愛しているが故に
英雄の生涯唯一の愛情の対象は、一介の賞金稼ぎという、やくざ者だった。
「まぁ、少なくとも、空軍の現実派、陸軍の王党派はあなたの味方よ」
モニカは葡萄酒を口にしながら、ファルコに軍部内の彼に対する現状を短く要約して伝えた。それに対し、ファルコは運ばれて来た鮭料理をナイフで切りながら「ほぅ」と興味無さげに相槌をうった。ハナから軍隊になぞ身売りするつもりはないからだ。
これ以上英雄扱いされてはたまったモンじゃない。ただでさえ新聞屋連中に英雄に仕立て上げられて不快な想いをしているというのに。黄色人種黄色人種と罵られているほうがどれほど気が楽なことか。嫌なものは嫌だ。
「知ってるか? この国じゃあ猿に選挙権はねェんだ」
ファルコはあえて己を自虐的に例え、遠回しに勧誘を拒否した。
「それはあなたが無国籍だからでしょ。こっちに来れば、いくらでも手配するわよ。何だったら、今上陛下に勲章でも、騎士の称号と身分でも申請するわよ?」
モニカはファルコの自虐を、現実的な観点で撥ね除けた。事実、アルゲアスの国籍、市民権を持つ者には肌の色など関係なく、誰にでも選挙権はあった。迂闊な発言だったと、ファルコはぐうの音も出なかった。
しかし、このままだと完全に制空権はモニカのものだ。そうなると、完全に従わざるを得ないようになってしまう。この女、畳み掛けるのが非常に上手い。だが、断固としてこれに抵抗せねば、今のアレッサンドロ海の自由と放埓の日々が崩壊してしまう。それだけは嫌だ。
「犬猫にも勲章やら騎士身分やる御時世にそんなものあっても一文にもなりゃしねぇんだから、賞金稼ぎやってる方がマシだ」
彼は彼なりの反撃をしたのだろうが、現実的に言えば、それはただの夢想家の妄言であった。
「あなたに掛けられてる罪、『無国籍滞在』『反国家非協力罪』『密出入国』『マフィア対策法違反』『退廃思想罪』『脱税罪』『姦通罪』『いい女を放ったらかしにしている罪』その他星の数。確かに、勲章や騎士身分なんて、今の御時世、一文も儲からないし、何の意味もないわ。でも、星の数ほどの罪がいっぺんに恩赦よ?」
モニカが言ったように、彼が知らず識らずのうちに犯した罪やその他諸々のことを考えれば、軍隊入りは悪い話ではない。今までのようにこそこそ行動しなくて済む。大手を振って街を歩ける。秘密警察に見張られたり尾行されたりすることもおそらくなくなる。
だがこの男、頑固であった。
「別に構わねぇよ。俺は俺の稼ぎの分だけしか飛ばんし」
はぁ、と、モニカは溜息をついた。まさかここまで莫迦なぐらい頑固だったとは思わなかった。だから放っておかないのだ。昔から。
「ねぇ、コウドウ。あなたそのうち『反国家非協力罪』の延長で『大逆罪』になってしまうかもしれないのよ? 今の政府は平気でそのくらいのことするのよ? 私嫌よ? あなたが処刑されるの観るの」
モニカは本気で心配そうな表情をした。愛したが故に、否、愛しているが故に出る表情だった。かつてこれほどにまで惚れた男は居ない(と言うよりか、彼以外に惚れたことがない)。彼の全てが愛おしく想える。曲がった性格も、私と大して変わらない背丈も、小柄なれども屈強な身体も、切れ長の目をしたエキゾチックな顔も、何もかもが愛おしく想える。まさに病的と言えよう。そんな愛おしい男が、自らすすんで滅びの道を行こうとしている。私の手が届かない、果てし無く遠い所へ行こうとしている。
嫌だ。
そんなことさせない。されてたまるか。私が護るんだ。私が彼を滅びから護るんだ。例え天が敵に与しようとも、例え全てが敵に回ろうとも。
モニカは思い詰めていた。どれほど想おうが、この目の前の莫迦には届かない。それが余計に彼女を思い詰めさせた。
だが、次にファルコが放った言葉に、モニカはかなり救われることになる。
「心配すんな。俺を殺せるのは俺だけだよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべてそう言い切るファルコを見て、ああこいつは単なる莫迦や夢想家じゃ追っつかないほどのくそ莫迦野郎なんだったな、と思い出したモニカは、先ほどまでの憂鬱など忘れ、プッと吹き出した。
「ほぉんと、あなた変わったわよね。昔はもっと扱い易い男だったのに」
ファルコはむぐむぐと鮭肉の最後の一片を噛み潰しながら、小さく鼻を鳴らした。そして、潰されきって、原形を留めなくなった鮭の肉塊を葡萄酒と共に胃に流し込み、ナプキンで口元を拭きながら、言った。
「『扱い易い男』? 扱い難い男の方が好みなくせに」
「あら、知ってたのね。そうよ。丁度今のあなたみたいなのが最ッ高に好みなの」
意訳すれば、「あなたにゾッコンなの」である。言わずとも、ファルコは理解していたことであろう。…たぶん。
「まぁ、お前も変わったな。昔はもっとこう、御転婆な少女だったのに」
「歳相応、成長しただけよ。私の場合」
この時の二人の脳内には、政治的なものは一切無かった。その時の雰囲気が二人の関係を、ただの旧知の仲、ただの男女の仲に戻させていたことが原因であろう。
二人の脳内には、ある共通の風景が浮かび上がっていた。
およそ二十年ほど前の、夏のアレッサンドロ海の美しい風景が―――――
♪あっいっをっ、とぉーめないで、はっしーりっ、つーづけるの♪
(JA SPAM RACさん御断り)
女性の心理ってのは、判らんもんですな。難しいですよ、まったく
とりあえず判ることは、この章も中々長くなるか、短くまとまるかのどっちかだということです
ではでは、次回から過去に行きます
近頃なかなか涼しいですので、御身体に気をつけて




