影の追跡者達
『何か飛び出したぞ!』
『宝物庫の宝を持っているぞ!』
それに、巨人達の意識が向く。ラヴェンダーは巨人達の目線が外れたのを確認した瞬間走り出していた。
正面の祭壇にとりつき、メダリオンに手をかけて後ろを振り向く。目があったジェイが頷いて、巨人達の死角になる位置に、ワイヤーガンを打ち出す。
「行くぞ」
そう言ってジェイが床を蹴るのと、ラヴェンダーがメダリオンを取り外すのとが、ほぼ同時だった。
宝物庫の扉がせり上がってくる音を背後に聞きながらジェイに腰を引き寄せられ、ラヴェンダーの身体も大きく飛び上がった。
柱を起点に、大きく弧を描く形で、二人の身体は神殿の端、二列の柱の並ぶ通路に運ばれる。底で着地してすぐに、ジェイが次の柱を狙った。目標は出口のある神殿の中程に近い柱だ。
「オラオラ。これが欲しいなら捕まえてみろ!」
一方、グロウは≪テュケーの渾天儀≫を見せびらかしながら、巨人達の追及をかわし、神殿を飛び回っていた。
三つ目の巨人達は風貌と大きさこそ驚異だが、いかんせん遅い。捕まえようとおろおろとしているだけで、グロウに触れることもできない。
その間に、ジェイとラヴェンダーは二回目の移動を終え、出口のそばまで来ていた。
「先に入れ」
ジェイは、ラヴェンダーを地面に下ろすと、そう言ってラヴェンダーの身体を押す。
つんのめるようにして空間を超えたラヴェンダーは、体勢を立て直すと扉をいつでも閉められるように扉の外側に立つ。
「グロウ! 来い!」
それを確認して、ジェイが手を大きく振ってグロウに合図を出した。そしてすぐに彼も空間を超えて白一色の広場に戻ってくる。
「ほんじゃあな!」
目線でラヴェンダー達の動きを追っていたのか、ジェイが合図したときにはグロウは出口そばの柱に鋲を打ち込んでいた。巨人達の足下を縫うようにして低く飛ぶと、一直線に出口に飛び込んでくる。
まるで弾丸のような軌道だったが、空間認知能力と身体バランスはさすがのものだった。白い広場に飛び込んですぐ、義手じゃない方の片手で地面を強く押し、前方展開する形で体勢を整えると、綺麗に着地した。
「えい!」
その後ろで、ラヴェンダーがかけ声をかけ、白い扉の片側閉めた。そしてすぐに逆側も閉める。
すると、巨人達の騒ぎ声はぷつり、と途切れ、シンと静寂が訪れた。
「すぐに戻るぞ」
けれど、休んでいる暇はない。先ほど巨人は追っ手を出すよう指示をしていた。街に警戒網が引かれるのはすぐだろう。
身体が小さい分隠れるのは容易だろうが、それでも不案内な場所での潜伏は避けるべきだ。
なにより、巨人の言っていた”魔術師”というのが気になる。もしもそれが本当に魔法を使うような存在なら、どう戦っていいのか皆目見当がつかないのだ。
「走れ!」
グロウが言って、先頭に駆け出した。来たときのようにその後にラヴェンダー、ジェイの順番で続く。
そうしてもう一つの扉を抜けると、来たときにはシンとしてた大通りが完全に様変わりしていた。
行き交う多くの人々、客引きの声、また不思議な動物に引かれた荷車がたてる、石畳を打つ音ーー
活気に満ちた巨人の街がそこにあった。
だが一言に巨人と言っても、皆が同じ容貌をしているわけではなかった。
先ほどは目にしたのは三つ目の巨人達だったが、通りを行き交う巨人達は二つ目が多い一方、ウサギのような耳が頭の頂点に映えていたり、顔から首に至るまでが豹のような頭の者もいた。ラヴェンダー達と似ている獣の耳のない二つ目の巨人は、むしろマイノリティですらあった。
服装も多種多様で、ギリシャやローマのような長い布を身体に巻いて腰を布で留めたような服装の者もいれば、ターバンを巻き、金の飾りをじゃらじゃらと重ねたインドの映画に出てくるような服装の者、あるいは光沢のある赤い布地に金糸で刺繍をした袍と半球型の帽子を被った中華風の者もいる。
荷車を引くのも、脚がハ対もある馬に似た生き物だったり、もはや恐竜と言えるのではないかというくらい巨大な爬虫類ようなもので、そのどれもがラヴェンダーが今まで目にしたことのない生き物だった。
「——すごい」
それまでの静謐に満ちた世界から一転し、一斉に脳に飛び込んできた情報を処理できず、ラヴェンダーは思わず足を止めた。
「ファンタジーだわ!」
「感動するのは後にしろ!」
その彼女の腕を、ジェイが引く。
