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暇をもてあましたお嬢様は怪盗家業に勤しむ  作者: 冴月アキラ
第三章:シューヴァンシュタイン家の秘密
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初恋に関する冷静な分析

 シューヴァンシュタイン国首都ファードゥの、東側の山腹にある現在のシューヴァンシュタイン城は、戦後再建された物だ。


 ≪血の月曜日≫で悲劇の渦中にあった旧城は、いくらぬぐっても惨劇の跡が拭いきれず、また若き女大公も、家族を失ったその城で過ごす気になれず、別の場所に再建が決定されたのだ。またその、旧城を廃棄し、新しく立て直すという決定が、若き女大公の最初の大きな決断だったとも言われている。


 元々山頂にあった城と市街地の間を整地して作られたその新しい方のシューヴァンシュタイン城は、ラヴェンダーも訪れたことがあった。アーデルハイド修道女学院の中等部に入学すると、その年の春の社会科見学で必ず見学に行くからだ。


 たが、この時招待されたのは、その新しい方ではなく、廃城となったはずの旧シューヴァンシュタイン城だった。


 それだけでも驚きだが、なによりも驚かされたのは、ヘリポートのある新城から旧城までの移動が馬車だったことだ。


 曰く元々廃城になるまで、市街地と城との間は馬か馬車で行われており、車用に整備がされていなかった。その上、市街地と旧城の間に新城を立ててしまったので、わざわざ廃城となった城まで道を整備する必要もなく放置されていたかららしい。


 では、SUVのような山道でも走れる車を入れればいいとも思ったが、現在のシューヴァンシュタイン城の入り口も裏口も、車を通せるほど大きくなく、また山腹に立ててしまったために城を迂回することもできないらしい。


 かくして、ヴェルフ家の領地で乗ったことのあるラヴェンダーを除き、アメリカ人三人に非常に驚かれながらの移動になった。


 ちなみに、バーゼルからファードゥまでのヘリでは、ラヴェンダーはジェイと隣り合わせに座ることになった。


 ヘリコプターの操縦免許を取得する訓練を開始しているフェリスが助手席だったのに加え、ヘリコプターまで運んでくれたグロウが、


「お、これ、輸送ヘリじゃん。俺、後ろで寝ていくわー」


 とか言って、勝手に後ろ部分の臨時シートを下ろして勝手に横になった上に、


「あ、じゃあ、僕もー」


 と、次に乗ってきたアレクもグロウの対面の臨時シートを下ろして、寝の姿勢に入ってしまったからだ。

 ゴーイングマイウェイなグロウは別として、アレクはわざとしか思えない。いや、絶対わざとだろう。

 変な気の回し方するな! と、ののしってやりたかったが、すぐにジェイが乗り込んできたのでそれも叶わなかった。


「――なんだ?」

「ううん。別に」


 それどころか、視線を上げたジェイとばっちり目があってしまい、思わず目をそらしてしまう始末である。


(あー気まずい気まずい気まずい……)


 この五年でいろいろな経験を積んだラヴェンダーだが、さすがに男女のふれあいは”あれ”が初めてである。

 叱責(物理)であの場はごまかしたが、二人で並んで座るなんてことになると嫌でも思い出してしまうし、それを流してどんな会話をするのが大人として最良のかわし方なのか、想像もつかない。


(初恋とか、そういうのはもう終わってる。うん、終わってる。だからこれは単に、思いがけない接触をどう処理していいのか分からないだけ)

 

 そう自分に言い聞かせながら、ついついガラスに映ったジェイの姿を眺めてしまうラヴェンダーだった。


(そもそも、なんで私、この人のこと好きだったんだっけ?)


