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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第五章:≪扉≫の先に広がる異世界
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シューヴァンシュタイン家の宝物庫での異世界人との邂逅

 アルテミスと思われる女神像のある祭壇に上がると、その後ろにはメダリオンをはめ込むくぼみがあった。


「多分、≪月印のメダリオン≫が必要だわ」


 それを確認し、祭壇から下りてラヴェンダーはジェイに伝える。肝心の彼はというと、神殿の床に右足を押さえながら座り込んでいた。

 ラヴェンダーの手を引きながら祭壇を登ろうとしたところ、足に、先ほど扉で喰らったのよりも強烈な一撃を食らったからだ。


 どうやらアルテミス様は大分ジェイにご立腹の様子である。


「……とりあえず、待つしかないな」

「あと、あの台座の裏に文字がたくさん書いてあったの。でも読めない言語だったから写真だけ撮ってきたわ」


 そう言って、ラヴェンダーは端末に撮った静止画を見せる。ジェイもそれを覗き込んでみたものの、やはり知らない言語だったらしい。首を大きく横に振った。


「ネットが通じないのは不便だな。翻訳機能が使えない」

「とりあえず、景色とかと一緒にこの記録もエリーゼ様に見てもらって、解析してもらうしかないわね」

「そうだな」

「それにしても、この世界はなんなんでしょうね」


 改めて神殿の外を見つめながら呟いた。


「異次元、と言ってしまったら単純に片付いてしまうのかもしれないけど、一つの空の中に夜も昼もあって、太陽と月と星が同時に見える……そんなの地上の常識では考えられないわ」

「まあでも、そもそも≪エデン≫なんて代物自体フィクションというかもはやファンタジーみたいなものなのに、それに至る道程が常識的でも、矛盾する気はするけどな」

「それもそうね」


 言われてみればその通りな気もした。ただ、あまりに非現実的すぎると、謎解きもままならなくなりそうだし、できればラヴェンダー達の分かる範囲で謎解きができるといい——そう思った。


「あーっくっそ! 痛えっての!」

 

 そんな会話してから程なく、グロウがわめき声と共に扉を開け、入ってきた。

 

「グロウ! 無事だったのね!」


 立ち上がり、ぽっかりと扉の形に開いた空間の裂け目の方に駆け寄った。

 サイズ的にその扉の空間も彼には小さすぎるのか、くぐるようにしてこちらに入ってくる。


「おう。待たせたな! ……て、また神殿なのか」

「怪我はない?」

「まあな。俺様にかかればあれくらいは楽勝だな」


 ジェイの言葉通り怪我一つなくこちらにやってきた彼は、衣服の乱れもなければ服に汚れがついたりもしていないようだった。


(か、返り血すら浴びてないとか、一体どんなバケモノなの)


 それを確認して、思わずラヴェンダーはぞっとなった。

 単にそれは相手が血も長さに不可思議な生命体だったからだが、それをラヴェンダーが知るよしもない。


「それで,なんか新しい発見はあったか?」

「上の祭壇に、メダリオンを填めるところがあったの、持ってきてるでしょ?」


 グロウの問いに気を取り直して答えると、ラヴェンダーは手を差し出した。


「おう。持ってきたぜ」


 そう言って、グロウはラヴェンダーの手の平にメダリオンを置いてくれる。それに視線を当てたラヴェンダーは、グロウの腕のグローブから上、肘近くまで赤くミミズ腫れのようなものが走っているのを見つけた。


「どうしたの、これ? 怪我?」

「いや、この扉のせいだ。扉締めるときに長く触ってたからな。この扉、一瞬ならその箇所だけだが、長く触ってると広範囲に影響があるらしい」

「……私が、締めれば良かったね」

「あっち側に開く扉だったんだから仕方ないだろ。気にすんな」


 そう言ってグロウはラヴェンダーの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。髪が乱れる、と文句は言ったが、その変わらない様子に、本当に何ともなかったのだとホッとする。