乱暴なその腕の強さに、ラヴェンダーは思わず頬を膨らませた。
「なによ、ちょっとくらいライブで感動したっていいじゃない!」
「これからこの街を駆け抜けるんだぞ。いちいち感動してたら日が暮れる」
「ロマンがないわ」
唇をとがらせてぼやきながら、それでもジェイの言葉に納得はしたラヴェンダーは、再び走り出した。
そうして視線を前に向ければ、グロウはすでに神殿の階段を半分ほど下りてしまっている。
「グロウ! 待って!」
そのため、ラヴェンダー達は慌ててその背中を追ったのだった。
「あの路地を行くぞ」
足を止め、神殿の階段の下で二人が来るのを待っていたグロウは、前方、建物と建物の間の細い隙間を指さす。
グロウは”路地”、と言ったが、それは本当に”隙間”だ。サイズの小さいラヴェンダー達か、あるいはこの世界の猫や鼠くらいにしか通れないだろう。逃げるにはもってこいだ。
だが、その前に大きな難関がある。
神殿の前には大きな通りがある。そこを巨人や荷車、それを引く動物たちが行き交っているのだ。その”路地”に入るには、それらを全てよけつつ通りを横切らなければならない。
「……死んだら終わりのエクストリーム弾幕ゲームみたいだな」
通りの様子を見て、ジェイが低く呟きを漏らす。
弾幕ゲームが何かラヴェンダーには分からないが、言わんとしていることは理解できた。
「死ぬ気でよけろよ!」
死んだら終わりと言っているのに、意味不明としか思えない言葉を残して、グロウが駆け出す。そしてその類い希なる運動神経と筋肉を活かして障害物をよけながら、通りを突っ切っていく。
その背を見送りながら、ラヴェンダーは大きく一つ深呼吸した。
「やってやるわ!」
そして、そんなかけ声と共に、ラヴェンダーも通りに身を躍らせる。すぐにジェイもそれに続いた。
突然上から足が振ってくるのは本当に心臓に悪かったものの、ラヴェンダーも体操で鍛えた持ち前のバランス感覚と俊敏さの持ち主である。少しだけジェイの助けを得ながらもなんとか通りを渡りきったのだった。
「ひとまず、この路地伝っていけば一安心かしら?」
「……どうかな」
そうして合流し、再度走り出した三人だったが、弾む呼吸の合間にラヴェンダーが漏らした呟きに、ジェイが渋い声を返してくる。
「……もう来たみたいだぞ」
その言葉に、ラヴェンダーもグロウも肩越しに後ろを振り返った。
ラヴェンダー達が入ってきた路地の入り口を黒い塊がふさいでいた。
明らかに路地よりは大きい。だから入ってこれない——そんなラヴェンダーの淡い期待などあざ笑うように、その黒い塊がとぷん、と地面に沈んだ。そして、ざああああっという音とともに路地の陰になっている方の壁を、何かが急速に近づいてきていた。
「影!」
ラヴェンダーが声を上げると、グロウが足を止め、身体を反転させた。
「これはお前が持て!」
鋭く言って押しつけられた渾天儀をラヴェンダーが受け取ると、グロウは前にかけていた小銃を卸し、影に向かって引き金を引いた。
タタタタンと小気味いい一定感覚の音とともに鉛玉が放たれる。けれど、影の中にいるそれは異様に素早く、くねくねと影の中を動き回りながら、その自動小銃の弾を避けた。
しかも、影の中から攻撃もできるようである。黒く太い針のようなものを、壁から突きだしてくる。
「ちっ」
舌打ちをして、グロウはその針をよけざま、抜いたククリナイフを振り下ろす。
ざんっと黒い影の針が切れた。影の中からぎゃあああっと言う悲鳴が上がる。
「ナイフは効くタイプか?」
言いながら、ジェイが右手でサバイバルナイフを抜いている。逆の手にはオートマチックの拳銃が構えられていた。
「みたいだな!」
答えながら、グロウは再び突き出された影の角に向け、ククリナイフを振り下ろす。
影は悲鳴を上げ、後ろに引いた。それに、ジェイが銃撃で追い打ちをかける。影から血のような黒い霧が吹き上がった。
「銃も効く——金属はいけるみたいだな」
「ああ。あとは、動きが変則的なのだけが問題……」
ジェイの分析に頷いて、グロウが自身の見解を述べようとした時である。
影が突如、大きく伸び上がり、怒りの咆哮を上げながら、その形を作った。
光を完全に吸収する真っ黒な毛並みに覆われた力強く太い六本の脚、鋭い牙が並んだ巨大な口。頭が異様に大きく、下半身の一部は壁に広がった黒い液体状の影の中に沈んでいる。