 そうしたらふっとそんな疑問がわいてきてしまう。


 あのドクズ発言というダイナマイト級の爆弾で、淡い恋心は盛大に爆発四散したわけだが、そうは言っても初恋の人物との再会に思うところがないわけではない。


(……顔は、間違いなくいい。それは確かね)


 通信端末を眺めるために伏せられた目は涼しげだし、額から鼻、そして薄い唇にかけてのラインは文句なしだ。彫刻か、と言うくらい整っている。緩められた襟元から覗く白い肌が黒いシャツとのコントラストで眩しいし、めくられた袖と、黒い手袋の間から覗く腕は、しなやかにけれどもかっちりと鍛えられていて男の人だな、という感じはする。


 端末を操作するのに、手袋を口でくわえて脱ぎ、そのまま操作してるのなんて、普通はただの不精者にしか見えないはずなのに、何故か色気みたいなものも感じるから不思議だ。


(グロウや孤児院の他の男の子達に比べたらずっと大人に見えた、と言うのもあるわね。二つしか年が変わらないのに、グロウなんて普通に木の棒を振り回して走り回ってたもの)


 と、そこまで考え、はた、となったラヴェンダーである。

 ラヴェンダーが孤児院を去ったのが十一で、その時ジェイは十八、グロウは十五。

 少なくとも彼女が孤児院を去る前日くらいまでは、グロウは木の棒を振り回していた気がする。


(……十五で、木の棒振り回して走り回ってたって……グロウ……)


 冷静に年齢を数えて、グロウの方が子供っぽすぎたという事実に行き当たり、思わず脱力してしまったラヴェンダーだった。

 今年十六になったラヴェンダーだが、さすがに木の棒を拾いたいとは思わない。


(でも、こうして同じくらいの年頃になってくると、別に普通だった気もするし、さっきの逆ギレもみっともないくらいだったし、結局、狭い世界の中でよく見えていただけだったのかな……)


 女子校に入って男性との接触が減ったラヴェンダーであるが、一方でヴェルフ家の義理の兄達――実の従兄弟達――というすごい家族を得てしまったラヴェンダーからすると、なんとなく初恋も霞んで見えてくる気もする。


 なにせ、ヴェルフ家の兄sはすごいのだ。


 年齢はジェイと同じくらいだろうが、自分でもこの顔なら勝ち組、と自画自賛するラヴェンダーの親戚なので、容姿は間違いなく人から抜きん出ている。むしろ、女装したら多分ラヴェンダーより美人かもしれない。


 しかも、兄s、優しい。超優しい。突然できた妹をいじめるなんてとんでもないってくらい人ができてるし、育ちがいいからエスコートとか完璧。


 その上、纏ってる空気が神すぎる。なんかそこにいるだけで空気を浄化しちゃって、あまつさえ清涼感漂う香りに変えてしまうんじゃないかというくらい、さわやかなのだ。

 生きてる空気清浄機。ゴット兄。それがヴェルフ家の兄オスヴァルト=ヨーゼフ=フォン=ヴェルフとレオンハルト=ルドルフ=フォン=ヴェルフだった。


(そうよ。オスヴァルト兄様とレオンハルト兄様に比べたら、ジェイなんて、月とみじんこ、比較にならないんだから)


「……ったのか?」


 そう結論づけて、ラヴェンダーが息巻いていると、端末のチェックを終えたらしいジェイが、シャツの胸ポケットに端末をしまい、グローブを装着しつつ口を開く。 


「え?」


 このままきっとジェイも話す気もないのだろうと思っていたラヴェンダーは、突然耳を打ったテノールの声に、思わず振り返ってしまう。


「なに?」


 再度ラヴェンダーが聞き返すと、ジェイは諦めたように溜息をつく。


「だから……」


 と、言いかけるが、そのままふるふると首を横に振った。


「……いや、いい」

「なによ。気になるじゃない」

「別にたいしたことじゃない」

「たいしたことじゃないなら、言ってよ。気持ち悪いじゃない」

「……いや、だから……」


 長い逡巡の後、ぽつりと呟くように言う。


「――――元気だったのかって」


 その内容に、思わず耳を疑ってしまったラヴェンダーだった。 


「元気って……私が?」

「……お前に聞いてるんだから、そうだろ」

「元気は……元気だったわよ? 怪盗やってるくらいには?」

「そうだった……ああ、くそ。馬鹿なことを聞いた」


 ラヴェンダーの回答に、ジェイが天井を仰ぐ。

 そんな彼の様子を信じられない思い出まじまじと見ていたラヴェンダーは、その頬がうっすら染まっているのを見つけて、ひゅっと息を飲んだ。


(心配してくれてたの? あのジェイが?)


