ると、浅い階層でも強い魔物が現れることはあるそうだが……」

 ユーリスも怪訝そうな顔をした。


 ごめんなさい、と私は心の中で呟いた。カオスロードが森に現れたとき、リュカ先生に驚かれて以来、自分は引き寄せ体質なのではないかという疑念が芽生えていた。そして今回の出来事を考え合わせると、その疑念は確信へと変わった。


 こんなことが無ければ、本来、エミールと一緒に現れるのはベヒモスではなくピクシーという魔物で、アーシャが初めて従魔を手に入れるというイベントが発生していたはずだったのだ。


「それに、魔物が転んだように見えましたよね? あれは一体なんだったのでしょう?」

 アーシャが首を傾げる。

「足場が濡れてたんじゃねえの? ユーリスの氷槍が解けて」

「ああ、それで滑って転んだのですね?」

「僕の氷槍はそういうものではないのだけれど」

 ユーリスが訝しげに眉を寄せた。

「フィアナ様はそれが分かっていて、あちらに誘導したのですね!」

 アーシャが私に眩しい笑顔を向けてくる。

「え?……ええまあ」

 その眩しさに目を逸らし、私は心の中で「本当はケトがやってくれたんだけど」と呟いた。

「と、とにかく。皆様、お疲れさまでした。このあと、みんなでお茶でもいかがかしら?」

 私は慌てて誤魔化した。

「お、賛成! 俺、甘いもん食いて~」

 アンリが即答して、他の三人もそれを見て笑っていた。


 私のせいで従魔を手に入れる機会は逃してしまったが、こうしてアーシャにはユーリス、アンリ、エミールというパーティーメンバーが揃ったのだった。



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