”黒曜狼”——巨人達が口にしていた名に相応しい、影から生まれた狼がそこにいた。
大きさは雄ライオンの成獣くらいはある。圧倒される大きさだった——本来は。
ラヴェンダーは渾天儀を抱えながら、半眼をグロウに向けた。
斜め後ろから見上げた彼の横顔は、笑っていた。
「敵が”獣”なら話は簡単だ」
くるくると器用にククリナイフを回しながら両脚を肩幅より広く開くと、ぐっと膝をたわめた。
そして、高らかに宣言する。
「さあ、狩りの始まりだ!」
グロウの宣言に呼応するように狼が跳ねた。太い前足をグロウめがけて振り下ろしてくる。
グロウは身を低く屈めながら前に飛んでかわした。ジェイは拳銃で援護し、狼の目を狙って連射する。
狙いはそれたが、銃弾の勢いでやや、黒曜狼の姿勢が崩れた。その下を、グロウが駆け抜ける。
通り過ぎ様、ククリナイフで引っかけるのは、黒曜狼の振り上げられてない方の脚だ。
骨のない影故に、それは意図もたやすく切り落とされた。
「ギャンっ」
再び黒曜狼が悲鳴を上げた。だが、二人とも攻撃の手を緩めない。
五本脚で着地するも体勢を崩したところに、ジェイが逆の前足を銃で狙い、さらに身体が落ちたところに、グロウのククリナイフがその太い首めがけて振り下ろされた。
音もなく、その首が落ちた。
「ギャアアアアアアア」
落ちた首が、黒曜狼の身体が、壁に張り付いた影が、悲鳴を上げる。
すると、そこにあった獣の身体が輪郭を崩し、どしゃり、と地面に落ちた。
代わりに崩れ落ちた影の中から、球体のものが姿を現す。
「おそらくこいつの核だ! 壊せ!」
その球体の正体を察して、ジェイが叫ぶ。そして自ら構えた拳銃の引き金を引いた。
グロウもすぐにそれを追って自動小銃を連射する。
「グギャアアアアアア」
球体が悲鳴を上げ、一際大きな悲鳴を上げた。パリン、と硬質な音とともに、核が砕ける。
結局それが、黒曜狼の断末魔となった。核を包んでいた透明な何かは光の粒となって宙に消え、中に入っていた黒く渦巻いていたものも、水たまりのように地面に落ちていた影の塊と共に、さらさらと粉末のようになって風に舞い、消えていく。
「……たお、した?」
「——まだ終わりじゃないぞ、走れ。ラヴィ!」
ほっと、思わず肩の力を抜きかけたラヴェンダーを、ジェイが鋭い声で叱責する。
ジェイはぐっとラヴェンダーの肩をつかむと力尽くで彼女の身体の踵を返させる。
「ちょっ、え?」
「次が来る!」
その言葉とほぼ同時に、路地から光が失せる。大通りに面する入り口にいくつもの影が殺到し、光を遮ったからだ。
おそらく先ほど倒した一匹から、他の黒曜狼達に合図が送られていたのだろう。
ジェイに手を引かれるままに、ラヴェンダーも走り出す。
今度の殿は、グロウだ。自動小銃で影達を牽制しながら、最後尾を走る。
さすがにこの数を相手にできないから逃げの一手に出ているが、走るうちに分かったこともあった。
この黒曜狼は影に潜む生き物だからか、日光にはあまり強くないらしい。
路地の切れ目、少し大きい道に出ると、そこから先影の状態で追ってこれない。一度姿を現し、通った何者かの作った影に潜り込まなければ通りが渡れないのだ。
鼠並のサイズの三人は、行き交う人の脚や何かの車輪こそ危険だったが、それをすり抜ければ距離を稼げる。そうして黒曜狼を引き離すと、三人は最初に出てきた神殿へと駆けた。
ワインのあった家の裏を抜け、三人は神殿の階段を駆け上り、あともう少し——そう思った時である。
神殿の屋根の影に入った三人の前で、巨大な何かが蠢いた。よく見ると足下をいくつもの影の塊が通り抜けていき、集まって巨大なな何かになろうとしているのだ。
「——これ、まずいんじゃないの?」
前をふさがれる形になって進めなくなったラヴェンダー達の前に、その影がぬっと立ち上がり、そして形を取る。
三つの狼の頭、全身を包む闇そのもののような深い黒の毛並み。俊敏さを感じさせる四本脚の身体。
神話の中のケルベロスと呼ばれる獣にそっくりな獣がそこにいた。
影の塊が大きすぎるのか、形を取っては崩れ、を繰り返してはいるが、ラヴェンダー達には巨大すぎる神殿すら優に埋め尽くすほどの大きさのその獣が形を取れたなら、恐ろしい戦闘力を持つだろうことは容易に想像がついた。