 あの寝室でのやりとりがやりとりだっただけに、別にジェイはラヴェンダーとの再会なんてそんな嬉しくもないだろうし、心配なんてものもしてなかったんだろうと勝手に思っていた。

 でも、どうやら違ったらしい。

 胸のあたりがぽかぽかと暖かくなってくるのを感じながら、ラヴェンダーは頬を緩ませた。


「なんだー。ジェイも心配とかしてくれてたんじゃなーい」

「してない。全くしてない」

「またまたー。照れちゃってー」

「と、言うかだな、なんなんだ、あの怪盗ブラックキャットの遍歴は! 調べて目を疑ったぞ」

「お褒めいただいて光栄ですわ。全てはわたくしめのメイク技術と演技と、そしてフェリスのハッキング能力のたまものですの」


 おっほっほとわざとらしく笑ってみせると、ジェイはああ、と苦いを飲むような顔をする。


「あの、メイクなあ……本当、別人だったもんな」


 その脳裏に『アイリーン』の姿を思い浮かべてるのか、遠い目をしながら言う。


「ジェイもなかなかだったじゃない。『オリバー』」

「言っても俺は、カツラ被った程度だし、後は本人に似たしゃべり方だけしてただけだからな」

「え、でも、あの抗ウィルス薬の開発に関しての知見とか、すごい勉強してたじゃない」


 ラヴェンダーの言葉に、ジェイが心底不思議そうに目を瞬かせてこちらを見る。


「別にあんなの、その分野のテキストと論文流し読みしたら理解できないか?」

「……ああ、そう。そうだったわ。そういうやつだったわ」


 ラヴェンダーは天井を仰いで呻いた。


 ラヴェンダーからしたら『アイリーン』が書いた論文を読んで要点を覚えるだけでも精一杯だったのに、流し読みで”理解”できて自分の言語として話せることがどれだけぶっ飛んでいるのか、この男は分かっていない。


 昔からそうだった。頭はいいが、良すぎてできない人間の気持ちが分からない。

 なので、下の子供達に勉強を教えて欲しいと乞われても、結局苦手意識を植え付けて終わる、典型的な教える側になってはいけないタイプの人間だった。


 もれなくその被害に遭って、理科系が嫌いになったラヴェンダーは、心のそこからの溜息をついたのだった。


「それにしても、変装完璧だったはずなのに、なんで私が怪盗シュヴァルツ=カッツェだってわかったわけ? 特定早すぎない?」


 子供時代の苦い思い出を思い出したついでに、最近傷つけられたプライドの件についても問うてみる。


「自分で言うのもなんだけど、完璧だったはずなんですけど。『アイリーン』」

「まあ、完璧、だったんだろうな――『アイリーン』、は」

「『アイリーン』、は?」


 強調して言うジェイの言葉を、オウム返ししながら問う。 

 それに、ジェイは肩をすくめながら答えた。


「お前、あの短い時間での準備じゃしょうがないんだろうが、メイドの方の振り幅が少なかったし、さすがに体格を完全には誤魔化せないから、ぱっと診たときに『アイリーン』と似通った雰囲気はあったんだ」


