16.訓練の相手
午後の授業は戦闘訓練だった。剣術班と魔術班に分かれて行われるが、私のクラスは魔力の低い生徒が集められているため、体を鍛えている生徒が多かった。
学園に通う高位貴族の生徒たちは人脈づくりを目的に入学してくるが、下位貴族の生徒たちは宮廷や軍での出世の糸口をつかむために入ってきている。だから、今も剣の素振りをしたり、木人に打ち込んだりと、皆それぞれ真剣に自主練習に励んでいる。
私はクラトスとの訓練で体を鍛えていたこともあり、剣術の班に入っていたが、このクラスでは剣の授業を取る女生徒は少なかった。
もともとは、魔力の弱い自分に何かできることはないかと考えていたときに、クラトスから「我に体を預ければ剣の達人の動きができるぞ」と告げられて始めたことだった。クラトスが体を操り、その動きを繰り返せば、おのずと体の使い方が身につくというのだ。私は体力作りも兼ねて、その提案に乗ることにした。ただ、一つ間違えれば大怪我につながるため、剣の上達よりも、ケトに叩き込んでもらった肉体強化の魔法ばかりが上達するありさまだった。そして、アドリアンが私のために始めた肉体強化ポーション作りの腕を上げることにもなった。
私はふと手を止め、男子生徒たちの方から響いてくる、空気を裂くような鋭い剣戟の音に耳を澄ませた。
「あれくらいの相手と手合わせできたらいいんだけど」
思わず独り言が漏れた。
「なかなか剣筋がいいな、オブライエン」
不意に背後から声がした。振り向くと、アンリが木剣を肩に担いだまま、にやりとこちらを見ていた。
「俺が相手になろうか?」
「いいの? あ、いえ、いいんですの?」
「ば~か、冗談だ」
――こいつ!
「残念ですわ。木人形より、多少は! 手応えがありそうだと思ったのですけれど」
「多少は」の部分にできるだけ嫌味を込めた。
「それとも、わたくし相手に負けたら格好悪いかしら?」
「お前なぁ」
アンリは呆れたように言うが、私はせっかくの練習相手を逃す気はなかった。私はこっそり自分に肉体強化の魔法をかけた。喧嘩を吹っかけてきたのは向こうなのだから、これくらいはいいだろう。
「一度口にしたのですから、お相手願いますわよ」
私は木剣を握り直し、軽いステップで踏み込んだ。
「ちょっ、やめとけって」
振り下ろした木剣を、アンリが慌てて受け止める。
私は何度もアンリに斬りかかる。アンリもそれをすべて受け止め、今度はすぐに突きを繰り出してきた。私は紙一重で身をひねってそれを避けたが、体勢を崩した私に、アンリのさらなる切っ先が喉元に迫った。すかさず体を仰け反らせて身を躱し、体制を低くしてアンリの懐に潜り込む。私の粘り勝ちだ。そうしてついに、アンリの胴へ剣を打ち込むことに成功した。軽かったけれど、文句なしの一本だ。
アンリは予想外だったと言いたげに、目を瞠っていた。
だが、アンリはすぐに体勢を立て直し、今度は深く腰を落とした。その動きは滑らかで無駄がなかった。どうやらアンリを本気にさせてしまったようだった。私は呼吸を一度だけ深く吸い、右足を半歩だけ後ろへ滑らせる。先に動いたのはアンリだった。斜めから鋭い横薙ぎが飛んでくる。剣で薙いだものの、切っ先が頬をかすめた。そして、素早く繰り出される次の一撃には、剣を体の前に構えてしのぐ以外の動きができなかった。けれど、その衝撃は今までとは比べものにならず、私は受け止めきれずに後ろへ弾き飛ばされてしまった。
周囲の目が一斉にこちらへ向かった。
「あいつ何やってんだ?」
「え? 今の見た?」
生徒たちが目を丸くして見ている。
私は訓練場の地面の冷たさを背中に感じていた。
「おいっ、大丈夫か!」
駆け寄る足音とともに、私の上に影が落ちた。
「すまない、ついやり過ぎた」
アンリは木剣を放り出し、膝をついて私を助け起こした。
「大丈夫。内緒で肉体強化の魔法をかけていたから」
「……いつの間に。……だが俺の負けだ。一本取られた」
私は差し出された手を取って立ち上がった。
「いいえ、ロッシュ様が油断していたから、それを利用しただけですわ」
「いや、油断も負けの一つだ」
「でも、とても有意義な訓練だったでしょ?」
「まったく。すっかり乗せられちまった」
「あの……これからもお相手を、お願いしたいのだけれど」
「お断りだ」
――即答されてしまった。
「肉体強化の魔法をかければいいでしょ?」
「断る!」
「ケチ!」
「お前なあ!」
「お前ではなくて、私のことはフィアナと呼んでくださって結構よ」
変な女に関わってしまったとばかりに、アンリは頭を掻きむしりボソリと呟いた。
「ったく。俺もアンリでいいよ……」
「じゃあ、これからもお願いね。アンリ」
私は、楽しい体力作りに欠かせない人材を手に入れ、頭の中に勝利のファンファーレを響かせた。