「……っどうするの、これ!」
渾天儀を抱きしめ、思わず叫んだラヴェンダーは、二人の青年を振り向き仰いだ。
そして、さらに瞠目した。
どう考えても絶体絶命大ピンチ。窮地も窮地、死亡一歩手前——としか思えない状況なのに。
ジェイは若干けだるそうではあるが特におびえた様子もなく。
グロウに至っては太い笑みを漏らしていた。
「どうするって、そんなの決まってんだろ?」
戸惑うラヴェンダーに、グロウは人より大きめな犬歯をニッと見せて続けた。
「倒すんだよ。俺らでな」
さもこともなげに言うグロウに、ラヴェンダーは大きく目を剥いた。
「本気で言ってるの?」
「本気も本気。だってこのまま逃げて、あの扉から姫さん達のいる方にこいつら連れ込むわけにも行かねえだろ」
「グロウの言う通りだ。こいつは俺たちが叩く。お前は合図と同時にあの巨大岩の扉につながる通路に向かって逃げろ」
そう言って、ジェイはケルベロスの向こう、祭壇の方を指さす。そこには双面の神像が静かに佇んでいるが、彼が指さしていいるのはその先、ラヴェンダー達が出てきた扉だ。その先に、元来た世界に繋がるあの、巨大な扉がある。
視線でジェイの指を追ったラヴェンダーは、ルートを逆に辿るように視線を動かし、そしてまたそれを二人に当てた。
そして、肩を落とすような深い溜息をつく。
どう考えても分が悪い勝負にしか思えないのに、そんな風には見えない二人。頭がおかしくなったんじゃないかと思うが、悲観してるようにも見えない。ならば——信じがたいことだが——二人には勝算があると言うことだ。
足手まといにしかならないラヴェンダーは、上官の指示に従って一目散に逃げるしか、することはないだろう。
「……分かったわ。渾天儀も責任持って私が持って逃げる」
「物わかりが良くて結構。陽動は——」
「陽動は俺、ジェイはラヴェンダーのフォロー——いいよな?」
ジェイの台詞にかぶせるようにして、グロウが言う。言いながらグロウは手にしていた小銃の留め金を外し、空に近い弾倉を滑り落とした。
カシャン、と弾倉が床を叩く音と、ジェイの溜息に似た呼吸が重なった。
「……悔しいがそれが打倒だな」
「悔しけりゃ腕を磨きやがれ」
ニシシ、と笑って、グロウは新しい弾倉を小銃に詰めた。次いで、サバイバルベストに留めていたいた予備の弾倉も外し、それらをまとめてジェイに押しつける。
「そんな豆鉄砲じゃ効かねえだろうから、これ使え——師匠に習った使い方は忘れてねえだろ?」
「ああ……だが、お前はどうするんだ?」
「俺は、アレクの”義手”とこれがあるからな」
そう言って白い歯を見せてニッと笑うと、グロウは背負ってきたものの活躍の機会がなかったロケットランチャーを肩に下ろし、得意げに胸を張った。
その姿に、ラヴェンダーとジェイはげっそりとして、天を仰いだ。
「……神殿が崩れて俺たちまで下敷きにならないことを祈るぜ」
「同感。この神殿の信者達に心から同情するわ」
「なにごちゃごちゃ言ってんだ——来るぞ」
形がなかなか安定しなかったケルベロスもどきが、太い四肢で強く白亜の床を踏みしめた。
そして大きく背を逸らすと、グォオオオオオオオッと大きく吠える。
衝撃で全身がびりびりと震えるほどのその恐ろしい咆哮を聞きながら、ラヴェンダーは祈るように呟いた。
「……お願い、死なないで」
ほとんど咆哮にかき消されてしまうくらい小さな呟きだったが、二人は同時に振り返ると、笑った。
「死なないさ」
「俺らの勇姿、見とけよ」
手を伸ばし、ぽんとラヴェンダーの頭を撫でてジェイが言い、グロウが親指を立てて笑う。
そんな姿を見たら、本当に二人ならできるんじゃないか、という気がしてきた。
「スリーカウントだ!」
グロウは鋭く言い、ロケットランチャーの照準器を覗く。引き金を引き絞りながらの短いカウントダウンの後、号令は発せられた。
「ゴー!」
合図と同時に、ラヴェンダーとジェイ右手に向かって走りだし、グロウが放ったロケットは、こちらに噛みつこうと大きく口を開いて襲いかかってきたケルベロスもどきの口の中に飛び込む。
大きな爆発音が戦闘開始の合図となった。
ギリシャ神話と言えば一番有名じゃないかと思われる魔狼の登場です——が、あくまでもどきですのであしからず。
閲覧ありがとうございました。
次話投稿は1月23日10時の予定です




