シューヴァンシュタイン家の系譜 その1
推理回その2です。歴史が入り交じるので難しい部分も多いかと思いますが衝いてきていただけたら嬉しいです。
——そんな、濃い時間を過ごしてたどり着いた旧シューヴァンシュタイン城で、一行が通されたのはかつての大公、つまりアーデルハイド女大公の父君が使用していた応接間だった。
「ようこそいらっしゃいました」
かけていたソファから立ち上がり、ねぎらうような眼差しと共に迎えてくれたのはもちろん、アーデルハイド女大公と、その孫娘のエリーゼだった。
「ラヴェンダーは足を痛めたと聞いているので、オットマンを用意させました。こちらにかけさせてください」
人間担架のグロウに抱き上げられて運ばれてきた姿を見て、まず、エリーゼが告げた。二人が立つ側のソファと直角の位置にある一人がけのソファにはクッションが積まれ、その前に足を置くことができるオットマンが置いてある。ねんざはなるべく高い位置に、という医学的配慮だろう。
お言葉に甘えてラヴェンダーはそこに腰を落ち着けることにし、そのラヴェンダーから向かって左側にアーデルハイド女大公とエリーゼ、その後ろに控えるようにフェリス。ローテーブルを挟んだ向かいに置くからアレク、ジェイと立った。グロウは護衛の意識があるのかどうか分からないがジェイとラヴェンダーの間から一歩離れたところに立っている。
そうして全員がそれなりに立ち位置を固めたところで自己紹介タイムに入った。
「——それでは、改めて。わたくしがシューヴァンシュタイン家当主、アーデルハイド=レオノーラ=イレーネ=フォン=ツー=シュヴァンシュタイン。こちらが孫娘のエリーゼ=クリスティアーネ=アーデルハイド=フォン=ツー=シューヴァンシュタイン。その側仕えで護衛のフェリス=フリーデリケ=フォン=オールデンブルグですわ」
この中で一番身分の高いアーデルハイド女大公が名乗り、エリーゼとフェリスを紹介する。
「フェリスは側仕えですが、参謀として怪盗シュヴァルツ=カッツェの活動を牽引してきているので、事情は全て把握しております。そのため、同席を許可いただけましたら幸いでございます」
スカートを持ち上げ、カーテシーをとって挨拶したエリーゼは、後ろに控え、軽く頭を下げて男性の挨拶のポーズを取るについて説明し、滞在の許可を取る。
飛行機に乗る前にフェリスの紹介を受けていたジェイ達は特に異論もなく頷いた。
「こちらの男性陣は私の方から紹介させていただきます」
シューヴァンシュタイン家の自己紹介が終わったところで、ラヴェンダーが会話に加わった。全員のことを知っているのはラヴェンダーだけだし、アメリカ的ビジネスルールなら全員の顔を知っているラヴェンダーが紹介した方が、ジェイ達にも馴染みがあって反応しやすいと思ったからだ。
「金髪の彼がジェイです。この中では一番年上で、三人の中の頭脳担当」
「ジェイ=オヴライエンです。よろしくお願いします」
そう言って、ビジネスシーンのように悪手のために手を差し出そうとして、手を止めた。それが、このシーンの中で正しいのか自信がなかったからだろう。
すると、それを察したアーデルハイド女大公が手を差し出してくれる。安堵したように眦を緩めると、ジェイはそれを固く握り返した。そして続いて差し出されたエリーゼの手も握る。
「黒髪の彼が、アレクサンダー……ええと」
「アレクサンダー=キョウスケ=タカナシです。アレクと呼んでください」
そう言えば苗字を聞いていなかった、と戸惑いつつラヴェンダーが名前を呼ぶと、アレクがそれを引き継いで自己紹介してくれる。それに、ちゃんと日本人名もあったのか、と内心思ったラヴェンダーだった。アレクサンダーがミドルネームではなくファーストネームなのが、少し違和感はあったが。
