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14.王太子の中庭

 王立学園は自立心を養うために、基本的には全寮制である。部屋の掃除や洗濯は寮の使用人がしてくれるし、食事は朝昼晩すべて食堂でとることができる。ただ、高位貴族はお金を積めば、広い部屋や専属の使用人を入れることもできる。


 私はケトのために、侍女は必要な時だけ王都の別邸から来てもらうようにして、ペットの飼育も許可してもらった。もちろん王族は寮に入ることはなく、学園に隣接する離宮から通っている。


 私は寮へ続く回廊を歩きながら、大きな溜息をついた。

「はぁ~~~」

 入学式という最初のイベントを終え、疲れ切っていた。だがその時、金色の光がふと視界を横切った。

「なに?」

 金色の軌跡は中庭へと続き、そこに、静かに本を読むリオン王子の姿があった。視界を横切ったのは、王子の周りをいつも飛んでいる妖精の鱗粉だったようだ。


 その鱗粉に誘われるように、私は中庭へと足を向けた。

「王太子殿下……?」

「フィアナ嬢」

 リオン王子が私に気づき、長椅子から立ち上がった。

「ご機嫌麗しゅうございます、王太子殿下。……なぜ、あの……このような場所に?」

「一応、私もこの学園の生徒ですから」

「そうですけれど……」


 リオン王子は王立学園の三年生だった。だが、本を読むなら離宮の庭園の方が、よほど居心地がいいだろうに。


「この中庭から、生徒たちが行き交う姿を見るのが好きなんです。ここで、よくこうして本を読んでいるんですよ」


 そういえば、と私は思い当たることがあった。このゲームでは、攻略対象とのイベントを進めるには、その対象に会いに行く必要があった。場所は対象者によって異なり、リオン王子は――確か、この中庭だったはずだ。


「入学式はどうでしたか?」

 王子は長椅子に座り直し、私に隣へ座るよう促した。私は遠慮がちに長椅子の端へ腰を下ろした。

「入学式ですか?……とても……疲れましたわ」

 長かった一日を思い返しながら私は答えた。

「そうですか」

 王子は小さく笑った。


 毎年連れていかれる新年拝賀の儀では側近たちに囲まれて、王子と身近に言葉を交わすことはなかった。私は王子の周りを飛ぶ妖精に会うことだけを楽しみに、毎年仕方なく挨拶に伺っているだけだった。だから、気兼ねなく言葉を交わすのは、これが初めてと言ってもいいかもしれない。


 今も妖精はひらひらと飛んでいる。だが、年々元気をなくしているような様子が少し気がかりだった。


「貴方には何か特別なものが見えるのですか?」

「え!?……特別な……もの?」

 私は驚いて、探るように王子を見た。

「私は気配を消すのが得意なんですよ」

 そしてなぜか話を変える王子に、私は戸惑う。

「そ、そうなんですね……」


 明るく親しみやすいと評判のユーリス王子と違って、リオン王子は謎めいた、何を考えているか分からない王子として有名だった。私は迂闊なことも言えず、もごもごと口を動かす。


「えっと……王太子殿下は、気配を消していても、その……存在感がおありなので」

「いえ、私に気づいたのは、今のところあなただけです」

「それは……」

「ほとんどの生徒は私に気づかず通り過ぎていきましたよ。だからあなたには何か特別な力があるのかと」

「そんな……私は……」

 ――妖精の鱗粉が見えたから、なんて言ってもいいのだろうか。


 私は、ふとアーシャとリオン王子の出会いイベントが、この中庭で起こることを思い出した。


「私に特別な力などありません。他にも、きっと王太子殿下に気づく方はいらっしゃいますよ。アーシャちゃんとか」

「……誰ですか?」

「いえ、なんでもありません。……ただ、王太子殿下がどこにいても……私には、きっと分かると思います」

「私を必ず見つけられると言うのですか?」

「はい」

 私は今も妖精を目で追いながら話していた。

「面白いですね。今度試してみましょうか」

「試す?……ああ、後ろから驚かそうとしてもダメですからね」

「何故?」

 リオン王子は私の顔を覗き込み、問いかけた。私は思わず俯いて答える。

「ざ、残念ですが……せ、成功しないと思います」

 その瞳が綺麗すぎて、急に恥ずかしくなったのだ。

「だって、わたしは、いえ、わたくしは、その、あの」

 それに、じっと見つめられると、私の中身が本当は高貴な公爵令嬢ではないことが、見透かされてしまうような気がしたからだ。

「っ……」

 王子は短い笑いを漏らした。

「え?」

 心の声が読まれたのかと思った。

「王都にいるのですから、これからはときどき王宮に遊びに来てください」

「は、はい。王太子殿下の仰せのままに」


 私はそう言ってそっと席を立ち、淑女の礼を取った。そろそろアーシャが中庭に来る頃だろう。


「そろそろお暇しなくてはなりません。殿下のお時間を頂いてしまって申し訳ありませんでした」

「私の方こそ楽しい時間でした」


 王子も立ち上がり、胸元に手を添えて軽く会釈をした。その仕草と言葉は、私がゲームの中で何度も見た光景だった。けれどそれは、本来フィアナにではなくアーシャに向けられるものだった。私は逃げるように王子の前から立ち去った。


