10.瘴気の森
アドリアンの錬金術に必要な素材を採取するために、私たちは瘴気の森に来ていた。
瘴気の森とは、魔物を生み出す瘴気を濃く残した森のことで、未開地や大陸北部に多く存在する。そのため、大陸の北にあるマグナリア王国には瘴気に満ちた森がいくつか点在している。魔物が出没する危険な森だが、錬金術に使う貴重な素材が採取でき、冒険者にとっては必要な森でもあった。
今回私たちが訪れたのは、公爵邸の近くにある比較的瘴気の薄い森だった。
「ほれ、スライム来たで、練習の成果、見せてみぃ」
ケトが顎で指した先には、プルプルと揺れるスライムが姿を現していた。スライムは液状の身体を持つ低級の魔物だ。
「ケトが倒してよ、私の従魔でしょ?」
「それやったら練習にならへんやないかい!」
「もうヘトヘトなんですけど」
私は恨めしげに、薬草を黙々と採取しているアドリアンとリュカ先生を睨んだ。私の視線に気づいたリュカ先生が肩をすくめる。
「僕は回復役だから」
「も~、ファイアーボール、ファイアーボール、ファイアーボール」
スライムたちは、火球を受けてぱちんとはじけるように消えていく。スライムくらいなら私でも倒せるようになったけれど、魔力量の少ない私ではそろそろ限界が近かった。
「アドリ、あとどれくらいで採取が終わるの?」
「それがなかなか欲しい薬草が見つからなくて」
「その手に持ってる大量の葉っぱは何なのよ?」
「あ、これは砂蔓草です。葉が硬くてツルツルしているでしょ? 葉のギザギザが深いのは砂斬草なんですけど、これは葉のギザギザが浅いから――」
瞳を輝かせて語るアドリアンの話は延々と続きそうだった。仕方なく、私はその言葉を遮って質問した。
「それが欲しいって言ってた薬草じゃないの?」
「――いえ違います。僕が欲しいのは筒傘草といって、砂蔓草に少し似ていますが、葉がカサカサして――」
アドリアンがまた長話を始めそうになったので、私は思わず叫ぶ。
「説明はいいから! 早くお目当ての物を探しなさ~い!」
「は、はい、姉様」
アドリアンは慌てて薬草を袋に押し込み立ち上がった。
そのとき、ケトが鼻をクンクンさせながら周囲を見回した。
「おいガキんちょ。そろそろ戻るで」
リュカ先生も周囲の気配を確かめ、頷いた。
「そうですね。すこし奥まで入り過ぎたようです」
「は~。やっと帰れるの?」
「ごめんなさい、姉様。こんなところまで付き合わせてしまって」
「気にすんなや。嬢ちゃんにはええ練習になったやろ」
ケトがそう言った次の瞬間、急にアドリアンが目を輝かせた。
「……あれ? あれはもしかして」
そう言うなり、アドリアンが突然駆け出した。
「アドリ! そういう行動は強い魔物が出てくるフラグなんだからやめてちょうだ――」
「おい、なんかやばい気配するで」
私の言葉を遮って、ケトが耳をピンと立てた直後、森の奥から鳥たちが一斉に飛び立った。
アドリアンは薬草を手にして満面の笑みを浮かべる。
「ほら見てください。これが筒傘草です!」
しかし、アドリアンが振り返ったその背後で赤い瞳が二つ、闇の中で禍々しく光った。
「ほらやっぱり出た!」
「ガキんちょ! 動くんやないで!」
私とケトは同時に動いた。
「ファイアーボール!」
私は赤い瞳めがけて火球を放つ。その隙に、ケトが影を渡ってアドリアンをこちら側へ引き戻してくれた。攻撃が命中したのか、森の奥では黒い影が怒り狂ったように咆哮していた。大した効き目はなかったようだが、怒りに燃えるその魔物は影のような体を激しく暴れさせていた。だが、赤く光る眼がこちらを狙っていることを示していた。
「あれはヴォイドマインドかな?」
リュカ先生が声を潜めて呟きながら、私たちに防御魔法をかけてくれた。
「そんな雑魚ちゃうわ。あんなん絶対無理やわ」
「なんで? まずいの?」
「あれはワイでも倒されへんわ」
魔物には相手の魔力を推し量る能力がある。
「これは困りましたね」
リュカ先生が呑気にそんなことを口にしている間にも、森の奥からは黒い影がゆっくりと姿を現しつつあった。
「ケ、ケト、影渡りで全員を森の外へ連れてって」
「一人ずつしか連れてかれへんわ」
木々が折れ、魔物の気配が近づいてくる。
「ならアドリだけでも連れてって」
「いえ、僕も戦います!」
アドリアンが採取用の小さなナイフを握りしめ、私の前に立ちはだかった。私を守って見せるという健気な心は嬉しいが、その背中は少々小さかった。
「よっしゃ、嬢ちゃん。ワイが戻るまで気張っときや」
ケトはアドリアンの首根っこをむんずと掴んだ。
「嫌です、僕は姉様を守るん――」
アドリアンの抗議も虚しく、彼は引き摺られるように影の中に沈んでいった。