彼もジェイと同じようにアーデルハイド女大公とエリーゼと握手したアレクは、終わってから少しホッとしたように、握手した手で胸を押さえて息を漏らしていた。
さすがに小国とは言え一国の国家元首との対面なのだ。緊張もするだろう。
「そして最後のこの大きいのがグロウ=マ——」
「グロウ=ジョーンズです」
ラヴェンダーが紹介しようとしたのを遮るように、ジェイが述べる。
孤児院にいるとき姓をまり意識したことはなかったがグロウのそれは”マルディーニ”だったはずだ。祖父がイタリア系移民だった彼らしいラテン系の苗字だ。
どういうことかと思いラヴェンダーが視線を上げると、ジェイが”黙ってろ”というようにアイコンタクトを送ってくる。
孤児院が焼け落ちてからのことをラヴェンダーはよく知らない。傭兵として身を隠すに当たって名前を変えることにしたのかもしれない。
「ジョーンズです。はじめまして」
ジェイの言葉を引き継ぎ、グロウが差し出された女性達の手を取って力加減をしつつ握手する。
どんなぶっ飛んだ挨拶をするか内心はらはらしていたラヴェンダーだったが、さすがに自己紹介くらいはできるのか、と安心する。
ただ、その安心感はすぐに裏切られることになるのだが。
「自己紹介ありがとうございます。とりあえず、お座りになって」
アーデルハイド女大公の言葉に、一同がそれぞれ長椅子に座る。
と、何故かグロウだけ、ラヴェンダーとジェイの間の床の上にどっかりと座った。
片膝を立て、そこに肘をつく姿勢になる。
「あの……もしこちらで用意した椅子が気に入らないようでしたら、他の椅子もご用意させていただきますけれども……」
ラヴェンダーからフェリス経由で、礼儀のなっていない人間がいるので、粗相するかもしれない、というのは伝えてもらっていたが、エリーゼもまさか床に座るとは想像していなかったのだろう。
何か不愉快な点でもあったのでは、と焦った様子でグロウに問いかける。
けれど、当の本人はけろりとした物である。
「俺はどうせ話の内容良くわからねえだろうし、暇になったら勝手に外に出るから、放っておいてくれていい」
暇になるな、外に出るな、ついでに断りなくキャリーバッグから猫を取り出すな、と言いたいことは山ほどあるが、この兄代わりの男にそれを言っても無駄だと一番分かっているのがラヴェンダー達自身だ。
「……失礼して本当に申し訳ありませんが、こいつは本当に放っておいていただいて結構ですから」
ジェイの言った低い一言に、うんうん、と頷くことしかできなかった。
全く、さっき見直した妹分の感心を返して欲しい物である。
「長旅で疲れたでしょう? 飲み物は何か希望はありまして?」
気を取り直したエリーゼから聞かれ、外はそれなりの陽気だったのもあり、男性陣がアイスコーヒーを、ラヴェンダーはアイスカプチーノを頼んだ。
普段のラヴェンダーだったら紅茶にするところだが、睡眠不足なのは否めない。話の最中に寝てしまわないようにするためのチョイスだった。
メイドがそれらのラヴェンダー達のオーダーと、そしてシューヴァンシュタイン家の二人に交換用の新しい紅茶を用意し、いくつかの軽食と共に置いて部屋を退出してから、話し合いは始まった。
「まず最初に、わたくしたちから、謝罪を」
そう言って、アーデルハイド女大公とエリーゼが再び立ち上がる。
「≪守護者のマリア≫にまつわる様々な不幸は、拝聴させていただきました。本来あってはならないことでした」
背筋をぴんと伸ばしてそう告げた後、二人そろって深々と頭を下げる。