 中庭を出たところで、回廊を歩くアーシャの姿を目にした。これからアーシャが中庭で偶然リオン王子に出会うイベントが始まるはずだ。


 ゲームの中では中庭に迷い込んだアーシャはリオン王子に言うだろう。

『ここは素敵な庭園ですよね』

 アーシャはリオン王子が王太子だということを知らない。

『ここは中庭ですが……?』

『そ、そうなんですか? こんなに広いお庭は初めてで、てっきり庭園なのかと』

 アーシャは無邪気な笑顔で頬を染める。

『確かに、いい庭です』

 リオン王子もアーシャの笑顔につられるように、微笑み返す。

『本を読んでいらしたんですか?』

『ええ、まあ。貴方は?』

『どうやら迷子になってしまったみたいです。あの……女子寮の場所をご存じありませんか?』

『女子寮なら向こうです。この回廊を右に、研究等の裏です』

 こんな会話からリオン王子の攻略ルートが始まる。


 私はそんなゲームでのワンシーンを思い出しながら、足早に寮へと向かった。


 ***


 寮の部屋に戻り、侍女を帰らせると、早速ケトが文句を言った。

「ここのミルクはまっずいなぁ。ろくなもんがあらへん」

「そんなことより、どうだった? アレ」


 アレとは闇の魔導士のことである。学園にいる間は用心のため、名前を呼んではいけないアレな人ということになっていた。ルシフェルドやミレイアと接触した後、私はケトに二人の周囲を探るようにお願いしていたのだ。


「そんなことよりってなんや、そんなことよりとは。ワイは一生懸命仕事してきて、疲れた体に沁みる一杯が飲みたかってん。そやのに、まっずいミルク飲まされて、ええ加減にしてほしいわ、ほんま」

「ごめん、ごめん。今度実家から美味しいミルクを取り寄せておくから。で、どうだったのよ」

「まったく……。ルシフェルドんとこに、アレが接触してる気配は感じんかったわ」

「そう……アレの居場所が分かれば、早めに対処できると思ったんだけど」

「まあクラトスがおるんやし、そんなに気にせんでもええやろ」


 クラトスは魔物の中でも最強クラスの魔物である。今は可愛い犬の姿で王都の公爵家別邸で飼われているが、あの大きな犬はさすがに寮での飼育は許されなかった。


「やっぱりクラトスも寮に連れてこようかな」

「いらんわ。あいつおったらめんどくさいねん」

「でも近くにいてくれた方が安心だから」

「いらんいらん、呼んだらいつでも来るねんから」


 確かに、従魔になった魔物は主人が呼べばすぐに主人のもとへ飛んできてくれるのだが――。


「でも、ケトほどじゃないけど可愛いし」

「ワイと違って、可愛いとこなんか一つもあれへんわ!」

「自分でそういうこと言っちゃう?」





 ***(小話)



 クラトスはケトと違ってあまり人懐っこくないので、扱いが少し面倒くさい。瘴気の森でウッドゴーレムを従魔にしようとしたときにも、こんなやり取りがあった。


「クラトスの兄貴、やっちゃってください」

 私はクラトスをおだてながら、やっと命令することができた。

「あのような雑魚、一瞬で肉片にしてくれるわ」

「あ、死なない程度にお願いします」

「何故だ?」

「死んじゃったら従魔にできないので」

「断る。そんな真似をすれば、我が腑抜けと侮られよう」

「そこをなんとか」

「だが断る。腑抜けと侮られるなど、我が名に泥を塗る行為よ」

「お願いします。あとでいい肉を用意しますんで」

「ふむ……仕方がない」

 クラトスはいつもこんな調子で、なかなか気難しい魔物だった。


 このとき従魔にしたウッドゴーレムは、普段は小さな木の人形の姿をしている。キーホルダーのように持ち歩けるため、今はアドリアンの採取用の鞄に付けている。


 いつもは鞄で揺れているだけだが、アドリアンが危険なときにはすぐに動き出して、彼を守ってくれる。時々夜に動きだして、使用人たちを怖がらせている――という話もあるようだったが。



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