17.初クエスト
学園では生徒向けのアルバイトが公式に斡旋されている。これはゲームでいう依頼クエストだ。食堂の掲示板に依頼書が貼り出され、希望者はそれを持って依頼取扱所へ行けば、依頼の受付から報酬の受け取りまで手続きしてもらえる。
昼休み、私は掲示板の前に立ち尽くしているアーシャを見かけた。
「どれも難しそう……」
アーシャが掲示板を睨みつけて呟いていた。
「迷っているの?」
「フィアナ様!」
アーシャが驚いた様子で振り返った。
「そんなに真剣に睨み付けて、掲示板に穴が空きそうよ」
「フィアナ様も依頼を?」
「いくらこの公爵令嬢様でも小遣い稼ぎはさすがにしないだろ」
後ろから声がして、今度は私が驚いて振り返ると、アンリがそこに立っていた。
「アンリ、驚かせないでよ。面白そうなものがあったら、私だってやってみたいわ」
「ほんとうにお前は変わった奴だな」
「これも社会勉強ですわよ。ねえ? アーシャちゃん」
「いえ、私は……母にプレゼントをと思って。それには少しお金が足りなくて」
「まあ、アーシャちゃんったら、なんていい子なの」
「そ、そんなことありません。食堂のメニューが全部美味しそうで……。気がついたら、お金を使い過ぎてしまったみたいです」
アーシャはそう言って、恥ずかしそうに頬を染めた。
「ふふっ、アーシャちゃんらしいわ」
私は笑って掲示板に向き直った。
「あら、これなんてどう? 『初級・魔物素材採取』ですって」
「本当ですね。これなら私にもできるかも」
「地下迷宮か」
アンリが言った。
地下迷宮は学園から一番近いダンジョンで、一階層から百階層まである。ディープダンジョンとも呼ばれ、レベル上げや素材採取に丁度よかった。クエスト依頼のチュートリアルも、このダンジョンの最初で受けられる。
ふと私は、アンリとアーシャが依頼を取り合って口論になるイベントを思い出した。このイベントでは、結局二人は喧嘩の末に一緒に依頼を引き受け、ダンジョンへ向かうことになるのだ。
「アンリも一緒に行って差し上げたら?」
私が唐突にそう言うと、アンリとアーシャが同時に声を上げた。
「なんでだよ!」「ええっ!」
「こちらはアンリ・ロッシュ様。近衛騎士団長のご令息ですわ。こちらはアーシャ・アシュベル様。お二人はもうお知り合いかしら?」
「いえ。ロ、ロッシュ様、は、はじめまして。アーシャ・アシュベルと申します」
私はアーシャに乞われて、ときどき礼儀作法の手解きをしていたので、彼女は淑女の礼をとても綺麗に披露して見せた。
「ああ、よろしく。確か、光属性の魔法使い」
「は、はい。お会いできて光栄です」
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫よ、アーシャちゃん。アンリはそういうことは気にしないから。それに、こう見えて剣の腕は確かなんだから」
「おい、どう見ても剣の腕は確かに見えるだろ!」
「あら、失礼いたしました」
私はアンリを評価したつもりだったが、アンリには違う受け取り方をされたようだった。
「当然フィアナも来るんだよな?」
「ええ!? なんでよ?」
「お前が言い出したんだろ」
***
放課後、私たち三人は学園の裏門前に集合していた。
「よし、魔物は俺が全部ぶっ飛ばしてやるからな」
アンリは自慢の槍を肩に担ぎ、やる気満々の表情だった。
「あら、アンリは槍なの? ダンジョンでは扱いにくいでしょう?」
「まあ、剣も使うが、槍の方が得意なんだ」
「へ~。あ、そうだ、私、『身代わりの護符』を持ってきたのよ」
私は用意してきたアイテムを二人に渡した。
「こんな高価な物……よろしいのですか?」
「もちろんよ」
本来これは、ゲームの予約特典でもらえるアイテムなのだから。
「ありがとうございます。フィアナ様。私、お二人が一緒に来てくださって……とても心強いです」
アーシャは護符を首に掛けながら、安心したように微笑んだ。
そこへ、もう一人の声が割って入った。
「僕も一緒に行かせてもらうよ」
振り返るとそこに、ユーリスが意気揚々と立っていた。
「ユーリス殿下!」
「僕を置いていくつもりだったのかな?」
「ユーリス殿下、私たちの話をこっそりお聞きになっていたんですか?」
アーシャが驚いた様子で尋ねた。
「こっそりだなんて人聞きが悪いな。あのとき、僕も君たちの後ろにいたんだけど」
「そ、存在感がなさ過ぎませんか?」
私は言う。リオン王子といい、ユーリス王子といい、この兄弟は気配を消すのが趣味なのか。