「心からお詫び申し上げます」
まさか謝罪から入るとは思ってなかった上、国家元首という重い地位にあるアーデルハイド女大公が頭を下げるのを見るとも思っていなかったので、ラヴェンダーは大きく慌ててしまった。どうしていいのか分からず、ジェイを見る。
一方ジェイの方はというと、その謝罪の姿を眺めながら、何かを見定めるように目を細め、問いかける。
「……それは、何に対する謝罪でしょうか? 俺たちを巻き込んだ、そのことに対してでしょうか?」
「……それもありますが一番は、わたくしたちがシューヴァンシュタイン家としての役目を果たせなかったことです」
頭を下げたまま、アーデルハイド現女大公は続ける。
「シューヴァンシュタイン家に課せられた役目は≪守護者のマリア≫を守り、それとそれにまつわる物を決して外に出さないことでした。それを我々は果たせず、結果として、ここにいる皆様に数々の悲劇がもたらされてしまいました――そのことへの、謝罪です」
告げられた回答に、ジェイは少し吟味するように考えた後、アレクに視線を当てる。アレクはそれに大きく頷いて返した。
その、言葉のない短いコミュニケーションの後、ジェイが薄い唇を開く。
「――わかりました。その謝罪でしたら受けましょう……もし、巻き込んでしまった、なんて、同情目線で言われたなら、この場で≪守護者のマリア≫をもって、引き上げてやるところでしたが」
「どうぞ、頭を上げてください」
ジェイの言葉を継いで、柔らかく言うアレクに、女大公とその孫娘は頭を上げた。
謝罪を下側であるはずだが、アーデルハイド女大公がやや苦笑気味に呟く。
「なかなか、手強い方々ですわね」
「……これでも世間の荒波ってやつに揉まれてますからね」
肩をすくめ、嘯くようにジェイが言う。ただ、そんな態度もアーデルハイド女大公には好ましく映ったらしい。
ソファに腰を下ろしつつ、顔を覆う扇の影から興味深そうにジェイを眺めている。
「それで、その”役目”、というのも、ご説明いただけると思ってよろしいんでしょうか?」
「もちろん。そのためにお呼びしましたから」
深く頷いたアーデルハイド女大公は、エリーゼに視線を向ける。
「エリーゼ」
「はい、おばあさま」
頷いて、エリーゼは両手を首の後ろに回した。そうして、着けていたネックレスを外すと、テーブルの上にことり、と置いた。
綺麗な円を描く金色のそれは、メダリオンだった。中心の青い石から放射状に三角が幾重にも重ねた円が描かれている。
「これは……」
置かれたその、メダリオンを見て、ジェイが声を失った後、やはり同じようにして自身が身につけていたメダリオンを外すと、テーブルに置いた。
金と銀、二つのメダリオンは、明らかに対となって作られている物のようだった。
「……音声データを拝聴した際に、おそらく、ジェイさんがお持ちのものは≪月印のメダリオン≫だと思っておりましたが、間違っていなかったようですわね」
「月印?」
「この銀色のメダリオンが月、そしてエリーゼが身につけていたものが太陽――つまり≪陽印のメダリオン≫と呼ばれているものです」
ジェイの疑問に答えるとアーデルハイド女大公は続けた。
「”知恵と戦いを司る女神が守る秘密は、アポロンとアルテミスの導きによって開かれる”――これが≪守護者のマリア≫と共に我が家に伝わる言い伝えです」
「それは――」
「はい。音声で聞かせていただきましたが≪月印のメダリオン≫を差し込んで表示されるメッセージの一文ですわね。この意味は、つまるところ、アテナ像に両方のメダリオンを填めることによってその秘密に至ることができる、ということですわ」