「で、お前は床に座り込んで、なにやってるわけ?」


 祭壇そばに移動したグロウが、座り込むジェイに不思議そうに首をかしげて問う。

 答えたくないのかふいっと顔をそらしたジェイの代わりにラヴェンダーが答えてやる。


「祭壇にも拒絶されたんですって」

「なるほどなあ」


 にやにやしながら、グロウが顎を撫でた。


「神様も手厳しいことで」

「……」


 グロウのコメントにジェイは渋面のまま、沈黙した。返す言葉はないようだった。


「しかし、それだと俺も上に上がれねえなあ。ワイヤーガン使えばなんとかなるかもしれねえけど……」

「とりあえずさっき上がったときは何ともなかったから、私だけで行ってみるわ。助けが必要だったらお願い」

「わかった」


 ラヴェンダーの言葉にグロウが大きく頷く。それを確認し、ラヴェンダーは祭壇の脇の人のサイズの階段を駆け上がった。

 そして、女神像の台座の裏の窪みにメダリオンを填める。


 するとメダリオンを填めたところから、ふわり、と淡い青銀色の光が浮かび上がり、正面に立つラヴェンダーをすり抜けて背後にある壁に吸い込まれる。そしてその白い壁に大きく拡大されたメダリオンと同じ図形が、青銀色の光で描かれたかと思うと、ちょうど人が通れるくらいのサイズの長方形の線が浮き上がった。

 ガコン、と大きな音がして、長方形の腺の内側の白い壁が下に向かって下がっていく。


 そうしてラヴェンダーの目の前に、新たな入り口が現れたのだった。


「なんか音がしたみたいだが、大丈夫か?」


 下からジェイが問いかけてくる。


「新しい入り口が出てきただけよ。ちょっと入ってみてみる」


 それに、声を張り上げて答えると、ラヴェンダーはその入り口に足を踏み入れた。


 中は、十メートル四方ほどの、この神殿のサイズからしたらかなりこぢんまりとした部屋で、淡い青い光が室内を照らしていた。四方の壁には棚が有り、いろいろなものが置かれていたが、槍や装飾の施された箱、何かの杯のようなものや壺など、置かれているものに統一性がない。


 一方で部屋の中心には、石の台座の上に載った、金属とガラスでできたスノードームのようなものがあった。部屋を照らす青い光は、これから放たれてもいる。


 近づいてみると、ドームを囲む金属製の円盤には定規のような目盛りが有り、中には幾本もの円環が通されている。上から覗くと底の方にはたくさんの歯車が回転しながら円環を回転させていた。


「これが、≪テュケーの渾天儀≫ね……」


 大きさは思ったほど大きくはなく、ラヴェンダーが両手で持ち上げられる位だった。ただ、すぐに触るのは危険そうなので、台座の周りを見回してみる。すると台座の根元に、文字が彫られた石盤が置いてあった。