「王族というものは目立つべきときと、気配を消すべきとき、両方に対応できなければいけないんだよ。知らなかったかい?」
「知りませんよ……そんなこと」
「さあ、行こうか」
確かにゲームでは、バトルフィールドに入ると仲間になったアンリとユーリスが自動的に参戦していた。まさか現実では、こうして当然のように同行してくるのかと、ゲームの裏側を覗いてしまったような気分になった。
裏門を出てしばらく進むと、国が管理している瘴気に満たされた迷宮がある。魔物が絶えず生まれる危険な場所だが、同時に貴重な資源の宝庫でもあった。地上に建てられた石造りの入口は衛兵に守られ、迷宮はそこから地下へと深く広がっている。
「では、行こう」
ユーリスが軽く片手を上げた。
「ちょっと待って!」
私はその手を軽く制した。
「なんだ? ここに来て怖くなったのか?」
アンリがからかうように槍をくるりと回して持ち替える。
「違うわよ。アーシャちゃんは罠の探知呪文と追従光の呪文は覚えてきたのよね?」
「はい。完璧です」
「アンリ、万能薬は持ってきてる?」
「ああ、持ってきてる」
「ユーリス殿下は『身代わりの護符』はお持ちですか?」
「僕はフェニックスの尾を持ってきた」
「フェニッ……!」
さすが王族! と私は舌を巻いた。
フェニックスの尾は、店ではまず手に入らない超レアアイテムだ。遭遇自体が稀なフェニックスを倒したときか、ごく低確率でダンジョンの宝箱から手に入れる以外に方法はない。効果は身代わりの護符とほぼ同じだが、護符は一つしか身につけられないのに対し、フェニックスの尾は何個でも持つ事ができた。つまり、持っている数だけ、何度でも死を免れることができるのだ。……だから、何個持ってきたかは聞かないことにした。
「そ、そうですのね。わ、わたくしは念のため肉体強化薬と地図を持ってきましたわ」
「準備は万全だね。では、行こう」
ユーリスが仕切り直して、もう一度片手を上げた。
私が通行証代わりの魔石をかざすと、入口の扉がゆっくりと横へ滑って開いた。地上の空気が迷宮の中へ吸い込まれていく。その流れに押されるように私たちは地下へと続く階段を下りていった。壁に埋め込まれた魔石が淡く明滅し、薄暗い階段を照らしている。
「迷宮の中って、結構明るいのね」
私は階段の壁に嵌め込まれた魔石を見上げながら言った。すると、最後尾からユーリスの声がした。
「ここは特別だ。古王国の魔導師が研究用に作ったと言われている。照明もその名残りだ。仕組みは解明されていないが、瘴気から魔力を吸い上げているらしい」
「古王国の魔導師ですか……」
私の前を歩くエミールが呟いた。
「この地下迷宮は王国の宝と言われるぐらい、世界でも珍しいダンジョンなんだ」
「へ~、すげえな……剥がして売れば――」
「やめてくれ! アンリ」
先頭を歩くアンリが魔石に触れようとして、ユーリスに止められていた。
私たちは階段を降りて一階層に到達した。地下の迷宮は深く潜るほど強い魔物が出現する。ここはまだ初級の魔物ばかりのはずだ。
「早速お出ましだ」
ユーリスがアーシャを庇うように剣を構えた。アーシャもすぐに自動回復魔法をかける。するとすぐに薄闇からウサギ型の魔物、アルミラージが三体飛び出してきた。
「おらぁっ!」
アンリが正面の一体を槍で突き刺し、ユーリスが右の一体を剣で薙ぎ払った。
私は最後の一体を仕留めようと前に出て、ファイアーボールを放った。だが威力が足りず、仕留め損ねてアルミラージが角を突き立てて飛びかかってきた。すかさずアンリが横から切り伏せてくれて助かった。
「おいフィアナ、真面目にやれよ!」
「やってるんだけど……」
私の魔力は不安定で、初級魔法でも強弱が出てしまう。いつもなら、アルミラージ程度の魔物なら簡単に倒せたはずだ。私はアドリアンから贈られたもう一本の杖剣を腰のホルダーから引き抜いた。杖剣は、魔力を増幅する杖の役割も果たす短剣で、私はときどきそれを二本の双剣として使っている。魔力をスピードで補うつもりで、両手から魔法を放つのだ。
「フィアナ嬢。気をつけてくれよ。君に怪我などさせたら、兄上に怒られる」
ユーリスが心配そうに言う。
「大丈夫。私のことは気にしないで。もともとパーティーメンバーじゃないんだから」
「何の話だ?」
「なんでもない」
私はこのイベントではイレギュラーな存在だった。ゲームのシナリオから見れば、本来いないはずの「不要なキャラクター」だ。だから上手く力が出せないのかもしれない。なんて言い訳を考えて自分を慰めてみた。




