13.闇への誘い
魔力判定のあとは昼食をはさんでクラス分けの発表がある。早めに昼食を済ませてしまおうと足早に歩いていると、背後から声を掛けられた。
「ずいぶんと落ち込んでいるようですね、フィアナ嬢」
振り返ると、暗い微笑みを浮かべた人物が立っていた。
「ルシフェルド様!」
宰相の息子であり、ディジュー公爵家の跡取りでもあるルシフェルド・ディジューだった。
彼の父は現国王の従弟で王位継承権は第四位、その息子のルシフェルドは第五位にあたる。彼はまた、王都警邏隊司令官という地位を利用して、ユーリスとアーシャを罪に陥れようとする男でもあった。正確には、彼の母が息子を王位につけようと暗躍していた。彼女は、もとは行儀見習いとしてディジュー公爵家に出入りしていた下位貴族の娘だったが、その美貌と才覚で正室を追い出し、宰相夫人の座を勝ち取ったという強い野心の持ち主だった。
「あの……こんなところで、何を?」
ルシフェルドと遭遇するのは中庭のはずだった。本来なら魔力判定のことで落ち込んだフィアナは、中庭で泣いているはずだったのだ。けれど私は落ち込んでいないし、ここは中庭でもない。食堂へ続く廊下だった。
「妹の入学式を見ようと思いまして」
そういう意味で聞いたのではなかったけれど、ルシフェルドの妹ミレイアも確かに新入生の中にいた。アーシャのライバルとして登場するが、あまり目立つキャラではなかった。私も新年拝賀の儀で何度か挨拶を交わしたことがある。
「先ほどの判定、見ていましたよ。あなたの魔術は……なかなか……その……繊細で素晴らしかった」
ルシフェルドが私に取り入ろうと、必死に褒め言葉を絞り出していた。ルシフェルドはアーシャへの嫉妬心を利用して私を操りたいのだ。
「あの光の少女が特別すぎただけです。あなたの価値が下がるわけではありません。どうか気を落とさないで。私はあなたを応援していますよ」
こんなセリフで彼はフィアナを誘惑する。もし私が本当に傷ついていたなら、彼の言葉はずいぶんと心を慰めたことだろう。ゲームでも、フィアナは彼の優しい言葉に心を開いてしまう。こんなふうに。
『ありがとうございます。わたくしはリオン殿下の婚約者として、もっとしっかりしなくてはと思っておりますのに』
『あなたの努力を私は知っていますから』
『ルシフェルド様……なんと、お優しい方でしょう』
しかし、今の私は違った。
「ありがとうございます。私なりに頑張ってみますわ」
「……」
私が落ち込んでいないことに、ルシフェルドは驚いているようだった。
「その……心配なことがあれば私に相談してください。力になれると思いますよ」
「まあ、ありがとうございます」
「ああ、そういえば。彼女の魔力は魔術師団長を超えるかもしれないと言われているそうですね」
「それは素晴らしいですわね!」
「……」
アーシャを褒める私を、ルシフェルドは途方に暮れた目で見ていたが、あきらめずに言葉を重ねる。
「そう……ですね。光属性の広域回復魔法は、余程の魔力を持っていないとできないことですからね」
「そうなんですのね。まさに王国の宝ですわ!」
「……」
「あら、わたくしそろそろ失礼いたしますわ。食堂が混むといけませんので」
「公爵令嬢のあなたが……食堂で?」
「これも自律心を養うためですわ」
すわすわと口がこんがらがりそうだったが、私は軽く会釈してその場を離れた。関わればろくなことにならない。彼の正体を知らなくてもそう感じさせるほど、彼はどこか暗くて陰湿な男だった。
もし王太子と婚約したのが彼の妹ミレイアだったら、と私はふと考えていた。オブライエン家よりも家格が上のディジュー家ならあり得た話だ。そうなっていれば、ルシフェルドも王妃の兄として満足していただろうか。お爺様もつくづく余計なことをしてくれたものだ。私はそんなことを考えながら食堂へと急いだ。
***
「はぁ~、美味しかった」
昼食を終え、私は久しぶりのB級グルメにすっかり満足していた。
B級グルメといっても郷土料理のような素朴な料理のことだ。これには攻略対象との好感度を上げる効果があって、各地方の料理が日替わりで提供される。それに対応したキャラの好感度が上がるのだ。主人公ではないので、私に効果はないと思うが、今日はユーリスの好感度を上げる焼きそばに似た料理だった。
お腹も満たされ、クラス分けの発表まで寮の部屋でのんびりしようと歩いていたら、今度はルシフェルドの妹ミレイアに呼び止められた。
「……フィアナ様、あの……」
ミレイアは兄とはまるで違い、話すときもどこかおどおどしている控えめな少女だった。
「あの……フィアナ様のお耳に入れるべきか、少々迷っていたのですけれど……で、殿下の御身を案じる者として、どうしても……だ、黙っていられませんでしたの……」