「ジェイ様、≪守護者のマリア≫を出していただいてもよろしいでしょうか?」
エリーゼの頼みに、ジェイは足下に置いてあったアタッシュケースを引き寄せると、その中に納めてあったマリア像を取り出し、テーブルに置く。
それを手に取ったエリーゼは、ジェイがかつてしたようにメダリオンをはめ込んでマリア像からアテナ像を取り出すと、ジェイが差し込んだのと同じスロットに≪陽印のメダリオン≫を差し込み、やはり同じようにねじを回す。
からくりが作動し、鏡部分から映像が投射される――ここまでは、≪月印のメダリオン≫と同じだった。
違うのは、色を変えた青の光の中に投影された映像だ。
「……天文盤?」
それを見たラヴェンダーはぽつりと呟いた。
水平位置に置かれた定規線入りの板と、その内側に斜めになるように幾本か配置された細い輪、その中心に置かれているいくつかの球体――博物館などで見たことのある、天体の動きを見るための装置に似ていた。ただ違うのはそういった様々な機構が、ガラスのような透明な球体の中に納められていることだろうか。
板ではないので『盤』という言葉は正しくはないのだろうが、エリーゼはその意図を汲んでくれたらしい。深く頷きながら続けた。
「≪Tycheの渾天儀≫――そう呼ばれています」
エリーゼの言葉に、今度はラヴェンダーがおお、と頷く番だった。そう、確か博物館で見たのもそんな名前だった。渾天儀、天球儀、呼び名はいろいろだが、ようは天体の動きを観測するための装置という意味ではラヴェンダーの予想はさほど外れてはいないようだった。
「”テュケー”とは? 聞き覚えのない単語ですが……」
「ギリシャ神話の運命の女神のことですわ。ローマ神話の≪フォルトゥーナ≫、と言った方が有名ですから、ご存じかもしれませんが」
ジェイの問いにエリーゼが答えるが、彼はぴんとこなかったらしい。肩をすくめる。
するとエリーゼは羽織っていた制服のジャケットのポケットからカードケースを取り出した。それはラヴェンダーもよく慣れ親しんだもので彼女の先見の能力の媒体であるタロットカードをしまっているカードケースだ。
その中からエリーゼは、一枚カードを取り出して、差し出してくる。
スフィンクスを頂点に置いた大きな輪に添って犬に似た獣と蛇が巡り、さらにその四方には翼の映えたライオンと牛、鷲、そして天使が描かれている。番号は十番――≪運命の輪≫だ。
「運命を操るための歯車をもち、羽の生えた靴を履く女神。”幸運”を意味する英単語、”Fortune”の語源となった女神ですわ。タロットカードの≪運命の輪≫もこの女神が元になっています。このカードの意味は転換点、チャンス、出会いそして――定められた運命」
「単語の意味は分かりました。ではその≪Tycheの渾天儀≫とはなんなのですか?」
「それは……」
言いよどみ、エリーゼは祖母をに視線を向ける。それを受け、ゆっくりとまぶたを伏せ、一呼吸置いた後、アーデルハイド女大公が答えた。
「それに対する完全な答えを、わたくしたちも持ち合わせておりません」
予想していなかったその言葉に、シューヴァンシュタイン家に連なる者以外全員――そもそも話しに興味のないグロウを除く――が目を剥く。
彼女に聞けば、全ての答えが得られるのでは、と少なからず期待してきていたからだ。
「……わたくしがエリーゼのように第一継承権を持つ身分でしたら、おそらく後を継ぐための教育として教えられていたのだと思います。現に、何かあったときのために父の残した手記には、第一公子に教育を始めたことが記されておりましたから」
「……聞きづらいことをお伺いしますが、≪血の月曜日≫にその知識の多くが失われた――そういうことでしょうか?」