「……これ、ドイツ語だわ」


 しゃがみ込み、その石盤を覗き込んで驚いた。外のアルテミス像にあるメッセージは全く読めない文字だったのに、これは比較的近代的なドイツ語の文章なのである。

 となるとここが、シューヴァンシュタイン家がアーキファクトを隠したという場所なのだろう。そして棚に置かれたもの達は全て、彼らが集めたアーキファクトということか。


 言ってみればシューヴァンシュタイン家の宝物庫と言えた。


「思ったより少ないけど……とりあえず記録しておく必要はあるわね」


 呟いて、手にしたカメラを向けながら、ぐるり、と部屋を一周してみる。その後、アーキファクトを一つ一つ静止画で撮影した。


「≪テュケーの渾天儀≫は持って行くとして、他はどうしようかしら……」


 再び部屋に視線を巡らせるが、ラヴェンダーだけでいくつも持って行くのは難しそうだったので、もし持って行くなら下にいる男性陣を呼ばなければならない。


「その前に、石版を読んだ方がいいわね」


 思い、再びしゃがみ込んだ。


「えーと……【汝これに触れるとき、世界はその有様を変える。”契約”なき者は驚きを持ってそれを見るだろう】——どういうことなの、これ?」


 何か具体的なメッセージかと思いきや、またふんわりとした内容なので、ラヴェンダーは頭を抱えてしまった。触っていいのかいけないのか、非常にふわっとしている。


「これは、来てもらうしかないかしら……」


 ぶつぶつと呟きながら外に出ると、ラヴェンダーは祭壇の上から青年二人に呼びかけた。


「≪テュケーの渾天儀≫あったわ! でも、ちょっと意味がよく分からない石版があるの」

「行った方がいいってことか?」

「できれば」


 ラヴェンダーの言葉に、ジェイはグロウを見上げた。


「お前、ワイヤーガンで下に降りずにラヴェンダーの言う部屋まで行くこと、できるか?」

「んー」


 グロウは数歩下がると、ラヴェンダーが出てきた位置を視線で捉える。それから頭の中で大体のシュミレーションができたのか大きく頷いて戻ってきた。


「ま、いけんだろ。お前も運ぶか?」

「お前の軌道を追うから、先に行ってくれ」

「分かった」


 頷いて、グロウは取り出したワイヤーガンを構えた。フィンッと高い音がして先端が飛び、入り口の少し上の壁にくさびが打ち込まれる。


「よっと」


 少し引いて強度を確かめると、巻きとり機能をオンにながら床を蹴る。

 綺麗な軌道を描いて飛び上がったグロウの身体は、空中で身体をひねったことで方向を変え、綺麗に小部屋の中に着地した。


「お、ここは痛くないみたいだな」


 立ち上がってから、確かめるようにばしばしと床を蹴りつつグロウが言う。


「ジェイ、中は怪我の心配ないみたいよ」


 それを聞いて、ラヴェンダーは下にいるジェイに手を振りながらグロウのコメントを伝えた。


「了解」


 頷いたジェイもワイヤーガンを構えた。そして、ほとんど同じ軌道を描いて宝物庫に着地する。

 着地は少し乱れたが、ジェイもほとんど問題なくワイヤーガンを扱えるようだった。


(……これ、怪盗の仕事を今後こいつらにやらせるのも有りなんじゃ……)


 と、思ってすぐに否定した。グロウは全く演技はできないし、ジェイにやらせたら傷つく女性を量産するだけな気がする。


(やっぱりシュヴァルツ=カッツェは私がやらないと……!)


 決意を新たにしたラヴェンダーだった。

 

「これが、≪テュケーの渾天儀≫か……」


 宝物庫の中でお目当ての≪テュケー渾天儀≫と対面したジェイが、感嘆の溜息と共に呟く。


「思ったより小せえのな」

「……まあ、私たちで持てないようなものだったら大変だもの。このサイズで助かったわ」


 二人を追って宝物庫に戻ったラヴェンダーは、そう、グロウの台詞に答えながら、渾天儀が置かれた台座の足下にある石版を指さす。


「見て欲しいのはこの石版よ」


 そう言って、ラヴェンダーはドイツ語で書かれた石盤の内容を説明した。


「——おそらくシューヴァンシュタイン家の誰かが残したものなんだろうけど、何となくこれを持って行くのって勇気がいる感じの文言じゃない?」

「確かにな……だが、持って行くな、とは書いてないから、持ち出しを禁止しているわけではないんだろうが……」

「禁止してたら、シューヴァンシュタイン家の誰も渾天儀を扱えなかったことになるもの。持ち出しはできるんでしょう。ただ、”契約”がないと何か起きるんでしょうね」

「何のことか、一度戻ってアーデルハイド様に聞いてみるか?」

「そのために一度戻んのか? 面倒臭くね?」


 それまで宝物庫の中を物珍しそうに見ていたグロウが、二人の議論に急に割り込んでくる。


 そして、ひょい、と≪テュケーの渾天儀≫を取り上げた。


「持ってけばいいだろ。ごちゃごちゃ言ってねえでさ」


 そう言って、二カッと笑う。


「——この、馬鹿ーーー!!!」


 思わずラヴェンダーは絶叫に近い声を上げてしまった。


「明らかに要注意って書いてあるのに、なにやってんのよ」

「思ったより重いのなー、これ」

「重いのなー、じゃない。すぐに下ろせ」

「壊れ物なんだから、そうっと下ろすのよ、そうっと!」

「つっても、特になにも起こらねえけど……て、おお」


 周囲をきょろきょろしていたグロウが、宝物庫の外に視線を当て、声を上げる。


「な、なに……?」

「見たら分かるぜ。ほら」

 

 そう言って、グロウはラヴェンダーの胸に≪テュケーの渾天儀≫を押しつけてくる。

 それ、セクハラ、と叫ぶよりも前に、くるり、と宝物庫の方に身体を向けられた。


「なっ」


 そうしてみたもものに、ラヴェンダーは絶句した。


 それまで、神殿には誰もいないはずだった。

 なのに、今、宝物庫の出口の向こうに複数の人間らしきものの足が見える。

 

