15.第二王子の教室
すでに朝の日課となっているのだが、教室に入るとすぐさま貴族令嬢たちが私を取り囲んで、お追従を捲し立て始める。
「まあ、今日の髪飾りも本当にお似合いですわ、フィアナ様」
「さすがはフィアナ様。おリボンも最上級の物をお使いなのですね」
悪役令嬢フィアナならオーホッホッホッとでも笑うのだろうが、私は軽く微笑むだけだ。けれど、相手がさらにうわてだと、私が少し微笑んだだけでも「まあ!」と感激してしまうので困っていた。入学してからずっとこんな調子で、私は正直うんざりしていた。
「朝からよく飽きないものだな」
その日は教室のどこからか、皮肉を含んだ声が聞こえてきた。振り向けば、ロッシュ伯爵家の子息アンリ・ロッシュが机に肘をつき、こちらを見ていた。近衛騎士団長の息子で、身体能力は高いが魔法は苦手なので、クラスは私と同じだった。ユーリスとは幼馴染という設定だ。
「ロッシュ様、公爵令嬢様に失礼ですわよ」
令嬢たちが一斉にかみつくが、アンリは一向に気にする様子もなく肩をすくめた。
「別に、感想を言っただけだ。よく褒め言葉ばかりそんなに思いつくな」
あまり家柄にこだわりがなさそうで、私に対しても不躾だ。しかし、その意見には私も同意したい。
「本当にその通りですわ。おだてられてばかりでは、わたくしも少し気後れしてしまいますもの」
「おだてるだなんて……そんなことありませんわ!」
取り巻きの令嬢たちは慌てていたが、アンリも少し驚いているようだった。
「あなた方だって、お世辞のような、心にもないことを言うのはお疲れになるでしょう」
「そ、そんな……お世辞なんて」
「わたくしは同じ学園の、同じの生徒なのですから。どうか普通にしてくださいませ」
「フィアナ様……」
アンリはしばらくその様子を眺めていたが、途中で飽きたようだった。
「面倒くせ~」
そうぼやきながら他の男子生徒たちのところへ行ってしまった。
――おい! ちょっと待てやボケ!
と、ケトの口調で呼び止めたかったが、なんとか思いとどまった。
けれど、そのあと令嬢たちのごますりも少し収まり、私も彼女たちと多少は気軽に話せるようになったので、ちょっとくらいは感謝してもいいかなと思うことにした。
授業の合間の休み時間に、また面倒なことが起こった。私のクラスに第二王子のユーリスが姿を見せたのだ。
教室に入ってきたユーリスに、アンリがさっそく声をかけていた。
「よう、ユーリス殿下、最下位クラスに何の用だ?」
その声に、教室中の視線が一斉にユーリスへ向かった。私もつられてそちらを見てしまい、思わず「ゲッ」と声が出そうになって、慌てて目を逸らした。
「やあ、アンリ。今日はフィアナ嬢に用があってね」
そう言って、ユーリスが真っ直ぐこちらへ歩いてくる。
その声に、私も仕方なく立ち上がり、他の令嬢たちと同じように淑女の礼を取った。
「これはユーリス殿下、ご機嫌麗しゅう。わたくしに何か御用でしょうか?」
「この間は……誤解があったようだ。君に謝罪したい」
「誤解って何の話だ?」
アンリが興味深そうに、私とユーリスを見比べた。
「ここでは話しづらい。放課後、少し時間を貰えるだろうか?」
「いえ、こちらで結構ですわ。めんどく、……いえ、殿下にお手間をかけさせてしまっては申し訳ありませんもの」
「しかし、……」
「謝りたいって、なんのことだよ?」
一瞬言葉を失っていたユーリスだったが、空気を読まないアンリの言葉に観念したように話し始めた。
「その……アーシャ嬢のことで、君に失礼なことを言ってしまって。申し訳なかった。彼女から詳しく話を聞いたよ」
「アーシャちゃんが?」
「ちゃん……? ああ、そうだ。アーシャ嬢が君には親切にしてもらったと言っていた」
「アーシャって誰だ?」
「アンリ、君は少し黙っててくれないか」
アンリの言葉にユーリスがうんざりした顔で応えていた。
「まあ、そうでしたのね。わざわざありがとうございます」
「確認もせず、噂を信じてしまったのは軽率だった」
「とんでもございませんわ。わたくしはまったく気にしておりませんもの」
というのは嘘で、何ならこの野郎と内心では思っている。
「ところで殿下はその噂をどなたからお聞きになったのでしょう?」
「さあ、覚えてないな」
「覚えて……ない?」
覚えていないことに、彼は戸惑いをまったく見せずに答えていた。
――これは闇の魔法?
闇の魔導師が関わっているような気がした。
教室内を目の端でざっと眺めると、ミレイアがこちらの会話に聞き耳を立てている様子が目に入った。
「授業を始めますよ」
教師が教室に入ってきて、ユーリスは自分のクラスへ戻っていった。
ユーリスの誤解は解けたけれど、私の日常に忍び寄る影を思うと少し気が滅入った。