 瞬時にスリーサイズを目測した、とは言わないでおくジェイである。


「それに、あの≪守護者のマリア≫があった部屋に入ってきたとき、お前、素だっただろ」


 ジェイの言葉に首をかしげる。あのときラヴェンダーは『カトリーン』の変装をしていた。

 素顔ではなかったはずだし、体型も色々足したり引いたりして全然違う物になっていたはず。

 それなのに『素』だった、とはどういうことだろう。


「≪守護者のマリア≫を前にして、お前は俺に『返せ』と言った」

「……言ったかしら?」

「ああ。言っていた。覚えてないってことは無意識なんだろうな」

「かもしれないわね……それで、その一言の何がまずかったの?」

「『返せ』といえる人間は、それを所有していた人間だけだし、≪守護者のマリア≫の所有者と言える人間は四人しかいない」


 そう言ってジェイは指を折る。


「直近の持ち主のゴールディンだが、やつの手の者なら自分で取りに来ないでまず人を呼ぶ。だからこれは違う。その次は俺、あるいは俺の祖母だからこれも違う。そのさらに前は定かではないが、戦後の混乱の中新大陸に渡ったと祖母が言っていたから、おそらく俺の祖母の前の持ち主、あるいはその組織は壊滅している」


 持ち主がヒトラーなら、自殺して死んでいるし、ナチスは解体された――そういうことだろう。


「なら、後の残りは最初に≪守護者のマリア≫を下賜されたシューヴァンシュタイン王国だけだ。それだけ分かれば後は連なるネットワークから潜り込むのはそう難しいことじゃない」


 世界最高峰のITセキュリティを持つシューヴァンシュタイン家のサーバーに潜り込んでおいて、難しいことじゃない、と言ってのける自身はたいしたものだが、それ以上に『返せ』というたった一言から、ここまで推理できるジェイの頭脳が恐ろしい。


「なるほど……その一言が失言だったのね。でも、なんで『素』だって?」

「あのときの変装が誰だか知らないが、シューヴァンシュタイン家の身内ではないだろう? なのに『返せ』って言葉が出るってことは、変装はなんであれ、意識はシューヴァンシュタイン家のために働く『ラヴェンダー』だったってことだ」


 淡々と、数学の証明問題を解いていくかのように論理を組み立てていくジェイに、ラヴェンダーは完全に舌を巻かれていた。

 子供の頃は単に”勉強ができる人”という認識でしかなかったが、恐ろしく頭が回る人である。


「……オーケーオーケー。分かったわ。確かにジェイの指摘の通り、私『素』だったんだと思う。でももう頭に入れたから、大丈夫。次の演技は失敗しないわ」


 ジェイの頭の良さを気にしていても仕方がない。ラヴェンダーにできることは、この経験を次にはさらなる完璧な演技という形で昇華することである。


「……お前、相変わらず女優の夢は捨ててないんだな」


 一方ラヴェンダーの言葉に、感心したようにジェイは呟く。


「もちろんよ。良家のお嬢様やおぼっちゃまでハリウッド俳優になってる人たくさんいるもの。諦める理由になんてならないわ」


 ラヴェンダーが胸を張って言うと、ジェイはふっとその氷翡翠の瞳を緩めた。


「……そうか」


 そして手を伸ばすと、ぽんぽん、と軽く叩くようにしてラヴェンダーの頭を撫でてくる。


「頑張れよ」

「い、言われなくたって!」


 載せられた手を振り払うようにして、ふんっとそっぽを向きながら、ラヴェンダーは頬を膨らます”振り”をした。


(無理……今絶対、顔見せられない)


 明らかに熱くなってる頬を冷まそうと、両手を添えたラヴェンダーが思い出したことがもう一つ、ある。


(……そうだった。私、この頭撫でてくれるときのジェイに、弱いんだったわ……)


 いつもはどこか壁があって、斜に構えたような態度なのに、こういうときはその氷翡翠の瞳がとことん優しくなる。そして撫でてくれる手はどこまでも優しいのだ。

 

 わだかまりとか悔しさとか悲しさとか,そういういろいろなものを、溶かして言ってしまうほどの。


(違う。違うんだから……)


 思いながらも、結局撫でてくれる彼の手を払いのけることができなかったラヴェンダーは、半ばパニックになったまま、ヘリコプターを降りる羽目になったのである。

輸送ヘリの後席がおそらく寝られるようになっているだろうというのは想像です。もし違っていたらすいません……

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