「何かあったのですか?」
ミレイアは周囲を気にしながら、さらに声を落とした。
「あの光の……光の魔法を使うアーシャという平民が、殿下にずいぶんと馴れ馴れしくしているとか」
「はい……それで?」
ルシフェルドでダメだったから、今度は妹を送り込んできたのか。
ミレイアは続ける。
「あの、それで……噂では彼女の実家の店が、あの……借金を返さずにいるらしいのです。私の友人が泣き寝入りするしかないと嘆いておりまして」
この噂は知っている。なぜなら、もう少し後になってからファナが広める嘘の噂だからだ。ゲームの展開が、私のイレギュラーな行動のせいで、どんどんと早まっているような気がした。
「そ、それで、そんな家の事情を抱えた者が、お、王家に近づくのは……少々、あ、危ういのではございませんか?」
私は困ったような笑みを浮かべた。
「あなたが心配して下さる気持ちはよく分かりますわ。けれど……アーシャさんはそんな方ではありません。きっと何かの間違いだと思いますわよ」
「……まあ、そう……なのですね。そ、それでは、わたくしはこれで失礼いたしますわ」
ミレイアは驚くほどあっさりと引き下がり、慌てて裾をからげるようにして去ってしまった。
「はぁ~」
私は大きな溜息をついた。あの兄妹のせいで昼休みがあっという間に終わってしまった。
***
昼休みが終わって、ようやく講堂の壁にクラス別の名前が張り出された。生徒たちは我先にその張り紙の前に集まってきていた。ユーリス王子と同じクラスになれた令嬢たちは喜び、そうでない者は落胆の声を上げている。クラスは魔術の実力順に分けられていて、見なくても分かるが、私は一番下のクラスで、アーシャとユーリスは一番上のクラスだった。
私は張り紙をさっと見ただけで、さっそく自分のクラスへ向かおうとしていた。
「オブライエン様!」
名前を呼ばれて、私は思わず肩をびくりと震わせた。これまで誰かに呼び止められて、良かった試しがひとつもなかった。恐る恐る振り向くと、アーシャが満面の笑みで駆け寄ってきていた。
「アーシャ・アシュベル様」
なぜかフルネームで答えていた。
「オブライエン様。先ほどの魔法、とっても素晴らしかったです!」
「……は?……私の魔法が?」
「ほら、あのビューンって出た小さな火の玉です!」
あんな魔法は誰でも出せるがアーシャはからかっているわけではなく、本気でそう思っているようだった。
「私、兄がいるんですけど、兄はもっと大きな炎しか出せなくて。あの火の玉は小さくて繊細で、とても素敵でした」
思った以上に面白い子だった。
「あ、ありがとうございます。あの、お兄様も魔法が使えますの?」
「はい。今は街の魔術育成館に通っています」
「そう。お兄様も優秀なのね」
「い、いえ、そんな……」
アーシャは兄を褒められたのが嬉しいらしく、ぽっと頬を染めた。
「それよりも、今朝のことは謝りますわ。なんだかわたくし、あなたに酷い態度を取ってしまっていたそうなので、気が付かなくて申し訳ありませんでしたわ」
「ええ? そんなことありません。誰がそんなことを?」
「誰って……みんなが噂していると、ユーリス殿下が……」
「ユーリス殿下が? どうしてかしら? 私が誤解を解いて――」
「いえ、いいのよ」
私はアーシャの言葉を遮った。
「私のことは気になさらないで。アーシャ様は好感度のことだけを考えてくださらないと」
アーシャはこの先、王子たちとの好感度を上げておかないと危険なイベントで助けてもらえず、すぐにゲームオーバーになってしまうのだ。そうなったら、いったい誰が闇の魔導師を倒してくれるというのか。
「好感度?」
「いえ、何でもありませんわ。アシュベル様こそ、魔力判定では素晴らしかったですわね」
「そんなこと……」
アーシャは申し訳なさそうに俯いてしまう。
「あの……今朝のこと……ありがとうございました。あの後、声もかけずに別れてしまって、申し訳ありませんでした。もっときちんとお礼を言わなければいけなかったのに……」
「ああ、そんなこと気になさらないで、アシュベル様のせいではありませんわ」
「あの……私のことはアーシャとお呼びください」
「それじゃあ、私もフィアナでいいわ」
アーシャは顔を上げて笑顔になった。
「あ、ありがとうございます。それではフィアナ様とお呼びしても……」
「ええ、もちろんよ。よろしくね、アーシャちゃん」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
アーシャは想像していたよりもずっと可愛くて、それでいて抜けていて、楽しい子だった。私は、初めてセーブボタンを押したような気分で、ほっと胸を撫で下ろした。