 らしきもの、と言ったのは、見えているのがサンダルを履いた複数の脚の膝から太もものあたりだったので、それが果たして、二本足の人物が複数いるのか、それとも三本脚、四本脚の人間がいるのか分からなかったからである。


 ただ分かっているのは、そこにいる存在が非常に大きいことだけだ。

 おそらく、この神殿に見合うだけの巨大ななにかが、そこにいた。


「どうした?」

「……見れば分かるわ」


 そうとしか言いようがなく、ラヴェンダーは押しつけられていた渾天儀をぐいと押して、ジェイの方に押しつけた。

 そして、出口の方を指さす。


「……これは!」

「【世界が有様を変える】って、そういう意味だったのね。見なかったはずのこの世界の人が、見えるようになったんだわ」

「じゃあ、”契約”ってのは、なんなんだ?」


 議論をする三人の視線の先で、祭壇の下にいるらしい存在の一人が身を屈めた。

 明確な意思を持ってこちらを見てくる。


 その顔には目が三つあった。鼻の横に二つ、そして額に一つ、だ。

 青みを帯びた灰色の三つの眼差しが、じっとこちらを見つけてくる。


「……これって、見つかったんじゃない?」


 ラヴェンダーの予測は果たして正しかった。


 身を屈めていた人物は身を起こすと声を上げる。


『おい! ≪親切な隣人≫の宝物庫が開いているぞ!』


 それは、不思議な感覚だった。音として聞こえるものは全く分からない言語なのに、何故か頭の中にその意味が伝わってくる。


『本当か?』

『また≪親切な隣人≫が戻ってきてくれたのか?』

『もしかしたら≪意地悪な隣人≫の方かもしれん! ”契約”の印があるか確認するんだ!』

『魔術師を呼べ! もしも≪意地悪な隣人≫だったときのために、黒曜狼(こくようろう)をださせろ!』


 そうして交わされる会話は恐ろしいほど大ボリュームで、ラヴェンダー達には耳をふさがないと耐えられないほどだった。

 ただ、確実に物騒な方向になって言っている。


「見つかってる! どうしたらいいの?」

「”契約”の印ってなんかあんのか?」

「ないから慎重に対応しようとしてたのに、台無しにしたのはグロウでしょ、馬鹿!」

「シューヴァンシュタイン家に確認するにしても、”契約”印がなかったら、確実にまずい目に遭わされるな……一端、逃げるぞ」


 言って、ジェイは宝物庫の外を眺める。

 

「ここを出るのに,≪月印のメダリオン≫は回収しなきゃならないな」

「なら、私がとってくるわ」

「グロウ。先に出て、向こうの意識を引くことはできるか?」

「それなら任せとけ。派手に動いて揺動してやるよ」


 そう言うと、グロウはワイヤーガンを取り出した。


「グロウは30秒は時間を稼いでくれ。≪テュケーの渾天儀≫を見せつければ、嫌でも注意を引けるだろう。その間にラヴェンダーはここを出て、台座のメダリオンを回収。俺が、ここからワイヤーガンで脱出するついでにラヴェンダーを回収して、飛ぶぞ」

「了解。45秒後に、神殿に入ってきた扉の中に集合でいいか?」

「ああ」

「合図はお前が出してくれ、ラヴェンダー」

「わかったわ」


 頷いてから、ラヴェンダーは周囲を見回す。

 次、いつここにこれる変わらない。なにか持って行けるものはないかと見回した。


 すると、一冊の本が目に入った。革の装丁で厚いが、これなら他の槍や杯と違って、服の内側に入れられて持ち出すこともできないほどでもない。

 

 ラヴェンダーはその本を取り上げ、サバイバルベストの下に来ているシャツの下から入れると、再びシャツをズボンに差し込んだ。これで落ちないはずである。


「いけるわ。スリーカウントでいい?」

「おう」

「ああ」


 二人が頷くのを見て、ラヴェンダーは宝物庫の入り口に、グロウに続く形で立った。


「行くわよ——スリー、トゥー、ワン、ゴー!」


 ラヴェンダーの合図と共に、まず、巨人達の肩を追い越す位置の柱に向かい、グロウがワイヤーガンを打ち出す。そして大きく飛んだ。



閲覧ありがとうございます。

次回更新は1月21日16時の予定です


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