12.魔力判定
「次、アーシャ・アシュベル嬢」
アーシャの名前が呼ばれた瞬間、私ははっと我に返った。
入学式から始まるゲームの本編を、私は静かにやり過ごすつもりだった。けれど学園に到着して早々、主人公アーシャとの衝突シーンが発生してしまった。まるで、ゲームが私を強制的に物語へ引きずり込むかのように。
けれど私は、悪役令嬢のレッテルを貼られないように、できるだけ優しく彼女に接したつもりだった。それなのに……アーシャの攻略対象であるユーリス王子からは「弱い者に酷い態度を取った」と、なぜか非難されてしまった。身に覚えのない誤解に困惑したまま、式は終わってしまったのだ。
そして今は、大講堂での式が終わって、訓練場で魔力判定が行われているところだった。魔法科の先生たちが見ている中で、新入生たちが自分の魔術を披露していく。この判定結果でクラス分けが決まるため、皆は真剣そのものだった。ゲーム的に言えば、バトルシステムのチュートリアルでもある。
名前を呼ばれると、光属性を持つ主人公アーシャが皆の注目を浴びながら前へ進み出た。訓練場には、判定用として一匹のスライムが放たれている。アーシャは両手をスライムへ向け、魔法を放った。
「サンレイ」
光の初級魔法を放つとスライムは一瞬で蒸発するように消えた。だが、今回は魔力判定が主な目的なので、それだけでは終わらなかった。
「光よ、私に力を……サンライトブレス」
アーシャがそっと手を掲げ、黄金色に輝く魔法陣が虚空に描かれた次の瞬間、訓練場全体が柔らかな光に包まれ、魔方陣から光の粒が降り注いだ。
「すごい……光属性の回復魔法じゃないか」
「こんなに広範囲の魔法は初めてだ」
光がゆっくりと収まるとアーシャは少し照れたように微笑んだ。その瞬間、訓練場は拍手と歓声に包まれた。
拍手が静まるのを待って、次に魔法科の先生が告げたのは、私の名前だった。
「では次、フィアナ・オブライエン嬢」
周囲の生徒たちからは、期待を込めたざわめきが聞こえてくる。王太子の婚約者であり、王国屈指の家柄の公爵令嬢様なら、今見た以上の魔法をきっと披露してくれるだろう。そんな雰囲気が訓練場を覆っていた。
私は自分の頬を叩き、気合を入れた。
「フィ、フィアナ……集中!」
こんな期待に満ちた空気の中で初級魔法を披露するのは気が重い。それでも私はスライムに向かって精一杯魔法を放つ。
「では……ファ、ファイアーボール!」
放たれた炎の玉は真っ直ぐ飛び、スライムに命中して霧散した。ケトに罵倒されながらの特訓のお陰で、子供の頃に比べれば、速度もコントロールもずいぶん上達している。
「……」
だが、所詮は初級魔法だ。拍手が起こるはずもなく、生徒たちは次の魔法を期待するように固唾を呑んでいる。
「あ、ありがとうございました」
私が慌ててお辞儀をすると、訓練場に微妙な笑いが広がった。
ヒロインの華々しい魔法の直後では、誰が何をやっても見劣りする。アーシャにしてみたらとんだとばっちりだが、ゲームのフィアナは、これを「恥をかかされた」と受け取って彼女をさらに毛嫌いするようになるのだ。
けれどこの展開を知っている私に怖いものはなかった。それに、魔法のことでは悲しいほどケトにぼろくそに言われ続けてきたので、恥をかくことにはすっかり免疫があったのだ。
私はそのクスクス笑いにもう一度優雅にお辞儀を返して退場した。
魔力判定の最後はユーリス王子だった。これまでは一体だけだったスライムが、王子の前には数体も放たれていた。王子が胸の前で指を組むと、水の玉が次々と生まれ、彼の周囲を渦のように回り始めた。やがてその水の玉は氷へと変わり、観客席から歓声が上がる。
風属性の素養も少しはなければならないが、水属性の魔力を持つ者は、訓練を積めば氷属性の魔法も使えるようになる。それにしても、さすがはこのゲームの準主役だった。
王子が指を鳴らすと、氷の玉は一斉にスライムへ飛びかかり、あっという間に粉々に砕け散った。満足げに周囲を見渡す王子に、さらに大きな歓声が沸き起こった。
魔力判定が終わっても訓練場はまだざわついていた。
人だかりができている方を横目で見ると、ユーリス王子がアーシャに話しかけているところだった。他の生徒たちも興味津々といった様子でアーシャの周りに集まっている。
「君の光魔法は本当に素晴らしかった」
「あ、ありがとうございます。まだ練習中ですが……」
「練習中であれだけできるなら、たいしたものだ」
すると周囲の生徒たちが次々に声を上げる。
「あんなに広範囲の回復魔法は見たことがないよ」
「あれは上級魔法だろ? もうそんなことが出来るなんて、すごいよ」
そんな賞賛の言葉にも、奢った様子を一つも見せず、アーシャは俯いて恥ずかしそうにしていた。
「ありがとうございます。これからも皆様の力になれるよう頑張りたいです」
そんな真面目で素直な様子に、ユーリス王子だけでなく周囲の男子生徒たちまでが、すっかりメロメロになっていた。
一方その様子を、ユーリス王子を狙う令嬢たちが複雑な表情で遠巻きに見つめていた。
「まあ……あれは何のつもりかしら」
「貴族にでもなったつもりなのよ」
「図々しいですこと」
そんな悪口が聞こえてくる。嫉妬とは心に巣食う恐ろしい魔物だ。ゲームではフィアナもこの中に加わっていたのだが、幸い、今の私はユーリス王子に何の興味もなかった。なんなら「あんな王子のどこが良いのか」としか思っていなかった。
だから私は「くわばら くわばら」と小さく日本の呪文を唱え、足早にその場を通り過ぎた。