ジェイが言葉を選んで問うと、アーデルハイド女大公は深く頷いた。
「あの世界大戦という未曾有の事態に、父も備えをしなければという意識はあり、手記は残されておりました。また、その手記と共にシューヴァンシュタイン家の先祖の残したと思われるいくつかの書物もまた、血族以外が開けることができない場所に保存され、無事でした。ですがそのどちらもそれ単体では完全な情報を得ることができず、完全に読み解くには必要なアーキファクトが必要で、それらは≪血の月曜日≫に失われていたのです」
「アーキファクト?」
聞き慣れない単語にラヴェンダーが首をかしげると、アーデルハイド女大公がテーブルに置かれた≪月印のメダリオン≫を扇で指す。
「今ここにあるメダリオンもそうですわね。遺跡など文明の後に残された人工遺物のことで、その中でもその時代や場所にそぐわないものがOut Of the Place Artifacts――オーパーツと呼ばれるのです」
「オーパーツって頭文字アナクロニムだったんですね」
エリーゼの横からの補足説明に、ラヴェンダーは目を見張って呟いた。アナクロニムとは頭文字を組み合わせて作られた単語のことだ。この場合最後がO+O+P+Artなので、厳密にはアナクロニムではないのだが、その意図は通じたらしい。
ちなみにジェイも驚いたような表情を浮かべていたので、彼もオーパーツの語源は知らなかったらしい。物知りの彼にも知らないことがあるのか、と不思議な感じがした。
「話がそれてしまいましたが、不完全ながらも手記に記されたことから読み取れたこと、そしてそれを元にした仮説はございます。ですがそれを話す前にまず、シューヴァンシュタイン家の役割と、何故それを担うようになったのかお話をさせてくださいませ」
話の流れを戻し、アーデルハイド女大公が続ける。
「シューヴァンシュタイン家そのものは、元はドイツの地方に暮らしていた下級貴族、ファーツ家の傍流でした。初代に当たる当時のファーツ家の次男は武術の才にめざましくまた清廉な人柄だったため、ドイツ騎士団に参加しておりました」
「騎士団というと、十字軍が盛んだった頃の時代の話ですか?」
ジェイの問いに、アーデルハイド女大公が大きく頷く。
その横で、歴史詳しくないです、と前に宣言していたアレクが不安そうにしている。どうやら理系分野の造詣は深いが歴史になるとだめらしい。可哀想なので、そんな彼にスマートフォンで探したページをそっと差し出してあげた。
そもそも十字軍とは、聖地エルサレムを取り戻すため、と言う名目で、キリスト教の教皇の号令で組織されるその場限りの臨時の軍隊だ。役目が終われば解散され、ヨーロッパに戻る。
しかし取り戻した聖地の治安維持や、そこへ向かう人たちの護衛など、恒常的に必要とされる武装集団も別に必要となる。
それが騎士修道会と呼ばれる、騎士としての訓練も修道士としての教育もされた、いわゆる”騎士団”と呼ばれる軍隊なのだ。
その中でもドイツ騎士団は聖地での医療機関としての役割から端を発し、領地を得、やがてプロイセン王国としてドイツ統一のの礎となっていくため、ドイツの歴史の中では非常に重要な位置づけを持つ——
アレクに見せたページにはそういった説明が書いてあった。
読んで理解できるだろうか、と少し不安だったが、どうやら理解できたらしい。安堵した表情と共にスマートフォンを返してくれた。
それを受け取ろうとして身を乗り出したラヴェンダーだったが、ふと感じた違和感に軽く片眉を持ち上げた。
(て、あれ? なんかアレクのジャケットのポケット膨らんでない?)
小国とは家国家元首に会うために羽織ったのだろうアレクの紺色のジャケットは不自然にふっくらとが膨らんだ上になにかもぞもぞと動いていた。不思議に思って見つめていると、何かがひょっこりと顔を出してくる。
(ふあっ)
思わず声が出そうになるのを、両手で押さえたラヴェンダーだった。
グロウが膝の上で遊ばせていたはずのラヴェンダーと同じ愛称の猫が、何故かアレクのポケットに収まっていて、しかもちょっと幸せそうにうとうととしていたからだ。
真面目な説明を聞いている間に何がどうなってこういうことになったのか。
すっかり忘れていたが名前の件合わせて、胸ぐらつかんで問い合わせたい気分にかられたが、ぐっと我慢したラヴェンダーだった。
「まさにその時代ですわね。エルサレムにも赴任していたことのある初代当主ですが、妻をめとるために還俗し、親から小さな領地とも言えないような土地を相続し、そこに城を建て、土地の名のシューヴァルにちなんでシューヴァンシュタインを名乗ったと言われております」
そう言いながら、アーデルハイド女大公はエリーゼから受け取った巻物を広げる。そこにはシューヴァンシュタイン家の紋章が描かれていた。
王冠と裏地にアーミンの白い毛皮を貼った赤いマントの中に、四つに区切られた盾がある。
右上には金地に翼を広げた黒鷲とその下に赤と白に縦半分で区切られた盾。左上に白地に黒い縁取りをされた赤十字、そしてその下がその下には黒と白に横で半分に分けられた盾、という構成になり、その中央にまた一つ小さい金と赤で横で半分ずつ塗られた盾がある。
ラヴェンダーも式典やいろいろなところで何度も目にしたことのあるその、国章でもある紋章の、左上を、閉じられた扇が指す。
「ですがその歴史の裏に隠された一族の秘密が、この紋章には隠されています」
アーデルハイド女大公の弱い90歳を超えるとも思えない凜とした声に釣られるように身を乗り出し、一同はその十字が描かれた場所をまじまじと見つめた。
「鐡赤十字と呼ばれるこの図案は、ドイツ騎士団の掲げた黒十字と、別の騎士団の掲げた旗を組み合わせたものなのです」
「……その別の騎士団とは?」
「テンプル騎士団です」
アーデルハイド女大公の静かな声に、ジェイは大きく目を見開いた。
一方名前は知っているが、ジェイの驚きの理由が分からないラヴェンダーと、そもそも名前自体ぴんときていないアレクは首をかしげてしまっている。
それを見かねてか、エリーゼの後ろに建つ形で控えていたフェリスが説明してくれた。
「テンプル騎士団はドイツ騎士団、聖ヨハネ騎士団とともに三大騎士団と呼ばれるもののうちの一つで、一番有名な騎士団とも言えるもの。その勇猛果敢なことから大きな支持を得、寄付金などの莫大な資金を運用し富を得た一方、それに目をつけたフランス国王に異端の汚名を着せられて解体させられた悲劇の騎士団でもある」
「……何故現代でもテンプル騎士団が有名かと言えば、それがオカルト分野でよく取り上げられるからだ。エルサレムの聖地で聖杯や聖櫃を見つけたと言った伝説や、その権威を借りるためにフリーメイソンがルーツをテンプル騎士団に結びつけようとしたのもあって、今でも小説なんかで取り上げられることが多いんだ」
フェリスの説明を引き継いで、ジェイが自身の驚きの理由を述べる。
ある種の現実主義な彼からすれば、現実的な目の前の一族の由来の話を聞いていたはずが、突然話がオカルトに結びついていこうとしていることに驚きを禁じ得なかったのだろう。
「しかし、それと、シューヴァンシュタイン家の”役目”とやらに、一体どんなつながりが……」
呟くように言うジェイに、アーデルハイド女大公は大きく頷いて言った。
「つながりどころかテンプル騎士団の解体……いえ、テンプル騎士団が聖地で発見してしまったもの。それが全ての始まりなのです」
元々奪還した聖地の治安維持のために派遣されたテンプル騎士団ではあるが、他教徒との関係は良好だったと言われている。
そこで、イスラム教やユダヤ教の学者から錬金術やカバラ、数秘術といったオカルトといえる学問知識がテンプル騎士団にはもたらされ、また聖地に眠っていた様々なアーティファクトも入手し、所持していたという。
その中でテンプル騎士団が手にしてしまった、禁忌の箱。
それが――
「≪エデンの園≫へ至る道を指し示す、石版です」
ようやく全員の名前を出せました。それにしても、シューヴァンシュタイン家の皆様の名前の長さには私自身もちょっと書いててうんざりしてしまいます。ですが、それも歴史ある貴族、ということでご理解いただけましたら幸いです。
本日はあと二話更新予定です。




